1週間


「-渉編-」

長男一家が実家に移住して最初は内心戸惑った。渉にとって実家はとにかく息苦しくて嫌な場所。
主が変わってもそれは変わりなく憂鬱になる。

「ユズだ!」

でも週に3回多くて4回はその実家に顔を出す。会社帰りや休日の暇なとき。
事前に連絡をせずに行くが何時も玄関で司が走って来て笑顔で迎えてくれる。

「今日も元気だなお前は」
「うん。元気!」

自分が来た事で嬉しそうにはしゃぐ司を見るのは悪い気はしない。
まだまだ叔父さんに甘えたい子。それを確認するようで。

「おかえりなさい渉さん」
「ただいま」

司と一緒にリビングへ向かうと夕飯の準備中の百香里。
まだ総司は帰ってきていないらしい。静かなものだ。
いきなり渉が来ても特に驚く様子は無く迎えてくれる。

「ねえねえお勉強みてほしいなあ」
「司。渉さんは疲れてるの」
「いいよ。それくらいしてやる、飯代」
「そんないいのに」
「いいんだって。ほら持って来いよ、見てやる」
「うん!」

司は嬉しそうに自分の部屋へ戻っていく。
百香里はすいません、と申し訳なさそうに言って
5人分の夕飯の準備を進めるべく台所へ戻る。

「よっぽど暇なんだね叔父さん」
「総吾」

そこへやたら冷めた視線を送る少年登場。

「来るのはいいけど。恋人に愛想つかされちゃうよ」
「ガキはガキらしく漫画でも読んでろ」
「…叔父さん、昔は天才って言われるくらい頭良かったらしいね。真守叔父さんから聞いた」
「だったら何だよ」
「別に。人間ってここまで堕落するんだなって、戒めを感じていただけ」
「クソガキ。いい加減いっぺんシメるぞ」
「いいですよ?でも、無抵抗な子どもに暴力なんかしたら二度とこの家これなくなるよ。本当にやります?」
「……ほんっと可愛くねえなお前」
「男が可愛いなんて気持ち悪いだけですよ、叔父さん」
「そうだったな。あー…お前の成長が楽しみだよ」

冷めた微笑を向ける総吾に此方も笑って返す。ガキじゃなくなったらボコボコにしてやる。
子ども相手に本気でそんな事を考える渉。可愛げのない甥はそのまま台所へ去った。
母親の手伝いをする為だ。猫かぶりしやがって。それが余計に苛々とさせる。

「ユズ。…ユズ?ユーーーズーー。ユズ!」
「ああ。来たか」

総吾が去ったほうを睨んでいたら司が戻ってきた。
反応してくれない渉の顔を覗きこんで頬を軽くひっぱる。

「どうしたの?お腹すいたの?もうすぐ出来るよ!」
「お前は今のまんま素直でいろよ」
「え?何が?」
「何でもねえ。ほら見せてみろ何処までやった」
「ここ」
「ここってお前全く進んでねえじゃねえか」
「てへ」
「お前、ユカりんに怒られるぞ。これは不味いぞ」
「や、やだ!ママには内緒!内緒!やだやだ!」
「わかったから裾を雑にひっぱんな。やるぞ」
「うん!」

溜めていた宿題をやっている間に総司が帰ってきて。
夕飯も家族で食べて。

「梨香の奴どんだけメールしたら気が済むんだ」
「梨香ちゃん寂しいって?」
「いいからお前はその問題をとけ」

食後何気なく携帯を見たら梨香から怒りメール。
彼女にはちょっと実家によるとだけ知らせたから。
まさか宿題を手伝って遅くなるとは思わずに。

「……」
「見つめても答えは教えねえからな」
「だってわかんないんだもん」
「ココ使えココ」

指先でツンと司の頭をつつく。

「ぷーー」
「膨れっ面すんな。ほら。こっちの問題と似てるだろ。
こっちが解けたらこっちも出来る。ほれ。やってみろ」
「…んと。んと」

意外に厳しい叔父さん。時間をかけてしっかりと
宿題を殆ど終わらせる頃には司は疲れきって。
ヘロヘロになってソファに寝転ぶ。

「こら司そんな所で寝ないの」
「だってママぁ」
「だってじゃないの。渉さんもこんな時間まですみません」

様子を見に来た百香里は申し訳なさそうに言う。

「気にすんな。これくらいしないとメシ食いにきただけの暇な叔父さんになっちまうし」
「何飯でもいいです、いつでも来てください。子どもたちも喜びますし。私も沢山作ったほうがカイがあります」
「たち、ねえ」
「え?」
「いや。その言葉に甘えてまた来るわ」
「はい。待ってます。ここは渉さんの家でもありますから」
「……、そんじゃ。そろそろ行くわ」
「司。ちゃんとお礼を言って」
「ありがとうユズ。……もう帰っちゃうの」

起き上がった司は寂しそうな視線で見つめている。

「ああ。待ってる奴が居るからな。また来てやる」
「うん」

その頭を撫でて玄関へ。
見送られるのはこそばゆいので何時も1人で行く。

「さようなら叔父さんお元気で」

だが皮肉っぽく笑顔で手までふって見送る総吾。

「ああ。また来てやるから、楽しみにしてろ」
「そうですか。次は手土産くらい持ってきてください」
「そりゃ悪かったな。そうする」
「気をつけて」
「お前もな」

何時か絶対シメる。
お互いにピリピリした空気をかもしつつその場は終わった。

「どうしたの総吾そんな所で」
「叔父さんのお見送りをしてたんだ」
「そうなの。総吾はあまり叔父さんたちと関わらなかったから心配だったけど。仲良くしてくれて嬉しい」
「…別にそういんじゃ」
「え?」
「ううん」



「-真守編-」

実家が苦手なのは3兄弟の共通点。次男である真守も当然好きではなくて、
出来れば極力関わりたくないと思っている。

といっても頻度は違えども結局弟と同様に足を運ぶ訳だが。

「あ…ビジネスもーどのマモがいる」
「何だそのビジネスモードって」
「こわーいの。パパが言ってた。こわーいって」

確かに今夜は兄としてではなく社長に会いに来た。
けれどスーツ姿くらい見慣れているはず。
そこに差はないのだが司は物陰に隠れコソコソする。

「……兄さん」

千陽と結婚をして彼女が妊娠をしてからはあまり来ない。
自分の家庭を持つのは夢だったから司たちに会えない寂しさもあるが充実感もあって。

「来た!逃げろっ」
「ま、まて!司!ちょっと!」

冗談だろうと近づいたら司は走って逃げていった。
顔を出さないうちに本当に自分は怖いと思われたのだろうか。
何時もなら甘えて自分から抱っこしてほしいと近づいてくるのに。

「ごめんなさい総司さん今準備できますから」
「いえ。少しくらい待てますから」
「こんな時間までお仕事なんて大変ですね」
「気になった事があったので。その確認です」

司に逃げられてショックを受けながらも奥へすすみ
応接間で待つ。百香里がコーヒーをいれてくれて一息。

「真守叔父さん。いらっしゃい」
「ああ、総吾」
「こんな時間まで大変だね」
「そうでもない」
「千陽さんは大丈夫?今1人だよね」
「さっき電話をした。元気そうだった」
「そっか。なら、いいね」

総司が来たと思ったら総吾。

「塾に通うんだって?」
「うん。…ママはあんまり賛成じゃないみたい」
「義姉さんはお前を心配してるんだ。だが塾へ通うのも
この家を背負う覚悟もお前の気持ちなんだろう?」
「そう。僕の気持ち。無理やりじゃないんだ」
「なら義姉さんも分かってくれるさ」
「だといいけど。ママ、凄く心配性なんだ」
「それだけ愛されている証拠だ」

真守が笑うと総吾もニコっと笑い返した。
そこへようやく総司が来て彼は去る。

「きゃー」
「ほら。司、こっちおいで。ビジネスは終わった」
「……」
「何時もの僕だよ。だからほら、おいで」

1時間ほど話をして廊下に出ると司が居た。今度こそ話をしようと近づいたらまた逃げる。
話が出来ないまま帰るのも嫌で追いかけたらまた逃げる。
幼い女の子を追いかける大人。それが変な絵でも構わない。何時になく真守は必死。

「わあ。つかまった」
「もう終わったんだ。どうだ。まだ怖いか?ちゃんと見てくれ」
「……。ほんとだ。何時ものマモだ」
「良かった。けど、どういう違いなんだ?」
「んとね。目がキリリってなって怖い」
「そ、そうか?」

ビジネスモードはとにかく怖い顔をしているらしい。
初めてそんな事を言われた。今度鏡でみてみよう。
やっと近づいてきた司に見送ってもらう。

「遊びに行ってもいい?」
「いいよ何時でもおいで」
「…でもね、マモの邪魔はしないよ?」
「お前を邪魔だ何て思った事はない。いつでもおいで」
「うん。千陽ちゃんにも会いたい」
「ああ。話し相手になってあげてくれ」

会う機会は減ってもちゃんとまだ叔父さんとして
司に甘えてもらえるのは嬉しい。

「僕も行ってもいい?」
「ああ。いいよ」

そして総吾も慕ってくれている。幸せ。
渉は嫌っているようだが素直ないい子だ。

「気をつけてね」
「また来てね」
「ああ。2人ともいい子にしてるんだぞ」
「はい」
「うん」

家には嫌悪感を抱いてもこうして来てしまうのは
住んでいる人がとても心地よく温かいから。
何れはこの気持ちも溶けていくのかもしれない。



「-百香里編-」

「いやあああああああああああああああああ!」

それは何時もと変わらぬ週末。平和な夕方の事だった。
台所から屋敷全体に広まったのではないかと思うくらいそれはもう大きな悲鳴。

「ユカリちゃん!」
「義姉さん!」
「ママ!」
「ユカりん!」
「ママぁ!」

そのあまりに巨大な悲鳴に各部屋に居たみんなが台所に
向かって走って来て勢い良くドアを開ける。

「どないしたユカリちゃん!怪我したんか!」

そこには地面にしゃがみこむ百香里。
慌てて抱き起こす総司。

「どうしたのママ何処か悪いの?顔色も良くないよ」
「病院連れて行くか」
「救急車の方が早いだろう」
「マモ!早く電話しなきゃ!ママ!ママ!」

総司に抱き上げられても無言で震えている百香里。
これは大事だと慌てて携帯を取り出す真守。総吾と司はママの傍から離れない。
渉も心配そうに見つめている。

「百香里しっかりしい何処が悪いんや?胸か?それとも」
「…が」
「ん?何や?」
「……冷蔵庫…が」
「え?」

冷蔵庫?

言われて皆冷蔵庫を見る。

「れ…冷蔵庫…が……壊れ……ました」
「あ。ほんとだ氷がとけてる」

固まっている面々を他所に渉が冷蔵庫を開けると
電気は消えていて真っ暗で氷は解けて水に。

「ゆ、…ユカリちゃん?今の悲鳴ってまさか」
「……冷蔵庫」

無事なのは良かったがガックリしたのは否めない。
総司は引きつった顔をして子どもたちも流石にポカン。
真守は冷静に携帯をしまい、渉はちょっと笑っている。

「何や冷蔵庫か…そんくらい」
「くらい?総司さん今くらいって言いましたか」
「あ。いえ。あの」

総司は安心してちょっとぼやいただけなのだがしっかり聞こえていたようで物凄い真顔で睨んでくる。
可愛い顔をしているのに本気で怒ると男でもゾッとするほど怖くなるのが百香里。
総司も子どもたちも恐れる顔だ。

「行くぞ司。後は夫婦で話し合えばいい」
「うん」
「僕たちも行こう真守叔父さん」
「そうだな」

それとなく空気を読んで退場する面々。
残ったのは睨んでいるユカリと真っ青な総司。

「ゆ、ユカリちゃん。えっと。修理出すか?それとも新しいの買う?」
「どちらにしろ痛い出費は免れない。だからつい悲鳴をあげてしまったんです」
「え。そうなん」
「…幾らするとお思いですか」
「せやけど要るもんやししゃーないやろ」
「……、これだからボンボンは」
「な、なんかユカリちゃんがすれた事言うとる」

こういう展開前もあった。掃除機が壊れた時だ。丁寧に使っても何れ買い替え時はくる。
それは百香里も分かっているのだが。

「最高級とは言いませんが安いのも買えません。分かってるんですけど、やっぱりまだ抵抗が」
「俺が買って来るわ」
「だめ」
「なんで?」
「総司さん店員に言われるまま凄いの買って来るでしょ」
「俺は会社の主やで?んなホイホイ口車に乗っ」
「乗ってこのまえ司に無駄に高い服買ったでしょ」
「あれは。ほら。娘さんめっさ可愛いですねえとか言われたら親としては買うてしまうやん?」
「私は買いません」
「……あ。うん。すんません」

お金の事になるともう百香里にはかなわない。
無駄遣い禁止。断りも無く大きな買い物も禁止。
禁を破ると激怒までは行かないが暫し不機嫌。

「家政婦の皆さんにも迷惑をかけますから。修理するのと買うのとどっちがいいのか聞いてパンフレットを貰ってきます」
「ユカリちゃんがええと思うもんでかまん」
「大きな買い物をする時は相談しあうものです」
「そうか。ほな、みよか」
「はあ。…家電に嫌われてるのかな」
「ただの寿命やろ。ここのは特に古いでな」
「いっぱい入って気に入ってたのに」
「新しいの選ぶんも楽しいで。な?」
「…はい」
「せやけどもう悲鳴やはめてな。寿命縮まるわ」
「ごめんなさい」

でも次に洗濯機が壊れてたらまた悲鳴をあげそう。こちらも立派な洗濯機で気に入っているから。
想像するとまた冷や汗をかく総司。

「片付け手伝うわ」
「はい」

2人で後片付けをして残りは明日。食材は痛まないように移動させる。
まだ憂鬱そうな百香里。

「ユカリちゃん」
「毎日何かしらしていないと不安で。家でゆっくりしてるっていうのが出来なくて。
必要以上に冷蔵庫を使いすぎたのかなとか思ったり」
「冷蔵庫の事ばっかり考えて妬けるわ。俺の事考えて」

寝室でもぼんやりしている百香里を抱きしめ耳元で囁く。

「…総司さん」
「毎日俺の事考えて。俺は考えてる」
「私だって考えてます」
「ずーっと考えてて。ずーっとや」
「ふふ。はい。ずーと」
「可愛い」

ちゅ、と頬にキスすると彼女は嬉しそうに笑った。
やっと穏やかな何時もの百香里になった。
総司も微笑み返しベッドへと優しく押し倒した。

「修理する方が高いなんてぇええ…はああああああああああ…」
「ゆ、ユカリちゃん落ち着いて」
「…私は落ち着いています」
「そうか。にしてはめっさ睨んで」
「……」
「なんでもない」

翌日。
総司が会社から帰ると貰ってきたパンフレットを眺めながら憂鬱な顔をした彼女がいた。
どうやら新品を買うことになりそうだ。

「はああああああ…」
「ママ大丈夫かな」
「大丈夫やろ。まあ、暫くはあんなんやろが」
「そこを上手くやるのがパパの役目じゃないの」
「そうだよ。パパがんばれ!」
「えええええっ…ここは家族一丸となってやね」
「がんば」
「頑張って」
「…はい」

おわり


2013/06/18