彼と彼ら
今日はいつになく空気が重たい。
平静を装っているけれど明らかにパパは様子がおかしい。
他の人はそうでもないけれど、でもやっぱりいつもとちょっと違う。
「ママ。パパ大丈夫かな」
「大丈夫」
「頭抱えてたよ」
「大丈夫だから。パパはいざとなったらしゃきっとしてくれる」
人の心の動きに敏感に反応する司。心配そうにパパを見ているけれど時間は止まらない。
そろそろお客様が家にやってくる時間でそのような連絡もきている。招待客の1人である美月は
以前にここへ来たことがあるから門で待っている必要はないとは思う。
でもソワソワしてしまって玄関で待つことにした。
「どうした司」
「まだ来てないみたいだな」
まず最初に入ってきたのは叔父さんたち2人。
「うん。ここで待ってるの」
「ふーん」
「渉。司に当たるな」
「当たってないし。俺はただ興味本位で見に来ただけで別になにもないし」
「そうかじゃあ彼がココに来てもお前は何の質問もしないわけだな」
「するに決まってる!昨日必死に考えてきたんだからな!」
「だそうだ。それなりに覚悟をするんだぞ司」
「はぁい」
「あんたも同じのくせに俺ばっか」
「入ろう。出迎えの邪魔になる」
不機嫌な弟を連れて真守は兄たちの居るリビングへ移動。
何を聞くつもりなのかと不安になるけれど叔父さん2人もとても優しいから
きっとだいじょうぶ。
パパだっていつも優しくて怖い顔で怒ったことだってないのだから。
でも不安だ。何故かわからないけれど不安である。
「そんな顔でお客様を出迎えるの?」
「総ちゃん」
今度は総吾が顔を出す。少し呆れたような顔で。
「俯いたら君らしくない。それに、今回はお友達を家に招待するだけなんだ。
むしろ緊張するのは相手側なんじゃないかな?この家に初めて来る人は大体驚く」
「そっか」
「君のお友達は家の広さや歴史よりも庭の池に興味津々だったけどね」
「泳がせようとしたんだけど危ないからミドリの別荘を貸してあげた」
「そうそう。そこに今回は太郎さんが参加するってだけ。なんてこと無いよ」
「うん」
と言いながらもリビングでは鬼のような顔でソファに座って待機中の男3名。
百香里は我関せずという顔でお昼のご馳走を準備中。
総吾はニッコリと姉に微笑むとそんな微妙な空気であるリビングへ向かう。
父親たちは無視して忙しいママのお手伝いをするとのことで。
そしてとうとうその時がきた。
「お邪魔しまーす」
「いらっしゃいっ」
「何時来ても門から玄関までが遠いーマジで豪邸」
「何だよそれ」
「坂井君はよく平然と歩いていられるよねぇ。司への土産買いに行った時は
真顔で悩みまくって時間かけすぎて店員さんもトミーもあくびしてたんだから」
「お前が選べばいいのに俺にふるからだろ。女に土産なんて買ったことねえのに」
「おかげで5分遅刻したんだから。待たせてゴメンね司」
「ううん。2人とも入って。トミーくんもあいたかったよ」
オシャレをしてきた美月と普段とそう変わらない坂井。
そして彼女の手には専用お出かけケースに入ったカメのトミー。
司の飼っているミドリより年上で2まわりほど大きいサイズ。
上がってもらい長い廊下を歩いて親たちのいるリビングへの扉を開く。
「うわ勢揃い……。こんにちは!お邪魔しますー」
顔は良くて体格もそれなりに良いオジサン3人にギロっと見られて
一瞬たじろぐ美月だが笑顔で挨拶。こっちには興味はなく
彼らが真顔になるほど気になるのは隣の男の子だと知っているから。
「はじめまして坂井といいます。お邪魔します」
坂井もこれには流石に驚いた顔をしたけれど美月に続いて挨拶。
「あーーーー。あ、うん。ユカリさん?ユカリさん?お客様ですー」
「何いってんだお前が対応しろよ」
「義姉さんは忙しいんですから」
「と、とにかく皆立ってないで座りなよそこどうぞだよ」
「マジか勘弁してくれよ」
「兄さん……」
ここで相手に怯んだら駄目なのに。父親としての威厳が音を立てて崩れていく。
どうせすぐにそんなものは崩壊するとは思ったがまさか初っ端でやらかすとは。
緊張からなのか大昔の口調になっている兄。弟2人は情けない光景に深い溜め息をする。
総司の言葉に促されてお客様は席についた。
だがトミーは休憩させてあげないといけないからとミドリの部屋に連れて行った。
ということで目の前には坂井が居るだけ。
「チャンスじゃねえか……話しろ」
そう小声で言って小突く渉。
「あー。うん。あのさ。……あの、元気?」
「あ?ぶん殴るぞお前」
「渉。気持ちは分かるが落ち着け」
そうじゃないだろとまた小突くが総司はアタフタするばかり。
ろくに彼を見ることもままならない。だが、お茶を飲み深呼吸をして。
今度こそスッと真顔になり真剣な様子で相手を見据えて。
「真守なにかないかな」
「殴りましょうか」
ですよね、と若干泣きそうな顔をしつつ。
「あの」
そんな謎の光景を見せられていた坂井が口を開く。
「堪忍してな。男の友達って初めてやもんでどういう感じで接したらええのかと」
「いえ。お気遣いなく。松前さんはどちらでしょうか」
「え?あ。そうか。俺が松前総司。司のお父ちゃん。こっちは俺の弟」
「はじめまして」
「どうも」
「……皆さんで住んでるんですか」
「前は一緒に住んでたんやけどな。今はそれぞれ別に住んでる。
赤ん坊の司の世話もしてもろてな。それで様子を見に……ゲフンゲフン…、
今回は偶然。ほんま偶然に来ててな!あははは」
「はあ」
叔父まで居ることに驚きはしたが特に取り乱したり慌てる様子はない。
友達だとしてもこんな豪邸で父親を前にすると普通は反応がありそうなものだが。
その手の事に興味が徹底的にないのか知らないだけなのか、あるいは。
「……なあ、君。どっかで会ったことない?」
「え?いえ。ありませんけど」
「ほんまに?何やろ君とどっかで会った気がめっちゃするんやけど」
「実は僕もそんな気がしてました」
「マジ?俺は知らないんだけど」
なんだったけな?と首をかしげる総司と考えている様子の真守。
一番記憶力の良い渉だが彼には全く記憶にない。
「ほらほら大人が3人で睨むのはよくありませんよ。
いらっしゃい坂井君。私は司と総吾の母親の百香里です。よろしく」
「はじめまして。坂井といいます」
「僕とは会ってますよね。いらっしゃい、来てくれて嬉しいです」
「どうも」
百香里が昨日の夜から仕込み用意した美味しそうな食事が並んできた所で
司たちも戻ってきて席につく。
ワイワイと大人数で囲む食事はママの美味しいご飯を更に美味しくしてくれるから好き。
司は最初は緊張した様子だったけれどすぐ笑顔で好物の唐揚げに食いついた。
「トミーはがっつきすぎるからミドリに嫌がられるんだね」
「ミドリは交流嫌いなのかな。何で逃げちゃうんだろう。お友達なのに」
「1人っ子でのんびりしてたんだし追いかけられるの嫌いなのかも」
「ミドリ。ねえ、同じカメさんだよ?仲良くしようよ」
食後は庭でトミーとミドリを専用の池で遊ばせる。
いつもトミーは積極的に追いかけるがミドリは嫌がって逃げている。
距離を保てば大人しくしている2人だけど。仲良くして欲しいのにちょっと残念。
「無理にくっつける必要ないだろ。そんなの人間のエゴだ」
「でも寂しくないのかな」
「お前が居たらそれでいいんだ。……、ミドリは」
「ひゅう〜」
「ミドリは。だ。ちゃんと聞けカメ博士」
確かに強引なのは駄目だとカメたちを好きに日光浴させてあげて
自分たちも椅子を持ってきてポカポカのお庭でおしゃべり。
「でもほんと司の家は広いね。運動会できそう」
「ママに怒られた時とか昔はお庭を走り回って逃げた」
「どうせ最後は捕まるのに無駄に逃げるなよ」
「そうなんだけど。鬼ごっこみたいで面白くなっちゃって」
「お前らしい」
「ねえこの前来た時には居なかったあのオジサンたちってよく来るの?」
「うん。一緒に御飯を食べたりパパとママがデートで夜遅い時は様子を見に来てくれる。
私が赤ちゃんの頃からずーっと一緒で大事に育ててくれた家族だから」
「でもお前の弟とは仲良しじゃなさそうだったな」
「総吾とは離れて暮らしてたから」
「色々事情があるんだね。うちはたまにカメと父さんどっちが大事なのかで喧嘩
するくらしで他は何もないけど。もちろんカメだし」
「……うん」
仲良しな家族、だけど総吾と渉は未だに謎のギクシャクをしているし
パパにはもうひとり娘が居て。彼女を自分は姉として認識している。
でも優しい叔父さんたちもそして大事な弟もそれを決して認めようとしない。
司には優しくていつも優先してくれるのに。それがとても寂しい。
なんてそんな話まで彼らにすることはないだろうから、笑ってごまかす。
「色々あるのが普通なんじゃないのか。お前はカメカメ煩いしカメ臭いし」
「トミーの匂いなら本望です」
「俺は母子家庭だしな。それを言うだけで距離を置く奴が居るけど。
別にそれでもいい、そういう反応も普通だと思ってる」
「そうなんだ。へー。そんな雰囲気無かったからビックリ。司知ってた?」
「ううん、知らなかった」
「哀れんで欲しくないとか距離を取られたくなくて黙ってたわけじゃない。
ただ話をするのが面倒だっただけ。お前らに言ったのは流れだ」
「よく話してくれたね坂井君。明日から他の男子に比べ1%優しく接するから」
「要らん。カメでも眺めてろ」
ふん、と呆れたような顔をして視線をそらす坂井。
生活に困っているとか学校の準備が大変そうな雰囲気は一切なく
いたって他の生徒と変わりないように見えていたけれど。
「ママがお婆ちゃんは本当に強い人で凄い苦労して育ててくれたって言ってた。
太郎君のママさんは強い人なんだね」
「司のママもそうなんだ」
「うん。だからママも強いんだよ。パパより強いよ」
「あーーー。それはそんな気がする。パパさん打たれ弱そうだもんね」
「そうなんだよね」
若い頃に家を出ていった原因でもあり、今もそれで弟や息子に呆れられている。
「でも私は好きだな。面白いし。スタイルいいし」
「世界一良いパパだよ。……あ。ごめんなさい」
「気にするな。男がそんな言ったら気持ち悪いしどうでもいい」
「この子たちは私が見守ってるから2人で散歩でもしてきたら」
「何でだよ」
「庭とか案内してもらいなよ。私はしてもらった」
「太郎君は嫌……?」
「……。……、……5分だけ」
ということで2人でお庭に出てあれこれと歴史を聞きながらの散歩。
タイミングをくれた美月には感謝している。
「ごめんね太郎君」
「ずっと見張られてるこの視線?」
「うん」
3人で休憩していても今こうして歩いていてもパパたちの視線を感じる。
美月だけが来た時はこんなんじゃなかったのに。
そんなにも坂井が気になるのかと、後でパパには文句を言おうと思う。
大好きだけど彼に不快感を与えるのはよくないから。
「別にいいよ。慣れてる」
「……総吾も同じように言うけど。私は慣れない」
「松前家の長男となるといろんな視線を受けるだろうしな」
「男の子って強いね。ママも強いけど。私はパパに似たみたいで無理。
怖くなって泣いちゃう。
身内の人だって言われてその人の集まりに行ったら凄い怖かったときもある」
「……」
「いつもママが私に謝ってた。皆が怖いのはママの出自が良くないからだって。
そんな事ないのに。だから余計に悲しい気分になっちゃって」
「金持ちの家に近づいたらそうなる。金持ちの家なんて偏見と選民思想の集まりだ」
「パパは一生懸命お仕事してる社長さんだけど偏見とかない」
「お前を見てたら分かるよ。いいオヤジさんだな。息子には手を焼いてるだろうけど」
「よく分かったね」
「お前に似てるならそうだろうと思った」
「私は総吾に手を焼いてなんかないもん」
「男って父親には芯があって強くあってほしいんだよな。理想を押し付けたがる」
「……」
「実際そんな理想的な父親なんて少ないのにな」
「太郎君」
ふと坂井が立ち止まりくるりと後ろを歩いていた司を見る。
何事かとキョトンとしていると。
「もし親が今後俺との友達付き合いをやめろって言ったらどうする」
「言わないよ」
「言ったらだ」
「……」
「理不尽な話じゃなくてそこに正当な理由があるとお前自身が納得したらどうだ」
「え……」
「そしたら距離を置くか。別に俺はそれでも良いと思ってるよ」
司が返事が出来ないでいると坂井は苦笑しまた前を向き直しあるき出す。
「納得しないもん。パパやママが何を言ったって納得しないから。お友達でなくなるなんて
嫌だ。太郎君は……大事だから。そばにいるのにお別れするなんて絶対嫌だ」
「感情的で何の返事にもなってないけどお前らしくて分かりやすい」
「……総吾に聞いてくる」
「いいよ。どんな返事貰っても興味ない」
「……」
言葉の足りない自分を自覚はしていたけれど。今ほど悔しく思ったことはない。
司はすごく落ち込んでうつむく。昔からそれしか出来ないから。
「お前の言葉がいいからさ」
「太郎君」
「戻ろう。あんまり遅いと妙な事考えられそうだから」
「え?」
結局ソレ以上は何も言えなくて美月のもとへ戻る。
カメたちをケースに戻すと後は司の部屋に案内してゲームで遊んだり。
途中百香里が飲み物とおやつを持って入ってきて。
司がパパの様子を聞いたら「3人で祈るような顔で黙ってる」と言われた。
部屋に押しかけたいのを総吾が冷静に止めてくれているとも。
喋っているとあっという間に夕方になり帰る時間。
門まで見送ると言って司は一緒に玄関を出ていった。
「真守。あの子やっぱり」
「ええ」
「なんだよ。実は犯罪者とかいうなよ」
リビングでは力が抜けてヘトヘトのおじさん達。
酒を飲む気力もない。
「琉之介にめっさ似とる」
「誰だよそれ。歌舞伎役者か何か?」
「お前彼を知らないのか?兄さんの1つ上の先輩で、今では大先生だよ」
「……」
「オッサンの先輩とか言われても知らない。先生って教授?校長とか?」
「お前はそれでも松前家の末弟か。少しは新聞を読め」
おわり