彼
「司は分かるけどなんであの子まで?何企んでるの?」
「様子を見たいだけやって」
「嘘だよ。お父さんもそう思ってるんでしょう?」
祝日の朝。父親が久しぶりに孫を見に娘の家にやってきた。
再婚した女性との子どもを連れて。
片方は昔からよく知っている、優しくて懐っこい女の子。
もう片方は昔から世界が凍りつくほど冷たい悪魔のような男の子。
「何もせえへんよ。あの子は賢い」
「賢いからこそエゲツない事をするんでしょ?真衣子に手出したら許さないから」
「分かってる。何もさせへんから」
今まで一度も来なかったのに。絶対なにかある。
だからといってお前だけ来るなとは言えず渋々家に入れたけれど。
娘は幼稚園の年長さんでおじいちゃんは大好きだし、彼らにも懐いている。
「おじいちゃーん」
「はいはいー」
今家には自分と娘だけ。旦那は接待の釣りにでかけた。
ちょっと心細いけれど父親は味方だし司もいい子だ。
問題なのは1人だけ。
「真衣子ちゃん前来たときよりもっとおっきくなったね!抱っこしたら重かった」
「私だって気合いれないと腰をやるんだから。司気をつけてね」
「だってすっっごく可愛いんだもん。唯ちゃんにそっくり!」
「旦那に似たら悲惨だったかもね」
「髪の質感はパパさん似だよ」
「髪ね。ああ。そうかも」
庭で孫とデレデレして遊んでいるおじいちゃんを他所に交代した司に
ジュースとお菓子を渡す。遠慮なく速攻で手を出して貪るのが彼女らしい。
敵視することもあったけれど、
家庭をもった今となっては司は異母妹として素直になれる気がする。
司はどんな事を言っても最初からお姉さんとしてこちらを慕ってくれている。
「私もいつかは家を出て家庭を持つのが目標」
「ご令嬢にしちゃえらいこじんまりした目標だね」
「総吾みたいにお家の為に何も出来ないから。家にずっと居ても駄目だし」
「大学出て働いてひとり暮らしとかしてみるのもいいかもね」
「ママは賛成してくれたけどパパが危ないからわざわざ1人で暮らすことないって」
「パパの言うことはほっときな。自分の好きに生きたらいいんだから」
「うん」
相変わらず家族には大甘らしい。母親を選んだ娘が成人しても
働きだしても支援をし続けてこの家も少しだけ助けてくれた。
それを彼の家族が知っているのかはわからないけれど。
そこを気にするのはあの異常なほど冷たい子だけだ。
「総吾とは仲いいの」
「良いよ。困ったことがあるとお願いしたら助けてくれる」
「お願いしないと駄目なの?」
「何でも助けてたら私のためにならないからって」
「凄いね。言ってることが神様みたい」
それで中学生なら社会人になったら何になるんだろう?
「……総ちゃんは凄くいい子だけど」
「冷めすぎ?」
「私が甘すぎるのかな。皆と仲良くしたいって思うのは危ないって言われた」
「総吾に?」
「ううん。友達に」
「確かに危ないかもね。今までは親の管理下で安全なものしか見てないから」
「そうだよね。もっとしっかりしなきゃ」
「危ないのとかヤバいのとか見分けられるようにならないと駄目だよ」
「うん」
といっても、この甘い子はそう簡単に人を疑うことは出来ないだろう。
父母どっちに似たのか分からないがびっくりするほど優しく純粋だから。
庭で遊んでいた娘が大きな声で司を呼んでいる。
どうやらおじいちゃんは疲れて休憩に入ってしまったらしい。
ということで庭へと戻る司。
「大丈夫ですよ。司はきちんと人を見て判断していますから」
「……あら、そこにいたの。人の部屋コソコソ見てるのはもう飽きた?」
見計らったようにひょっこりと顔を出す総吾。
「ご自分の部屋にそこまでの魅力があると思ってるんですか?」
「貴方そういうアラ探し好きそうだから」
「探さなくても分かりますよ。幾らでも」
「……お茶でもどう?それとも中学生らしくジュース?」
「水ください。銘柄を指名してもないでしょうから、あるやつで結構です」
「少々お待ち下さいねお坊ちゃま」
司もあの両親からしたらちょっと優しすぎる子だけど、それ以上にこの子が
母違いの弟だとはとうてい思えない。冷蔵庫から水を取り出しコップに注いで
彼に渡す。お菓子は一切触りもしない。
「そんなに僕が来たことが不愉快ですか?真衣子ちゃんは喜んでくれるのに」
「あれだけ母と私に喧嘩売っておいてよく言うわ」
「喧嘩なんか売ってないですけど?何を勘違いしてるんですか?」
「トボけた顔して」
顔立ちの完成度と長身なのもあってかなり大人びた印象の少年。
だけどその綺麗な顔から発せられた言葉は辛辣で敵意に満ちている。
例え自分が小学生であっても、大人が相手でも彼には関係がない。
敵は、敵。
「喧嘩というのは攻撃の応酬をすることでしょう?それは望んでませんから」
「まさか私らに一方的に叩きのめされろっていうの?何も罪もないただの前妻と
自分の人生を歩んでるその娘に。とんだサディストだね。狂ってる」
「先に何の罪もない母を傷つけたのは自分でしょう」
「そんな子どもの頃の話を今更……」
それを許したら総吾だってまだ子ども。何ならあの頃の自分より幼い。
しまった、と思った瞬間を逃さない総吾はニヤリと笑う。
「でも僕は感情的にはならない、冷静に考えましょう。喧嘩なんて野蛮だ」
「目的はなに?追い出したいの?この家を捨てて遠くにでもいけと?」
「気にしませんから、どこででも生きてください」
「……」
「貴方がたが何処へ行こうとここへ留まろうと、死ぬまで監視され続けます。
ただそれだけです。だから警察は動きませんし、父に頼っても無駄ですから」
「娘には手を出さないで。見逃して」
「あぁ。同じ言葉を貴方の母親からも言われたっけ」
「あんたっ」
「黙って消えていたら良かったのに。不相応な欲を出すからこうなる」
「そうね。あの頃の自分はまさかこんな仕返しを喰らうとは思っても見なかったから」
司しか知らなかったから、こんな恐ろしい事になるなんて思わなかった。
手を出すことはしないけれど一生監視下におかれる人生。
父の庇護ではなくて冷たい悪魔に睨まれ続ける。
言わなければ分からないのに敢えて口にすることで恐怖心を煽られた。
「でも全ては子どもの悪戯かもしれないですけどね。ふふ。どっちかな」
「最悪な性格だって自分が嫌にならない?」
「今はまだ大丈夫です」
「今がいけるなら一生大丈夫よ」
「それはどうも」
ニッコリと微笑んで総吾は庭へと去っていく。
娘が無邪気に司と遊んでいて、彼の姿を見るや嬉しそうに駆け寄る。
何も知らなければ微笑ましいシーンなのに。
「お父さんさ、私には本当のこと言ってよ」
「ん?何の話?」
お昼寝タイムに入った娘と一緒に眠ってしまった司。
総吾はそれに付き添って座っている。
そんなまったりした部屋のお隣。
「あの息子って他所で浮気して産ませた子でしょ」
「は!?何を言うてんの」
「それか奥さんが悪魔崇拝者で」
「あんなあ。そら坊はちょっと愛想ない所はあるけど」
「ちょっとってレベルじゃないんですけど。死ぬほど怖かったんですけど」
父親にお茶を淹れて問い詰める。
「また何か脅すようなことを言うたんか」
「まあね。でも脅すだけで嘘だとは思うけど」
「難しい年頃やねんな」
「司もある意味難しい年頃だけど種類が違うもんね」
「あの子は年中良い子ちゃんマークついてるよ?親が困るほどいい子や」
「困ったら駄目でしょ」
「……彼氏がおる疑惑があって。でも全然俺には教えてくれへん」
「お父さんには絶対言わないでしょうね」
「なんでやねん。……絶対突き止めて顔おがんだる」
「こっわ」
父は息子よりも娘の彼氏に気が行っているらしい。
確かに彼は敵視している人間以外には模範的で優しくいい子だ。
敵と見做されてしまったら残念ながら一生ひどい目にあうだろうけど。
娘はそうでないことを祈る。あるいは気づかないでいてくれることを。
「パパ。私も赤ちゃんほしい」
「ポポ子ちゃん買うたるでそれで我慢し」
「ポポ子ちゃんは人形でしょ?本物が良い」
「本物は早い。結婚が先やし。まずその前に学業が先や」
「……遠いなぁ。良いなぁ真衣子ちゃん可愛いなぁ」
「遊んだらええやんか。それでええの」
「パパ!妹か弟がいい!」
「それはママに相談やわ。それは、……相談せんとなぁ。ママと夜ゆっくりと」
「鼻の下伸ばして何妄想してるんですか?娘の前で」
「す、すんません」
おわり