彼と彼ら
「どうも。太郎サン」
「俺の行動を把握しているのか。怖いなお前」
「今回だけですよ。それに貴方は行動パターンを変えるでしょう?」
「付きまとわれるのはあの人の秘書だけで十分だ」
「僕がこうして会いに来ている事も報告するんでしょうね、あの人」
夜。バイトを終えて裏口から出てきたら待っていた制服姿の少年。
顔立ちは凛々しく美しい。身長もかなり高いけれど、まだ中学生らしい。
少し歩きましょうと言われて一緒に歩きながら帰る。
「会いに来たのが松前総吾だからな。報告はするだろう」
「僕もちょっとした有名人ですから」
「ちょっと?……、大物になるよお前は」
「ええ。僕は松前家を背負う為に生きてます。貴方だって。
好きな人生を歩めばいいんじゃないですか?何を気にしてるんです?」
「未来の社長が俺に説教でもしにきたか」
「年上の貴方に説教なんてとんでもない。貴方はしれっと先を読む人だ。だからこそ。
僕は松前家を守ると決めているので、貴方の態度如何では対立することも厭わない」
「おい待てよ。俺は政治家なんてなる気はない。早く仕事して稼いで普通に生活したいだけ。
政治家になろうとは思ってないだろ。じゃあ俺達は対立する必要は無くないか」
「松前家にとって彼女たちは最も守るべき人たちなんですよ」
「……」
その言葉である程度察した様子で居心地が悪そうに総吾から視線をそらす。
「どう思っているのか貴方の言葉で彼女に伝えてあげてもらえませんか」
「面倒な俺にさっさと去れと言うわけだな」
「どうせ最終的にはそういう道を選ぶんでしょう?貴方は」
「棘のある言い方だ」
「今でも既に貴方と我々を囲んでいる大人のおかげで姉は落ち込んでいる。
はっきり言って迷惑だ。彼女には利害関係なんてものは存在しないし、家族を困らせて
まで男を求めるようなそんなふしだらな事もしない。そもそも知らないんだ」
「……あぁ、知ってる」
「僕の姉を泣かせたら一生かけて貴方の人生をぶち壊してゴミクズ以下にしてあげる」
「お前。本気で怒ると真顔になるんだな。こういう時は余裕ぶって笑ってるほうがそれっぽいぞ」
「相手は中学生ですよ?そんな高度な技術を求めないで頂きたい」
「俺だってまだいたいけな高校生だ。……大人の事情なんて分からない」
「気をつけて帰ってくださいね」
「ああ。お前も。って、車か。いいね金持ち坊っちゃんは」
「あ!今日の夕飯はカレーライスらしいので!急いで帰らないとっ」
「え。お。おう。……カレーにテンション上がるってガキかよ。いや。ガキか」
携帯を確認するや急いで踵を返して走り去る総吾。よほど嬉しいのか若干にこやか。
あれだけ凄んできたのと同じ人物とは思えなくて暫くぽかんと眺めていた。
それから少し経過して。
「松前」
「あ。た。太郎君」
学校でもやっぱりちょっとだけ元気がない司。友達に心配されながら、
それを笑ってごまかしては居るけれど。やっぱり元気はない。
昼休みも1人自分の席でぼんやりしている所にそれとなく近づいて声をかける。
いつも一緒のカメ博士はまだ来ていない。
基本的に司が近づいていって行動を共にしていたので、彼女が距離をおいたら
話すことも一緒にご飯を食べることもなくなって会話するのは久しぶり。
「この前はどうも」
「ど。どうも」
「緊張するなよ。何もしないし」
「……わかってるよ。太郎君は何もしないもの」
でも司は見るからにオロオロしている。
どうしよう、何を言おう?話しかけなくてごめんねって言うべき?
彼女のことだから恐らくこのあたりを迷っていると思われる。
「もしかして俺の言ってたこと当たったとか?」
「え」
「親に付き合いをやめろって言われて。その理由にお前が納得した。とか」
「止めろなんて言われてない。……お友達で居るぶんには。でもパパが変なこと言うわけない。
だからきっと意味があるはずなんだけど。でもずっと考えているけど。わからない」
「そう」
「……なんでじーって見るの?なにかついてる?」
無意識にじっと彼女を見ていたようで不安そうにこちらを見つめ返してきた。
近くの空いている席に座る。
「俺の遺伝子上の父親は知ってるだろ。大物政治家だ」
「みたいだね」
「独善的で何でも自分の好きなようにしたがる男で。前妻と後妻の間に付き合った
うちの母親にまだ未練がある。俺にも目をかけていると言いながら監視をつけてる。
俺を後継者にしたいから悪さしないか見てるのかもな」
「太郎君は悪いことはしない」
「女関係も監視する気だ。いつかはどこかのいい所のお嬢さんとかをさ」
「……私普通だから。総ちゃんみたいじゃないから」
「そうだったらお前はここには居ない」
「そうだね」
もっとレベルの高い学校に通って友人もレベルが変わっていって。
でもそれに疑問がなくて当然だと思う。そんな生活。
司には想像もつかないけれど、総吾は普通にこなしている。
「友達ならいいんだろ。だったらそれでいい」
「うん」
「それで高校を卒業するまでは友達として今まで通りに居られる」
「……うん」
「なんだ。不満そうな顔だ」
「わからない。何かね。引っかかるの。なんだろうな」
「例えばこのまま友達で居られる自信がないとか?……、あのさ。実は俺もそう」
「そんな事無いよ!太郎君と美月ちゃんともうほんとものすごっくお友達!」
「……、あそう。フー―ー―ン。そうなんだ。そうかよ。ハイハイ」
「え?なに。どうしたの?すねたユズみたいな顔」
「柚子は拗ねない」
ぷいっと顔を背けると席を立ち去っていった。
入れ替わるようにやってきたのは美月。
「司。そうじゃない」
「え」
「そうじゃないの。今のは……うぅううん。じれったい!」
「変なこと言ったかな?怒らせた?」
「怒ってはない。大丈夫。でもちょっといじけたかもな。あれで彼は繊細なのだ」
「……大事な人だよ?すごく」
「謝ってくる」
「謝ることもない。放課後3人でケーキでも食べに行こうよ。ね」
「うん」
お互いに思うことがあったりちょっとズレていたりして中々通じ合え無い。
そのもどかしさを一番感じているのは美月かも。
司は戸惑いながらも坂井と話が出来たのでちょっとうれしそうにしていた。
「ユカリちゃん。僕もう引退したい」
「だーめ」
「めっちゃ坊の視線怖いし司はぼんやりして話ししてくれんし」
「お友達と放課後に美味しいケーキを食べて嬉しかったそうですよ。
買い食い駄目!って普段なら言うけど。今日は多めにみましょう」
「……ユカリちゃん。僕も大目に見て」
「貴方は頑張らないと駄目だからむしろもっとスパルタします」
「えぇえええええ」
「嘘です。ほら。いつまでも抱きついていたらご飯がよそえません。
大人しく席について待っててください」
「はい」
「大丈夫ですよ総司さん。きっとうまくいくから」
「……ユカリちゃん」
「総吾は分かりませんけど。たぶんだいじょぶ!」
「昔から分からん事には途端に大雑把よな。でもそこも可愛い。愛してます」
おわり