まめまく
夜。部屋で仕事をしていると、コンコンとドアをノックする音。
力が弱いので相手は誰か見なくても分かる。
ドアを開けてみれば、そこに居たのはやはりパジャマ姿の司だった。
「……」
「どうしたこんな時間に。眠れないのか？」
「……こわいゆめみた」
「そうか。おいで」
彼女はひどく落ち込んだ顔をして、大好きなぬいぐるみを抱きしめていた。
よほど怖い夢だったのだろう、真守は部屋に入れてベッドに寝かせる。
改めて時計を見れば、大人でももうとっくに寝ている時間。明日もまだ仕事があるのに、
少し仕事に集中しすぎたかと真守はパソコンを閉じ、机の上を整理する。
「……」
「絵本を読もうか。それともお前の友達をもっと連れてくるか」
「……、えほん」
「よし。じゃあ。白雪姫にしよう」
「うん」
何より、こちらをじーっと見つめてくる司が気になって集中できない。
部屋の電気も消してあげたい。絵本を読むためルームランプのみつけて
司の隣に寝て、彼女が安心して眠りにつくまで絵本を読んであげた。
お陰で更に眠る時間が遅くなってしまった。
「おはようございます。……あれ、真守さん眠そうですね？」
「昨日はつい夜中まで仕事をしてしまったので、自己管理が甘かったようです」
「えっと。それと、その司は」
「ああ。司は、…一緒に寝てました」
朝、司を起こして一緒にリビングへ行ったら百香里が朝食の準備中。
いつもなら持ってきてくれていた新聞を読みながら自分でコーヒーをいれて、
彼女が配膳してくれるのを待つのだが、今はとにかくコーヒーを欲する。
寝不足なのは司も一緒で、ママへの挨拶も弱々しく眠そうに真守にくっついていた。
「まさか司が真守さんの邪魔を」
「それはありません。もともと、夜更かしをしていたのは僕ですから」
「まま。おなかすいた」
「はいはい。じゃあ、司、ちゃんとご飯食べてね。食べながら寝ちゃ駄目よ」
「はぁい」
「……、気をつけます」
「真守さんも！？」
ふたりとも似たような顔でぼんやりして、トーストにバターを塗って齧って。
もぐもぐしながら次にサラダ、目玉焼き、ハム、暖かいコーンスープを飲む。
一緒に住んでいる叔父と姪だから、容姿だけでなく行動も多少は似るのだろうが、
今はまるで親の子のような息の合った動きに百香里はちょっと笑ってしまった。
「おはよ。……何、この２人」
「昨日は一緒に夜更かししたみたいです」
「はあ？」
遅れて渉が来て、そんな２人を不思議そうな顔で眺めて席に着く。
百香里は彼にも同じセットを出した。こちらはぐっすり寝ているのでペースは早い。
後は旦那様なのだが、まだもう少し起きてくるのは後と思われる。
「あ。そうだ。ママ。今日ね、幼稚園でまめまきするんだって」
「そう。もうそんな日なんだ、ママすっかり忘れてた」
「ここでもしたいな。ふくをお家に入れると、いっぱいいいことがあるってせんせい言ってた！」
「そうね。ママも福はいっぱい欲しい。でも、そうなると……鬼、がね？」
百香里はちらりと鬼候補を眺めてみる。
「俺パス」
「僕は良いですよ、ただ、帰って来るのは遅いかもしれないですが」
「そんなのあのオッサンにさせりゃいいじゃん。あんたクソ眠そうだし。
ンなアホみたいな事する前に寝たほうがいいよ、過労死するよ」
「……お前が僕を心配するなんて、熱でもあるんじゃ」
「無い。無いから俺に触るな気色悪い」
鬼はパパにお願いするということで、本人不在の中で
松前家にて、節分の豆まきが決定した。遅れて総司がおりてきて、
その決定事項を述べられたが特に反論もなくむしろやる気を出していた。
司と真守は相変わらずウトウトしながらも、それぞれ幼稚園と会社へ向かう。
「ほんま大丈夫か？何や魂が飛んでったような、フラフラして」
「中々司が寝付かなくて、シンデレラも読んでやっと寝てくれて」
「そうか、堪忍したってな。あの子、怖い夢みると中々寝付かれへんのよ」
「いえ、いいんです。結局、寝不足になってしまった。あっちは昼寝があるから
大丈夫だとは思いますが」
真守は危険なので、総司の運転で一緒に向かう。いつものように、司も一緒に
連れて行く予定だったが渉がさっさと連れて行ってしまった。
「お前も昼寝したほうがえんちゃうの？２時間くらい休んでええよ？」
「そうさせてもらいましょうか。その間の社長の監視を御堂さんにしっかりとお願いして」
「…そ、そうくるかー」
今日はとても珍しく専務が休憩をとり、社長が秘書に睨まれながら奮起して。
大幅に帰宅時間が遅くならないように、必死になって。
そして、迎えた夜。
「ユズ。なんで鬼さんにまめを投げるの？鬼さん、かわいそう」
「鬼は悪いやつって決まってるから。家に居られると困るだろ？そんなの」
「そんな悪いヤツなの？わるいことヤメテって言ったらやめてくれるかも」
先に帰ってきた渉が部屋着に着替えてリビングへ向かうとあまり乗り気じゃない司。
幼稚園でお昼寝をしたから眠そうではないが、豆まきを楽しんだ風でもない。
隣りに座ってみたら、彼女らしい疑問をぶつけられる。
「ああ悪いやつだ。ほっといたらママをさらって行くぞ」
「ママを！？」
「ついでにみどりも」
「みどりも！？だ、だめ！それは駄目！絶対ダメ！」
「だろ？だからマメで追い出すんだよ悪いやつを」
「……わかった。ママもみどりも居なくなったら司やだ。かなしい。やだ」
本気にしてグズグズと鼻をすすりながら、目が潤んでくる司。
でも、台所からはママが夕飯の準備をする音も匂いもしてくる。
「おい、泣くなよ。たとえ話だろ？ママは台所で料理作ってるし、みどりは水槽の中で
口パクパクしてるだろうが。で、鬼は追い出す。かわりに福を呼ぶ、それで終了」
「うん」
「歳の数だけマメを食うのもあったっけ」
「司たべたよ！ユズも食べよう。マメいっぱいあるよ」
「そうだな、せっかくあるなら食うか。あ。酒のツマミになるかな？」
気を取り直し、司と話をしながら夕飯と残り２人の帰りを待つ。
途中やっぱり不安になってしまったのか、司はみどりの様子を見に
自分の部屋へ。それから、準備中のママの様子を見に台所へ向かう。
「もう少しだけ待ってね、もうすぐ帰ってくるから」
「うん。ね、ママ。ママもみどりも、司がまもるからね。
鬼さんは、悪いやつ。だから、マメをなげて帰ってもらうから！」
「え？みどり？どうかしたの？」
「あ。そうだ。みどりってマメ食べないのかな。あげたいな」
「待って、きちんと本を読んでみどりが食べて良いか悪いか見てからあげなさい」
「そっか！ユズと本をよんでからにする！」
パパと真守が戻るまで、渉と亀の飼育本を見ながら楽しそうにしている司。
どうやらみどりにマメをあげるのはやめたようだ。
「ただいま。司、幼稚園楽しかったか」
「おかえりなさいパパ！うん！楽しかった！」
「ただいま。すみません、義姉さん、僕が遅かったせいでおまたせして」
「いえいえ。さ、着替えてきてください。すぐご飯にしましょう」
「司お腹すいた」
「俺もー」
遅れて２人が戻り、着替えて戻ってきたらやっとご飯。
「わー！おすしだ巻いてるお寿司だ」
「もしかして、あれか？福の神さんがおるっていう方向向いて黙って食う」
「縁起担ぎでいいかと思って。でも、皆で黙っちゃうと美味しくないから。切っちゃってます」
「あーよかった。俺無理、マジそういうのバカらしくて無理なんで」
「渉。言い方に気をつけろ」
「なになに？ほうこうむいて食べるといいの？パパ！」
ママ特製の立派な巻き寿司。１本まるまるに見せかけて実はもう切れている。
司は何も知らないので興味津々でパパに説明を求めた。
「俺もやったことないし、聞いた話やけど。決められた方向向いてな、黙って１本食うて
その間ずーっとお願い事するとええんやって」
「お願い事したい！ママ！」
「駄目だ。お前はやるな」
「渉、そんな怖い顔で否定することはないだろう」
「バカか。こんなもん、んなちびっこが食ったら喉詰まらせるだろうが」
「小さいのは作ってないですからね、司にはまだ早いね。もう少し大きくなったら試そうか」
「でもママ。お願い事したい」
「何か欲しいものがあるの？行きたい場所があるとか？それならママに言って」
「いや、それこそゆかリンには言えないよな」
「渉。やめろ。頼むから、止めろ」
切った短いのじゃ意味がない、とふてくされる司。
でも渉の言うように無理に食べさせて喉につまらせては大問題。
今から小さいのを作るにしても、ご飯を炊く所から始めることになる。
「よっしゃ。こんなこともあろうかと、お父ちゃんが買うてます！お子様用！」
「じゃあさっさと出せよクソジジイ何もったいぶってんだ」
「そ、そんな言い方ある？」
「いいから、司にあげてください」
「お前も？！いや、これはお菓子で出来てるから。ご飯の後でと思ってな」
見せたのは細い子どもでも食べられそうな巻き寿司、に見えるお菓子。
司も納得してご飯の後のお楽しみに。これなら安心、ということでやっと
ご飯がすすむ。
「ごめんなさい。まさか、司がやりたがるとは思わなくて。ありがとうございます、総司さん」
「ええねん。何時も俺はこんな役やねん。それでええねん」
「……総司さん、可愛いですよ鬼のお面」
「そうか。ほな、可愛い僕とちゅーしてもらおか」
「はい。頑張って鬼さん。司はやる気満々ですからね」
「任せとき！」
食後はいよいよ豆まき。用意したマメは少なめ。なにせ参加するのは司だけ。
渉は参加する気はなく、真守も見守り、百香里は司の援護をする。
バラエティグッズ売り場で買ってきた鬼の服とお面をかぶって総司はスタンバイ。
「きたな鬼さん！ママもみどりも渡さないもん！絶対駄目だもん！」
「え。ママもみどりも？アイタタタ！痛い！本気で投げてこんでも！イタタタ！司！これ！」
「帰ってくれなきゃもっと投げるからね！福はお家に来てほしいけど鬼さんは帰って！」
「な、なんやメッチャ怖い…帰ります！帰りますーー！！」
怖い顔をした司に思いっきりマメをぶつけられて総司は早々に退散。
ママと一緒にマメの片付けをしたら、待ちに待ったお願い事タイム。
渉に今年の方向を教えてもらって、そっちを向いて、お菓子を手にもつ。
「あいつ何をお願いするんだろう。遊園地とか俺に言えばいいのに」
「何か欲しいものがあるんでしょうかね？私に言えないような、高価なものとか…」
「ゆかリン、顔が怖い。鬼より怖い」
「……」
「何か知ってそうだな、あんた」
「別に。願いが叶えばいいと思ってるだけだ」
「ふぅん」
静かにきちんと食べ終えて、司は満足そうにママたちのもとへ戻ってきた。
でも結局彼女からどんなお願い事をしたのかは教えてもらえなかった。
「司。本当に、欲しいものがあるなら。ママに言ってね。相談にのるから」
「相談なんやね」
「わかった。ママ、寝ていい？司ねむい」
「寝よ寝よ。今日は川の字で仲良ぉねよな。お父ちゃんはなーんもすねてへん」
「総司さん。寝ましょう」
「はい」
今日はパパとママと一緒に眠る。きっと、今日は悪い夢はみないだろう。
静かになってから、司はそーっと目をあけてママを見て、パパの頭をなでた。
そしてニコっと微笑んで、彼女もぐっすりと眠りにつく。
翌日。
「兄さん」
「ん？何や？」
「ちょっと、良いですか」
「え？何が……あっいった！痛い！痛い！何すんの！？いきなり人の頭引っ張って」
百香里も司も先に起きて居ないベッド。唐突に寝室にやってきた弟に寝起きに頭というか
髪の毛を引っ張られる。流石に全力ではないが、男の容赦ない力で痛い。
総司はけだるそうにベッドに寝転んでいたが飛び起きた。
「ああ、よかった」
「何もええないんですけど！？」
「一応念のために確認しただけです」
「なにを？」
「まあ、頭皮を」
「頭皮を！？」
弟が何を言ってるのかさっぱり理解できない総司。
「あー、一部で兄さんの髪が脱着自由という話が出ていまして。
それで義姉さんに嫌われて出て行かれても困ると思い。確認しました」
「なにそれ？え？俺、禿げてへんけど？地毛やし……というか、え？
俺、ハゲたら百香里ちゃんに嫌われるん？え、え、え、ちょっとまって？その噂どこまで」
「僕の所で止めておきました。大丈夫です」
「え？…だ、大丈夫ってお前。え？」
動揺しすぎて挙動不審になっている兄を置いてリビングへ戻る。
入れ替わりに、夫を起こしに行くと思われる義姉とすれ違うが何も言わない。
たぶん取り乱しまくった夫を見てびっくりするだろうが、まあ、なんとかなるだろう。
おわり