彼
「もう小さくなったんだね」
「またか。成長するのは嬉しいけどこう早いと少し困る」
「丁度いいよ。今日は新しいのママに買ってもらおう」
「この前新しくズボンを買ってもらったばかりなのに」
「仕方ないね。成長期だから」
日曜日。家族でお出かけをするので朝早くから準備中。
総吾がお気に入りのズボンをはくと丈が短くなっていて若干キツい。
どうにかごまかせないかと試行錯誤していたら、
先に終えたらしい司が様子を見に来てこっちを見るやクスっと笑う。
「自分こそ準備は良いの」
「オッケーだよ」
「本当に？」
「どういう意味？どっかおかしい？」
「チョコレートの香りがするリップが唇からはみ出てますけど？」
総吾は姉に向かってニコっと笑い自分の口元を指でツンツンして見せる。
思い当たるフシがあるようで、彼女はハッとした顔をして口元を隠した。
「あ！いや！これはつまみ食いとかじゃなくってっ」
「ママにバレる前に拭いてきなよ」
バタバタと部屋を出ていく姉を確認してから違うズボンにはきかえた。
それも短くはなっているけれどそこまでキツくはないし、元からそんな風に見えなくもない。
リビングへ向かうと父親がソファに座っていて母親は買うものリスト作成中。
「あら。総ちゃんズボン小さくなっちゃったの」
「うん……」
「ほんま坊は成長早いなあ」
大丈夫だろう、と思っていたのにママには一発でバレた。流石。
結局買うものリストにズボンが追加されてしまう。
こっそり食べたチョコの隠蔽工作をしてきた司が最後にリビングにやってきて、
でもやっぱりママにはバレていて。父親に苦笑いされつつ出発。
目指すのは巨大な敷地を誇るショッピングモール。
松前家が総動員でここへ来るということは特大セールがあるということ。
車に乗り込みいざ出陣。
「それじゃお昼休憩まで各自解散ということで。お昼はいつもの店に予約を
入れてあるから店に集合。何かあったら僕の携帯に連絡をください。何か質問は？」
「総ちゃんズボンなんだけど」
「ママにおまかせ。それもどうせすぐに小さくなってしまうんだろうけど」
「ほな司。あんまり総吾と離れたらあかんよ？」
「大丈夫だって。この前は……、この前はお腹すいてぼーっとしてただけだし」
「そうかぁ。飴ちゃんようけ持ってくんやで」
入り口で各自解散。パパママはリストを手に素早くセール品ゲットへ。
総吾はここにある専門的な参考書などを見たいだけなので、
基本あれこれウロウロ見て回っては迷子になりかける司のお供をする。
ここに家族で来るようになってから一切変わってないプログラム。
「ねえ。司。友達がどうとかこの前僕に言ったろ」
「うん」
「君の方はどうなの」
まずは近い所にあった姉の好きなファンシーな雑貨屋さん。
ここもセール中なのであれこれ買うらしくカゴにポンポン可愛いものが入っていく。
慣れているのでそれらを恥ずかしがる様子もなく一緒にあれこれ眺めている総吾。
「どうって？お友達は沢山いるよ？昨日は皆でお勉強会したし」
「途中カラオケ会に変わったんだよね。声がガラガラだった」
「えへへ」
「それだけじゃなくて、異性の事も言ったろ？こういう場所に彼氏と来たいとか。
あるいは、ナンパとかされてからの出会いとか。そういう夢は見ないの？」
「あんまり。だっていきなり声かけられても怖いし」
「僕が隣に居ると彼氏と間違えて二の足を踏む人も居るかもよ」
店内をちらりと見ると子どもから大学生くらいの女の子まで幅広く、
そして一部はカップル。自分たちももしかしたらそう見えているかも。
なにせもう既に総吾は司よりだいぶ背が高い。
「そんな間違えないって。見た目は似てるって言われるし」
「そう思ってない人も居るかも？」
「なに？どうしたの？」
どっちのぬいぐるみにするかでずっとにらめっこしていた司が振り返る。
総吾は何も言わず、ただ目線だけそこへ向けた。
それは店内ではなくて大きな窓から見えている外の様子。
「彼、君の知り合いだったり？」
「あれ？太郎くん？」
すぐわかった様子で不思議そうに見つめている司。
「やっぱり。凄い顔で睨んでくるから何だろうなぁって思ってたんだ」
「行っちゃった」
「勘違いさせたままだと後で面倒にならない？追いかけたら」
「でももう見えないし、追いつける自信がない……」
「電話なりメールなりしたら良いよ」
「うん」
店から出て電話。でも、とってもらえなかったらしい。
次に総吾が何やらメール。その場で5分ほど待って。
「……何だよ」
「太郎君だ」
先程居なくなった青年が戻ってきて目の前に立っている。
髪が茶色い、目つきは鋭い、背が高く体は鍛えているのかがっしり。
荒っぽそうで、不良グループに入っていそう。という印象。
「お前が呼んだ癖に」
「彼女じゃないよ。僕が呼んだんだ、携帯借りて」
「デートの邪魔する気は」
「貴方は見かけによらず純情なんですね。はじめまして。僕は松前総吾といいます。
何時も姉がお世話になっています」
「……弟、なのか？でも弟は中学生だって」
「はい。僕はまだ義務教育中の子どもです」
不思議そうな顔で総吾を見つめる。体つきは華奢でも醸し出す雰囲気が中学生じゃない。
どうみても横の司より年上に見えるのに。
「太郎君もお買い物？」
「な訳無いだろ。バイト。もう、終わったし帰る所だけど」
「じゃあ丁度いい。一緒に見て回りませんか」
「邪魔はしないと言ったろ。2人で仲良く行け」
「そうですか？せっかくお会いできたのに」
「ガキの玩具ばっか見せられてお前も大変だな。俺は行く」
「……太郎君」
「どうせまた明日学校で顔見るんだろ」
「うん」
「じゃ」
青年は少しだけ穏やかな顔を見せて、人混みに消える。
「なるほど。司の王子様はワイルドな感じ」
「怖い人に囲まれた時に助けてくれたの。それからね、お友達」
「お友達。へえ。お友達……ふぅーん？」
「総ちゃん意地悪な顔だ」
「意地悪なことは何も言ってないけどね？さ、次の場所へ行こう。時間配分を考え直さないと」
買い物を終えて待ち合わせ場所である施設内のレストランへ向かうと既にパパとママの姿。
ここは人気があって何時も混んでいるから予約は必須。
両親が買い込んだはずの荷物を持ってない所を見るに一度車に置いてきたのだろう。
総吾は先程であった青年については何も言わなかった。
ママはまだしも、パパが何をするか分からないから。
「じゃあ司はAセットでパパがCでママと総ちゃんがBね。司、チョコデザート。つける？」
「付け……、ないでいいです。ハイ決まり！あぁーー。凄いお腹すいたねパパ」
「ほんまになぁ。めっちゃ腹減った」
「そう言う割に一番食べないよね、父さんは。しっかり食べてください」
「サラダバーで目一杯食べますんで」
「行こうパパ」
「よっしゃ」
注文を終えるや空腹な司に引っ張られてパパはサラダを取りに移動。
「総ちゃん、ズボンなんだけど。気に入らなかったら」
「ママのセンスを信じてる。僕自身は興味なくって、ほら司がたまに家でも
ジャージ着てるでしょ？僕もあれをやりたいなって思うくらい」
「じゃあ、部屋着はもっとラフなものにしようか。司に選んでもらう？」
「耳の生えたパーカーとか選びそうだね。それも楽しそうでいいけど」
「嫌ならはっきり言っていいからね。未だに甘やかされてる姫様だから」
「そんな事ないよ、彼女はちゃんと自分で見て考えてるから。ママみたいになりたいんだ」
「私ね。ほら、総吾もサラダバー行ってらっしゃい。パパたち帰ってきたら私も行くから」
「はい。行ってきます」
ニッコリと爽やかな笑みを見せて総吾も立ち上がって父姉のもとへ。
何時ものように食欲に任せて何でも皿に突っ込んでいる姉になにか言っている。
それをパパが苦笑いして、何か言ってからこちらに戻ってきた。
「ユカリちゃん行っておいで」
「総司さん飲み物は良かった？とって来ます？」
「あぁ。俺水でええから、司が持ってきてくれるって」
「ほんとエコ。草食」
「ん？」
「だから体型変わらないんだろうなぁ。司が大人の女性らしくなっていくのが羨ましい気分です」
「ユカリちゃんは一生変わらず俺の可愛い奥さんやから。色っぽい所もあるし」
「ずっとそう思っていてくださいね、総司さん」
「思ってます。やから今夜と言わず昼からでもどっかええホテルでやね」
「父さん、ほら。ご所望の水ですよ。さあどうぞ」
「じゃあ私も行きます」
「……あ。はい。総吾さん持ってきてくれたん？まぁアリガトウ」
おわり