弟と違いごく普通の小中高と選んできた司。

「松前」
「おはよう太郎君」

本当は父親と同じ大学附属のエリート高校に入るべきではと最初は悩んだ。
弟の優秀さが目立っているだけで彼女自身も成績が悪いわけではない。
でも求められる偏差値が高すぎるし、今までの友達と離れたくない。
なにより彼女は松前家のご令嬢として自分を偽って生きていくことに慣れてない。

自然に生きていたいワガママをした。たとえそれで低く愚かに見られたとしても。

「徹夜明けか?凄い顔」
「宿題してて、それからみどりと話をして、それから色々としてて」
「……はあ」
「電話もしたんだった。美月ちゃん家のトミーくんが調子悪くなったらしくて、
すごく心配だしみどりにもなにかあったらって思って不安で」
「カメだろどっちも」
「大事な家族なんだよ」

車で乗り付けるのはあまりにも目立つから校門より少し離れた所で車から降りて
何時もそこから歩いて向かう。名前である程度知っている人には
知られているようだけど司からそれをひけらかしたりはしない。

娘だというだけで、他に何も言える所がないから。松前家の娘として
何もできてないしやってない。後継者として頑張っているのは弟だ。

パパとママは司と総吾が元気で居てくれるだけで良いと言ってくれるけれど。

「家族」
「美月ちゃんにも元気だして貰いたいからオススメのおやついっぱい買ってきた」
「平和な奴」
「それしか私にはできないから。本当は、もっと、頼れる人間になりたいんだけど……」

家族や友達を私が守るんだ!と大きな声で言ってたあの頃が懐かしい。
常にパパママ叔父さんの居てくれた世界から少しだけ出て違う人と触れ合って、
実際はその逆で皆に大事に愛されて守られてきたのだと気づいた。

無力な自分。だけどせめて自分よりも幼い、はずの弟は守ってあげたい。
守れる存在になりたい。そのためにはどうしたらいいんだろう。

「おはよう司ちゃん!おっと坂井君」
「美月ちゃん。おはよう。トミーくん元気?」
「なんとかモリモリご飯食べるようにはなったんだけど。まだ様子見」

自分だけが普通でありふれた、でも幸せな日々を送って良いのだろうか。
どんな事を聞いても弟は問題ないよと笑うだけ。

「……大丈夫か。松前」
「あ。うん。ごめんね、寝不足すぎてぼーっとしてて」
「自分のことだろ、しっかり管理しろ」
「うん」
「何時も思うけど、貴方司ちゃんには優しいね」
「カメにしか優しくない奴にはそうみえるだけだ」

なにか出来ることがあればいいのに。それがぱっと浮かべばいいのに。
本当に毎日楽しいのが逆に悪い気がしてならない。


『で。なに。俺に何か用事?』
「相談があって」
『会って話するのはダメな訳?お前の話は長い割に中身が無いからさぁ』
「家族のことだよ。総ちゃんのこと」
『そんなの俺に聞くか』

放課後、迎えの車を待ちながら渉に電話を掛ける。
まだ定時じゃないのはわかっていたけれど、もし受けてくれたらと
そんな淡い気持ちのワンコールだったが即出てくれた。

「何かね、何か、私ばっかり楽しちゃってるから」
『違うって。お前は普通。あいつが背負いすぎてるだけ』
「少しでも楽にする方法ないかな」
『あいつはお前に辛いって漏らしたのか?』
「そんなの絶対言わないもん」

今でも月に2,3回くらいご飯や買い物、映画に連れて行ってくれて
遊園地だってお願いしたら一緒に来てくれる。
何時だって優しいし、頼りになるずっとずっと変わらず大事な家族。

どちらも優しくて大好きなのに、今でも総吾と渉の仲が良くないのが謎。

『本当に辛かったらお前には言うさ。あいつだって人間だから。子どもだから。
言わないで笑顔で居るってことはまだ大丈夫だ。
逆にお前が心配ばっかするほうが姉さんを困らせてるって落ち込ませるんだぞ』
「じゃあこれからもこのままでいいかな」
『逆にお前何すんだよ。今からあいつのようになるのは無理だろ?』
「それは無理。他に何が出来るのか、分からなくて。ユズに電話してるの」
『お前さ、この前観たい映画あるって言ってたろ。チケット取ってやるから何時行く?』
「えー。えーっと。明日とかは?」
『わかった。時間はいつものな。とにかく、考えるだけ無駄。無駄は一番必要ないもの。以上』

渉らしい返事に納得するようなモヤっとするような。だけどどっちのアイスクリームに
するかでも何十分も悩む自分だからこうして考えるだけで答えがでるかも分からない。
確かに無駄なのかも。迎えの車が見えたので近づいていく。
弟が先に乗っているから、いつものように笑顔で会おう。



「ただいまママ」

帰宅して、何時もの手洗いうがいにお着替えを済ませてママのもとへ。
夕飯の手伝いをしながらちらっとリビングを見るがまだ誰も居ない。

「お帰りなさい。買い食いしてこなかった?すぐご飯しようね」
「ママは初デートって何時?」
「中学生の時」
「初恋の人?」
「……まあ、そう。なるかな」
「初恋の人とは別れちゃったんだ。喧嘩したとか?」
「ううん、相手のお家の人が求めていたものをママは何も持ってなかったの。それだけ」
「それだけ?ママを守ってくれないなんて酷いひと」
「というより。ママの方が怖くなって逃げ出したの。嫌なこと言われるの辛いから」
「ママ」
「それで。司の恋の相手は何処の御曹司なの?司は何一つ欠けてないから安心して」
「そ。そんなんじゃないもんっ」

ママと恋バナでワイワイ盛り上がっていたら、ドスンとなにか重いものが落ちる音。
何事かと思ってリビングに視線を向けたら帰ったままの姿で固まっているパパ。

「あ」
「あ」

恋バナ、聞いてた?思わず声にだす2人。

「お帰りなさい父さん。何してるんですか?さっさと着替えてきてください、夕飯ですよ」
「……う。うん。そ。そうやな」

明らかに動揺してプルプルしながら落としたカバンを拾って部屋へ向かうパパ。
ママは後を司と総吾にまかせてそんな落ち込んでいる彼のもとへ駆け寄っていった。

「どうしたの?」
「ママの恋バナしてたらパパ聞いちゃって」
「過去でしょう?自分は子どもまで居るくせに」
「ママが大好きだからショックだったんだよ」

2人で配膳をして、パパとママが降りてくるのを待つ。
たぶんそこまで時間はかからないはず。

「今の話だったら僕もショックだけどね」
「私も。泣いちゃうかも」
「そんな事ないから。ほら、皆席について。ご飯食べましょ」
「はーい」
「はい」

大人しくママに連れられて着替えを終えたパパが席について夕食タイム。
恋バナの類はしないで違う話をして、和やかに終了。
片付けは一緒にするからとパパママ仲良く台所。

「明日映画観に行くんだけど総ちゃんもどう?」
「他のメンバーは?」

司と、珍しいことに総吾は一緒にリビングのソファに座ってテレビを観ている。
あまりにも机に向かうばかりじゃダメダメ!と母姉が言うから。とのこと。

「ゆず……」
「じゃあ答えはわかってるね」
「でも」
「楽しんできて。でもあんまり遅くはならないでね」
「わかった」



おわり


2019/08/16