みどり
家の広くて立派な庭の片隅に、亀のみどり専用の小さなスペースができました。
何時でも遊べる小さな池。それとそれを見守る司用の椅子。
夏には日よけのパラソルも立てられてとても快適。
「ママ」
「なぁに」
「……ママ」
「そんな寂しそうな声を出して。みどりを別荘で遊ばせてあげたんじゃないの?」
今日はポカポカと温かい日なので洗濯物を縁側まで持ってきて畳んでいた百香里。
そこへ司がやってきて、ママに甘えるように横にくっついてギュッと抱きつく。
「うん。あげた。凄く喜んでいっぱい遊んでた」
「そう。よかったね」
「……みどりはやっぱりお外がいいのかな」
「自然の亀さんはそうね」
「狭いお家の中よりもお庭のあの広い池のほうが楽しいのかな。
コイのお友達もいるし。寂しくないのかな。……司だけじゃだめかな」
成長して部屋の水槽がちょっと狭くなってきたからか、気持ちよさそうに遊ぶみどりは楽しそう。
百香里はそんな娘の頭を撫でて。
「ママだからね。司は。悩む事もあるよね」
「みどりとずっと一緒に居たい。でも学校とかあるし。遊びにも行っちゃう。
ひとりでお留守番は寂しいよね。みどり、寂しいよね…」
「じゃあ、お庭の池にみどりを放す?広いからたまにしか確認できないかもよ?
夜はおしゃべりできなくなる。ご飯をまいて終わりになるけど」
「やっぱり嫌だ」
「放すにしても、もう少しみどりが大きくなってからでも良いでしょ。
ママだって、司と離れるのはもっと大きくなってからがいい」
「ママと絶対離れないもん!やだやだやだ!」
「そう?じゃあ。未来の旦那さまの隣にママ行っちゃおうかな?」
「うん。一緒!一緒!」
「甘えん坊さんね」
ははは、と笑って。司にも洗濯物を一緒に畳んでもらう。
みどりは結局これからも司の部屋で一緒に暮らす。
外で暮らすことが自然であり、気持ちよさそうに思えても。大事な家族。
「どうしたのママ」
「総ちゃん。司ったらお手伝いの途中で寝ちゃって」
洗濯物をたたみ終えて、やけに静かだと思ったら畳んだ洗濯物を枕に
気持ちよさそうに寝ている司。そこへ様子を見に来た総吾。
「ずっと何か悩んでたみたいだったけど」
「みどりの事で悩んでたの。でも、もう解決したから。それで安心したのかもね」
「パパを呼んでくる?それとも起こそうか」
「そうね。パパに運んで貰いましょうか」
呼ばれてきた総司がそっと司を抱き上げて部屋へ連れて行った。
百香里は洗濯物を運ぶ。半分は総吾が手伝って持ってくれた。
今日は特に予定もなく静かな松前家。
買い物に無理に行かなくても何とかやりくりは出来るけれど。
「ママ?」
「どうしようかな。お買い物行こうかな。それとも」
「行ってきたら?気晴らしになっていいと思うよ。司と僕は留守番してるから」
「じゃあそうしようかな」
「いい天気だし、ちょっと散歩してくるのも良いんじゃない?」
「あ。じゃあ。今日は公園にお散歩に行って、そこで皆でご飯にしようか」
「パパとデートの方が」
「パパとはずーっと一緒だけど。総ちゃんや司はそうじゃないから。ママもいっぱい思い出が欲しい」
「ママ……」
「そうと決まれば急いで準備しなきゃね。お弁当とお茶と、お菓子と」
唐突に決まった公園。のんびりと戻ってきた総司にその事を伝えると異論なく賛成。
お弁当の準備や倉庫にしまわれていたリュックを引っ張ってきて、水筒も出して。
あれこれと慌ただしく準備を始める。総吾は自分と司の分の準備も一緒にやっている。
「ママぁ…パパぁ…?」
暫くしてその騒がしさに起きたのか眠そうな顔で司がリビングに顔を出す。
「ほら司。ピクニックだよ」
「わあ。ぴくにっく…準備しなきゃ」
「司のリュックはここ。準備できてるから。後はお弁当待ち」
「お弁当!!楽しみだなーおやつは?」
「途中のお店で買うって」
「やったー!……あ。みどりは連れて行ったら駄目かな」
「移動がみどりの負担になるかもしれないよ?」
「そっか。じゃあ、帰ったらお話してあげよう」
「それが良いと思う」
一番テンションの高い司が参加して一気に騒々しくなるリビング。
お弁当、お茶、その他必要なものをリュックにつめて。いざ出発。
途中のお店でちょっとだけ子ども用のおやつも購入。
「ほんといい天気ですよね。気持ちがいい」
「ほんまやな。ちょっと来ただけでこんなええ場所あったんやな」
「ママ友だちから聞いたんです。そんな遠くなくて遊ばせるのに丁度いい、そしてお金もかからない」
「賢いなあ」
街を過ぎて山へ登っていき、到着した公園には緩やかな川と、小高い丘と、
ちょっと古くて小さめなアスレチック。子どもを遊ばせるには十分な場所。
他にも遊びに来ている親子連れは何組があった。
パパとママはレジャーシートを敷いて休憩。司は総吾を連れてさっそく遊んでいる。
「いつか司や総吾もこんな風に家族で遊びに来たりするのかな」
「ん?未来の話し?」
「司の事だから、私達も連れて行こうとするかもですね」
「かもしれんね」
「楽しみ。だけど。ちょっとさみしい気もしちゃいますね」
「まだもう少し先の話しや」
「そうですね。それに、総司さんと二人で暮らすのも楽しみ」
「それを楽しみに仕事頑張ってます」
「もう。総司さん」
苦笑する百香里。少し離れた所で自分を呼んで手を振る司がみえた。
ふりかえして、遠くへは行かないでねと声を掛ける。
総吾が一緒に居るから興味本位で危ないことはしないだろうけど。
「パパも遊ぼ。あっちで登るやつあった」
「司。パパは駄目だよ、ここに来るまででだいぶ疲れてたよ」
「そっか」
「よっしゃ。お父ちゃんが実は出来るって所をみしたる」
「無理しないでくださいね?救急車も時間かかると思うし」
「そうだよパパ。人も結構居るし、恥ずかしいことはしないでね」
「わ。わかってます!そんな二人して…みとき!」
総司も加わって子どもたちと遊び始める。夫を心配しつつ、見守る百香里。
いつか離れる日が来ても、楽しい思い出として今日が残っていればいい。
「総司さん大丈夫?」
「腰をやられた。ユカリちゃん撫でてー」
「大丈夫です総司さん。私が代わりに登ってきますよ」
「え?ゆ、ユカリちゃん?」
「私だってまだまだ若いということをお見せしますから」
「い、いや。わかってるよ…若いって…あの、それより」
「司!総吾!ママも登る!」
「えー…」
野生児の血が騒いだのか、その日の百香里は何時になく元気でした。
「総司さん。いつまでも拗ねてないで、一緒にコーヒー飲みましょう」
「どうせ俺はオッサンやねん。皆して意地悪して……」
お昼すぎに家に帰ってきて。お弁当箱などの後片付けをして休憩。
司はさっそくみどりに話をしにいって、総吾もそれに付き合って部屋に行った。
総司はちょっとふてくされてソファに座っていたので百香里はその隣に座る。
「私が嫌になったんですね……」
「それはない」
わざとらしく寂しそうな顔で言ったらすぐ抱きしめられた。
「お疲れ様でした。また連れて行ってください」
「はい」
「子どもたちと頑張ってる総司さんはとても可愛かったですよ」
「そこはカッコイイと言って欲しい」
「かっこいいです」
「ユカリちゃんには敵わんけどな。……あぁあ。ユカリちゃんっ」
「ふふ。甘え方が司と一緒」
「せや。夕食は俺が用意する。ユカリちゃんも疲れたやろ?
ここで頼れるお父ちゃんらしいところを子どもらに見せておかんとな」
「お願いします。今の所、子どもたち開始5分でバテたパパしか見てないから」
「任せて」
機嫌を直した旦那サマ。それがまた可愛いと思ってしまう百香里だが、
言うとまた拗ねるかもしれないので。微笑んで、彼の頬にキスをした。
「でね、ママがね。すごい勢いでぴゅーんって登ってったの!びっくりしたよ!
みどりにも見せたかったなぁ」
「あれはすごかったね。僕もびっくりした。ママ、全然元気だった」
「うん。パパがちっちゃくみえたね」
「……あの人は本当に駄目だね。年齢を考慮しても、もう少し改善してもらわないと」
「総ちゃん?」
「ほら、みどりがもっと話をしてって言ってる」
「あ。うん!それでね、ママと高い所からやっほーってしてね」
おわり