今だから
「何やの。そのぽかーんってした顔は」
珍しく家に仕事を持って帰ってきた総司。
亡き父も使っていた古い書斎で資料とパソコン画面とを睨んでいたらノックする音。
百香里がコーヒーでも持ってきてくれたのかと思ったら珍しく司が来てくれた。
コーヒーを机に置くと傍でジーッと父親の顔を見つめている。不思議そうな顔で。
「パパ眼鏡してる。ほんもの?」
「パチもんつけてもしゃーないやろ。ほれ。ほんまもんや」
娘の方へ視線を向けかけていた眼鏡を軽く彼女にかけてやる。
「うわああ目が痛いぃいい」
驚いて暴れる司。眼鏡を戻しそんな娘を膝に抱っこした。
「そんな眼鏡珍しいか?」
「マモはずーっとしてるけど。パパはじめてみたよ」
「せやね。眼鏡し始めたんは最近や。元気でおりたいけど、ちょっと疲れてきたんかなあ」
昔から視力はいいほうで真守のようにずっとつけていないと駄目という事も無い。
夕方目が疲れた時に補助するくらい。それでも若くありたい総司としては軽いショック。
周囲から若いといわれ自身でも努力はしているもののやはり歳は歳。
そこかしらにガタは来るもので。だからまだ百香里にはこの姿を見せていなかった。
司はきっとママに話すだろうからもうバレたようなものだが。
「疲れた時は甘いものだよ。司お菓子持ってるよ」
「もう終わるで後は風呂入って寝るわ」
「パパのお仕事大変だね」
「はは。司や総吾の為やったらこんなもん全然辛ないけどな」
「ママは?ママも?」
「当然。ママがおるで逃げんとにここに居れる。お父ちゃん根性ない弱虫やでな」
今頃くしゃみでもしているだろうか。我が家の女神様は。
思い返しながら笑う総司を見ながら司も嬉しそうに笑った。
「わかる。ママ強いもんね」
「ああ。強い強い。…ほんで、めっさ可愛い」
「司も可愛い?」
「当たり前やないの。そらもうめっさ可愛い」
「じゃあじゃあ!アイドルオーディション受けてもいい?読モでもいい!受けたいの!」
「アカン」
「なんで?」
「これ以上可愛いて目立ったら変なもんがぎょうさん付いてくる。危なっかしい」
「でも司アイドルかモデルか女優になりたいんだもん!ママもいいって言ったもん!」
「松前家のアイドルでええやないか」
「テレビ出たい。雑誌載りたい。でね、モデルのCHIHAYAに会いたい!女優の藤嶋翠にもあいたい!」
「そんなもん全部纏めてお父ちゃんが会わしたる。一緒に食事でも買い物でもさしたるがな」
「えー……なんか…夢がないようぅ」
そういうのがしたいんじゃない。パパの膝上でふて腐れる司。
それから暫く雑談して彼女は書斎を出て行った。
「お帰り。随分長くパパとお話ししてたのね」
「ママぁ。パパがアイドルなっちゃ駄目っていうの。マモにも駄目って言われたし。
ユズは良いって言うと思ったの。でも駄目って言った。なんで皆駄目っていうの?」
「そう。皆司が可愛いから傍に置いておきたいのよ。心配してるのもあるだろし」
「松前家のアイドル?」
「そうそう。それでいいじゃない」
「ヤダ」
「やっぱり?」
「ヤダ。なんか恥かしい」
「そうね…ちょっと…恥かしいわね…それは」
唯一味方してくれるママのもとへ。リビングでチラシを広げてアカペンで丸をつけていた。
いつもの事なのでその辺は特に何も言わずママの隣に座った。
「いいもん。こっそり送るもん」
「やるだけやってみればいいわ。ママは何も言いません」
「ねえねえ総ちゃんは?総ちゃんなら応援してくれるのに」
「真守さんの所。今日はお泊りするんだって」
「マモの所かあ」
「すっかり真守さんに懐いて。総司さんいじけないといいけど」
ただ総吾の場合は司のように叔父さんが大好きというよりビジネスの勉強をしに行っているから
そこまで総司は落ち込まないだろう。いや、自分が社長なのに直接話を聞きに来ない時点で
十分落ち込む要素はあるだろうか。考えて百香里は苦笑した。
「パパ眼鏡してた」
「そうなの?初めて聞いた」
「かっこいいよ」
「そう。じゃあ、ママも見に行こうかしら」
「うん。でね。それとなぁーくパパに言ってほしいなぁ」
「貴方が本気でやりたいならパパもきっと応援してくれるわ」
司の頭を撫でてお風呂に入って来なさいと促して自分はまたチラシに赤丸を増やす。
ここから自転車で30分も移動した所にあるスーパー郡は激安で品揃えもいい激戦区だ。
家政婦たちが買って来る上品な日用品に紛れ百香里が買って来る安い品物も置かれている。
使い慣れている所為か皆安いほうをつい使ってしまい高いのは専ら来客用となっていた。
「ユカリちゃん。コーヒーお代わり欲しいんやけど」
「あ。はい。すみません気が付かなくて」
「忙しそうやね。明日の買い物?」
他のスーパーのチラシとにらみ合いをしていると総司がカップを持って来た。
そんな長時間睨んでいたつもりは無かったのだが。慌ててコーヒーを持ってくる。
彼女が台所へ行ったその間、総司は机の上のチラシを眺める。
「家政婦さんたちには品が無いとか二度手間って言われちゃうんですけど。でも、ウズウズしちゃって」
「相変わらず冷戦しとるなあ。ここはユカリちゃんの家やで好きにしたらええ」
「はい。あ。眼鏡は?」
「もう終わったで外した」
「見たいです」
「今度な」
「もう。いじわる」
「若造のファッションなんちゃらとはちゃう。ええおっさんの眼鏡なんか見てもしゃーないで」
「見たいんです」
「今度ったら今度」
貰ったコーヒーを飲みながら視線を百香里からチラシへ移動させる。
相変わらず激安とか最安値とかに弱いらしい。
どれも日常で必要なものだけど各社で1番安いものに丸が付いていた。
「じゃあえっちな下着買ったけど見せてあげません」
「な、なにそれ!何時の間に」
自分もお茶を汲んで来て座る百香里はさらっとすごい事を言った。
総司が思わずコーヒーを吹くくらいの。
「この前梨香さんとお出かけしたんです。千陽さんの出産祝い何にしようかって。
その帰りにえっちなお店があって。興味本位で入って買いました」
「さらっと何を言うてんの。まあ、あのお姉ちゃんは分からんでもないけどもやけど」
「私だってそういうの見ます買いますためします」
「た、試したん!?何時?!」
「さ、…最後のは嘘です」
「よかった」
自分の知らない所でそんなオイシイ事を。いや、そんな事じゃない。
総司はこぼしたコーヒーを拭いて落ち着く。
「でも買ったのは事実です。せっかく総司さんを喜ばせようと思ったけど。そういう意地悪するなら」
「眼鏡なんてどうでもええやん。えっちなユカリちゃんが見たい」
「そ、そこ変な省略しないでください。……見たい?」
「見たい見たい見たい」
「そんなウルウルした目しないで…じゃあ、……じゃあ…見せちゃおうかなぁ…」
彼女の願望として見て欲しいというのがあるようで。意外にすんなり了承した。
もっと引き伸ばしたり恥かしがったりもったいぶるかと思ったが。気分を高めようと別々に風呂に入る。
先に入った総司は寝室へ向かい後から来る百香里を待つ。何時も以上にドキドキしながら。
「ユカリちゃんもそういうの好きになってくれたんや。俺も男として頑張らなあかんなあ」
「そ、それ以上頑張る事無いですからね」
「来た来た。ユカリちゃん待ってました」
「拍手しないでください恥かしい」
部屋に入ってきた百香里は流石にパジャマ姿。でも中はえっちな下着。
そう思うと総司も興奮が収まらず。彼女を抱き寄せて何度もキスをする。それだけでもう
夫が何時も以上にテンション上げて興奮しているのはすぐに分かった。嬉しいような辛いような。
複雑な気持ちの百香里だが彼の思うままにキスと愛撫を受け入れ脱がされていく。
「全部透けてるんや」
「は、はい」
「あ。パンツん所裂けてる。…このままシてええと」
「…ど、どう…ですか?…露骨すぎ…ですか?」
えっちな下着というのは過去にも挑戦したことがある。一緒に選んだ梨香は
渉の為にもっと過激な下着を選んでいたけれど。百香里も結構刺激的だと思う。
ふちがレースで中はシースルーで色は薄い赤と黒。
総司の視線が何時も以上に熱く感じるのは自分自身も興奮しているからか。
「めっさ可愛いやん。せやけどいっつもえっち長すぎって怒るのに。もしかして刺激たりへんとか?」
「刺激は嫌って言うほど貰ってます。ただ、その、…総司さんの方が」
「俺?」
「総司さんにも…気持ちよくなって欲しいなって思って。私からはあまりしないから。
総司さん物足りないんじゃないかって。今更ですが。でも、今なら昔ほど抵抗無いし」
お互いが満足するえっちがしたいなら自分からももっと積極的に行かなきゃと
梨香にも色々と大人の入れ知恵されたのだがそこは黙っておこう。
「そこまで俺の事考えてくれてるんや。嬉しい」
「夫ですから」
「ほんで今ならええわけや。今なら」
「な、なんですかそのニヤニヤっとした顔」
「言い辛かってんけど。シたい事とか体位あんのよ。ええかなあ」
「……嫌な予感」
「ええよな」
意地悪な視線が百香里を見つめている。その口元には笑み。
何時もは懐っこく見える笑みが今だけは悪魔の微笑みに見えた。
抵抗も反論も何もできないままに布団に押し倒される百香里。
「幾ら明日お休みでもその予定とかあるし、響くのは」
「自分次第やね。今なら出来る事して欲しい。めっさ気になるしアホみたいに興奮する。
正直な話し、俺は男として何時まで百香里を満足させられるかわからへん。そこがほんま怖い。
けど、百香里から求めてくれたら俺は若く強く居れる気がする。これからもずっと求めてや」
「総司さん」
「まだ恥かしいか?」
「いいえ。電気消してください」
真っ暗になった部屋に2人の吐息が漏れる。そんな夜。
「ねね総ちゃん見て!梨香ちゃんに教えてもらったお化粧してみたの!モデルみたい?」
「うん。可愛いよ」
「じゃあじゃあこれで写真おくろーっと!お気に入りのワンピ着てくる!」
「頑張って」
これだけ大騒ぎしておきながらパパには内緒なんだよとこっそり言う姉に苦笑。
写真を撮ってそれを雑誌に送り読者モデルになりたいらしい。父親には反対されたままだが
母親が賛成だから押し切る予定の様子。総吾はその母が居るリビングへと向かう。
「まずはこれとこれ…よし。絶対にゲットするぞ」
「ママ」
「総ちゃんお帰り。真守さんにはちゃんとお礼言った?」
「言ったよ。ママによろしくって言ってた」
「そう。司が何か騒いでたみたいだけど…?」
「何でもないよ。今日の激安?僕たちも手伝うね」
「ありがとう。パパも来てくれるっていうから。お休みなのにごめんね」
総吾はママの隣に座ると彼女がチェックしていたチラシを一通り確認する。
松前家は安さに拘る必要もなければ人を掻き分けて態々買い物をする必要も無いけれど。
ママはいつも休みが近づくと一生懸命チラシを集め丸印をつけ一家で参戦する。
「僕もちょっと楽しいからいいよ。攻略を考えるのは好きだし」
「でも総ちゃんほしいものがあったら言ってね。我慢させたいわけじゃないから」
「それはママも一緒だよ。したいことや欲しいものがあれば遠慮なくパパに言わないと」
「総ちゃん」
総司を求めること。甘える事。それが彼を若く強くさせる。
息子の何気ない言葉にふと昨日言われた事を思い出す。
求めることも甘える事はなにもえっちだけじゃない。
「僕に言ってもらってもいいけどね。それだとパパの立場が無いからさ」
「そうね。それじゃあお買い物手伝ってもらった後はみんなで甘いもの食べに行きましょう」
「うん。所でパパは?」
「寝てる」
「まだ?」
「お疲れなの。ママもちょっと疲れてるけど…寝てられないもの。時間になれば起きてもらうから。絶対に」
「手伝うよ」
「お願い」
おわり