甘える 2


「ママお腹すいた」
「うーん」
「……ままぁ」
「……。え?あ。なに?どうしたの司」
「どうしたのじゃねえだろ。司にオヤツやってよ。さっきからずっと言ってたよ」
「え。え。もうそんな時間!?しまった!ごめんね司!すぐ用意するね!」

困った顔の司と、呆れたような顔の渉。
時計を見てワーワーと一人大慌てで台所へ走っていった百香里。
祝日の、まったりとしたのどかな午後3時。何時もならオヤツの時間。

「ったく。なに見てたんだ?またスーパーのチラシか?」

机の上には彼女がじっと見つめていたものが置きっぱなし。
渉がそれを見る。司は心配そうにママの所へ行ってしまった。
少しして一緒に戻ってくる。
その手にはオヤツのドーナツとミルク。百香里はコーヒー。

「渉さんもコーヒーどうぞ」
「あんた免許とるの?」
「かなあって」

テーブルにそれらを置くと広げていた資料をざざっと片付ける百香里。

「めんきょって何?」
「車を運転していいですよって試験を受けるの」
「車!ママ車運転するの!」
「まだパパには言ってないんだけど。あったほうが色々便利だし……」
「良いんじゃないの?駐車場もまだ余ってるだろうから借りればいいだけだし」
「ママに似合うかわいいー車かおうね!」
「でもやっぱりどこもそれなりのお値段するんですよね。ああ。学割があるうちに取るべきだった。
そうしたらもっと稼げただろうし、遠くの安いスーパー巡りも出来たし。長い目で見れば得だったな」
「まま?」
「何でもいいじゃん。今なら車まで速攻で準備できるんだし、さっさと取って来たら?」
「総司さん許してくれますかね」
「断る理由なくない?大丈夫だって」
「司も一緒にパパにいうよ!」
「ありがとう司。じゃあ。言ってみようかな」

前から車をほしそうにしていたし、買い物をするにも司の送り迎えも出来て良い。
何かと総司やその弟たちに頼りっぱなしだったから。そこも気にしていたのかもしれない。
司はドーナツを食べながらママと一緒に自動車学校の資料を眺めて楽しそう。
学校がどんなところかは知らないが、ママが車を運転するのは嬉しいようだ。
おそらくは、一緒に可愛い車を選びたいから。

二人があまりに熱心に会話をしていたので、コーヒーを飲み終えたら席を外した渉。
ちょっとタバコでも買いに行こうと玄関へ向かっていくと、
こちらに向かって司が走ってきた。

「ねえねえ、ユズ」
「ん?」

弱い力で渉のズボンを引っ張る。

「司が車うんてんできるようになったらね、ユズとゆうえんち行くの」

すっかり自分も運転する気になったようで、ご機嫌にニッコリ笑って言う司。

「ああ。期待して待っててやる」
「うん!」
「その前にお前の父親で散々運転練習してからな」
「わかった!」

渉が家を出ていったのと入れ違いに、休日でも会社に行っていた真守と総司が帰宅。
やたらご機嫌な司が出迎えた。百香里は急いで夕飯の準備中。
ずっと免許のことで悩んでいてすべての家事が止まっていた状態だったらしい。

「ユカリちゃん。そんな慌てんでもええよ」
「すみません」

今日は何時もよりちょっとだけ遅いお夕飯になりそう。

「話は司から聞いた。免許取りに行くんやろ?ええやん、行っておいで」
「その。でも。けっこう良いお値段」
「その分目一杯車利用したらええやんか。すぐ取り戻せるで」

バタバタと忙しなく台所で動いている百香里。総司は声をかけて、部屋に戻り着替えた。
真守も同じように部屋着に着替えてから、司とリビングでお話中。
チラシを手に大興奮していてパパとマモにママが車の免許を取るという話をする。

「ちなみに短期間で取れるという合宿があるそうなんですけど」
「それは辞めとこ。普通に通おうや」
「そうですよ。そんな急いで取る必要はないでしょう。司も寂しがりますし」
「でも、真守さんはご存知でしょう?私の筆記試験の悲惨さを」
「……あぁ」
「真守、そこは嘘でもええんで否定したってくれんか」
「良いんです総司さん。実技はともかく、割とマジで私、頭が良くない部類なので」
「……」
「やから真守っそんな真面目な顔で黙らんといてっ」

のんびり通うと思ったのに、そんな合宿なんて行かれたら困る。
総司は何とか百香里を説得して合宿は諦めさせた。

「ママ。車……だめなの?パパ」
「ううん。そんな事ないよ。そんな悲しい顔せんといて。大丈夫やって」

ママが夕飯の配膳をしている間、司は不安げにパパに問いかける。
子どもながらになんとなく雲行きが怪しいというのを察した様子で。
でも、笑ってこたえてあげたらニコッと笑って返した。

「総司さん。色んな学校の資料もらってきたんですけど、やっぱり家から近いほうが良いですよね」
「そうやな。でも、雰囲気とか学校によって違うやろし。司の送り迎えは俺らでやるで、なんも気に
せんと選んでええから」

食事を終えて、片付けをしている百香里のもとへ総司が手伝いに来る。
今日は休みなのに会社へ行ってしまったから、奥様のご機嫌も伺いがてら。
司は真守とママが乗るにふさわしい車を今からもう選び始めている。

「明るいイケメン先生が優しく個人指導で試験対策もバッチリ怖くないっていう」
「百香里それはあかんやつや」
「総司さん顔が怖い」
「ユカリちゃん。試験勉強は俺としような?な?」
「はい」
「パパー!パパ!司もね!司もとるんだよ!いっぱい練習するからね!」
「そうか。ええやんか」
「パパでいっぱい練習してからマモとユズをのせるのー!」
「……あいつら」

苦笑する総司。百香里はそうだね、と笑って帰すのみ。
そうしていると買い物に出たきり戻ってこなかった渉が帰ってきた。
メールで先に食事をしておいてくれと来ていたので待たずに先に頂いたけれど。

「車の資料もらってきた。女向けのに絞ったけど、結構出てんだな」
「わー!いっぱい車!」
「そんな。まだ取ってないのに」
「ンなもんすぐ取れるだろ?ほら。司、こんなかからママに似合うの探してやれ」
「うん。やっぱりね、可愛いのが良い」

どうやら買い物ついでに車の資料を取ってきてくれたらしい。ドサっとパンフレットを机に置く。
難しい言葉は理解できなくても、写真を見てすぐ理解出来たようで司は嬉しそうに眺めている。
渉は定期的に新しいクルマに買い換える為、ディーラーなどに顔が利く。

「私なんてどうせお迎えと買い物だけだし中古の軽で」
「そんなボロい車なんて乗ってたら司が可哀想じゃん」
「や、やっぱり?」
「あんたは良いかもだけどさ?
ちょっとは家族のために見た目も気にしてほしいんだよなぁ、お義姉さん?」
「そうですよね。うう、そこも悩みどころなんですけど。やっぱり、ううん」

この億ションの駐車場に、とにかく走ればいいレベルのボロい車がある違和感。
総司たちもそうだし、他の住民さんの車の豪華さは百香里でもすぐ分かるレベル。
かといってピカピカの高級な車を自分が所有できるかと言われると。困る。
その場は笑ってごまかして、明確な返事はしないまま渉の食事を用意をした。


「総司さん。やっぱり、私って駄目かも」
「どないしたん急に」

司はまだ真守や渉たちとパンフレットを見てはあれこれとお話に夢中。
その間に百香里と総司はお風呂に入る。
身体を洗って、向かい合って湯船に座る。が、百香里はずっと浮かない顔。

「長い目で見ればお得だって思っても。やっぱり気にしちゃうし。
見栄えよりも動けばいいって思ってるからどうせ、恥ずかしい思いをさせるし」
「気にしすぎちゃう?とりあえず学校行って免許とってからでええやんか」
「あの子が見てるの全部お高いヤツですよ。渉さんが持ってきたパンフレットですから」
「ユカリちゃん」
「ほらほら。こうやって考えちゃうからっ……だから、どうしようかずっと悩んでて」
「せやけど司があんなご機嫌に選んでるもんを強制的に変えさせるんも可哀想ちゃう?」
「はーーー。もう。こんな悩みまくる人間じゃなかったのにー!」
「ユカリちゃんを苦しませるような事させたんは、俺のせいやな」
「いえ。そこの選択肢については一切の後悔はございませんので」
「嬉しい。やなくて、そうやなあ。ユカリちゃんがそんな迷うんやったらやっぱり暫くは自転車で」
「いえ。免許は取ろうと思います。何かあったときとか、すぐに駆けつけられるように。
総司さんが言うようにまずは免許ですね。あれこれ先のことで悩んでバカみたいです」

散々渋い顔で悩み続けていた百香里だが、どうにか彼女の中で気持ちは固まったようだ。
にこりと微笑むけれど、かなり疲れた笑みだった。

「ユカリちゃん。ずっと考え込んで疲れたやろ?俺がマッサージするでこっちおいで」
「総司さんなんだかニヤニヤしてる。長いのは駄目ですよ?他の人達入ってないんだから」
「はいはいはいー」

それでも総司に手を伸ばされたら、ちょっと頬を赤らめつつその手を握り返した。


「寝てしまったのか」
「あんだけヒートアップしてたらそら疲れるよな」

その頃、リビングではお気に入りの車を見つけてそれを握りしめて寝てしまった司。

「それもそうか。これだけ期待されては義姉さんも大変そうだな」
「そこがよくわかんない所だよな。車買うだけであんな悩んでさ」
「それは今更だ」
「わかってるけど、……もう少し慣れたらいいのに。そしたら楽に生きられるのにさ」
「まず、楽な人生を臨んでない人だからな」
「ほんと。意味わかんない」
「それがうちの義姉さんじゃないか。ほら、司を起こして風呂に行くように言わないと。
そろそろ二人も出てくるだろうからな」
「はいはい」


おわり


2018/08/26