連休
「ねえ。マモ。明日は皆お休みの日だよ。……マモもお休みしなきゃ、だめ、だよ」
「ずっと会社に居るわけじゃない。ちょっと様子を見に行くだけだ。
昨日はパパが見に行ってたろ?それでお昼すぎには帰ってきた。明日は僕なんだ」
「……」
もじもじと何か言いたそうにお気に入りのぬいぐるみを抱っこしてベッドに座っている司。
眠れなくて一緒に寝てほしいと部屋に来る事はよくあることだけど。
これはなにか意図があってきたようだ。それも、大型連休絡みのなにか。
「何処か行きたいならパパも渉も……渉は旅行だったか」
「梨香ちゃんとほっかいどういったよ。司におっきなカニさんくれるって」
「そうだったな。お前が半泣きで送り出したらあいつも泣きそうな顔してたっけか」
「泣きそうじゃないもん。わらってたもん。ゆず旅行楽しみしてたからっ」
「楽しみにしてたのは恋人のほうだろう」
渉自体は旅行は嫌いじゃないけれど、司という存在が出来てからは一気に不精になった。
出かけるにしても泊りがけは嫌がって夜には帰ってくる。
なんとか泊まっても朝には帰る。
それが、大型連休を利用して4泊5日の北海道旅行なんてものに出ていったのは驚いた。
あの恋人の泣き落としと司を巻き込んでの大騒動だったのは後で義理の姉から聞いた話し。
「マモも旅行」
「自分はどうだ。パパとママはどこも連れて行ってくれないのか?」
「婆ちゃんと一緒に婆ちゃんがむかし住んでた町に行くって。おはかまいりもするって」
「そうか。義姉さんは何処出身だったか。遠いのか?」
「2泊するって」
「そうか。……、それで気遣ってくれてるのか?僕が一人になるからって」
「いっぱい司のお友達つれてくるからね」
「ありがとう」
ひとりぼっちとか寂しいという気持ちに敏感な子だから。
連休をどう過ごそうとこちらは特に気にしてなかったけれど、
そう言われると一人の時間が出来るのは寂しい気もする。
真守は司の隣りに座って頭を撫でた。
「そうだ。千陽ちゃんをよぼう」
「呼んでどうするんだ?」
「一緒に御飯食べてお風呂入って寝るの」
「司とは違うんだぞ?それに彼女だって予定がある」
「聞いてみないと分からないもん。マモのスマホっ」
「お、おい。こんな時間に電話なんて……こらっ…なんて素早いんだ」
ぴょんとベッドから飛んでいったと思ったら机の上のスマホを手にとり
慣れた手付きで千陽へ連絡をとった。
迷惑だろうと何とか司を捕まえたい真守だがすばしっこく捕まえられない。
これを渉はあっさり捕まえるのだから。若さなのかなんなのか。
「千陽ちゃん大丈夫だって!」
「かしてくれ司」
「……」
「断るわけじゃないから。いい子だろ」
警戒しながらも真守に携帯をかえす。
『司ちゃん?』
「こんな遅い時間に申し訳ありません。司が突然変なことを言ってしまって」
『あっ。いえ、……あの、私は特に予定も立ててなかったので。お手伝い出来ることがあれば』
「明日会社へ行く予定なので、夕飯一緒にどうですか」
『もちろん。あの会社へ行かれるのなら私も』
「休日出勤は必要ありません。ゆっくりしていてください」
『わかりました。お忙しいでしょうから、よろしければ私が店の手配などしましょうか』
「そうですね。宜しくおねがいします」
まるで業務連絡のように淡々と話は進んで、明日の夜の予定は埋まった。
明日の夜には渉が帰ってくるからこれで1人の時間は格段に減った。
「マモ。お泊りでーと?」
「そんな単語何処で覚えた?一緒に食事をするだけだよ。家には呼べないからな」
「なんで?」
「義姉さんもお前も居ないからな」
「……」
「不思議か?まあ、何れわかるさ。寝よう司。絵本を読もうな」
首をかしげる司をベッドにいれて、大好きな絵本を手に真守もベッドへ。
ルームランプ以外の電気を消して。司が眠りやすい環境を作る。
これだけでいつも彼女はウトウトしてきて、2,3ページでお休みする。
「夜ね。さみしくなったら電話してね。司もする」
「お前の楽しい時間を邪魔してもいいのか?」
「マモが楽しくないと楽しくないもん」
「そうか。わかった。じゃあ。電話しようかな」
「うん」
「渉が帰ってきたら電話するかもしれないぞ。いや。するな」
「ずっとねよる電話してたよ」
「そうか。眠かったんじゃないか?」
「きづいたら寝てた」
「まったく。子どもに無理をさせて。あいつのほうがよほど子どもだな」
「ユズとお話してたらね、すごいいい気分になってきてね、……ねちゃっ……た」
「そうだな。お前はすぐ寝てしまう。手がかからないいい子だ」
仕事に追われているから、こんな時くらいは何処かへ出かけるのも気晴らしには
良さそうだけど。こうして何気ない一日の終りがあるから嫌いじゃない。
「ほら司。そんな顔しないの。真守さんが心配しちゃう」
「うん」
翌朝。ママに呼ばれてお出かけの準備。お子様サイズでキラキラした可愛らしい
キャリーケースは特注品。そこに好きなぬいぐるみを1個だけ選んで入れて、
あとは全部真守のベッドに置いてきた。
お出かけなんて大喜びする所なのにあまり元気のない顔。
視線の先には会社へ行く準備を終えて僅かな時間に新聞を読んでいる真守。
「甘えん坊さん。ちゃんと行ってきますのご挨拶をしてきて」
「ママは」
「ママはパパを急かしてくる。お寝坊さんな上に司以上の甘えん坊さんだから」
「わかった」
司は小走りで真守のもとへ近づく。
「準備出来たみたいだな」
「うん」
「パパとママから離れないこと。お婆さんは足腰が悪いそうだから、手伝ってあげるんだぞ」
「うん。……マモ」
「おいで」
寂しそうに見つめてくるから手を伸ばしたらニコっと笑って真守に抱っこしてもらう。
「おみやげ楽しみにしててね」
「ああ」
「ママがね。いっぱいきのことかたけのことか取るって言ってた!いのしし捕まえたいって」
「流石義姉さん……」
流石に狩猟は冗談だとは思うけれど、あの人ならやりかねない。と思えるから怖い。
ママがパパを連れてきて朝ごはんを食べて出発の時間がやってきた。
パパと手を繋いで司が先に家を出る。最後になると中々出ようとしなくなるから。
「本当に大丈夫ですか?お食事の下準備だけでも」
「夕飯は外食の予定がありますから。渉も夜遅くなんで食べて来るでしょうし」
「わかりました。じゃあ。2日ほど宜しくおねがいします」
「楽しんで来てください。自然の中での暮らしは司にとってもいい経験になるでしょうから」
最後に百香里が家を出て、残ったのは真守だけ。
一瞬ふと寂しさを感じたものの、自分もすぐに会社へ向かうため戸締まりのチェック
だけしてさっさと家を出る。その頃にはもう兄の車は無くて静かなものだった。
「司。そんな寂しそうな顔をしないで。お婆ちゃんにちゃんと笑顔でご挨拶しようね」
「うん。パパ。司のいつものやつ」
「今つけるでな」
「ママ。お婆ちゃんとお出かけ楽しみだね」
「そうだね。司が一緒にお願いしてくれたからだね。ありがとう」
「おやすみの日だもん。一緒にお出かけするの楽しいよ」
「そうだね。お婆ちゃんは休みとか関係なくいつもお仕事してたから。
いっぱい楽しんでほしいね」
「マモと一緒だ」
「そう。かもね」
「……ママもお仕事するってなったら司もいっしょにおしごとする」
「司」
「そしたらすぐ終わって一緒にお休みあそべるもんね」
ニッコリと屈託のない笑みで言う娘に、百香里はただただ笑顔で返すしかなかった。
総司は運転していて表情は見えないけれど。聞こえてはいるはず。
「ええなあ。お父ちゃんと一緒に出勤してくれんかなぁ」
「総司さんには有能な弟さんと秘書さんがいらっしゃるから問題ありません」
「ありません!」
「有能過ぎるんもキツい」
「がんばれパパ!次のお休みはすいぞくかん行きたい!イルカさんみたい!」
「ええね。行こ行こ。お父ちゃんも水族館すきやで」
「……イルカってなんでその辺の海に居ないんでしょうね?」
「ユカリさん?」
「あの水族館最近入館料値上がりしたんですよね。子どもは100円、大人は500円も……」
「まま。イルカ、の、ぬいぐるみでもいい……よ」
「待ってユカリちゃん!あそこやったらカードの優待が使えるはずやから!
何やったら優待券とか用意するからそんな寂しいことさせたらんで」
「そんな大げさな。大丈夫ですよ。次のお休みは水族館行こうね」
「う、うんっ」
「それで総司さん。優待ってどれくらい安くなるんでしょうか」
「ま、まってな。後できちんと調べるから。損はさせへんからな」
思わぬ所で空気が冷えたり凍ったり温まったりといつもの家族の時間を過ごし。
途中で百香里の母親を乗せて目的地へと出発。
都会から車で1時間ほどでもすっかり田舎の山にかこまれた静かな場所へ出る。
その頃には最初あれだけ騒いでいた司がすっかり静かになって眠っていた。
その日の夜遅く。
「まじか。今日から?何時まで?」
「明後日の昼過ぎに帰る予定だそうだ。お前聞いてなかったのか」
「聞いてねえよ。司の奴黙ってたなっ」
「僕も事前に聞いて無かったから急に決まったことなんだろう」
食事から戻ってきて風呂を済ませてのんびりリビングに居たらドタドタと
中へ入ってくる音がして。待っていると渉が疲れた顔で入ってくる。
「まあ、あいつもずっと家に居るよりは家族と旅行でも行ったほうが良いだろうな」
「大人になったな」
「旅行へ行く相手も居ない奴に言われてもね」
「それもそうだ」
「あの秘書誘えば?」
「司が気を使ってくれて、彼女を誘ってくれて食事をしてきた」
「それだけで帰ってくるんだからなあ。あんたは」
「勿体なかったか?」
「自分が満足したならそれでいいんじゃない。俺もう寝る」
「そうか。おやすみ。僕は寝る前に司に電話をかけるけどな」
「……その時は絶対声かけろ」
おわり