いつの間にかの日常



「毎回思うんやけどなんで俺に情報来るんが最後なん?
ユカリちゃんと密かにライングループ作ってるって酷ない?」

社長室でブツブツと文句を言う。手には自分のスマホ。ただし着信等なし。
さきほどまで会議をしていて今やっと戻ってきて秘書から話を聞いた所。
それで急いで兄弟を呼んだ。
彼らにちゃんと聞かないと向こうからは今後どういう予定なのか教えてもらえない。

「あんたの秘書も入ってるんだからいいだろ」
「普通なんかあったら旦那である俺に一番に連絡が」
「来たら速攻で帰宅するでしょう。貴方の場合」
「当たり前やん。今回は司のお迎えやけどももちろん行く」
「それでは会社が困るので我々で連携をとって一番はやく出られるものが対応しているんです」

弟たちは当然のごとく事情を把握していた。真守は同じくらい忙しいはずなのに。
それでも彼には事情を伝えるなんてちょっとさみしい。いじけそう。

「大体は俺だけどな。てことで。ちょっと早めに上がらせてもらうから」
「もしできるなら夕飯も手配してもらえると有り難い。僕らは気にしないでいいが司が」
「ああ。腹減ったら不機嫌で暴れるもんな。あのちびモンスターは」

イジイジしている間に弟は会社を出て娘を迎えに行った。
自分は帰宅までもう少し時間がかかる。

「そんな顔をしないでください。僕だって鬼じゃありませんから。定時になれば帰りましょう」
「もちろん。せやけどお義兄さん大丈夫なんかな。細かい説明はなかったんやろ」
「慌てていた様子ですからね。もう少ししたら詳しい連絡があるんじゃないですか」
「それは俺にも来るよな」
「内容次第でしょうね」
「いけずやでユカリちゃん……」
「貴方よりよほど視野が広いとも言えますね」
「……ハイ」


義姉から司のお迎えを頼まれるのはそう多くはないけれど、
早く帰れるのでもっと多くてもいいくらい。
事情は皆分かっているので上司からも特に何も言われない。

話をする同僚から
兄さんの子どもの世話させられて大変だな、と言われたことはあるけれど。

「待ってろよ司」

まったくもって苦ではない。鼻歌まじりに車を走らせて幼稚園へ向かう。
高級車にチャイルドシートも忘れずにセッティングして。

「ユズだ」
「ママは忙しいそうだ。だから俺が来た。抱っこするか」
「する!」

機嫌よくお迎えに行き司を抱っこして車まで戻ってくる。
すっかり保育士さんたちとも顔なじみ。

「夕飯何が食いたい」
「んーーーーー。おにく!」
「肉か。よし。じゃあ肉買おう。……っても俺肉かったこと無いんだよなぁ」

義姉がよく行く激安スーパーとやらのパックに入った肉は買う気がしない。
彼女の趣味だから口出しはしないし出されたら美味しく食べるけれど。
できれば上質のものを食べたいし司に食べさせてやりたい。

食育について家庭環境の違いから義姉とたまに衝突するが
これはチャンス。

「やっぱりぱん。あまいやつ。ママが朝かってくれたののこりある」
「ガキのくせに気を使うな。大丈夫だって。……あの店テイクアウトしてたかな」
「ユズ」
「電話するからちょっと車止めるぞ」

心配そうに見つめてくる司の頭をなでて電話をかける。

「お腹すいた……」
「美味いステーキ食わせてやるからちょっと我慢しろよ」
「すてーき!」
「俺は良い弟だからな。兄貴の分も義姉の分も買ってやった」
「やさしいユズは〜やさしい〜し〜うたもじょうず〜だし〜」
「恥ずかしいから人前ではそれ歌うなよ」

20分ほど待ち時間があったが店へ向かうまででほぼ消費出来た。
一応、次兄には夕飯を買って帰るからと連絡を入れておいた。
車に司を残して足早に店に向かい商品を受け取る。温かいお肉のいい匂い。

「お腹しゅいた……」
「俺も。匂いがやばいな。さっさと帰ろう」
「かえろう!」

今すぐ食べてしまいたい誘惑と戦いながら無事に家まで到着。
荷物を持って司を抱っこして重いけれどそれよりも食欲が勝り、部屋へ。
いつもなら玄関を開けると明るくて夕飯のいい匂いがしてくるけれど。

「どうした」
「……ママ居ないとまっくら。こわい」

真っ暗で静かで怖い。下ろしてもらった司はギュッと渉の足にくっつく。

「信じられないだろうけどお前が生まれる前はこれが普通だった」
「怖くなかったの?」
「俺は大人だからな」
「大人ってすごいね」
「まあな」

だからすぐに電気をつけて明るくした。
そこにママが居なければ寂しいのは変わらないけれど。
着替えを済ませてリビングに戻ってくるとちょっと表情が暗い司。
誰も居ない台所を見て、ママがいない事を強く感じて寂しくなったらしい。

「お肉だ」
「2人が帰ってきたらすぐ食べられるように夕飯の準備するぞ。
ママは遅いらしいから。こっちにおいておく」
「はーい」

ママの代わりに渉が台所にたって買ってきたステーキをお皿に盛る。
ご飯は炊いてくれていたようなので安心。あとはサラダ。
スープはインスタントのものを司がコップを用意して作った。

「凄いな。驚いたよ渉。肉の買い方を知ってたんだな。焼き方も」
「馬鹿にするついでに嫌味を言うとかアンタも成長したよな。クソムカつく」
「言葉に気をつけろ。司が聞いてる」
「ハイハイ。ちびモンスターも俺も腹減って死にそうなんださっさと食おう」
「くおうくおう!司ねスープ作ったもん」
「偉いな」

最初にリビングに入ってきたのは真守。少し遅れて総司。
ママが不在ではあるけれど、ほかは全員揃ってのお食事。

「ユカリちゃんから連絡あってな。何でもお義姉さんが家出したとかで。
お義兄さんの家のこと手伝ってからお姉さんの機嫌とりに出てった先のホテルに
行くって言うとったわ」
「浮気でもしたのか?ユカりんの兄貴だろ?すげえ堅物そうだったのにな」
「勝手に決めるのはどうだろうな。外からは見えないいろんなトラブルがある」
「ケンカしちゃったの?」
「大丈夫。話しの感じやとそこまで大事やないみたいやから」
「ユカりんが飛び出すくらいだから大事件かと思ったけど。
ま、どっか悪くしたとかじゃないなら良いよな」
「お前が人の体の心配をできるようになるなんてな」
「うっせえな。俺もそれくらい言う。一々兄貴ヅラすんなよ」
「褒めたのに」

家出と聞いて命に関わることではないからと一息。
司はあまりわからないようで総司に説明されて、軽く頷いた。
両親はほとんど喧嘩をしない。
叔父さんたちも文句は言い合ってもそれ以上に悪化はしない。
兄夫婦がここに来て、
司が生まれてからそのへんはかなり改善されている。

「パパ。ママがでていっちゃったら司やだ」
「お父ちゃんも嫌や」
「けんかしないでね」
「気をつける。というよりユカリちゃんには敵わんから」
「一緒にごめんなさいするから」
「ありがとう。ほれ、ええ子はネンネの時間やよ。お父ちゃんも隣で寝とるから」
「ママがかえってきたらね……おゆうぎかいのこととかね」
「分かってる。ちゃんと伝えるでな。司がご飯の準備頑張ったのもお風呂わかしてくれたんも」
「……うん」

ママが戻るまで待つと言っていたけれど時間が遅くなれば司は眠気に勝てない。
夫婦の寝室に連れて行って大きなベッドの真ん中に寝かせる。
総司もその隣でしばらく休憩。ウトウトと眠ってしまいそうになるけれど。

「おつかれ様やったね。おかえりユカリちゃん」
「疲れました……」

百香里からもうすぐ家に到着するとメールが来てリビングで待っていた。
5分ほどしてヘトヘトの百香里が入ってくるとそっと抱き寄せて頭を撫でる。

「司は寝室で寝とるんさ」
「私も寝たい。さっさとお風呂入ってきます」

眠る準備をさっさと終えて寝室へ向かうと布団を蹴って凄い寝相の司。
優しく戻してあげてベッドに入る。

「きっかけは本当に些細なことだったみたいです。でも積もりに積もって気づいたら
家を出てたって。子どものこともあるのに突発過ぎたって本人も反省してました」
「お義兄さんは」
「明日迎えに行くって言ってました。そのときにうまく話ができればいいけど」
「お互い大人やで大丈夫やろ」
「だといいけど。お兄ちゃんは頑固だから」
「お義姉さんは大事な人で必要なんやから。それは分かってるはず」
「はい」
「ユカリちゃんも気晴らしに家を出たいと思ったら言うてくれたら司の面倒は問題ないよ」
「司は問題なくても総司さんが寂しいって泣いちゃうから気持ちだけで結構です」
「よくお分かりで」
「私も寂しい。ここが私の家だから。……ここしか帰る場所はない」
「今日は疲れたやろ。寝よ」
「はい」

翌日、兄から連絡がありきちんと話し合って無事に家に帰ったそうだ。
百香里から話を聞いて総司だけでなく弟たちも安堵した様子。

「ママ」
「昨日はご飯作れなくてごめんね。お手伝いいっぱいしたんだって?偉かったね」
「えへへへ。ママの分もあるからね食べてね。ソースつけて食べるの!おいしい」
「うん。お昼ごはんが豪華で今から待ち遠しい。今日はちゃんとママがお迎え行くからね」
「はぁい」

ほのぼのとした母と娘のやり取り。それを朝食を食べながら眺めるのはいつものこと。
ゆっくり座って朝食を食べるという行為すら面倒で忘れていたというのに。

「かわいいなあ」
「あの2人は可愛いけどアンタはキモい」
「渉。同意するが今は静かにしてやろう」
「渉が司くらいの時もめっちゃ可愛くてなぁ」
「その話それ以上したらぶん殴る」
「何時からこんな物騒な子になったんやろ」
「これでもまだ可愛いところが残ってたりするんですよ」
「ほんと嫌だわ。キモいわ。無理だわ」



おわり


2020/12/02