とある日


「こういう雑誌の表紙とか見てると、やっぱりセレブさんっていうのはいい生活してますよね」
「はあ」
「総ちゃんのお友達、まだ子どもなのに弁護士志望とかお医者様志望とかばっかりで。
政治家のお父さんの後継者になるとかいう子まで居るとかで……、
そのお母さんとなったらもう、一緒に居るだけで寿命が縮みそうになるんですよ」
「そう」
「最近ではそんな空気を察してか総ちゃんは私をそういう場には呼ばなくなりました」
「……」
「渉さん。どうしたらいいでしょうか」
「なんで俺に聞くの?」

なんとなくそういう空気だなあ、とは思っていたけれど。
こっちはただ休日に司に会いにお菓子を持って実家に帰ってきただけなのに。
ついでに昼飯を食べさせてもらおうと思っただけなのに、深刻な顔で相談された。
ちなみに、会いに来たはずの司は百香里の指示でみどりの別荘の掃除をしている。
総司はその手伝いで一緒に庭。総吾は朝から塾へ行っているそうだ。

「総司さんは気にしすぎとかって言って、ぜんっぜん相手にしてくれないんです」
「俺もそう思うけど。そんな気にしなくても総吾はなんとかなるって」
「いえ、総ちゃんの将来を心配している訳じゃないんです。いえ、心配はしてます。
でもそれ以上に、私がヤバイっていうか。その、ヤバイっていうか」
「ユカりんがすげえ焦ってるのは伝わった」

高卒、それも頭の中は稼ぐことでいっぱいだったという昔の兄嫁。
裕福な生活となった今も金銭にはシビアで何かと出費を渋るが、そこを除けば
大いに天然であり、とぼけており、ズレており、なおかつお勉強は苦手な普通の女性。
他所の根っからセレブなママさんたちといきなり溶け込めるとは思ってないが、
それでも優しく明るい性格だし、関係が悪くなることはないと総司も思っているはず。

「真守さんより、渉さんのほうがこういうセレブママさんの生態に詳しいかと思って」
「まって?今若干、義弟にひどい事言わなかった?」
「え?そうですか?交友関係広そうだなって思っただけですけど」
「ふーーん。まあ、いいですけど?」

キョトンとした顔でお茶をすする百香里。深い意味は、なさそうだ。
渉は軽くため息をして、彼女が熱心に見ていた雑誌を眺める。
何処にでもありそうな女性誌、表紙はモデルではなく何処かの会社の奥さん。
自分で起業もしているやり手の女性と表紙に書いてあった。

パキッとしたメイク、プロの手がかかってそうなヘアスタイル、シンプルだが高そうな服。
あと、嘘くさいくらいににっこりと笑う歯はもちろん真っ白で歯並びもいい。
百香里が想像している金持ちの家の奥さんとはこういうイメージらしい。

「やっぱり見た目から?パーマかけて茶色にしてお化粧もしっかりしてそれで」
「無駄な出費嫌いなくせに」
「でもこの前寝癖ちょっと残ってる頭で塾のお迎えに行ったら、総ちゃんのお友達の
ママさんに軽く笑われてしまいました。その人は、こんな髪型してたんです」
「こういうのは、着飾って目立つ自分大好きな女がすることだから。
ユカりんは……そうだな、ちょっと手抜きだから。月に1回の美容院くらいでいいさ。
控えめに清楚な感じをイメージして、まだ若いし清潔感があればなんとかごまかせる」
「清潔感ですか。なるほど」
「別にあんたが小汚いとは言ってないけど。ないけど、ちょっと年の割に所帯じみてるっていうか」
「ほうほう」
「おばちゃんっぽいっていうか。せんべいボリボリ食いながら相槌打つとか」
「ほうほ……、すみません。好きなんですわれせん」

百香里は渉の言葉を真面目に受け止めて、煎餅は封印。
月に1回の美容院と、友人が働いているというネイルサロンも行ってみると言った。
そこでメイクのレッスンもやっているとのことで、清楚な感じを目指すと意気込む。

「司もそうだけど、やる気だけがすげえ空回りするんだよなユカりんは」

昼食の準備を始めた百香里。渉は机に残された雑誌をパラパラ。
セレブな奥さんの生活コラム、食べているもの、あとは旦那様とのノロケ。
色々とあったけれど、男の渉には興味が全く湧いてこない。

「ゆず?」
「おう。亀の庭は綺麗になったか」
「うん。プールの中に怖い虫が居たんだけど、パパがやっつけてくれた!」
「そうか。そりゃ良かった」

そこへ片付けを終えて戻ってきた司。疲れた様子でソファに座ったので
渉も椅子からソファへ移動し彼女の隣りに座った。
一緒に居たはずの父親は側に居ないけれど、とくに興味もないので聞かない。

「お腹すいたなぁ」
「ママが飯つくってる所だ。もう少し我慢してな」
「うん。ねねねね、ゆず。ご飯出来るまでゲームしよ」
「ゲーム?どういうやつ?」
「ママが買ってくれたの。これ」
「ゲームってこれ……知恵の輪じゃねえか」
「これを毎日やると頭がよくなるかもって。だからね、司も頑張ってこれを毎日やって、
いつかは総ちゃんに任せっきりじゃないようになりたいなって」

ラックから取り出したのは知恵の輪。それもそんな高価なものにはみえない。
おそらくは、お得意の100円均一のお店で買ってきたものと思われる。
それも1個や2個でなく、5個くらい。司は1個取り出して真剣にやりだした。

「なんだよ。もうギブアップか?もう少しがんばってやってみろ」
「うーん」
「粘ったら頭よくなるかも」
「うん!」

気にしてないように見えて、やっぱり優秀な弟が居ると姉として申し訳ないと思うのか。
総吾に対して、母親と同じような事を思っている司。
渉は複雑な気持ちでそれを眺めていたら、総司が庭から戻ってきた。

「知恵の輪今日もしてるんか。頑張ってるなあ司」
「パパはすぐ出来ちゃうよね」
「まあ。それはまだ子ども向けのもんやしな」
「あと総ちゃんもすぐ出来ちゃう」
「まあ。なあ」
「司ぜんぜん出来ない。……頭よくないのかな」

挑戦する手をとめて、さみしげにうつむく司。

「なぁに言うとんの。そんなんで測るもんと違うんやから。それはただの遊びやろ?
遊びにしたって、得意不得意はあるもんなんやから。そんなんで落ち込む事やない」
「パパ」

そんな娘の頭を撫でてにっこりと優しく微笑む総司。

「それより司。ご飯食べたら何処そ遊びに行こか」
「だったら総吾を誘っていけよ。昼から一緒にファンシーランド行くんだ。なあ」
「うん。新しいぬいぐるみシリーズが出たから見に行くの」
「そうか。可愛いのあったらええな」
「なんかね、今度のお友達は亀さんなんだって。だから凄いワクワクしてる」
「そらもう連れて帰ってこんとあかんのちゃうか?」
「うんっ」

話題が変わってすっかりニコニコに戻った司。
考えることはあるけれど、楽しいことがあればやっぱりそっちに気持ちは動く。
笑っていてくれるのが一番いいから、総司も渉もその場は笑って終える。
百香里の声がして、司は配膳をお手伝い。
総吾は外で塾のお友達と一緒に食べて来るそうなので、彼不在での昼食。


「総司さん。私、サロンに行きたいんですけど。いいでしょうか」
「何処の店行くん?送ってくわ」
「友達に紹介してもらったお店なんですけど。凄く上手なんですって」
「ええんちゃう?ユカリちゃん送ってから坊を迎えに行ってこうかな」
「お願いします」

食後の片付けをしている百香里。それを手伝ってくれる総司。
司と渉はすでに家を出てファンシーランドという少し離れた所にある
オリジナルのキャラクターたちが可愛らしい小規模の遊園地へ行ってしまった。

「また一段と可愛いなったユカリちゃんかあ」
「総司さんが可愛いって思ってくれたら私、ほかはどうでもいいんです。けど」
「……けど?」
「母親として、もう少し清楚な感じにもなりたいから。そのためのお金を使っても、いいでしょうか」
「清楚ってまたえらい」
「不相応なのはわかってます。だから」
「ユカリちゃんの好きにしたらええよ。子どもらと、ユカリちゃんの為に俺は仕事してるんやでな。
逆に皆が居らんだらこんな窮屈な仕事なんかしてへんもん」
「総司さん」
「さっさと跡を坊に譲ってユカリちゃんと甘い隠居生活を送りたい」
「スーツの総司さんも好きだからまだまだ駄目」
「はい」

夫婦微笑みあって、軽くキスをして。片付けを終えたらさっそく出かける準備。
サロンの予約は渉に相談した際に入れていた。後は総吾。
電話をしたら食事を終えて休憩中とのことなので、問題なく迎えに行けるだろう。
慣れない自分だとその場にいる人の目を気にして不自然になってしまうが、
生まれながらのセレブな家系の総司ならそんな場でも大丈夫だろう。

「どうしたんですか総司さん」
「いやあ。今な、坊から電話かかってきて。友達の家にお呼ばれしたもんで
迎えはユカリちゃんの美容院終わってからでええって」
「そうですか。お呼ばれしたなら、お家に伺うんですよね?その時はお礼とか」
「そんな堅苦しい考えんでもえんとちゃう?俺が行って来るでユカリちゃんは車におったらええよ」
「いいですか?」
「ええです。可愛いなったユカリちゃんは俺だけのものです」

戸締まりを確認して、総司と一緒に家を出る。服は着替えようかとも思ったけれど
総司に聞いたら十分清楚で可愛いと言われたので、そのままで。
百香里をサロンでおろして、総司は一旦家に戻る。その前に、百香里から買い出し品を
書いたメモを渡されて、それを買ってから帰った。



「わあ。凄い豪邸ですねぇえ」
「ほんまにな。行ってくるで待っててな」
「やっぱり私も行くべきじゃ」
「そんな話もすることないし、坊も俺もさっさと帰りたいでな」
「お願いします」

2時間後、サロンでセットしてもらった百香里を乗せて総司は息子がお邪魔している家へ。
松前家ほどの規模ではないが、それなりに巨大な敷地のお屋敷の側に車を停める。
たしか、ここの家はお医者様の家系のはず。息子さんももちろん医者志望。

「ママ。サロン行ったの?凄く綺麗」
「ありがとう。総ちゃん。楽しかった?」
「うん、まあね」

10分ほどして2人が立派な門から出てきて、車に乗る。

「ママもご挨拶に行けばよかった、よね」
「自慢話ばっかりしてくるから。1分でも早く帰りたかったんだ。パパだけで良かったよ」
「そう?」
「うん。それにあの家は母親がカバみたいな顔だから。ママを見て嫉妬するかもしれないし」
「カバって。総ちゃん、そんな言い方は」
「めっちゃ太らせたカバやったな。あれは、婿養子なんやろうな。あのお父さん気弱そうで」
「総司さん」
「めっさ辛かったわ。ギンギラギンの飾り全身に付けて、たまに鼻の穴広げてフガフガ言うてきて。
ほんでえらいぴっちぴちの服着てて、しゃべるたびに服破れそうでハラハラしたわ」
「やっぱり私も行けばよかった」

あれだけセレブさんにあうのは怖いと思ったのに、2人の話を聞いていたら
その珍獣を見てみたい衝動にかられてしまう。また今度、お呼ばれしたら次こそは
母親として挨拶に行こう。がんばって笑わないように心がけて。

「ママ。今度の連休に塾の合宿があるんだけど」
「そ、そうだっけ?ごめんねママ忘れてた……、参加するの?」
「たしか、連休っておじさん達誘って別荘でバーベキューでしょ」
「そうだけど。もし、総ちゃんが無理なら延期して」
「凄く張り切ってる司にそんな悲しいこと言えない。僕も参加したい。勉強は別荘でも出来るし」
「いい?」
「うん。それに、下手な講師よりも真守叔父さんに教わったほうがよほど身につくからいいんだ」
「ありがとう総ちゃん」
「気を使ったわけじゃないよママ。僕だって皆と楽しくバーベキューしたいんだ」
「うん」
「ということで。パパ、絶対に何があっても延期にはしないでね?わかってますよね?」
「あ。やっぱり?も、もちろんやで。お父ちゃんにドーンと任せとき!」
「ならいいです。けど、もしウソついたら僕は針を千本用意するから。覚悟してください」
「……は、はいっ」


おわり


2018/06/10