彼
「花楓はね兄さまとけっこんするの」
「そうなんだ」
「そうなの。もう決まったの絶対決まったのぜーーーーったい決まったの!」
「花楓ちゃんほんと総ちゃん好きだね」
「そうだよ!司には負けないもんっ」
「怖い顔しないで花楓ちゃん。総ちゃんと結婚したらお姉ちゃんになるんだよ?家族だよ?」
「……そっか。大好き司お姉ちゃんっ」
「あぁあ可愛い!私も大好きっ」
不穏な空気が流れる総司の娘の家族とは打って変わってコチラは平和。
真守が娘のリクエストで実家に遊びに来ることはよくあること。彼女の目的は唯一つ。
大好きな総吾に会いたいから。
ただ今回はタイミングが悪くて総吾は塾に行っていて彼女はずっと待ちぼうけ。
相手をしていたのは司だけど。彼女はずっと王子様の帰りを待っていた。
「君等が楽しそうで何よりだよ」
「あ。お帰り総ちゃん。お姫様今寝っちゃった」
「起こすのは可哀想だよ。向こうへ行こう」
でもお昼寝タイムになると体がそうインプットされているようでどんなに頑張っても
眠くなってしまって。最後はこてんと倒れてしまったので布団を敷いて寝かせてあげる。
そこへとてもタイミングよく総吾が帰ってきたので起こさないようにリビングへ。
「すまないな司。付き合ってもらって」
「花楓ちゃんと遊ぶの楽しいから。総ちゃんが帰ってきたから起きたら大喜びだね」
「元気な子やな」
女性陣はお買い物へ行ってしまって司も一緒に行こうと言われたけれど。
花楓を置いて行くのは可哀想だからと残って一緒に遊んでいた。
父親と真守も最初は一緒に遊んでいたけれど疲れたようでいつの間にか離脱。
「普段はそうでもないんですけど。総吾が絡むとこうなるんです」
「よっぽど坊に惚れてるんやな」
「困った子です」
司はお腹が空いたと台所を漁りに行き総吾は着替えに自室へ。
「ははは。まあ、夢を見るんは悪ないやろ。坊は男前やからな」
「おまけに優秀で優しい。完璧すぎる。……だから余計に父親として複雑だ」
「わかる。司の気になる男ってどんなんやろ。気になる。気になりすぎて仕事ならへん」
「普段から注意散漫でしょう。仕事より家族が気になる社長」
残った総司と真守は子どもたちについて語り合う。まさかこんな風に笑いながら
兄弟で家族のことを話すことになるとは思わなかった。
「ユカリちゃんが言うには待っとったら何れ家に連れて来るって」
「それはまた」
「その前に相手を知りたいやろ?いきなりこられても困る」
「探偵でも雇いますか」
「考えたけどそれがバレたら俺は家を追い出される」
「でしょうね」
彼らの目下の興味は司の「気になる男」という存在。
家族へのシツコイくらいの聞き込みでまだ交際に発展はしていない、けれど
それなりに意識をしている異性がいるというところまで掴んでいる総司。
「坊みたいなタイプやったら何も太刀打ち出来へん」
「それは無いんじゃないですか?司はもっと激しい男が好きそうだ」
「は!?激しい!?何が!?何を!?どうして?」
「性格の話をしています」
「やよね」
「きっとまだ本人も上手く言葉にできないんでしょうし。義姉さんが言うように
何れは家に連れてくるだろうから腹をくくってその時を待ったら良い」
「居ってくれる?」
「当然。司の叔父として相手は気になりますからね、同席しますよ」
「緊張して何も言えんかもしれん。……今も緊張してきた」
「先が思いやられる」
交際するかもでここまで動揺しているのだから紹介に来たら卒倒しそう。
結婚にまでなったら心臓発作もありえる。
流石にそこまで弱い兄ではないと思っているけれど。
「パパぁ!兄さまとデートしたい!遊園地行きたい!2人で遊ぶっ」
「起きてきたと思ったら遊園地か?もう遅いよ。今度にしよう」
「だってねちゃったんだもん。兄さまと遊べる時間すくなすぎぃ!」
「総吾は逃げないよ。いい子だからパパと帰ろう」
「兄さまぁ」
「パパの言うことを聞いていい子にしてないとだめだよ。花楓ちゃん」
「はぁい」
夕飯に近づいてきて奥さんを1人にしてはいけないからと娘を連れて帰る。
でもやっと総吾に会えたと思ったのに帰ることになるのは嫌でぐずる娘。
それでも何とか宥められて抱っこして帰っていった。
きちんと総吾と司にバイバイと手をふって。
「パパ!」
「3人めが欲しいって?それはママにご相談やわ」
花楓と遊ぶといつも司は目をキラキラさせてパパにおねだりする。
新しい家族を。と。
「パパだって3兄弟だもん。私も三姉弟がいいなぁ。妹ちゃんでもいい」
「司。あんまりプレッシャーをかけないほうが良い。それとも僕だけじゃ面白くない?」
「そんな事ないよ!でも総ちゃんだって可愛い妹ほしくない?」
「可愛い妹。ねえ」
「……なに?わ、私はお姉ちゃんだからね!ね!パパ!」
「お、ぉおうっ」
「どうせ頼りないもん。1人でお留守番も寂しくて出来ないお姉ちゃんだもんっ」
「ほれ司。そろそろママが帰ってくるで一緒に片付けようや。な?」
「1人で」
「出来るの?」
「出来るんか?」
「で。出来るよ!出来るけど時間かかっちゃうから3人でやるの!時短だよ時短!」
姉のような妹のような、司が居ると家族はいつも明るくなるのは確か。
それから程なく友人とお買い物に出ていたママが戻ってきて急ぎ足でお夕飯の
準備に取り掛かる。やたら手伝いをしたがる司と一緒に。
「花楓ちゃんみてると司の小さい頃思い出すなあぁ」
「そう?確かに元気なのは似てるかもね」
「覚えてるか。ほんま家中走り回ってユカリちゃんに怒られてたなあ」
「僕にはまだそこまで古い記憶じゃないから」
「……そう、やったな。坊主はまだ中学生やったか」
「忘れないでほしいな」
「はははは」
「パパ。ママが呼んでる。高い所のお鍋とって欲しいんだって」
「すぐ行くわ」
席を立ち台所へ向かう総司と入れ替わるように司がやってきて座る。
彼女なりに気を利かせて2人にしてあげたらしい。といってもパパはそこまで
ママのサポートは出来ないけれど。朝からずっと会えなくて寂しそうにしていたから、と。
「いとこは結婚出来るんだよ」
「今からその話は流石に早いと思うよ?彼女も僕もこれからたくさん人と出会う」
「そうだけどさ。小さい時に出会って初恋をしてそれからずっとその気持を育てて
運命的な再会をして恋に発展してそれから結婚なんて」
「少女漫画の世界なら受けそう。僕そういう回りくどいの嫌いだな。それに僕は家の
後継者だからね。結婚相手に求めるものは多くなるのはしょうがない」
「なるほど」
「ママと司がOKなら多少の粗は見逃すつもりだけど」
「パパは?」
「一度失敗した人にとやかく言われたくないな」
「でもパパが選んだ人は悪い人じゃ」
唯からみせてもらった写真や彼女の話でしか知らないけれど、見た目はお淑やかな美人。
そして年齢が近いので父親の隣に立っていてもなんら違和感が無い。
ママは最近それを気にしている。お父さんと間違われて総司さんが怒るの、と。
「夫婦なんて信頼関係が大事なのに裏切った時点で善良な妻であるとは言えないね」
「うぅん」
「ママは凄い。純粋に父さんを信じて愛し続けるなんて。……僕なら無理」
「私は」
「パパと真守叔父さんは君の彼氏候補についてコソコソ話をしてたよ。
隠すなら気をつけないとね。大々的に紹介するなら相談にのるから。ママにもね」
「……、うん。わかった。ありがとう」
司は今まで人を裏切った事もないし裏切られたと恨んだこともない。
これからの人生の中でそんな苦い経験をするのかも知れないけれど。
できれば素直に笑顔でみんなと仲良く出来たら良い。
鼻で笑われるような甘えた幼稚な考えかもしれないけれど。
ただ、友人曰くそれは家族のものではない愛をまだ知らないからだ。
なんて言われたことがあるのが唯一の気がかりかも。
おわり