彼
「ママ。司が連れて来る人、心配?」
「ううん。全然。それより総司さんが心配」
司が家に男の子の友人を連れてくる前日。ママはいつものように夕飯の準備を一人
台所ですすめている。司は明日友達を呼ぶ為に部屋の掃除を黙々としていて、
パパはそんな現実を受け止められないのか仕事で少し遅くなると連絡してきたらしい。
それでも家は家族が揃わないとご飯を食べないので出来る頃には帰ってくるだろう。
総吾は勉強の手を止めてママの手伝いをしながらポツポツと問いかける。
「いつか話したかもだけど、……僕が彼女を連れてきても笑顔で迎えてくれる?」
「もちろん。総吾が決めた女の子ならママは歓迎」
「父さんもそうだろうね」
「司の時みたいに泣いたりはしないでしょうね。総吾は男の子だし。家に残ってくれる」
ちらっと横を見るとママはくすくす笑っていた。おそらくここ数日ずっと弱音を吐いては
泣きそうになっていた夫のことを思い出しているのだろう。父親という以前にまず男らしく
してくださいと厳しい口調で叱ってもその内心はそういう所も可愛いと思ってる人だから。
「もし僕が父さんと同じように家を拒んだら皆悲しむよね」
「そうなる前にママに言って。貴方が嫌な事は絶対にさせないから。貴方がこの家を
出たくなるほどつらい思いをさせたとしたらそれは私たち親の責任だもの」
「お爺様は父さんが家を出ても追いかけなかったんだよね。お婆様は亡くなっていたし」
「その辺は誰も話してくれないから分からない。でも家に戻らなかったからそうなのかもね」
弟たちもこの家には寄り付かなかったようだけど。それくらい根深い家族の溝。
歴史を語ってくれる人は居ないから端的に聞いて理解するくらい。それも憶測で。
総司にはいつかきちんと両親について語ってほしいと百香里は思っている。
将来を担っている子どもたちのためにも。
「……」
「総司さんは絶対に総吾を探す。中途半端なことは私が絶対にゆるさないから」
「分かってるよ。僕も絶対そんな愚かな事はしないとママに誓う」
「総吾の彼女だから……そうね、美人でスポーツが出来て頭もいいでしょうね」
「僕の彼女ってそんなイメージ?高望みなんてしないしそんな完璧な人と会ったら緊張する。
これでも結構人見知りな所があるんだ。克服しないといけないとは思ってるけど」
「そうなの?パーティとかで知らない大人ともスムーズに話をしてたから」
「あれはビジネスに必要な基盤固めの為にね。そこは割り切ってる」
「総司さんはビジネスのお話は苦手で真守さんにふって逃げる割に女優やモデル、美人の
社長さんとはスムーズに笑顔でご機嫌にお話が出来るんだから。社長って凄いね」
「そうなんだ」
「……うん」
何かを思い出したのかちょっとしゅんとするママ。パーティ等の場には極力出ない。
華やかな場が苦手というのもあるし、ちゃんと言葉にはしないがビジネスであれ経済であれ
趣味であれママとは世界観が合わないから会話についていけない。
夫の為に恥を晒すまいとしている。本当は妻が隣に居るべきとは思っていても。
「父さんのことは秘書たちにいつも見張らせているから大丈夫だよ。なにか不審な行動を
少しでもしようものならすぐに僕に連絡が来る。動画添付付きでね。それを父さんに突きつけて
きちんと理由を説明できれば良し。納得できなければママに報告。
当然だけどママを不快にした罪を償ってもらう。でも今の所怪しい行動は一度もない」
「そんな事してたの」
「当然」
「お父さんを少しは信じてあげないと」
「信じてるよ。少しは。でもね、信頼を寄せすぎると人はそれが絶対的なものと勘違いして
気を緩める。これくらいなら許されるだろうと勝手な行動をとって最後は信頼を傷つける」
「総司さんが貴方に何かしたの?」
「まさか。いつも言うように父さんには死ぬまで僕らの大事な柱であってほしいだけだよ」
「……そう」
「それだけの話し。じゃあ、これをテーブルに置いたら司を呼んでくるね。
父さんもそろそろ戻る時間だし」
「うん。お願いね」
軽く笑って見せているけれど、一瞬なにか思いつめていそうな顔をする息子。
母親として思うことはあるけれど結局それを言うことはなくて、
片付かない部屋にパニックになっている司を連れてきて一緒に騒いでいる所に
総司がもどり家族での夕飯。そこでの話題の中心はやはり司と明日のお食事会。
なんとかしてはぐらかそうとするパパに話をふる司との攻防戦が続いていた。
「何?何か顔についてる?」
「……」
「ユカリちゃん?」
食後の片付けは子どもたちが担当してくれて、総司と百香里はリビングのソファ。
座ったもののいつものように甘える雰囲気ではなくてじっと旦那を見ている。
「総吾に何もしてないですよね。私の知らない所で虐待なんてしたら」
「うぇえ!?ま、待って待って!?なんの話!?坊に何て!?虐待!?アホなっ」
「……」
「坊がそんな言うたん?お父ちゃんが虐待したとか……してへんけど」
「何だか総司さんとの信頼関係を疑っているようだったから」
「そ、それは。俺が頼りない父親やで。それでやろ。反省はしとる。けど」
「それだけ?」
「他に何かあるかは分からん。坊の頭の中は俺には分からんし」
「……」
「俺はほんまに心から家族を愛しとるし、ユカリちゃんはそれに輪をかけて愛しとる」
「そこは疑ってません。何か問題があるのなら一緒に乗り越えたいと思ったから」
「頼りない男で堪忍な。ユカリちゃん」
「総司さんの落ち込み方ってほんと可愛いですよね」
「はい?」
「何かこう雨に濡れてしゅんとしちゃった子犬みたいな。助けてあげたい感じで」
「ユカリちゃん?僕人間やで?犬やないよ?言いたないけど50過ぎのオッサンやで?
そのキラキラしたお目々やめて?」
恥ずかしそうにする総司だが奥さんは嬉しそうにニヤニヤして頭を撫でてきた。
そこへ司たちが台所から戻ってくるが、邪魔しちゃいけないねと総吾がいって
司の部屋を片付けるために2人は去っていった。
「明日はキリッとしたかっこいいお父さんで居てくださいね」
「善処します」
「力を抜いてリラックス出来るように一緒にお風呂入る?」
「入ります」
「こういう時は凄いキリッとした顔をするんですよね、総司さんって」
「はよ行こ。すぐ準備してくるで先風呂行っといて」
「はい」
リビングで話が盛り上がっている頃。
司の部屋を片付ける為に部屋に入った総吾。ゴミが散乱している訳ではなくて
物が多すぎてごちゃごちゃしている姉の部屋を一瞥して軽いため息。
「司。ミドリの部屋を新しく作ってあげたら?ここは君の部屋でミドリのじゃない」
「ママといっしょじゃないと寂しいでしょ?でも狭いままじゃのびのびできない」
「じゃあ他のぬいぐるみを移動してもらおうか。彼らも狭いところじゃ可愛そう」
「……はい」
「切り捨てるわけじゃない。相応しい部屋へ案内してあげるんだ。いいかいママ。
ギュウギュウに押し込まれていては彼らは辛いだけなんだ。家出されたくないだろ?」
「そっか。分かった。こっちのは全部移動する」
「それがいい」
女の子なので可愛いものを自分でも買うし叔父さんとのお出かけで買ってもらう。
パパとのお買い物でも増えていく。洋服も増えていく。かばんも増える。ミドリのグッズも。
いつか開いている部屋全部が司の部屋になりそうだな。と総吾は思ったり。
その前にママが大爆発してその殆どをバザーに出されるのだろうけど。
「明日は総ちゃん、もしパパが泣きそうになったら一緒に慰めて」
「叔父さんたちも来るんだろ。そっちもどうにかしないとね」
「そう?」
「そうだよ。真守叔父さんはともかく、もう片方の叔父さんは気が荒いから。
太郎サンに手をあげるかもしれない。きちんと釘をさしておかないとね」
「ユズはそんな事しないよ」
「どうだろうね。明日聞いてみたら?」
「……きいてみる」
「君にはパパが3人居るようなものだから。挑む太郎サンは大変だと思うよ」
「何もないと思ってるけど。いざとなったら助けて総ちゃん」
「彼はそれなりに気に入っているから応援してあげる。でも基本は自分で頑張るんだよ」
「はぁい」
おわり