彼
「真守叔父さん。忙しいのに時間を割いて頂いてありがとうございます」
「未来の社長のためなら当然だ」
「まだもう少し先の話です」
真守を家に招待しては勉強をみてもらう総吾。その合間に会社での出来事や
面倒な案件が起こった時の話なども根掘り葉掘り。
子どもと話すにはあまり好ましい会話とは思えないけれど、総吾にとっては
将来受け継ぐ地盤に関わることだからと真守も聞かれるままに色々と教えている。
「だけどお前ならもう僕に教わることもないだろう?もうとっくに大学レベルだ」
「問題を解く為のプロセスを出来るだけ胆略化させたくて。そういうときってやっぱり
1人で黙々とするよりも信頼できる指導者のもとでやるほうが閃きが違うんですよ」
「そんな信頼してもらっても今の僕はただのオジサンだ。お前のほうが上だよ」
「とんでもない」
本来は社長である父親からその辺の話を聞くべきなのだろうが、
彼は会社の話が苦手な上にその手の若干ダーティな話は一切しない。
そんな父親らしい優しさは自分たちの厳しかった父ではありえない。
3兄弟ともに成績は優秀で父親に勉強を見てもらうなんて一度もなかった。
こちらから言うことも無かったけれど、お願いしたら聞いてくれたんだろうか。
なんて考えるようになるほどに自分は歳を取ったということらしい。
「受験というと思い出すよ。兄さんは甘やかすし渉は厳しすぎるって
僕に泣きついてきた司と頑張って夜遅くまで受験勉強したんだ」
「そんな無理をするほどの学校じゃないんですけどね。とにかく不安がって。
司は勉強への苦手意識が邪魔をしているだけで本来はとても利口なんです」
「アレは少し不味いと思ったが、姉さんには甘いよな」
総吾は母親に対しても常に優等生で完璧と言えるほどの良い子。
父親への当たりの強さは「威厳ある父」であってほしいという彼の願望
なのだろうと真守は思っているから、
父親相手に厳しい言葉を使っても間に入ることはしないで見守っている。
ただ、どう頑張ってもあの兄にそんなご立派な威厳など無いだろうが。
「叔父さん、夕飯一緒に食べて行ってください。
今度は花楓ちゃんと千陽さんも誘って皆で一緒に」
「良いのか?花楓はお前につきまとって煩いぞ?」
「可愛い妹が出来て嬉しいですよ」
「そうか。ならまた連れて来るよ。毎日毎日総吾に会いたいってごねてるから」
「元気ですね」
「司もかなり元気だったが、あれはまたちょっと違うな」
時計を見てそろそろ準備も出来ているだろうと総吾に言われて彼の部屋を出る。
勉強を教えてもらっている間は邪魔と思うのか百香里は呼びには来ない。
だからこちらからきちんと何時もと同じ時間にリビングへ向かう。
1人分増えたからか百香里はまだ台所で忙しそう。
司は居ない。部屋で宿題をしているかみどりの世話かのどちらか。
総吾は真守を席に案内するとすぐにママの手伝いに台所へ。
「真守。毎回見てもろて悪いなぁ」
「見るほどのことはしてないですよ。あの子はほぼ1人でこなしてしまう」
机にはすでに総司。申し訳なさそうにビール、ではなくお茶を入れてくれた。
「俺が頼りないから」
「時間を義姉さんに使ってほしいからでしょう。ただ、まあ。
もうすこししっかりした父親像をあの子に見せてあげるべきではと思いますが」
「どんな風にしたらええんかな?」
「手っ取り早いのは父親の真似をするとか。長年見てきたものですしね」
「それは、ちょっとは考えたけども。自分のトラウマえぐって塩練り込むようなもんや」
「しかし息子が求める父親像は今の貴方ではもの足りないようですよ」
「真守みたいな感じになればええんやろ?」
息子は他の身内に対しては当たり障りなく接している。
父親は頼りなく見ていて、渉とは険悪。
そんな中で唯一素直に尊敬して懐いているのが真守。
「僕ですか」
「一人称を僕に戻そかなぁ」
「安易過ぎじゃないですかね」
「眼鏡する」
「……」
「冗談やて。……そんな怖い顔せんで」
わりかし本気で睨まれたので総司は視線をそらす。そこへ部屋から出てきた司。
どうやら総吾を見習って言われる前に宿題をやってきたらしい。
真守の姿を見て嬉しそうに近づいてきた。
「マモ。花楓ちゃん元気?千陽ちゃんは?」
「2人とも元気だよ。今度連れてくるから、また花楓と遊んでやってくれ」
「うん。でも。花楓ちゃんは総ちゃんと2人きりが良いんだって。ラブラブしてたいんだって」
「ほんま坊が好きなんやな?あんなまだちびっ子やのにオマセさんやねぇ」
「本当に、司はああじゃなかった」
確かに総吾は誰が見ても美少年でこれからは青年へと成長していくだろう。
王子様と目を輝かせる女子が多いのも納得。
だが、娘と同じくらいの年齢の時は「チョコレートと結婚するんだ」と言って
聞かなかったのが司。
我慢できずに食べるくせにと渉に笑って突っ込まれていたけれど。
「せやせや。司はまだまだお父ちゃんが一番やよな!」
「……うん」
「おや?司、何か言いたそうだね」
「司?え?なに?その意味深な」
「べ、べつになんでもないよ」
「兄さん。これはもしかしたら」
「何もない。何もないって。無いよな?司」
「ないよ!」
これ以上居ると怪しまれるので場所を移動して、ママのお手伝いに加わる司。
心配そうに娘を見ている総司。
「な、ないよな?」
「兄さん。司も高校生だ、そろそろ彼氏の紹介をしだすかも」
「嫌や…それは嫌や」
「嫌といわれても仕方がない。僕も娘が居る身ですから、そこは覚悟はしてます」
「お前はすんなり認められるんやな。偉いなぁ」
「もちろん。まずは書類選考から始めますよ」
「俺の時も手伝って欲しい」
「喜んで」
これに間違いなく渉も加わるだろうから司の彼氏候補は大変だろう。
暫くして夕飯の準備が出来て皆で頂く。
家庭があるので渉ほどここには来てないからとても懐かしい光景と味だった。
「ユカリちゃん。どう思う?司から何か聞いてへん?」
「いいえ。何も」
「そうか……」
「良いじゃないですか。司だって女の子なんだし、好きな人も出来るし彼氏だって」
「絶対嫌やねん」
「即答した」
食後の片付けはパパとママで仲良く?やっている様子。
その間に真守は帰る準備。
「なあ、総吾」
「はい?」
「僕が言うのもどうかとは思うが、渉とはあまり話をしてないのか?
あいつも叔父さんには違いない訳だから」
「司に頼まれたんですね」
「僕自身気にはなってるんだ。将来的にお前が松前家の主となり社長になった場合、
あいつが家や会社に居づらくなるんじゃないかと」
弟にその話をちらっとしたら「退職金もらって早々に辞める」と息巻いていた。
未だに嫌がって重役になることからは逃げているが松前家の三男には違いなく、
それなりの資産は持っているので辞めた所で生活の心配はしないけれど。
「真守叔父さんは当然として、あのいつまでも逃げている叔父さんにも相応の地位を
約束しますし、会社ではよき先輩として共に仕事をしたいと思ってますよ」
「身内としてはどうだ」
「他の人達と同じですよ。適度な距離を保ったお付き合いをするだけです」
「……、同族嫌悪だと思うがな」
本人は自分の性質は真守に近いと思っているようだけど。
渉とは殺伐とした悪意まではいかない、でも「コイツ気に入らない」という謎の関係。
司はそれをとても気にしている。どっちも大好きだから。
「何か」
「いや。仲良くしてやってくれ、弟はあれで良い所もある」
「マモ!待って待って。これ花楓ちゃんにあげて。可愛いぬいぐるみ」
「もらって良いのか?ありがとう、喜ぶよ」
子どもたちに見送られて真守は帰宅する。
見送るのはとてもさみしい。だからってしないのはもっと寂しい。
司はいつもそう言って彼らが帰った後ちょっと泣きそうな顔をする。
彼女が赤ん坊の頃からずっと一緒に住んできた大事な家族だから。
そんな姉をちらりと眺め、リビングへ戻ろうよと軽く肩をたたく。
「そうだ、僕が大学進学とか留学で家を出る日が来てもちゃんと見送ってね」
「えっ。留学するの?」
「大学へ進学したら短期だけど考えてる。まだもう少し先のことだけど」
「そっか。そう決めてるなら、ちゃんと見送るから。約束する」
「ははは。今からもう泣きそうな顔だ」
「そうだよ。笑顔は期待しないでね」
「分かってる」
総吾は何処か満足げな顔。リビングでは片付けを終えたママがソファで休憩している。
さっきまで一緒に居たはずのパパの姿が見えない。子どもたちは各自で飲み物を用意して
ちょっと寂しそうにしているママの側に座った。
「パパは?」
「お仕事の電話がかかってきたみたい」
「大変だね」
「そうね。でもパパはママや司や総吾のために頑張ってくれてるから。
私達も出来ることをしてお手伝いしたり、パパを大事にしないとね」
「うん」
司は何時ものように甘えてくっついて座る。そんな娘の頭を撫でてあげるママ。
総吾はそれをちらっと横目に見て。
「僕もいつかは父さんみたいに仕事でも何でも頑張れる家族がほしい」
「出会えるよ。総ちゃんなら」
「司はもう居るんだっけ?」
「あら。そうなの?どんな子?ママ会ったことある?」
「違うよ?そんなんじゃないからっ」
「今度家に呼んで一緒にご飯食べましょう」
「いいね。僕もっと話がしたい」
「え。え。え。違うって違うってーっ」
おわり