wata

カット! 後半


「いっそ丸刈りにしてそこから伸びるまで待つほうが経済的に」
「不経済や。俺のユカリちゃんが出家してしもたかとヒヤヒヤする」
「……ほんのさきっぽ切るだけなのに」
「ユカリちゃん」
「はい」

司と総司がサロンを終えた翌日。百香里も予約したお店へ行くことに。
車に乗ってもあまり納得してない様子で不満げな顔。
裁ちばさみでザクザク切るよりはずっといい、という総司。

司は昨日あれだけ可愛く仕上げてもらったのに
翌朝にはいつもと変わらず激しい寝癖がついていた。


「可愛い奥さんが更に可愛いなるんはめっちゃいい気分なんやけどなぁ」
「そんな可愛くないし」
「可愛いのに」
「……照れるので可愛いは禁止」
「はい」

 ぷくっと司とまんま一緒の顔をしてそっぽを向く百香里に苦笑しつつ。
彼女が定期的に行く、義姉に教わったというサロンへ入った。
 総司は時間が来たらまた迎えに来るからといって入り口で別れる。

 はっきりとは言わないけれど、きっと彼は長い髪が好き。
 だから百香里は不経済と思いつついつも長いまま。

 少し混んでいたからか、2時間ほどかかってやっと開放。


「ごめんなさい総司さん。2時間も…」
「可愛いは禁止やけど。カワイイイイイ!」
「て……店員さんまだ見てる所なのでボリューム下げてっ」

 迎えに来てくれた旦那さまの満面の笑み。それは百香里が好きな顔
ではあるが、後ろからクスっと声がして。振り返らなくても店員さんだと分かる。
恥ずかしいので振り返らないで足早にお店から出て車に乗り込む。

「堪忍してな。つい」
「かんにんします。…デートする時間少なくなるから急いで行きましょう」
「何処がええかな。お腹すいとったらまず何か食べるのもあるけど」
「確かにお腹すきました。じゃあ、司が好きなチョコケーキがあるカフェに」
「行こか」
「それとも。二人きりになれる場所に行きます?」

 その問に総司は正面を向いたまま真顔で数秒固まって。

「……そうしたいのは山々の山やけど。まずはユカリちゃんのお腹を満たしたいなぁ」
「じゃあ遠慮なくハンバーガー食べます」
「店の案内してくれる?それかナビに…いや、教えて」
「いちいち操作が難しすぎるんですこのナビ」
「司と同じこと言うてる」

結局二人きりになる選択肢は今度のデートに置いといて。
百香里の案内で義姉と司と3人で行ったというカフェへ。
女性が好む店作りで客層もほぼ女性。

席についてメニューを軽く眺めて注文。
持ち帰りのケーキも忘れずに頼んでおいた。

「総司さんとカフェに来るの久しぶりですね」
「そうやった?…あー。そう、かも。俺がガツガツしてるから」

つい、彼女が好きそうな店めぐりより2人きりタイムを選ぶ。
もちろん百香里が望む場所を優先するけれど。

「私が避けてたのもあるんです」
「え。そう、なん?……やっぱりこういう店に俺は似合わんよなぁ」

オジサンだから、とは寂しくなるので敢えて言わない。
どうせ言いたいことはわかっているだろうし。

「総司さんは関係なくて。司です。カフェが美味しいものが
沢山ある素敵な空間だと知られてしまったので。
すぐ嗅ぎつけて私も行く!連れてって!ってごねまくるから」
「連れてったら?」
「甘い!」
「すんませんっ」
「ここで許可しようなら次は玩具、お洋服、メイク道具にアクセサリー
女の子は段階を踏んでお金がかかるようになるんですから」
「欲しがってるなら大人の裁量で適度に買ってあげてもえんやない?
モノの価値を知るにはまず体験してみるんも勉強になると」
「生粋のお金持ちのご意見ですね…私は全部自分で得て自分で学びました」
「す、すんません」
「渉さんも真守さんも同じだから。私が悪者になるんですよね。
そうですよね、司は松前家の娘だもの。私が」
「ユカリちゃん。まずはご飯食べて元気だして、ほら、来たよ」

百香里の前には美味しそうなハンバーガーとポテトのセット。
総司はアイスコーヒーのみ。

「総司さんも食べてみてください。本当に美味しいから」
「それで半分にカットしてもろたんや。ほな貰おうかな」

半分に分けても結構なボリューム。
2人は口元を何度か拭きながらも美味しく頂く。

「この味を家でも出せたら司も喜ぶのになぁ」
「俺も喜ぶ。めっちゃ美味い」
「頑張りますっ」
「ユカリちゃんはまだ学んでる途中やねんで」
「え?」
「大変やった学生の頃と違って今は俺がおるんやから。
もう1人で無理せんと学びたいこといっぱい吸収してほしいな」
「総司さんからしたら私も司と同じ子どもってことですか」
「年の差はどうしようもないからそう感じても仕方ないけど、
奥さんへの愛情と司への愛情は別もんやから。強く否定さして」
「でも総司さんに甘やかされるの好きな困った私も居ます」
「可愛いこやね」
「……すごく、恥ずかしい」

総司の優しい笑みがとても素敵でデヘヘと変な笑い方をしてしまう。
やっぱり余裕のある大人だなと思うと同時に、非常に顔がいい。
松前家の三兄弟は品のある美しい顔立ちだ。
司もお淑やかな美少女に育ってくれるのかとちょっとだけ期待している。

爆発した寝癖頭を放置してアニメを見ている姿を思い出すと
あまり期待できないけれど。

食事を終えて帰り際にケーキを受け取り車に戻る。
受け取ってしまったら後はもう家に帰るしか道はない。


「キスするつもりやったならもっと景色の良いところとか寄り道して」
「いいから早く!ちゃっちゃと!」
「はい」

マンションの駐車場。車がとまったのを見計らって自分から馬乗りに
なっておいて目を閉じる百香里。総司は驚きながら周囲を確認しつつ
そんな奥さんを抱きしめてキスする。

「……やっぱり締めはいるでしょ?」
「そうは言うけどな?ユカリさん。こんな狭い所で密着してキスして
めっちゃムラムラしてる俺はどんな顔で娘に会えばええの?」
「何時もの優しいパパの顔でいいんですよ」
「今はパパより男を優先させたい」
「頑張ってパパ。ほら、保冷剤追加しなかったんだから急がなきゃ」
「はぁい」

しめを終えて玄関に入ったら走ってくる可愛い娘。
だけど、その視線はじっとお土産の箱。


「あの子はどんな風に育つのかちょっと不安」
「大丈夫やって。めっちゃかわいくていい子やし」
「そうそう。プロに任せてカットしたらクソ可愛いくなったろ?」
「渉。言葉が汚い」
「とても可愛くなりました。いいか?」
「ああ。良い。司にはキレイな言葉を聞かせなければな」
「真守さんが頼みだな…」
「極道映画みせたくせに」
「あれは事故だ」
「……、私がしっかりしなきゃ」


おわり





2022/07/16