彼と彼ら


「それで。ユカリちゃんはどうするの?」
「どうもできないです。私はただ見守るしか。享子さんはどう思います?」
「ええっ。うーん。そうだな。……ごめん、私も見守るしか出来ないかも。
司ちゃんはいい子だからそこら辺は察して静かにしてるだろうし」
「アドバイスしようにも総司さんのご両親が健在だったら私は松前家には入れなかったから」
「その前に松前さんはユカリちゃんを選んだんだからそんな実家になんか帰らないでしょ。
それにしてもなんでお金持ちになると結婚相手を勝手に選ぼうとするのかしら。
肩書だけで何が分かるっていうの?おかしいじゃないね」

義姉に誘われて一緒にお茶に出てきた百香里。家のちょっとした話を聞いてもらった。
うちにも娘が居たら同じように悩むんでしょうね。特にあの頑固な旦那が。と義姉は笑う。
百香里はよくわかっているから苦笑し、時計を見てそろそろ司や総吾が帰ってくる時間だからと
家まで送ってもらった。

何時でも兄夫婦の訪問を歓迎するとは言っているけれど兄は頑なに嫌がっているらしい。
こんな豪邸じゃ入りづらいのだろうと義姉は笑いながら言っていた。



「ママただいま」
「お帰りなさい。お土産にケーキ買ってきたから後で皆で食べようね」
「やった!」
「ただいま。なに?司。すごいご機嫌だね」
「ケーキあるんだって」
「なるほど。買い食いしなくてよかったね」
「しーっ」

帰宅して夕飯の準備をしながら子どもたちを出迎える。
司はいつものように元気そうにして笑っているけれど、内心はわからない。
総吾は自分が側でみているから気にしないでいいからと言っていたけれど。

「司。ママとちょっとお話ししよう」
「うん」

夕食後のケーキを部屋で食べると言って持っていった司。
何かあるのかと思ったらミドリと一緒に食べたかったらしい。
そこへさり気なく百香里も入っていって隣に座る。

「調子はどう?」
「いいよ。少し前まではどうしていいか分からなくて困ってたけど。
困ってるだけじゃ何も解決しないし。皆が心配してくれるから。
このままじゃいけないって思って」
「パパもママも司と総吾が大事。だから私達も一緒に考えていくからねひとりじゃないから」
「私お家のことあんまり考えたことなかった。総ちゃんは頭がいい子だから
一生懸命なんだなって思ってたくらいで。でも違うんだね。
家のことをきちんと考えなきゃ皆を困らせちゃう。私は自分のことばっかり」
「それでいいの。人のことばかり考えて生きるなんてママはそんな事教えてません」
「親戚の人たちとももっと仲良くしなきゃ」

総吾が生まれてからは昔ほどじゃないけれどそれでも何処か余所余所しく冷たい人たち。
素直に仲良くしてくれるのは百香里の兄の子どもたちくらいかもしれない。
松前家の本家であるはずなのに。気にするなと夫とその弟たちはいつも気にしてくれた。

「ママがパパと出会う前に結婚したいかもなーって思った人が居たんだけど」
「えええ!どういう人!」
「同い年でお家がお医者様の家系」
「すごい」
「でもママは彼には相応しくないからってそこの家のご両親に止められたの」
「凄くない。全然すごくない。最悪」
「でも今思うとお医者様の奥さんってママの柄じゃないなって思うからちょうどよかった」
「お医者様と結婚するわけじゃないでしょ?」
「でも現実はそうなる。私に諦めろといいに来たお母さんをみていたらよくわかった」
「……ママ。その人のこと今でも思い出す?」
「たまにね。でも、それは会いたいからじゃない。そんな事もあったなぁって思うくらい」
「パパが居るもんね」
「うん。私にはパパしか居ないもの」

もし彼の両親が居たら同じように「遠慮してください」と言われたのだろう。
総司はそれをわかっているから家には行かないはず。
彼が実家に戻ったのはとても都合が良いタイミングで父親が亡くなったからだ。

「ママ」
「司に文句をつける人が居るのならママにも責任がある。この世界にママはあってないから。
でもこうして幸せに暮らせてる。誰にも文句は言わせないし、貴方は胸を張っていいの。
家族皆が大好きな松前司なんだからね」
「私も皆が大好き」
「太郎君とおつきあいすることになってもママは応援するから」
「そんなんじゃないよ。お友達なんだから!」
「でもママが見た所太郎くんは司が好きそうだけど?」
「そ。そりゃお友達だから嫌ってはないよ。たぶん」
「ほーーーー?」
「ママっ」

ギャアギャアと騒ぎながらも司は元気に笑って。本当に落ち着いたようだった。
どうなるかと不安だったけれどまだもう少し様子を見ていられる。
だけどいざとなったら何時だって娘のために前に立つ覚悟はある。

「ユカリちゃん。司どうやった」
「元気にケーキを食べてミドリとおしゃべりしてました」
「そうか。よかった」

リビングに戻ると心配そうにこちらに来る総司。

「成り行きで元カレの話しなんてしちゃって盛り上がって」
「そ、そうなん……へ、へえ」
「まさか司と過去とはいえ恋バナをすることになるなんて。私も歳をとりました」
「僕が把握してる彼の事やよな?別の元カレとか無いよな」
「さあ」
「ユカリちゃん。心臓に悪いこと言わんで。ほんまにイヤやわイケズっ」
「私はここで幸せに暮らしてるんですからいいじゃないですか」
「そうやけどもさ」
「ドラマ観たいのでいいですか?一緒に観ます?」
「観ます」

ひどく心配そうな顔をしながらもそれ以上奥さんに強く出られないので
渋々そうな顔で一緒にソファに座ってテレビを見る総司。百香里は少し笑って
隣の彼に身を任せると暖かく肩を抱かれて大きな手で頭を撫でてもらった。

「総司さんは私の味方ですよね」
「もちろん」
「よかった。総司さんが家の柱なんですから」
「プレッシャーやな。でも、そうやね。やから。もう少しスキンシップをやね」
「ドラマ観るの」
「ハイ」

たとえ自分という存在がこの世界には不釣り合いでも築き上げた家族は本物。
なにがあろうとも絶対に守ると決めている。



「ママと話し込んでたみたいだね」
「うん。ママと恋バナしてた」
「恋バナ?」

百香里と入れ替わりに司の部屋に入ってきたのは総吾。
どうやらさっき彼の部屋に借りた本を返しに行った際に忘れ物をしたらしい。
それを机の上に置いて、ママとの恋バナというキーワードにちょっと興味を示す。

「ママがパパと出会う前に付き合ってた人。お医者さんの家系なんだって」
「へえ。どうせロクでもないんだろうな」
「その人のママさんがママに別れてっていいに来たんだって!」
「ほらやっぱり。良かったね、そんな連中が祖父母にならずにすんで」
「ママは何も悪いことしてないのに」
「それは当たり前のこととして。今気にすることはそこじゃないよ司。
ママを安心させてあげるには子どもである僕らで証明するしかないんだから」
「私どうしよう。なにもできない」
「どう進もうと君にはいつも助けてくれる人がいる」
「総ちゃんも助けるからね」
「ありがとう。だから僕も頑張れるよ」
「うん」
「所でその元カレの名前とか分かる?」
「えー?」


おわり


2020/03/24