「僕は行かないよ」
「どうしても?1回くらい話ししてみたら楽しいかも」
「行かないってば。聞き分けの無いお姉ちゃんだね」
「そう?じゃあ…司1人で行く」
「それがいいよ。さようなら。頑張ってね。3時までには帰ってくるんだよ」
「…はぁい」

休日の朝。もう何度も誘っているが一度もハイといわない弟。
何かを頼む時何処かへ一緒に行って欲しい時、多少の難色は示すが断りはしない。
だけどこのことになると速攻でNOを突きつける。最初からそれしか答えが無いみたいに。
司は大きなカバンを1つ持って家から1人出て行った。それを静に見送る総吾は無表情。

「ママに気兼ねしなくていいのよ?」
「ママ」

その様子を伺っていた百香里が後ろから声をかける。母が居る事に気づかなかったようで
彼にしては珍しくちょっと驚いた様子で振り返った。

「司と一緒に会いに行ってきていいからね。ママ全然気にしないから」
「司は友達に会いに行っただけだよ。何で関係ない僕が付いて行く必要があるの?」
「総吾」
「それよりも早く戻ったら?パパが寂しがってるんじゃない」
「うん。じゃあ。一緒に」
「ごめんね。これから真守叔父さんの家に行って本を借りるんだ」
「そうなの…勉強?頑張ってね」

司は時々”お友達”に会いに行く。それが本当は異母姉である事は皆薄々感づいているけれど
今の所それを止める気は百香里には無い。そのまま彼女たちが交流すればいいと思っている。
ギスギスするよりは。と。総吾は何も無かったように踵を返し自室へと戻っていく。
あんな風に行ったのは親に建前の嘘をついて出て行った姉をかばってか。それとも本音?
百香里はちょっとドキドキしながらもリビングへ戻る。息子が言った通り寂しそうな夫が待っていた。

「ひな祭り?」
「うん。だからお雛様とお内裏様とお菓子とジュースとあと」
「あんたの所ならそれはそれはご立派なお雛様があるんだろうね」

唯は海外留学を経て父親の息のかかってない一般企業に無事就職。
母親とも離れ1人暮らしを初めていた。がたまにピンチの時は父親のすねをかじる。
社会人になると何かと入用なのだと自分に言い訳をするが結局は親に甘えている。
不甲斐なさを感じながらも司という”友達”とも何だかんだ言って長い付き合いだ。

「ユズに買ってもらったのでお祝いした」
「…ふーん。そんで私にはこの手作り感満載のお雛様で十分だと」
「かわいいでしょ」
「えらい目がキラキラした雛様だ」

大きなカバンから取り出したのは本物とは程遠い画用紙と折り紙で出来たお雛様。
2つ並べてみればそう見れなくもない。力作。傍にはあられと甘酒が置いてある。
お雛様はもう過ぎてしまったのに。何故今ここでそれをするのか唯は分からない。

「女の子の日だもんね。祝おうよ」
「過ぎてるし。それに早く片付けないと嫁いけないんじゃなかったっけ?」
「じゃあ歌うたってお菓子食べたらすぐ片付ける」

机の上を勝手にお雛様モードにセッティングする司。
唯は理解できず徐々にイライラが募ってきた。悪気が無いのは分かっている。
この子には悪意なんてものは最初から存在しない。それくらいまっすぐ。だけど。

「あのさ。何の為にすんの?あてつけ?自分は幸せだから分けてあげようとか思ってる?」

ソレがたまに無性にイラつかせる。

「唯ちゃんと祝いたいだけだよ」
「家に呼ぶなんて出来ないもんね。私があのデカイ家に行けば皆白けちゃう」
「そんな事ないよ」
「お雛様なんか無かった。お母さんはいっつも働いて家に居なかったし。
一緒に祝うったって……ああいい。こういうしみったれた話はダメ!しない!禁止!」

司に姉ではないとキッパリ線を引っ張った以上もう意地悪はしないと決めた。
それ以上過去の事を言ったり意地悪したら自己嫌悪するくらい悪人に成り下がってしまう。
父親にもそれで今まで無いくらいに怒られて母親からもそんな事はするなと泣かれた。
だからこういうイベントは実は苦手。友達に呼ばれても何だかんだ言って断っていた。
できれば司には来て欲しくなかった。日がずれたから違うと思ったのに。

「ママもね。祝ったことなかったって」
「へえ」
「お雛様も無かったって。ママのパパが死んじゃって。だから。祝うことってなかったって」
「……そう、なんだ」
「ママ凄く嬉しそうで笑ってた。だからね。唯ちゃんにも笑ってもらおうって思ったの。
でもね、たぶん、きっと…お家に呼んでも来てもらえないと思ったから…だから」
「え?何でそうなる?」
「司の大事なお友達だもん」
「……」

何て単純な思考回路な子だろう。ニコっと笑っている司に唯はあっけに取られた顔をする。
そして歌詞カードですと手書きのメモを渡された。コレを見て歌えというのか。

「恥かしがってちゃダメだよ。せーのだよせーの」
「あ、あのさ。司」
「演奏あったほうがいい?リコーダーならなんとか」
「いやいや、それじゃ私しか歌えないでしょうが。そじゃなくて。…ケーキ、買いに行かない?」
「ケーキ?」
「そ。せっかく女の子の祭りなら女の子好きなもん食いたいじゃない」
「司チョコデラックスケーキ!」
「デラックスとかあんの?…ま、いいや。行こう」
「うん」

机はセッティングしたままで2人はアパートを出て近所のケーキ屋へ。
唯はショートケーキ司はデラックスはなかったがチョコレートケーキ。
2つ買って戻る途中何気なく司は足を止めツンツンと唯の服の裾を掴んだ。

「なに」
「……」
「言わなきゃ分かんない」
「……」
「行くよ」

何も言わない司。唯は敢えて突き放すような言い方をする。
暫くモゾモゾしていた司だが。

「……手…繋いでもいい?」
「聞こえない」
「手繋いでもいい?」
「えー。どうしようかなあ」
「……」
「ケーキあんたが持つってならいいよ」
「持つ」

司にケーキの箱を持たせてあいた手を握る。
存在を知ってからだいぶ成長している司。でもまだ小さい手。
何がそんなに良かったのか嬉しそうな顔をするからついこっちも綻んだ。

「あんた口硬い?」
「うん。お口チャック!」

部屋に到着してケーキをお皿に出してから。ワクワクしている司に
唯は写真を1枚持って来た。まだ伏せていてなんの写真かは分からない。

「これ、うちの彼氏」
「わあ。唯ちゃんの彼氏!もうちゅーしたの?」
「まあね。分かってると思うけどパパには内緒だよ」
「うん。チャック!」
「まだ結婚とかは考えてないけど。でも、家庭に憧れてるんだ。パパママそして子ども。
当たり前みたいだけど。でも、そんな家庭。何も裕福でなくてもいいんだしさ」
「…ママと同じ事言ってる」
「そう?…あんたのママとはいい友達になれたかもね」

今更恥かしくて、それにどんな顔して会いに行けばいいのやら。
昔は波風立ててやろうと積極的に父親に近づいたりしたのに。
今はもうそれは過去になろうとしている。まだ少し精神的な壁があるけれど。
自分も家庭をもてたら彼女とも普通に会話が出来るようになるのだろうか。

「楽しかったね」
「そこそこね」
「唯ちゃんの彼氏かっこいい。でもちょっとパパに似てるかも」
「似てないよキモイ」
「きもくないよ。司ね、パパみたいな彼氏がいいなぁ」
「マジで?何処がいいのあんなの」
「んとね。ママが居ないと死んじゃいそうなところ」
「…お父さん…」

悪意の無い酷い発言をする司になんかちょっと父が哀れに思えた。
夫婦仲は今もいいらしい。やっぱりちょっとは悔しいけれど。
歌を歌いケーキを食べてジュースも飲んで女の子の祭りは終わる。
唯の申し出で司の手作りのお雛様はこのまま置いていく事になった。

「遊んでくれてありがとう。また来てもいい?」
「いいけど。ここは事前予約制だよ」
「うん」
「でも内緒で来てるんでしょ?父親くらいには言っときな。犯罪じゃないんだからさ。
それに富豪の娘なんだから何かあったら大変だしさ。パッと見全然わかんないけど」
「わかった」
「気をつけて帰りな。…今日は、ありがと。祝ってくれて」
「司も楽しかったよ。やっぱりお祝いはいいね。またね」

途中まで司を見送って手を振る彼女の姿が見えなくなってから大きく息を吐く。

「何でこっちはこんな捻くれ女なのにあっちは馬鹿真っ直ぐなんだろ。ほんと、…似てない。何処も似てない」

でもまた予約メールが来たらあの子の為に予定を空けるのだろう。
友達との予定より彼氏との予定より優先してしまうのだろう。もっと素直になれたら。
あの子くらいになれたら。そしても少し若かったら。
あの家族と一緒に笑顔でお雛様を祝えたのだろうか。否。考えるだけ無駄だ。



「お帰りなさい司」
「ただいま」
「あら。甘い匂い。…買い食いしましたね?」
「ケーキ…食べちゃった…」
「残念。ママドーナツ作ったんだけどな」
「欲しい!1個食べる!」
「じゃあ手を洗ってきてパパに挨拶したらあげます」
「はーい!」

帰宅した司は特に何も言わなかったが嬉しそうだったので百香里も何も聞かなかった。
言われた通り手を洗いリビングに居た父親に後ろからアタックを決めて軽い呼吸困難にさせ
大好きなママの手作りドーナツを食べる。お茶を入れてもらっているところに総吾が来た。
彼も真守の家から今戻ってきたところらしい。同じくドーナツに手を付ける。

「し、死ぬかと……お、…思っ…」
「大丈夫ですか総司さん。まだ私を1人にしないでください」
「あかん。…あ、かん。生きる。俺は生きる!」
「ふふ。落ち着きました?」
「うん。もっと撫でて」

後ろで咽ているパパはママに任せて。

「楽しかったみたいだね司」
「うん。歌うたったよ。ケーキも食べたよ」
「君だから出来る事だね。僕には到底マネできないよ」
「じゃあ次は一緒」
「僕の友達じゃないから」
「でもさ。でも」
「ほら、口に砂糖がついてるよ。拭いてあげるねお姉ちゃん」
「5月は男の子のお祝いだよ。総ちゃんいっぱい祝うからね」
「うん。楽しみにしてる」

おわり


2013/03/07