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カット! 前半


 それは土曜日の朝。

「髪の毛伸びたね。ママがカットして」
「駄目だ」
「びっくりした。渉さん。どうして駄目なんですか?」

 凄まじい寝癖で登場した娘と話していたら突然後ろから言うから驚いた。
その顔は義姉と姪を驚かしてやろうという感じじゃなくてマジなやつだ。

「この前切った時とかザクザクでバラバラだっただろ」
「あれは司が騒ぐから」
「家でテレビ見ながらじゃ危なっかしい。サロンに行くべきだ」
「えー」
「えーじゃない。娘を可愛くしてやりたくないのか」
「何もしなくっても可愛いじゃないですか。ねぇ司」
「俺が連れて行くからいいだろ。1回試しにサロン」
「……司どう?知らない人に髪の毛チョキチョキしてもらう?」
「怖い人じゃない?」
「怖くない。俺が付き添っててやるから」
「じゃいく!」
「でもね司。行ったからには怖いからやだーなんて泣くのは駄目だからね」
「はい」

 という事で司は急遽サロンというものに行くことになり。
知り合いの店というところに予約を入れて朝の準備を済ませたら
嵐のようにバタバタしながら司を抱きかかえて渉は出ていった。


「何やめっちゃ騒がしいかったけど…」
「渉さんが司をサロンへ連れて行ってくださるそうで」
「そうなん。急やね」

 そこへまだ眠そうな顔でやってきた総司。
お休みの日は無理には起こさないから一番遅い。
 彼も娘と似たような盛大な寝癖つき。

「総司さんもサロン行きますか?」
「俺もそろそろ行くべきかなぁ」
「社長さんなんですから身なりを整えておかないと。
じゃあ何時ものお店予約しておきますね」
「ありがと、優しいユカリちゃん。……せやけど、あの店のおっちゃん
ユカリちゃんやと予約すんなり取ってくれるんよな。ほんまやらしい」
「良いじゃないですか。予約取ってくれるんだから。
電話してくるのでご飯とか準備しててくださいね」
「はい」

 軽く百香里のおでこにキスをして総司はリビングへ。
彼と入れ違うようにスマホを置いてある寝室へ百香里は移動。


「やけに静かな朝だと思ったら司が居ないんですね」
「真守。あれ?どっか出かけとったん?」
「何を言ってるんですか。昨日は出先から直帰せずホテルに泊まって」
「あー。そうやった」

 だからリビングに入ってきた弟は休日だというのにスーツなのか。
 トーストを齧りながら総司は納得する。
 真守は一瞬渋い顔をしながらも自分でコーヒーを用意した。

「まあ、この家に僕が居なくても支障はないでしょうけどね」
「アホ言うたらあかんで。真守がおらんって司がめっちゃふくれっ面しとった」
「え。そう、ですか?不味いな。何か約束をしてたのかな」
「今日は一緒に泡風呂とシャボンマシンで遊ぶって言うた〜って」
「……そうだ。通販で買った玩具を試すって。しまった、今日届く日だったのか」
「お前は連日忙ししてたからな。ちょっとした事やったら忘れるわな」
「司はどこに?怒ってました?泣いてました?」
「渉に連れられて散髪しに行ったで。俺も行く予定で」
「貴方はどうでもいいから。司の情報をください」
「拗ねてたけど。あの子なりに気持ち整理したみたいで何も言わんくなったで。
玩具はまた今度にするって我慢してたし」
「なんてことだ。司に我慢させるなんて。……何か買って来た方がいいな。
お菓子か玩具かそれとも」

 コーヒーカップをガチャンと置いて見るからに顔色が悪くなる真守。

「大丈夫ですって。あの子はそんなのすぐ忘れちゃうから」
「義姉さん」

 総司が言う前にあっけらかんと言ってリビングに戻る百香里。

「お帰りなさい真守さん。司はケロッと元気に散髪行きましたから。
気にしないでゆっくりしてくださいね」
「電話ありがとう。予約どうやった?」
「すぐにでもできるそうです」
「ほんま。めっちゃやる気やなぁあのおっちゃん」

 百香里は来ないのに、電話口の女性を何だと思ってるんだろうか。
 社長業をしていることはバレているので秘書だとか思っている?

 ぼんやりしていると「時間がありませんよ」と百香里に言われて慌てて準備。


「兄さん送りますよ」
「お前は帰ってきたばっかりで」
「泡対策に水中メガネを買わないといけないので」
「……あ、そう、なん」

 やる気満々の弟に乗せてもらって何時もの理髪店へ。
終わったら連絡をするからと示し合わせて一旦分かれた。
 弟のあの感じだと買うのは水中メガネだけじゃなさそうだ。

 甘やかしすぎ!と百香里が怒らなければなんでもいい、のだけど。


 その頃。


「ユズみてすごいアニメみえるよ」
「あ、ああ。知り合いから聞いてたけどキッズ専門サロンってすげえな」

 司を連れてサロンへ来た渉。姪の代わりにすらすらと署名をやら
何やらを書いて担当の女性の問にも答えて、
 司が選んだ車型の専用椅子に座り。眼の前の鏡の上にはアニメ。

 子どもの為に全フリした店内はテーマパークみたい。
 一人は寂しいからと横に座る事になった保護者用の椅子はてんとう虫。

「……あわあわしたかったなぁ」

 熱中しながら見ていたけれど、ちょうどお風呂の泡が出てくる
アニメのシーンで司がぼそっと呟く。

「だから言ったろ。俺が遊んでやるって」
「マモと選んでかったんだもん。来たらすぐ遊ぶっていったもん」
「遊べよ。今日帰ってくるんだし」
「うん」
「俺もさぁ誘ってくれるもんだろ普通…なんで二人で選ぶんだろ。
あいつ性格悪いよなぁ…ほんと典型的な意地悪兄ってやつだよなぁ」
「えっと。あの。カットさせてもらっても良いでしょうか…?もう少し時間必要?」
「え?あ!…いや。すぐに頼みます」
「おねがいしますっ」
「はい。それじゃ司ちゃんちょーっと前見ててね」
「はぁい」

 完全に忘れてた。後ろにずっとどうしようか立ってる美容師がいたことを。
渉は黙って。司も静かにしてカットを開始。司は特にこだわりはないけれど、
短くはしない伸ばしていく予定、らしいので渉の言うままにカットしてもらった。


途中ウトウトしながらも無事カット終了。
お土産にお菓子も貰って上機嫌で帰宅。

「ママみてお菓子もら……」
「どうした司なに固まっ…て」

 スキップでリビングに入った司が動かない。
 何事かと遅れて渉もリビングに入る、と。

「ああ、おかえり」
「あんた何やってんの?マジで怖かったんだけど」
「何って。泡対策の水中メガネ。それと風呂で遊べる玩具」
「しゅごい…こわい」
「ええ!?こ、怖いのか?お前の分もあるんだぞ」
「待て待てその顔で来るな!俺も怖いわ!」

 スーツに水中メガネの男は怖い。兄と分かってても怖い。
 司も何時ものマモじゃない!と渉の後ろに隠れた。

「すまない。司と遊ぶにはこれくらい装備があったほうがいいかと思って」
「こんな買い込んだらユカりんに怒られるぞ。すぐ隠した方がいい」
「義姉さんからは許可を得ている」
「なにー!?ユカりんちょっと甘くないか?俺の時めっちゃ怒ったのに」
「もちろん誠心誠意お願いした。それと、ちょっとした交換条件で」
「あ。なんかきな臭いやり取りしてるなお前等」
「まあ、いいじゃないか。司、今夜はこれでいっぱい遊ぼう」
「うん!でもその怖いのは付けない!」
「なぜだ。これは目を保護する大事な役割が」
「海とか行った時に使えばいいだろ。とにかく、おつかれ」

玩具に関しては満足げな司だが最後までごつい可愛げのない
むしろ怖い装置のようにみえる水中メガネは触ろうとしなかった。



「ちょんと切るだけですってば」
「あかんて。ユカリちゃんもサロン行っておいで」
「先っちょ切るだけで何千円も取られるくらいならちょっとくらい
ザクザクでもいいです。さ、行ってください総司さん!」
「嫌です。髪の毛であってもユカリちゃんに刃を向ける事は出来ん」
「もう」
「一緒にお店行こな。ほんでデートしよ」
「総司さんにはかないません」



おわり


2022/06/15