りそう



今日はとても大きな会場で行われるパーティがある。
主催者はよく名前を聞く起業家。松前家には関係のない人らしいが
名前のせいなのか招待状が届いてしまった。そういう場所でママは何時も
不安げでパパが居ないと肩身が狭そうにしているから、長居する席でもないし
3人で行ってくるよと笑顔で総吾が言ってママはお留守番。

やっぱり行こうかな、と言っていたままの顔はやはり不安げだったので、
優しく落ち着かせて家を出た。


「総ちゃんモテモテだねぇ」
「今のは顔見せだよ。様子見っていうのかな。僕の将来性のチェック」
「え?え?」

何処かの会社のご令嬢を連れたオジサンとオバサンがにこやかに近づいてきて
ご挨拶をしていた。総吾は1人だったけれど、きちんと丁寧に挨拶して
相手はご機嫌そうに去っていった。

「司だって今声をかけてきた男の子。あれは偶然とか君が気になって、とかじゃなくて。
松前家の長女をチェックしに来ただけだからね。浮かれてるとバカを見るからね」
「総ちゃん怒ってるの?ごめんね……司、お友達増えると思って嬉しくてつい」

パパは挨拶回りのようなものをしてくると言って、子どもたちを比較的人の少ない
ゾーンに座らせて移動していった。一緒に連れて行くと話が長引く上に疲れるだろうと。
司だけだと心配だけど隣に総吾が居るというだけで大人が一緒に居るかのような
謎の信頼感があった。

「見られる側になるようじゃ駄目なんだよ。僕たちが相手を見る側にならないと」
「というと?」
「相手に値踏みされるなんて不愉快だって思わないといけない」
「……司幾らくらいかなぁ」
「司」
「はいっ」

怒った時のママみたいな低い声で注意されるから司は常にかしこまって大人しい。
やってくる大人や同じ年頃の子どもたちと適当にやりとり。
ママほどうろたえることはなく馴染めているのは慣れなのかもしれない。
今の所2人はこの騒がしい会場でもパパの姿を時折確認しながら食べ放題の
美味しいご飯を食べられている。

「司に怒ってるわけじゃないんだよ。ただ、いろいろ考えるよね。
僕はもっと成長していけばパパのように人の顔と役職を覚えて挨拶をしたり
それなりに難しい話をしたりする必要がある。だから、こういう場所は避けては通れない。
司だって僕ほどでなくても慣れておく必要はあるよね」
「きちんとおすまし出来るって言ったらユズにぜったい無理だってぇ〜って笑われた」
「司はちゃんといい子にしてるよ。でも、ママは慣れていないしパパも慣れさせる気はない。
僕も同じ気持ちなんだ」
「もちろん司も」
「ただ。僕らがこうして参加するごとに、ママは寂しいと思うはず」
「……どうしたらいい?総ちゃん」
「それが分からないからイライラするんだ」

総吾はそういうと頬杖をついて何時になく不満そうな顔をした。

「総ちゃん。ほら。チョコケーキ食べて。甘いの食べると気分変わるから」
「ありがとう」

どうしようかとオロオロした司だが、デザートコーナーからケーキを見繕い
機嫌の悪い弟の目の前に置いた。少し微笑み品よくケーキを食べる。
司も食べたくなったらしくもう一度取りに行って戻ってきたお皿には
多種多様なケーキがこんもり。
盛りすぎてまるで失敗したケーキのようにグチャっとしたそれらを嬉しそうに
携帯で写真にとって渉や真守に送っていた。

「30分が1時間、このままやったら2時間コースやったわー」
「パパ。アイス食べる?」
「お父ちゃんそれよりご飯食べたいなぁ。何も食べてへんの」
「とってきてあげる!」

最初聞いていたよりもずいぶんと遅いパパの帰還。
司の隣の席に座ってぐったり。他愛もないお喋りは嫌いじゃないが
ニコニコして腹の探り合いや上辺だけのビジネストークは大の苦手。
こういうのは真守のほうが得意だ。

「真守に代わってもらったら良かったなぁ」
「叔父さんも忙しいんだ。無茶言わないであげて」
「……そうやなあ。そうやった」

忙しい彼にも家族はある。とても大事な守りたい家族。

「ママとちゃんと会話してる?何か欲しいものがあるみたいだよ」
「そうか。わかった。話してみる」
「パパに相応しくあろうとして無理をするまえにきちんと見極めて欲しいんだ。
それって僕や司じゃ出来ないから。お願い、パパ」
「うん。……わかった。ありがとう総吾」
「最悪の結果を招いたらパパには死んでもらいます」
「えぇえ……それは嫌や」
「パパ。ご飯ですよ」

ママを思わせるような明るい太陽のような笑みを浮かべて、持ってきた何か。
それも和洋中。山積みにされた多種多様なおかずを剥がして食べる総司。
司は無邪気な笑みで美味しい?と何度も聞いてくるけれど、油がギトギトしすぎて
年齢的にかなり辛い。けれどもちろん美味しいと返事する。
司が持ってきたのだから残したら許さないという怖い視線を向けてくる息子。

「司はほんま元気やなぁ……ぁあ…なにこれ。ああ。
麻婆豆腐か……酢豚と合体しとるやん」

胃痛に苦しむ未来をどう切り抜けるか想像しながら、会場を後にする。
結局他に案がなかったのでママのお土産にケーキを買って帰宅。
気にしてない素振りをしていたけれど、きっと1人で留守番は不安だったはず。
そこを触れるといけない気がして3人は遅れたことを謝って笑ってみせた。

「と。いうことでユカリちゃん」
「何ですか突然。お疲れなんだから余計疲れるようなことしませんよ。明日もお仕事だし」

何時もは何かと騒がしい子どもたちも疲れた様子で各自部屋へ戻り静か。
寝室で眠る準備中の百香里をベッドに寝転んで眺めている総司。だったが。
むくりと起き上がり声を掛ける。が。彼女は冷静にお返事。

「明日のお昼は一緒に食べよ」
「今夜のパーティに参加しなかったから気を使ってくれてるんですか」
「社食やからあんまり気は使えんかもしれんけど。味は良いと思うんさ」
「じゃあドレスコードはスーツ?」
「それもええね。ユカリちゃんは何でも可愛いから許される」
「……、楽しみにしてますね。総司さん」

百香里はにこっと微笑んでベッドに入った。


「なあ、受付にユカりんが来てたけど。何かあったのか」

翌日のお昼近く。

外から戻ってきた渉が偶然発見した義姉。彼女がここへ来るのは何かしらの理由があるから。
ふらりと立ち寄るとか遊びに来るとかそんな理由では来ない。
気になって次兄の元へ行くついでに聞いてみた。

「兄さんと一緒に昼食を摂るそうだ」
「ふーん」
「どうした。それくらいよくあることだ」
「昨日さ、司があんまり元気ないっぽかったから。ほら昨日何処の誰か忘れたけど
パーティ出たっていってたろ。何かあったのかと思って」
「兄さんからは特に何も聞いてないから問題が発生したわけじゃ無さそうだが」
「今日、家いってそれとなく様子見てみようかな」
「司も喜ぶ。総吾もきっと」
「あいつどんどん性格歪んでいくよな。ほんと誰に似たんだよ」
「……お前の幼少期に似ていると言ったら怒るか?」
「あ?なんて?え?聞こえなかったもう一回」

弟たちがそんな話をしている中で、先に会社に到着していた百香里はソワソワ
しながら指示された通りに1人先に社員食堂へと向かっていた。
ガラス張りのとても見晴らしの良い場所で、たくさんのテーブルにたくさんの料理。
キッチでは忙しそうに料理を準備している女性たちの姿が見える。

「あ。ここで仕事したら総司さんと何時でもご飯食べられるんだ」

眺めていたらふとそんな事を考えた。
自分が社長夫人であることは限られた人しかしらない。

「おばちゃんに欲しいメニュー言うたらくれるで」
「びっくりした」

妄想を膨らませていると背後から声をかけられてビクっと震える。
振り返ったら総司。ニコニコとご機嫌そう。
まだお昼休憩ではないはず、だけど時間をズラして来たのだろうか。

「厨房ガン見してるから。迷ったときは生姜焼き定食とかどうやろ。
前に渉が美味いって褒めてたで」
「総司さんは?」
「俺は昨日散々油っぽいもん食べたんで。焼き魚定食にしよかなぁ」
「じゃあ私はオススメをいただこうかな」
「よっしゃ行こ行こ」

飲み物を頼んだことはあってもガッツリ食べることは無かったので
緊張しながらも一緒に注文をしてすぐに受け取る。
席は窓側の景色の良い場所を選んだ。

「ご飯大盛りサービスって渡されたんですけど。これじゃドンブリですよね」
「いっぱい食べたらええんちゃう」
「総司さんは小盛りなのに。……ちょっと食べてください」

受け付けてくれたおばさんに自分はどう見えていたんだろうか。
社長の隣りに居たけどスーツでもない。小奇麗な格好を選んできたが。
もしかして娘とか思われたのだろうか。子ども扱いだからこそのドンブリご飯?
総司のお茶碗にこんもりご飯を移動させる。

「こうして一緒に御飯食べるんは楽しいなぁ。やっぱり1人は寂しい」
「真守さんや渉さんは?」
「誘っても逃げるんさ」
「じゃあたまに顔を出して一緒に御飯を食べますか」
「ええかな」
「私には総司さんと子どもたちしか居ないから。寂しくなっちゃうと困るんです」
「嫌やなぁ、自分がおらんと家はなんも機能せえへんのやから」
「私はただ家のことするだけだし」

仕事をしたいと思う、けど夫の立場を思うと下手な事は出来ない。
となると結局は何時もと同じ家のことをして家族を迎えるくらいしか。
ずっと高給なバイト優先でお勉強がおざなりだったので
テレビで見るような起業家マダムみたいな大それた事もできない。

内緒だけど、真守に本を借りて投資とか勉強しようかと思ったけど
彼に真顔で「やめましょう」と言われてすぐ察した。

「俺は社長の椅子座ってるだけで野心がない。総吾の為にも良いところ見せたいのにな」
「総司さんはちゃんとお父さんとして頑張ってますよ」
「ユカリちゃん。今だけ堪忍してな。総吾に椅子を譲れるめどがついたら
後は真守にまかせるで。その後はずっと2人で家のことしよ」
「司は?」
「司はほら。総吾がおるで。……渉も見てくれるし」
「私。あの子がとぉーーっても心配なんです。私の遺伝子が多めに入っちゃってるから」
「そこがあの子の強みやろ。将来大物になるで。……、たぶん」

夢は女優とかモデルとか、年頃の女の子だけど。強く言う割にわりに特に努力もしてない。
そこも子どもの夢なのだろうけど。
反対にやりすぎと思うほどにコツコツと将来を見据えて勉強をする弟が隣に居るので。

「そうだ。総司さん、私欲しいものがあって」
「何が欲しい?」
「とにかくすごくいいカバン」
「俺が一緒におったほうがええかな。それとも、司連れて行く?」
「……総司さんと一緒がいい」
「ほな、今夜はデートやな。思い立ったが吉日言うから」
「じゃあ誰か子どもたちをみてもらわないと」
「渉あたり聞いてみるわ」
「はい」
「ご飯食べてるユカリちゃんもめっちゃ可愛いなあ」
「残さず全部食べてくださいね。ほら。全然減ってない。食べて」
「はいっ」

そんな会話をしながらご飯を食べているとゾロゾロとお昼休憩の社員さんたちが
入ってきて、チラチラとこちらをみては気づかぬふりをしてお食事タイム。
挨拶をしに来られても困るので食事を終えたら早々とその場から移動。
百香里はこのまま一旦帰宅。総司が仕事を終えて迎えに行ってデートの予定。

「渉。なあなあ渉」
「何だよ」
「今日な、夕方ユカリちゃんと出かけたいんや。子どもらみててくれへん?」
「いいけど。飯は?」
「ユカリちゃんが用意してくれる」
「ちびっこと飯か。ま、いいけど。泊まりになるなら先に連絡くれよ」
「わかった」

渉はあっさりとOKをくれたので、百香里に3人分の夕飯をお願いしておいた。



「ユズとお留守番楽しいな」
「そうか」
「そうなんだ」
「う、うん。楽しいよ。総ちゃんも楽しいね!」
「おじさんも大変ですね。お疲れ様です」

ママから話を聞いていたからママといれ違いに渉が家に来るのは知っていた。
司は大喜びで出迎えて、お土産のチョコを貰ってご機嫌。だけど。
総吾は上っ面の歓迎だけしてお土産にもさほど興味を示さない。いつもどおり。

「総ちゃん……」
「夕飯の準備は?」
「できてるよ」
「ん」

文句を言ってもしょうがないので3人で夕飯。
渉を気に入っていなくても皆で一緒に食事は松前家のルール。

「ママはね、とっても高価なものをパパにお願いして買ってもらうんだって。
なにかな?お掃除のロボットとかかな?洗濯機新しいのにするのかな」
「なんだろうね。ママだって家のこと以外で欲しいものはあるから」
「そっか。司もね、この前パパに帽子買ってもらったんだよ。可愛い丸いの」
「やっとあの古い帽子を卒業したのか」
「入らなくなっちゃった。服もね、気に入ったのいっぱいバザーに出したの」
「それはしょうがないだろ。成長が止まったらゆっくり買い物したらいい」
「ママもスカート入らくなっちゃった!って困ってた。何時まで成長するんだろう」
「……。まあ、女はいろいろあるだろ」

食事の片付けは司がすると意気込んだが総吾が代わりにやってくれた。
せっかく来てくれたおじさんを放置するのはよくない。
その役目は自分じゃ出来ないから、と。

「それで?パーティどうだったんだよ」
「色んな人に値踏みされたの」
「はあ?何だよそれ。……、まあ、そういうパーティだったんだな」
「総ちゃんがピリピリしてた」
「すかした顔してやっぱガキだなぁ」
「よくわからない。けど。ママを悲しい気持ちにさせて、嫌なことする人たちがいるのはわかる」
「……」
「そんなことされたら司も悲しい。嫌だ。総ちゃんは一生懸命パパみたいになろうとしてる。
それで守ろうとしてくれるの。司は頭よくないし、苦手だから。応援するだけで、見てるしか出来なくって」
「いくら嫌だからってやり返すのは違う。と、お前は思ってるんだろ」
「だって……痛いことしたら、痛いもん」

司は寂しそうな顔をして、ぎゅうっと渉に抱きついた。
その頭を撫でて。

「この家は面倒が多い。お前のパパが逃げ出したのも、今なら少しは分かるだろ。
俺も最近、わかる気がするんだ。この松前家ってのがどれだけ面倒くさいか」
「何処にも行かないで」
「行かない。なあ、司。お前とママの言うことなら、総吾も聞く。子どもらしい所も吐き出させ
てやろう。遊園地とか買い物とか、なんでもいいからつれってさ」
「うん」
「ママにはパパがいるし。なんとかなるさ」
「司も大人になったら夕方デートしてお買い物とかしてご飯たべて」
「その前に書類選考。次に筆記試験。面接3回クリアしたらな」
「しょるい????」


おわり


2019/07/15