連休
何時も持ち歩いているお気に入りの丸くてふわふわのポーチ。
好きなアニメのキャラクターの顔を模していて、そんなに入らないけど
とにかく可愛いので汚れてしまったらママに手洗いをしてもらっている。
「ただいま」
「……おかえりなさい」
ぼーっとリビングでそのポーチを眺めていたら渉が帰宅。
「元気ないな。腹減ったか?ママは?」
「あのね。おとうふ買うのわすれちゃった!って走ってかいにいった」
「マジかよ。司おいて?電話くれたら買ってきたのに。ママが居ないから寂しいのか?」
着替えるよりも先に司の様子が気になるようで渉は隣に座る。
ふんわりと香水の匂いがする。何時もは着替えてからくるからそこまで
匂いはしないけれど。
「ママが本気のだっしゅをするとね、5分でかえってくるからね。司は大丈夫」
「どんだけ健脚なんだあの人」
「……」
「じゃあ。なんでそんな落ち込んでんだよ」
言いたそうで、でも言いにくそうな司にやきもきするけれど。
幼稚園児相手に無理に言わせるのは大人げない。普段兄からはさんざん
子供っぽいとか言われている渉だが、そこは守る。
「みんな持ってるのと違う」
「最近はどんなのが流行ってんだ?お子様ランドじゃないのか?わんぱくパークか?」
「何もかいてない。でもいっぱい色んなものを入れられてべんりなんだって言ってた」
「それは親の趣味だろ。子どもは子どもらしく好きなものをもたせてやればいいのにさ」
「……」
「みんなと一緒のがいいってことか?それが気に入ったってなら分かるけど」
「……わかんない」
大好きなものを持っていたい気持ちも有るけれど、
みんなと一緒にしなきゃいけないのでは?と思い始める。
単純明快な元気娘だったのに、複雑な事を考えはじめた司。
年長さんになると次の段階に備えて親も躾を考え始めるのだろうか。
子育てなんてわからないし、聞いたってあの義姉だって初心者だ。
明確な答えなんて無いのだろうけど。
「こういうのは経験者に聞けばいい。俺が聞いてくるから、お前はアニメみてろ」
「うん」
「ごめんね司!……って今日は早いですね渉さん」
「早いのはあんただろ。どんだけ突っ走ったんだ」
「スーパーは遠いので涙をのんでコンビニ」
「にしてもすげえ」
おとうふを買ってきた百香里はそこまで息切れも汗だくにもなってない。
司はママが帰ってきたので嬉しそうにお手伝いをするといってくっついていった。
それから程なくして、総司も真守も戻って何時ものお夕飯タイム。
司はその頃にはケロッとしていて元気そうに笑っていた。
「仲いい所悪いけどさぁ。ちょっと飲みたいんだぁ。弟に付き合ってくれよオニイサン」
「ななななななんや!?」
「総司さん慌てすぎです」
司が自分の部屋へ行き、兄夫婦がリビングでくっついて座った所を見計らい。
冷蔵庫から缶ビール2つもって兄の元へ。
「なんちゅう怖い顔をしとるんやお前」
「ただの笑顔だろ」
「笑顔ですよ?」
「こっこここれが笑顔!?」
百香里に知られると面倒そうなので、総司だけ連れ出したくて。
あくまで普通に誘ったつもりなのに。それでも笑顔で送り出されて
総司だけ自分の部屋へと引っ張ってきた。
「おらよ」
入るなりビール缶を1つ総司へ放り投げる。
「おおおおっ…っと。ほんで何やねん?」
「まあ座れや」
「お小遣いとかはユカリちゃんと真守に相談してな?俺にそんな権力はないで」
「わかってるから座れ」
渉はベッドにすわり、総司は椅子に座る。
真守は抱えている案件が面倒そうなので敢えて面倒に引き込む事はない。
それに、司が絡んでくるとなるとあの長身メガネは徹底的に口うるさくなる。
「ほんで何よ。結婚するとかいう話?」
「あんたから見てユカりんは母親としてどう」
「精一杯頑張ってる。たまにテンパっとるけどな。そこもしゃあない。助け合ってやるだけや」
「お利口じゃないけど母親としては良いと俺も思ってるんだけどさ」
「ほう?」
「司のまわりのガキどもが少しずつ変わってきてるんだ。あいつその変化に戸惑ってて」
「変化なあ。子どもは成長していくたびに変わっていくからなぁ。ついていくんは大変や」
「ユカりんの義姉っていたろ。俺を殴ってきた奴の嫁さん。子どもも2人居るって」
「享子さんな。元気な男の子2人育ててるって」
「その人家に呼んで飯食わねえか。女同士で話時間を作るんだ」
「お前。……、そんな優しい子になってくれて。お兄ちゃんほんま嬉しいっ」
「司が今までどおりに真っ直ぐに育ってほしいだけだ。俺みたいに捻くれたら嫌だから」
「渉はほんまええ子やよ!」
「泣くなよ気色悪い」
冗談かと思ったら本気で泣き出すからゾワっとする。
感極まって抱きついてきたら本気で殴り倒そうと身構えているくらいに。
ずっと無関心だったくせに、嫁を連れて帰ってきてからというもの脆くなった長兄。
それもきっとあの純粋な嫁と元気いっぱいのちびっこのおかげなんだろう。
そう思えるくらいには自分も成長したと渉自身でも思っているくらいの大きな変化。
「ユカリちゃんも家に見合った嫁になろうとして無茶しがちやから。
そういう所も司は見てて気にしてるんやろうなぁ」
「気にすることじゃないって口で言っても脳が理解しきれない。難しいんだよな」
「そうなんや。ずっと付き合っていくんやろうし、司は向き合うことになるやろな」
「松前家の長男の娘はしんどいかな。口煩いのもまだまだ居るしな」
「権力を誇示したがるなら、こっちも権力で返すだけやよ」
「親父っぽい言い方」
「そんなしょうもない事で大事な家族を奪われたらかなわんでな」
「……同意」
ビールは持って部屋を出ていく総司。
百香里にそれとなく食事会をするように勧めてくれると言っていた。
渉は自分の分のビールを開けて飲む。話に熱中しすぎたせいかぬるい。
「何だ司。お腹がすいたのか?」
そんな事は知らず、部屋で仕事を片付けてコーヒーを取りに台所へ来た真守。
ふと視線を感じて横を見ると壁からこっちへひょっこり顔を見せる司。
「……」
「遅いからミルクをあげよう。おいで」
彼女のカップを持って手招きをするとやっと近づいてきた。
甘えるように足にぎゅっとくっついて。
その間にミルクを出して少し温めて、司に渡す。
そこで解散するのはもったいなく感じたので、2人リビングで座って飲む。
「今度ね。おじちゃんとご飯たべるんだって」
「おじさん?というと、義姉さんのお兄さん?」
「うん」
「そうか。兄さんは大丈夫かな」
「司、あかちゃんみたいって言われるかなぁ」
「え?どうして?」
「司のお部屋。オモチャいっぱいだから。それもね、お片付け追いつかなくて。
たまにママにあかちゃんですか!って。……みんなに言われちゃうかなぁ」
「ははは。それはママも言い方が悪いな。タイミングの問題なんだから。
司はこうしてお話もできるし、自分でお着替えもできる。トイレも上手くできる」
「うん」
「渉なんて部屋は趣味のものでいっぱいで片付かない、話は自分本位、
着替は司に手伝わせるし、トイレも酔っ払って横に吐く始末だ。赤ちゃんはあいつだ」
「ふふふ」
「僕が司の歳の頃は、何時も勉強や習い事だったな。面白くない時間の使い方をした」
「司もじゅくとか行く?」
「興味ない事を無理にさせる気はない。お前の両親も、僕も」
「まも」
「ほら。おネムさん。カップを置いて。ベッドへ行こうな」
「うん……」
「おやすみ」
ウトウトした目でカップをテーブルに置いたら司は自分の部屋へと戻った。
「だぁれが赤ちゃんだって」
「お前だ」
代わりに、いつの間にか後ろに居た渉が悪態をついて椅子に座る。
その手にはビールの缶。
「即答かよ」
「食事会は兄さんの指事か」
「まあ、そんな所。義理とはいえ兄妹は仲良くしておくほうが良いだろ」
「酔っ払ったにしてはまともなことを言うな」
「……そうでもない」
おわり