見積もりを献上し百香里のGOサインが出たので松前家は大々的な工事に入る。
夫婦の寝室と司の部屋が使えなくなるので別室へ移動。
両親は特に荷物は無いけれど司の場合はぎっしり。カメのみどりも移動で大慌て。

「お前よぉ。前から言ってたけどちゃんと整理しろ?これお前が赤ん坊の頃の玩具だろ」
「思い出なんだもん」
「これからどんだけ思い出が積み重なってくると思ってんだ」

1人じゃ当然無理なので彼女がヘルプで呼んだのは渉だった。
司がダンボールに私物を詰め込んで渉が違う部屋へと運んでいく力作業。
パパに手伝ってもらおうとしたら普段から片付けをあまりしない事をママに指摘され
「自分でやりなさい」と言われてしまい、2人がデートに出ていったすきをみて呼んだ。

「パパにも言われた。このままじゃお家を全部使っちゃいそうって」
「お前だけの家じゃないんだ、そうなる前に整理しろ」
「分かってる。総ちゃんが結婚して赤ちゃん生まれたら私の部屋使ってもらうんだ」
「お前はどうなんだよ。貰ってくれそうな奴の目星とかついてんのか」
「……」
「その顔は無きにしもあらずって感じだな。どういう男だ?」
「ほらユズさん。これ持ってって!」
「俺に隠し事をするようになったのか?絶対聞き出すからな」

嘘が苦手なのは相変わらず。渉はきにしながらも荷物を運んで部屋を出る。

「司がコソコソしてると思ったら貴方を呼んだんだ」
「白々しい、全部分かってて敢えて知らんふりをしてたんだろ」

と、そこには塾に行ってまだ帰ってくる予定じゃないはずの総吾が立っていた。

「ええ、分かってましたよ。でもチクったりしないでちゃんと協力してるじゃないですか」
「俺に嫌味を言いたいからってわざわざ早く帰って来たくせに」
「なんで僕が?お互い好き好んで見たい顔じゃないんだから、言いがかりは止めましょう」
「手伝う気があるのか?交代したいってなら」
「司は僕にも内緒にしてたんだから2人で頑張ってください」
「意地悪な弟だな」

渉の言葉を無視して総吾は自分の部屋へと引っ込んでいった。
彼は部屋を改装しないので平和なものだ。
ダンボールを置いて再び司の部屋へ戻る。後少しで終わりそう。


「終わったねユズ」
「あぁー。しんどい!もう二度としないからな。自分でやれ若いんだから」
「ごめんなさい」

30分ほど頑張って作業して部屋をまっさらにした。いい気分。
だけど疲れ切ってリビングに入るなりソファに倒れ込む渉。
司は急いで飲み物を用意して彼に渡す。

「改装終わってからの仕分け作業はユカりんとしろ。早く終る」
「殆ど捨てられちゃう」
「どうせすぐいっぱいになるだろ」
「今後は厳選していくから。みどりのお家も質素にするから」
「あのカメの家見る度に豪華になってったからな」
「カメ友ちゃんが凄いサイトを教えてくれてそれでついつい」
「駄菓子くらいしか買わないお前が月初めには金欠なのはそのせいだ」
「分かってるんだけど。つい」

自分の身なりよりも大事なカメのお家拡張。
友人からの専門的な知識を仕入れてきて必要な装置なども買った。
別荘も庭にあるしかなりセレブなカメだ。

「それで。お前自身はどう変わったんだ?最近まで色恋話なんて微塵もなかったろ」
「皆して変に勘ぐるけど、私は別に何もないもん。普通だから。今まで通り」
「なんだ。皆知ってるのか。家にも来たのか?俺に言わないって酷いだろ」
「来てないよ。ただ、その。男の子のお友達だから緊張して」
「今までの男友達とは違うっぽいな。男女の差なんてなかったお前が意識するような相手か」
「……意識って?」
「もし付き合いたいっていうならまず紹介するんだ。内緒でなんて考えるなよ」
「紹介。…パパにも?」
「当然だろ。なんかあった時にお前を守るのはあのオヤジだからな。
あんなんでもお前を無条件で一番に守ってくれる存在なんだからさ」
「……わかった。もし、そう思ったらパパにも話す」
「俺にもだぞ」
「うん」

本人もまだ曖昧な所らしく複雑な表情で頷いていた。
けれど、今までの仲良し友達とは確実に違う存在だというのは大きい。
純粋無垢な子どもがそのまま大きくなったような子だったのに、
ここにきて性的にもやっと熟してきたらしい。

生まれてからずっとそばで見守ってきた叔父としてはかなり複雑。
それが父親になるともっと複雑だろうけど。

「作業は終わったんだね」
「あ。お帰りなさい総ちゃん。あの。ユズにも、その」
「遊びに来たらちんたらやってたからちょっと手伝ってやったんだ」
「へえ。優しいなオジサン」

それからは2人でテレビを観ながら喋っていると総吾が入ってきた。
実はもうかなり前から帰っていたけれど司は気づいていないし、
本人も自分からは言う気はない。渉も苦々しく思いつつここはスルー。

「総ちゃんも映画みる?面白そうなの始まったよ」
「僕は飲み物を取りに来ただけだから。部屋に戻らないと」
「相変わらず勉強熱心だな。たまには息抜きしないとガキの体じゃしんどいだろ」
「……、気遣ってもらってありがとうございます」
「最近のガキはゲームばっかりらしいしから、お前は背が高いしバスケとかな良いな」
「ガキですけどゲームはあまりしないですね。バスケはたまに助っ人でやってますよ」
「そりゃいいな」
「ええ。適度に体を動かせますから。……オジサンこそもう若くないんだから無理に
格好をつけて重いものを何度も持ったりしないほうが良いですよ。
そんな理由で救急車を呼んで病院送りなんて笑い話にもなりませんから」
「そこまでじゃねえよ」
「冗談でしょう?ガキからしたらもうかなりのオッサンですよ」
「おい」
「すみません。つい。僕は邪魔になりそうなのでこれで失礼しますね」

ニッコリと嫌味たっぷりに微笑んで総吾は飲み物を持って出ていった。
司は不安そうにして追いかけようとしたが渉に構うなと止められる。
追いかけた所でどうせ笑顔で追い返されるのだから、と。

「どうして仲良く出来ないの?」
「俺とあいつはこれでバランスがとれてんの。本当に仲が悪かったら殴り合いをするし、
それ以上にお互いを嫌ってたらあんな風に姿を見せることもない」
「どういうこと?」
「存在を無視するってことだ。そこまでは思ってないから安心しろ」
「そこまでいったら私耐えられない泣くよ」
「だろうな」

だけど松前家の三兄弟は百香里という女性が現れるまではそうだった。
便利だからマンションを共有していたけれど存在を無視して顔を見ることは無く
話をする時は仕事で必要な時か松前家の問題について語る時だけ。

あの頃を思えば中学生の甥っ子とのやりとりはまだ可愛げがあるほうだ。
総吾に可愛げがあるかというと渉的には一切ないと言いたいけれど。
司は弟を心配しつつ、結局は追いかけないで一緒に映画を観ていた。
自分が行っても渉が言うように意味はないだろうと。


「渉さん来てたんですか。すみません何のお構いも出来なくて」
「そうだよユカりん。せめて飯を食わせてよ。酒を飲ませてよ」
「すぐ準備しますから」

夕方近くになってやっとデートから帰ってきた夫婦。
渉が居ることに驚きつつも百香里は夕飯とお酒の用意をする。

「あんたの部屋も変えるんだろ。洋室にするって」
「そうや」
「だったらいっそもう全部新しいのにかえたらよくないか?バリアフリーとかさ。
自分らの将来も考えて」
「あのユカリ大明神様がお許しになると思うか?」
「無理だな」

むしろ一部とは言え部屋の改装なんてよく許可したと渉は思う。

「ただ家を点検してもろて幾つかボロがきてる所があったでそこは直す」
「見てくれは豪華でも実際はかなり古いからな」
「総吾に引き継いでいってもらいたいでな」
「白亜の宮殿とかに建て替えられたらどうする?」
「それでもええけどな。年寄りにはちょっと恥ずかしいけど」

どうせあいつの事だから伝統を守って和風のままで通すのだろうけど。
話しているとお酒とおつまみがやってきて2人で飲み始める。
司はその様子を懐かしそうに眺めながら、ママのお手伝いを始めた。

「お帰りなさい父さん」

その後から総吾も入ってきてかんたんに父親に挨拶して台所へ。
もちろん、ママのお手伝いのため。
叔父さんが来ているから父と3人で話をする等よりもそっちが優先。

「ほんと愛想のねえ甥だよ。ユカりん要素何処行った?100%松前家じゃねえか」
「俺はあんなクールな性格やないで?根っこも臆病やし」
「祖先の誰かだろ。総を受け継ぐ奴はだいたいロクでなしだ」
「えぇー。まあ、俺は反論する余地はないけども」
「俺たちの父親もそうだろ。反論できるか?」
「出来ません」
「あんたが異質なだけで総の時は呪われてんだよ。絶対そうだ」
「呪いまで言われるとなあ。自分の子やから」
「父親を監視してんだぞ。ちゃんと良い父親であるかどうか」
「まあなあ。それも俺が異質やからかもな。ははは」
「笑い事かよ。……ま、気をつけるんだな。あいつは親でも敵と見做せば排除にかかるぞ」
「やっぱり?怖いのは嫌いやけど、なんとか頑張る。ユカリちゃんと一緒に」
「臆病にも程がある」

おわり


2019/09/12