いつの間にかの日常 2
金曜日の夜。眠る準備を済ませてベッドに入る百香里。
先にベッドに入っていた総司は珍しく読書中。
なにせ明日は司がずっと心待ちにしていた水族館に行く。
「総司さん」
「ん?なに?」
攻略方法が書かれた雑誌を読んでなんだか本人も楽しみそう。
「この前お義姉さんが怒って家を出ていった理由なんですけどね」
「うん」
「些細なこと、とは言ったんですけど。ちょっと私も関係してて。申し訳ないなぁって」
「ユカリちゃんが関係することって?何やろ」
「最初は観てたドラマの話しをしてたらしいんです。そこから発展して私とお義姉さんが
困ってたらどっちを優先して助けるか。という質問をしたそうで。そしたらお兄ちゃん
すぐに答えられなかったみたいで」
「あー。……、うん。なるほどなぁ」
実にお義兄さんらしいなと総司は苦笑する。
家庭状況を理解している義姉もある程度こうなると分かっていたのだろうが
それでも女性として許せなかったのだろうからこれは誰も責められない。
もちろん百香里にだって罪はない。
「私には総司さんがいるんだからお兄ちゃんは即答で享子さんを選ぶべきなのに。
きっとそう言われると思ってただろうし。最後はちゃんと享子さんを選んだみたいですけど」
「お義兄さんは素直な人やから。責任感も強いしな」
「そこです。お兄ちゃんはもうお父さんの役をしなくてもいいのに。
私を子ども扱いして結婚してもずっと守ろうとしてくれてる。そういう所も大好きだけど。
やっぱり享子さんを一番に考えてほしいです。私だって大人になったんだし」
総司さんを認めてない!とか私もう子どもじゃない!
とプンプン怒る百香里は怒るかもしれないが総司からみると非常に愛らしい。
だからつい本を置いて彼女の頭を優しく撫でる。いつも司にするように。
「ずっとユカリちゃんを守ってきたんやしそう簡単には切り替えられんのやで。
お義兄さんその辺器用には見えへんから。堪忍したって。
本人もわかってるやろし、まあ、そこが良いところでもあるんやろけど」
「私はちゃんと総司さんに守られてるんです」
「俺はユカリちゃんに守られてるし。司は家族皆が守っとる」
「はい。うちはそれで皆が幸せ。十分すぎるくらい」
子ども扱いしたと怒るかと思ったが気持ちよさそうにニッコリと娘と同じ笑顔。
「明日はいっぱい楽しもな。ペンギンもイルカも見たい」
「司はイルカショーが楽しみらしいですよ」
「俺も楽しみ。ほんま楽しみで眠れんかもしれん」
「もう。司じゃないんですから。あの子大興奮でさっきまで大暴れしてて
渉さんに英語の絵本読んでもらってやっと寝たんですからね」
「便利やなぁ絵本……、いや、英語?」
「総司さんも読んでもらいます?私はその辺無理なんで、真守さんに」
「ほな俺が読もか。ユカリちゃんも興奮して眠れんのちゃう?」
「わかります?私ラッコが見たいんです。あとキラキラ泳いでいるアジの群れ……。
真守さんから貰ってきた経済新聞を眺めるだけであっという間に眠れますから。
ご心配なく私は大丈夫です」
「難しいお勉強しとると思ったらそういう利用法やったんやね」
「ということで早速眺めて寝ます」
「あ。うん。……お休み」
眠くなるまで喋っているのもいい、と思ったけれど。経済新聞を眺めると
本当に速攻で寝てしまう百香里を前にして総司は静かに部屋を暗くして自分も目を閉じる。
明日は運転手と娘の相手と奥さんとのデートと大忙しだ。
「楽しみすぎてはやくおきた!」
翌朝。早く。楽しみすぎて大暴れしたちびっこと一緒に寝ていた渉は
彼女の元気いっぱいの大きな声で目を覚ます。
ベッドに座ってこちらの顔を覗き込むキラキラした瞳。
「でかい声だすな。俺は留守番だからまだ寝るの。とにかく。気をつけて行ってこいよ」
「うん!ユズもね。ユズも……ぅーん温かい」
ぎゅっと甘えるように渉にくっついたら思いの外暖かくて
心地よくてまた眠そうにする。
「起きたんだろ?布団の誘惑に負けてないでさっさとリビング行けよ。
飯とか着替えとかお前時間かかるから。でかいお魚が待ってるぞ」
「そだ。いるかしょー見るんだ!」
「そうそう」
「わーーーー!ママ!ママ!」
「煩ぇ……」
耳元で叫ぶとベッドから飛び降りてリビングへ駆け出す司。
普段なら子どもであることなど関係なくとっくにブチ切れるところ。
だけど相手が司だからかそれとも子ども耐性ができてしまったのか
苛立ちはなくすんなりと二度寝に入れた。
「司どうした。すごい声が聞こえてきたぞ」
「あ。マモ。おはよう」
「おはよう。で。どうした?」
司が廊下に駆け出すと真守が不思議そうな顔でこちらを見ている。
「司いそいでじゅんびするの。それでイルカみるの」
「なるほど。でもそんな急ぐ必要はないよ。パパはまだ起きてないようだし、
ママもご飯の準備がまだ終わってない」
「そっかぁ」
「元気が有り余っているようならパパを起こしておいで」
「うん!」
わー!とかけていく司。
これはもう相当なパワーでパパは起こされるだろう。
「司がなにか騒いでたようなんですけど」
「楽しみで仕方ないんですよ。でも今からあんなにはしゃいだら
すぐ疲れてしまいそうですけどね」
真守がリビングに向かうと百香里にも聞こえていたようで不思議そうな顔。
事情を説明するとスミマセンと申し訳なさそうに言った。
「元気がありすぎると何処へでも飛んでいってしまうのでそれくらいのほうがいいかもです」
「ああ。なるほど」
「今回は私と総司さんしか監視役が居ませんしね」
「ははは。まあ、大丈夫でしょう。いつも言い聞かせているし司はちゃんと分かってる」
「でもあの子の目の前に本物のイルカとかペンギンが現れたらどうなるか。
覚えてますか?生マルちゃん発見事件。あの時の二の舞はゴメンですから」
「……、気をつけてくださいね。人が多い場所ですし」
「はい。心してかかります」
普段から何かと司と関わりを持つ義弟たちはおそらく総司よりも
百香里が普段娘にどれほど四苦八苦しているかを知っている。
そして義弟と共に経験を積んで協力しそれらの対処法も編み出してきた。
今回それがないので若干不安ではあるけれど、ここは娘と夫を信じる。
司にどんな起こされ方をしたのか頼りない悲痛な叫びを上げていたけれど。
「ごめんなさいぱぱ」
「いつまでも寝とったお父ちゃんが悪いけどもおもっきりジャンプするんは止めような」
「はい」
「怒ってへんからな。元気なんはええねんで。ほんま可愛い子やなぁ」
「総司さん大丈夫ですか?」
「娘の愛情を受け止めてこそ父親やから」
「楽しかったから2かいパパにジャンプした」
「司。もう。……本当に大丈夫です?病院とか」
「大丈夫やから。そろそろ行こか」
起きてきたパパはお腹を抑えていたけれど、気にしたのは百香里だけで
真守はスルー。渉は部屋から出てきても居ない。
朝食は食べるそうなので準備だけしておいてあとはおまかせした。
家族3人。お出かけの準備をしていざ出発。
運転手である総司、チャイルドシートに座っても元気いっぱいの司。
そして昨日総司が見ていた雑誌を食い入るように見ている百香里。
「うーん。やっぱり水族館だからってお魚を安くうっているわけじゃないのか」
「ママお魚飼うの?」
「お夕飯にね」
「おゆうはん」
「ユカリちゃん。若干お子様には残酷なテーマになってるから。そこはソフトにな」
「あ。見て司。水族館の中にお土産やさんがあってそこでアイス売ってるんだって。
お魚の形のアイス」
「食べたい!ママぁ」
「パパとママから絶対離れない良い子にだけ売ってくれるアイスなんだって」
「はなれないもん!ぜったいぜったい!」
「じゃあ買おう。約束したもんね司」
「うん!買ったら写真とってユズとマモにおくるの」
「いいね」
盛り上がる車内のBGMは司が好きなアニメの曲ばかり。弟たちはマスターしているようだが
総司には新鮮で、娘に一緒に歌おうと言われても知らなくて適当にしか出来なかったのが
父親としてちょっと心残りとなった。
「朝なんだか昼なんだか」
「休みにまで口出しすんなって言ってるだろ」
「そう怒るな。司が居ないと静かすぎてな」
家ではやっと起きてきた渉が百香里の用意してあった朝食を温め直し食べるところ。
そこへ部屋から出てきてコーヒーを取りに来た真守。
「それがふつーだったろ」
「まあな」
「昼には写真送れって言ってるから。アイツのことだしアンタにも送るだろ」
「そうか。僕にはもうすでに写真が来てるぞ?イルカのヌイグルミをパパに買ってもらったと」
「あっそ。俺のはまだチェックしてないだけだから。俺にもどうせ同じの来てるし」
「わかりやすい拗ね方だ」
「拗ねてねえ」
サラダを乱暴にフォークで突きながら食べる渉は明らかに拗ね拗ねくん。
恋人もいるドライな大人の割に
実はそのへんはまだまだ子どもっぽさを残す末っ子。
「昼飯どうする。僕は時間があることだしなにか作ろうかと思ってるんだ。
それで司に写真を送ってやる。お前は恋人の所へ行くか?それとも」
「何か適当に買ってくる。料理なんかするわけないし」
「そうか」
「……でも写真見てアイツが食い付くのそっちだよな」
「だろうな。帰ってきたら色々と話もできるなあ」
そんな本音の所を知ることが出来たのもあの子のおかげ。なのか。
「………、材料買ってくるくらいはしてやる。何作るのか知らないけど」
「簡単なものにする」
「そう。いや。俺は手伝わねぇよ?!」
おわり