子どもへ



日曜日の朝。先にベッドから出ていって朝食の準備をする奥さんのもとへ
30分ほど遅れて顔を出した総司。それでもまだいつもに比べたら早い方。
平日でも遅刻気味だが休日はもっとゆっくり。それは弟たちも同じ。
司もまだ部屋から出てこないらしい。ママもお休みの日は起こしにはいかない。

「総司さん。ダイヤのネックレスって幾らくらいするんですか」
「そら石の大きさとかカットの方法とかで……、欲しいの?」
「司が欲しい欲しいって言うから」
「小さいシンプルなもんやったら20万くらい?」
「やっぱりそれくらいしますよね。おもちゃの指輪買ってあげよう」
「そんな欲しがったん?」

総司は配膳を手伝いながら聞いてみる。普段ならそんな高価なものを欲しがっても
無視をするかそれはもう怖い顔で圧をかけるかして興味を無くさせるけれど。
流石に本物は高価すぎるが買ってあげようという気はあるらしい。

「お友達の家で代々受け継いできたダイヤの指輪を見せてもらったんだそうです。
大人になったらママからその子へと渡るそうで」
「……」
「私はあの子に渡してあげられるものが何も無いから」

百香里も母親から何かを貰ったりはしていない。そもそも親からもらうという概念がない。
今日の生活が第一で。明日が第二。何の不安を持たなくても良い生活なんて夢だった。
父が生きていた頃はもしかしたら指輪やネックレスくらいあったかもしれないけれど。

「それやったらママが身につけたもんやないと意味はないやろ」
「私が持ってるのは偽物の安い真珠の首飾りだけです」
「真珠のが使いやすいやろ。そっち買おうや。それで司が大人になったら渡す」
「そうですね。それなら司も喜んでくれるかな」
「あの子はほんま純粋やから例え偽物でもお母ちゃんから貰ったら大喜びするで」
「でしょうね。私だって母から受け継げるものがあったら何でも嬉しいですから」
「……、義理の母でも喜んでくれるなら。うちの母親の物とか使ってくれる?」
「それは勇気がいりますね」
「せやご飯食べたら見に行こ。司も連れて行こや」

俄然やる気の総司に対してちょっと不安そうにしながらも興味はある様子の百香里。
朝食の準備を終えて声をかけると起きては居た弟たちと寝ていた司を起こして
家族揃っての朝食タイム。

「おばあちゃんのお部屋を見に行くの?」
「宝石箱を見てみると良い。きっと気に入る」
「ほうせきばこ?」
「ユカりん好きに使えばいいよ。ここの3人はそんな趣味ねえし。司にはまだ早い」
「でもお義母さんの大事なものを」
「ンなもん置いといてもしょうがねえ。何れは司のものにしたらいい。だよな?」
「異論は無い。むしろ付けて貰ったほうが良い」
「なになに?何をつけるの?司には早いの?重たいの?おっきいの?」
「見たらわかる。ほら。ぼけーっとしてないで食え」

何も言わないのは悪いとすべて話したら義弟たちは賛成して送り出してくれた。
司はまだしも母親の大事な形見を他人に渡すのはそれほど抵抗はないらしい。
優しい人たちですねと総司に素直な感想を述べると笑いながら
ユカリちゃんは二人にとっても他人やないから。と返ってきた。


「司。きちんとおじいちゃんとおばあちゃんにご挨拶をしてから部屋に行こうね」
「はぁい」
「そんな堅苦しい事せんでも」
「総司さんもしてください。実家に帰ってきたんですから」
「はい」

家族3人でまずは仏壇の義両親にご挨拶をして。それから義母の部屋へ移動。
相変わらず家政婦さんたちは基本気配を消していてコソコソと動き、
百香里には何処か冷めた視線を向けてくる。
お前ごときが奥様の部屋へ入るつもりか、と思われているようでちょっと心苦しい。

「気にせんでええから」
「総司さん」
「例え母親が生きてても同じ事や。ユカリちゃんのこと絶対気に入ってたやろしな」
「……私みたいなのでも?」
「こんないい子総司にはもったいないって言うたかもな。はは、聞こえてきそう」
「ぱぱぁ。ままぁ」
「あぁ。堪忍な。行こ行こ」

長い廊下を抜けてようやく部屋の前へ。ドアを開けてもらって3人で入り、
総司が母親のクローゼットから箱を取り出す。

「ロックがかかってますよ?番号はご存知ですか?」
「俺と真守と渉の誕生月なんや」
「あ。開いた」

総司はテキパキと作業をして箱を開ける。

「わあ。キラキラいっぱい」

数は多くはないけれどダイヤやルビー、エメラルドの宝石が付いた指輪やネックレス。
真珠もあった。百香里がセールで買った偽物とは違う本物の大粒。

「わ。本物ってこんな違うんだ」
「ユカリちゃんが必要な時に使ったらええよ。真珠もある」
「と。とても無理です。司が大人になったら使わせてもらおうね」
「ママは?ママがつけたら絶対かわいいよ!」
「ママは」

本物を身につける資格があるだろうか。それ以前に自信もない。

「あんまり可愛いなりすぎてもお父ちゃん不安になってくるで本当に大事な時に使うんや」
「そっか」
「良かったね司。これは貴方が受け継いでいって」
「そのまえにユカリちゃんが使わんと受け継ぐとは言わんのちゃう?」
「も。もう。総司さんっ」
「ママにはこれとか可愛い」
「お父ちゃんもそう思う。持ってかえろか」
「うん!」
「ちょ。ちょっとっ司駄目っそんな雑にさわっちゃっ」

手を伸ばせば何でも手に入る経済力を得たけれど、それを受け付けられない自分。
最初から恵まれた世界でのびのび生きる司の自由さが羨ましいと思う気もする。
でもやっぱりなんでも自由にさせてはいけないと思うのでそこはこれからも
厳しくしつける予定だし、自分も甘えてばかりはいけないと自戒する。

「ユカリちゃん?」
「実家に寄ってもらえますか」
「お義母さんに会いたなった?」
「ひっくり返したらもしかしたら真珠の1個や2個出てくるかも知れない」
「え」
「私からも司になにか残してあげたいんです」

その後、百香里の強い希望で彼女の実家であるアパートへ行く。
母親は家に居て事情を聞くや大笑いしていたけれど。
なにか思い当たるものがあったようで収納を開けて何やらゴソゴソ。
まさか本当に真珠やダイヤのタグ位があるのだろうかと見つめていると。

「百香里に残せるものはこれくらいかな」
「写真?」
「あんたの七五三。着物着てね。世界一可愛いってデレデレのお父さんと一緒に撮ったの」
「わあ」
「ちいさいママだ!ママ!」
「めっさ可愛いなぁ。お義父さんは男前やし」
「爺ちゃんだ」

立派な入れ物に入った古い写真。幼い百香里と若い父親。

「で。こっちが当時あんたが大好きだったお隣のヨシタカ君と一緒に」
「……えらいでかいお隣やな」
「高校生だったっけ?爽やかな良いお兄さんでよく遊んでもらってて。
百香里はもうメロメロでねえ」
「かっこいい!ママのかれし?」
「流石にそれはないけど。懐かしい。今何してるのかなぁ」
「僕……興味ないなぁそういう昔話しとかぁ」
「パパがぷりぷりしてる」
「昔話しなのにね?」

不思議そうな顔をする司に笑う百香里。総司は不満そうな顔。
母親が持っていけと司が大好きな唐揚げを作ってくれた。

「なに」
「さっき総司さんの実家へ行って、お義母さんの指輪とかみせてもらったの。
将来的には司が使ってもいいって皆さん言ってくれた」
「良かったね。うちは唐揚げくらいしかやれないけど、松前さんの家なら」
「私は宝石よりお母さんのご飯が良い」
「あんたは色気より食い気だからね。私の娘だから」
「……うん」

一緒に台所に立って手伝う百香里。
司はまだ夢中でママの昔の写真を眺めていて、総司も違う意味で夢中で
ママの過去を追いかけている。

「気にすることはないから。与えられるものは何でも与えてあげなさい。
貴方もまだ若いんだから我慢しないで好きなようにしなさい。結婚してよかったと思えるように」
「幸せだよ。総司さんは優しいし皆いい人だし。司はヤンチャでちょっと困るけど」
「分かってる。貴方の娘だものね」
「えへへ」
「お兄ちゃんの所も男の子二人だから相当なヤンチャよ」
「享子さんからよく聞くよ。ほんと男の子って大変なんだね」
「男の子を生むなら気をつけなさい。司の何倍も大暴れするわよ」
「……」

司が一人でも怪獣なのにそれのもっと凶暴なのが追加される?

「それも長男の子なんだから間違っても不良にしちゃ駄目だからねぇ。
享子ちゃんが言うには遊んで壁に穴をあけるとかしょっちゅうらしいわよ」
「男の子ってそんなハードル高いんだ。もうひとり欲しいなって思ってたけど」
「ここはお父さんにしっかりしてもらわないとね」
「総司さんが」

父親としてしっかりするようには思えないとか言ったら負になるから口にしない。
司に弱いし兄弟にも弱いし、なんなら嫁にも弱い。秘書にも弱い。
それだけ優しい人であはあるけれど。
壁に穴を開けるような大怪獣を上手くコントロールしてくれるだろうか。

ホカホカの唐揚げを持って帰宅。司は最初は唐揚げに興味津々だったが
疲れてしまったのかいつの間にか寝てしまう。

「ユカリちゃん?なに?じっと見つめて」
「総司さん」
「ん?」
「えいっ」

助手席に座っていた百香里からのまさかの横腹パンチ。

「ぇっっえ??」

そこまで痛くはないけどびっくりした顔でお腹を撫でる。

「それだけ?お兄ちゃんだったら車を止めて30分はお説教ですよ」
「い、いや。あの。意味が分からんから。何で?何で殴りましたか?」
「将来息子が殴りかかってきた時に総司さんはどう反応するだろうかと思って」
「え。なに。息子?ユカリちゃんまさか」
「違いますけど。息子は欲しいです。でも男の子は司以上の怪獣らしいので」
「そう聞くと怖いけど。でも可愛い子どもには違いないやん?そんな気にせんでも」
「壁に穴を開けたらきちんと怒ってくださいね」
「ハイハイ」
「その後に私が穴を修復するまでに必要な経費と時間といかに無駄な行為を
したのかを1時間ほどかけて説明しますから」
「……はい」

総司はどんな怪獣でもママがいたら大丈夫なんじゃないかと思って黙った。


「男の子には宝石なんて要らないですもんね。そこは楽かも」
「分からんよ?キラキラしたの好きな子かもしれん」
「えぇ。今からちょっとめまいがしてきた」
「子どもに残すよりまず自分が楽しまな。ということでユカリちゃん」

部屋に戻り司を寝かせて戻ってきた百香里に総司が箱を渡す。
縦に長いサイズ的にペンダントだろうか。

「いつの間に買ってくれたんですか?」
「前に買って渡すタイミングが無くて困ってた所やったんやけど。良かった」
「また調子のいいことを言われて買っちゃったんですね?」
「可愛い奥さんにって言われたら買うしかないやん?」
「もう。……ありがとう総司さん。嬉しい」
「それでまたデートしてな」
「はい」
「ほんで。その。なあ?息子が欲しいならまず仲良くせんとあかんよね?」
「そうですね」
「仲良くちょっとお昼寝とかせえへん?」
「まだお昼じゃないです。眠いなら司とどうぞ」
「いけず」
「その後でならと思ったのにな」
「何でもお手伝いしますっ」

おわり


2019/11/23