彼と彼ら
「元気そうじゃないか。こっちに戻ってきた癖にこの俺に挨拶もしないで薄情な後輩め」
「顔を合わせたら色々と突っ込まれそうやったんで」
「何だお前。いつの間にそんな喋り方になったんだ?」
「ほら」
特に日にちを指定した訳ではないけれどアポをとったらその日の夜には事務所に
来いと相手から連絡があった。適当な手土産を持って会社帰りに立ち寄る。
百香里には事情を話さずに仕事で遅くなるということだけ伝えてある。
「……、それで。今日はどうした。政界進出する気か?政党は?後ろ盾は?
それとも会社の便宜を図る為の賄賂か?それは流石に受け取れんぞ」
「最近うちの娘が友達を家に呼んで来たんですが、その子が先輩に似とって。
それで思い出して挨拶がてら顔を見に」
「いい度胸してるじゃないか総司郎。20年近く顔を見せなかった癖に偉くなって」
「総司郎やなくて総司です」
先生の部屋は豪華で重厚な応接ソファに座ってタバコを勧められるが断る。
本人も気を使うのかと思ったら普通に吸い出した。そういえばこういう人だったと
遠い記憶が鮮明に思い出されてきた。総司よりも1つ上の先輩。大物政治家。
テレビで議会や討論などしているのを見るのが嫌でいつもチャンネルを変える。
「一緒だ。お前は甘ったれのボンボンでヘラヘラしてる。松前家のイレギュラー」
「……、ほんま嫌な先輩やで」
「聞こえてるぞ総司郎。本来ならこの俺に挨拶もない無礼なお前には罰を与える所だが。
機嫌がいいから赦してやる。その代わり今後は俺が誘ったら絶対に飲みに付き合えよ」
「……、最悪な先輩やヤクザか」
容姿は往年のスターを思わせる整い具合で若い頃はかなりモテてて、
今も渋い魅力で人気があるものの実際はこの通りの人物。
もちろん人によって使い分ける二枚舌。いや、もっとあるかもしれない。
「あん?総司郎よ。お前、20も下の若い女房貰ったんだろ?どうだ仲良くやってるか」
「そら。仲良くしてますよ。子どもも2人」
「しかしあの経歴じゃオヤジさんが生きてたら絶対認めないだろうな。いいタイミングだった」
「人の家族調べたんですか!ほんまどーいう神経してるんやろか!神経ないんちゃうか!」
「事務所ででかい声出すんじゃないよ。秘書が勘違いして警備員呼ぶぞ?」
「ほんま何でこんな人が議員とかしとるんやっ」
歳をとっても全く丸くなる気配がない。非常に苦手な先輩。
なのだが何故か相手からは何かと声をかけられる。
「そりゃお前。うちのせがれと見合うかどうか調べるのが親ってもんだろうが」
「せがれ?」
「お前の家に行った俺に似てる友達はせがれだ」
「ほ。ほんまに?えーーーー!嫌や!」
「意見が合ったな。俺も嫌だ」
「……けど、離婚したんですか?名字が違う」
「色々あってな。ああ。スキャンダルじゃないからな。でも向こうが公表されるのを
嫌がってるから誰にも言うんじゃないぞ。言ったらお前の嫁に色々言うからな」
「い、いろいろ?」
「総司郎とはいろいろあったろ?忘れてるなら思い出させてやろうか?」
「い。いえ。要らないです」
ニッコリと不敵に笑う。これは冷静な話し合いではない、ヤクザの脅しだ。
政界の荒波を乗り越え修羅場の場数を踏んでいる歴戦の猛者。
そんなのを相手にして家から逃げた自分が勝てるはずもない。
「お前の息子は評判がいいな。オヤジさんの生まれ変わりだとかいう噂もあるくらい。
良かったじゃないか、お前はボロクソだが後継者は立派に育ってくれて。
ただその代わりに娘はあまり良い評価を聞かないが、どうなんだろうなその辺は」
「上辺だけの評価は関係ないでしょう。娘は可愛いしほんまびっくりするほど天使なんで」
「天使ねえ。せがれもそういう天使な所が良いのかもな」
「……」
「先輩を睨むな。まあ、お友達として接する分には大人しく見守っていこうじゃないか。
交際になったらまた相談だ。俺にはせがれがもう一人居るんだがそっちはまるきり駄目でね。
拒否し続けているが俺の後継者は琉太郎しかいない。お前の家は立派な後継者が居るんだから
文句言うなよ。そんな天使サンならすぐいい男が現れるだろうからな」
「相変わらず自分本位で勝手な人やな。当人同士の感情は関係ないんですか」
「あいつが本気で俺に食って掛かるなら考えるさ」
「……」
「総司郎。いいか、お前もデカイ組織背負ってるんだ。現実を見ろ。何よりお互いに
そんな若くはないんだから、今からちゃんと次のことを考えないとな」
「それで一度は失敗したんで。俺がおる限り家は自由にのんびりと行きます。
息子は好きでやっとることやから邪魔はせんだけで。無理にさせとるわけやないですし」
「甘いなお前は。お前のオヤジさんも甘かったからな。家を捨てたお前を完全には見限らず
社長の席を残したんだからな。次男坊でも十分素質はあっただろうに」
「……」
「お前に与えた総の字を優先したか。それとも長男が可愛かったか」
「家のことはもうええでしょう、お互いに子どもやないんですから」
「とにかく。今後は俺の誘いにはきちんと応えろよ。いいな。さもないと」
「わかってますて!ほんまヤクザやな!」
「これでも穏健派で売ってるんだ。あんまり酷いことを言うなよ。なあ、総司郎」
「総司です。ほな、これで失礼します」
「なあ、今度家に招待しろ。息子に会ってみたい。噂になるほどの後継者だ見て損はない」
「いずれ」
重いものを背負った家に生まれて自分はその後継者。相手が言っていることが
この世界での正論なのは分かっている。けど。それを素直に認める気にはなれなくて、
でも反論も無駄だろうから黙って帰る。悲しいとか腹が立つとかでなく
嫌な思い出を蒸し返した。
息が詰まる父親と居た頃だ。もう乗り越えたと勝手に思っていたがそんなことはない。
「父さん。ひどい顔だ」
「総吾」
先に食事をしていてくれと言っておいたので子どもたちは食事を終えていたが
百香里はまってくれていて今二人分の夕飯を温めてくれている。
席についてどう話をしようかと考えていると総吾が近づいてきてじっと顔を見る。
「ママを心配させないで。仕事で何かあったなら真守叔父さんと相談して」
「そうやないんや。さっきまで、その。苦手な人と話をしとってな。昔の自分を思い出して」
「そんなの大人なんだから自分の中でさっさと処理してほしいな。
ママは相談したいことがあるのに。父さんが元気がないから気にして言えないでいる」
「そうなんか。何やろ」
「物置の一つが雨漏りしてるみたい。家のことはママが自由にしていいのに、
律儀に父さんにきちんと話をして確認をしないとって……」
「分かった。話しするわ」
「父さん」
「ん?」
「僕にも何か出来ることがあったら何でも言ってほしい。カウンセラーじゃないから
貴方の昔話しを聞く気は一切ないけど。家が円滑にまわるならそれも我慢するから」
「わ、わかった。ありがとうな」
やや不満そうな顔をしている総吾だが百香里が来ると何もなかったように部屋へ。
「総吾どうかしました?」
「あ。いや。挨拶しにきてくれただけやよ」
「そう。司はミドリにお友達が出来るように特訓するんだって張り切ってます」
「そうか」
「……総司さん?あの。もし、良かったらその」
「百香里」
「は。はい」
手招きをするとおずおずと近づいてくる百香里。
何をするのかとちょっと緊張した様子の彼女の手を引いてその胸に顔を埋める。
「百香里。俺ってほんとに駄目な男だ」
「え。え。え?いえ、そんなことは」
「やり直せるなら生まれる前からやり直したい。松前家じゃない俺で」
「……総司さん」
「それで君と同じくらいかせめて3つくらいの年の差で出会いたい」
「……」
「百香里」
「あ。ここにも白髪発見」
「ユカリちゃんーーーーいけず!でもそこも可愛い好きっ」
「私今幸せですよ。総司さんと一緒になれて。誰に何を言われてもそばにいてくれたら」
「うん」
「あと総司さん。そろそろ離してくれます?お腹空いて死にそう」
「ハイ」
ママはいつも現実的で、そこがまた魅力。
かなり遅くなってしまったけれど2人で食事を済ませる。片付けは2人で。
総司がやるからと言ったら仕事で疲れているだろうと一緒にしてくれた。
「まあ。あの子そんな凄いお家の息子さんだったんですね」
「せやねん。あ。これ内緒な?司にも言うたらあかんよ?」
「はい」
そのままの流れで一緒にお風呂。百香里を膝に座らせて先程までのやりとりを
かいつまんで伝えた。自分だけで抱えていようと思ったが、心配そうに見つめる
百香里を見ていたらそんな気持ちは飛んでいった。
「真守と相談して今後の対策を練るかぁ」
「対策」
「まあ。色々あるんさ」
「色々ですか。でも。司の気持ちを優先してくださいね」
「もちろん。ほんで。俺はユカリちゃんへの愛を優先させてー」
「ん。もう。……ベッドでしてください」
「ハイ」
おわり