連休
「よしよし。もう泣くな。いい子だろ?チョコ食うか?」
「……」
「あぁ。目をこするな。赤くなるだろ。……いい子だから泣きやめ。泣きやめ」
「……ぅん」
目も顔も真っ赤にさせて泣きはらした顔をミニタオルで拭いてもらう。
それから、愛用の可愛いカップにいれてもらった甘いジュースをちびちびと飲む。
あいにく頼れる秘書は専務と会社を離れていていない。
他の秘書課の若い子たちはオロオロするばかりで何もできないので全て渉がした。
彼女の好きなアニメを用意させて、後は彼女たちに任せて自分は早足で社長室へ。
「司に何があったんだ。今日はユカりんがお迎えの日だろ。
何かやらかしたとかじゃないよな?ここ置いてったんだろ?なあ、どうして泣いてんだ」
「……それがなぁ」
睨みつけると社長は困った顔でこちらを見てくる。
「あんたは立場があるもんな。ユカりんや司を困らせた奴がいるってなら、
俺が話しつけてきてやるよ。平社員ならいいだろ」
「まあまあ、落ち着け渉」
「自分の娘があんな泣いてたんだぞ!相当な目にあったにきまってる!」
「今、ユカリちゃんから電話あってな。話は聞いたんやけど」
「ユカりんは大丈夫なのか」
「……まあ、ショックは受けてるみたいやったけど。泣いては無かった」
今日は百香里が司のお迎えに行って、お買い物をして帰宅する。
いつもと何ら変わりない日のはずだった。それが何故か会社にやってきて、
受付で司を預けた百香里だけが帰宅してしまい、残された司は秘書課で
わーわー泣き出して。
まず社長に連絡が行き、次に社長から渉に連絡が行った。
何が起こったのかを園児の娘が説明できるはずもないから。
百香里にしたって、
娘や旦那と距離を置かなければいけない何か問題があったのだろうし。
「何処のどいつだ」
「スーパーマルニチに来てたクレジットカード勧誘のおばやん」
「……は?」
「ユカリちゃんな、どうもカードに興味あったらしくて。話聞きたいだけやったのに
何や上手いこと乗せられて手続きすることになってしもて。
ほんで、主婦やから旦那の仕事や年収とか書かなあかんかったらしくて」
「ああ。書けばいいじゃん。ユカりんが財布握ってんだろ?」
「素直に書いたらそのおばやん、急に怒り出したんやって。こんな高給取りが
嫌がらせなんかとか、馬鹿にしてるんかとか……?そらもうアホみたいにでかい声で
嫌味を言われまくったんやって」
「……なんで?意味分かんないんだけど」
「俺もよう分からん。ユカリちゃんショック受けてしもてなぁ。司連れて逃げてきたんやって。
自分がそんな落ち込んだところ見せたらあかんと思って司をこっちに連れてきたらしい」
「カード作ろうとしたら年収で僻まれたってこと?そんだけの話?」
「迫力あるおばやんに怒鳴られたら誰でも取り乱すわ。そんな母親みたら司も泣くし」
電話口の百香里は落ち着いているようだったけど、あの子は我慢するのが得意だ。
意図した訳でなくても、旦那に相談もしないでカードを作ろうとしたのは
悪かったと思うだろう。それに、幾ら普段は大らかでちょっと強気な子でも
知らない人にいきなり怒鳴られたらショックは大きいはず。
そして隔離した司だったがもれなくママの悲しい空気を察して泣いてしまった。
彼女は年収や社会的ステイタスなんて全く考えてない、なんなら自分は関係ない
とさえ思っているような人だから。
「そのスーパー、行くしか無いですね」
「うわ。びっくりした。あんた帰ってきてたのか」
「真守」
想像していたのと違った。二人して黙ってしまった所へ、
外出していたはずの真守が割って入る。
ノックもなかったので流石に驚いて大人2人ビクっと震えた。
「御堂さんに司のフォローをお願いしました。落ち着いたら家に帰してもらいます」
「そ、そうか。真守?……怒っとるんか?」
「無益な争いは好みません。時間の無駄はビジネスの妨げになるからです。
ですが、売られた喧嘩は買うべきでしょう。どんな相手でも舐められてはいけません」
「真顔でどした急に?そこまで深い問題でもないんちゃう?」
「司が涙を必死にこらえて無理して笑っている顔を想像してください」
「よしそいつ殺そうぜ」
「あかんて。それはあかんて!わかった!俺が話してくるから!お前らは先に帰って
司とユカリちゃんのフォローをしたってくれ!ええな!乗り込むのは俺だけや!」
些細な事なんです、と百香里も言っていたように。そんな深く考える事でもない。
はずなのだがやはり可愛がっている姪っ子が泣いているとなると。
弟たちは冷静な大人の男に見せかけてそのへんはとてもカッカしやすく凶暴化する。
結局、総司がそのスーパーへ出向く事となった。
スーパーが悪いわけでもないし、そんな嫌がらせめいたことをする気もない。
話だけして帰るつもりで。
「あのー店長さん?すいません忙しいところ」
「はい?あの、なにか?」
サービスカウンターの女性に聞いたら裏手に居ると言われたので移動。
スーツ姿だったので恐らく取引先の人間と思われたのだろう。
言われるままに裏手の事務所へ向かうと入り口で清掃中の男性発見。
「実は夕方、お宅でやってたクレジットカードの件で」
「あ!もしかして、あの時の奥様とお子様の」
「嫁と子どもです。あれから子どもが泣いてしもて、奥さんも落ち込んでしもて」
「本当に、申し訳ございません!他のかかりの者も見ていて、報告は受けておりまして。
すぐに会社に連絡して当事者にはもう来ないようにしてもらったんですが。
謝ろうにもお客様の情報が既にシュレッダーにかけられて無かったもので……」
「ええんですよ。対処してもらろたみたいで、ありがとうございます」
「あの。奥様とお子様にも一言お詫びを」
「あぁ。ええんです。また利用させてもらいますんで。謝られたら行きづらくなるし」
「ありがとうございます」
「ちなみにどういうカードやったんですか?」
「グループ会社全店で使えるポイントカードにクレジット機能がついたものでして。
会員様限定の割引日や粗品交換日なんかもあって大変オトクなんです」
「なるほど。それは気になるわ。……資料もろてもええですか?」
「はい!」
店長はどんな人物かと思ったが親切な良い人だった。
もしかしたら総司が彼の働く会社の何倍もの規模を誇る会社の社長だと
知っていたのかもしれないけれど、あの雰囲気からすると恐らくは知らずに素だ。
資料をもらって、ついでに司の好きなお菓子と百香里がいつも食べている割れ煎を
購入して家路につく。
「お帰りなさい総司さん。話は真守さんから聞きました。その、ごめんなさい」
玄関に入るといつもは司が走ってくるけれど、代わりに百香里。
「ユカリちゃん」
「ごめんなさい」
靴を脱いで、俯いた百香里を抱き寄せおでこにキスする。
「紙もろてきたし、きちんと書いてカード作ろ。こんなお得なカードあったんやね」
「……良いんですか?」
「前からユカリちゃんにカード渡そう思ってたんや。ちょうどええわ」
「ありがとう総司さん。私ポイントカードは持ってるんですけど、クレカ会員だと
特典が増えて。その場で申し込むと更にポイント倍って言われて。
きちんと相談もしないで。つい、欲を出してしまいました……」
「ええやん。お得なんはええことや」
「カード自体は使う気はないんですけど。ね」
「パパ!」
そこへ司が走ってきてパパにギュッと抱きつく。
叔父さんが買い与えたと思われる新しい玩具もしっかり抱きしめて。
「ただいま。もうご機嫌は治ったんかな?」
「ごめんなさいパパ」
「ん?何がや」
「司が泣いたからみんなやな顔しちゃった」
「嫌やなんて思ってへんから。司はママが好きやもんな。お父ちゃんも大好きや。
今日は疲れたやろ?ほれ、チョコ食べて元気だそや」
「司の好きなのだ!」
3人でリビングへ向かうと晩酌中の渉と、何やら携帯をいじって確認中の真守。
どうだった?という空気だったのできちんと彼らにも報告をしておいた。
もっときちんと抗議したらどうだと言われるかと思ったが、司の手前あまり過激な
ことは言わずに頷いていた。
「なあ。司。お前は何も言われてねえだろうな」
「何をいわれるの?」
「やっぱお前はお嬢様だっていう教育をもっと受けさせるべきだよなぁ」
「おぞうさま」
食後、パパにもらったお菓子を一袋だけママにもらって食べる。
その隣では渉が難しい顔でじっと彼女を見つめていた。
「習い事とか。英才教育とか。スポーツも必要だよな。乗馬とかか」
「お昼ねする時間ある?ママとおやつたべれる?ユズとマモとおふろいける?」
「……」
「いたいのはやだなぁ」
「やっぱ今のままが一番いいな」
「そうだな。お前こそ松前家三男の教育を受けるべきだろうな」
そこへコーヒーを持って司の開いた隣に座る真守。
「俺も今のままでいいんだ。なあ、そうだろ司。俺は今のままでいいよな」
「あのね。ユズはね、自分でおきがえ出来るようになったらいいとおもう」
「あぁそうだ。そうだ。いい大人がだらしない。司はいい子だね、その通りだよ」
「うっさいんだよ!……今のはコイツに言ったんだからな。お前じゃないからな」
ギリギリと睨みつける渉だが、真守は無視して司にチョコを1つもらった。
もちろんすぐに怒らないでねと渉にもチョコを1つ。
仲良く3人で分け合っておやつを頂く。
「司も大きくなったらかーど貰えるかな」
「ああ。パパが用意してくれるだろうさ」
「やったー!無くしちゃいそうだからママに持っててもらおう」
「おいおい」
「義姉さんも家族カードでも持てばいいのにな」
「それこそまた嫌味言われるんじゃないの。ほんっと面倒くさい」
「ママいじめられる?今日のおばさんすごいこわかった。おっきな声で」
「大丈夫だから何も心配すんな。お前とママには強い家族がついてるぞ」
「うん。ありがとう。ユズ。マモ」
「当たり前」
「じゃあそういうことで、強い叔父さんはきちんと風呂に入って寝る準備をしようか」
「命令すんじゃねえ。……行くぞ司。風呂だ風呂」
「はーい。ユズ今日は自分でぱんつ用意しようね」
「ハイハイ」
おわり