日曜日


「何でママに酷い事言ったの」
「へ」
「ママを傷つけるような事言ったの」
「えっと…ママ、傷ついてたん?」
「とぼけないでよ。大人の癖に。その前に男らしくないよ」

珍しく怒った顔をしている息子。だが総司には覚えがない。
百香里を傷つけるような酷い言葉なんて今まで一度も言ったことがない。
ただし、彼女が何で傷つくか予想不可能な所があるのでその辺は分からないが。
息子に何かしらの意図があっての演技ではない事はすぐわかる。
大人が怖いほどに冷静な息子。人を騙す際も用意周到だ。
先日のエイプリルフールもそれで見事に騙された。なのに今こんなに感情を出している。

「ママ、なんて言うてた?」
「…困ったなって。…どうしようって…つらそうな顔で言ってた」
「……はあ」
「はあじゃない」
「申し訳ございません」

50にもなって睨んだ顔が百香里にそっくりすぎて速攻で謝ってしまうなんて。
でもそれが松前家の日常なのでもはやそんな気持ちは麻痺している。

「司がママを困らせる事はあるけど、あそこまでママが落ち込むのは絶対にパパのせいだ」
「…えぇ…」

断片的に百香里が困っている様子を見ただけで確定している訳ではないが
総吾の中ではパパがママに酷い事を言って困らせたと断定しているようだ。
反論は許されない空気。総司は息子に言われるままにママに謝りに行くことに。
確かに百香里が心配されるほどに悩んでいるのなら相談にのる必要がある。
何も言わなかったのに。それほど深い悩みなのだろうか。

「時には男のプライドって奴を捨てるのも必要だよ」
「……うん」
「大丈夫、ママは気にしない。たぶん」
「…そう、やな」

土下座でもしてこいと言わんばかりの息子に見送られ夫婦の部屋に入る。
なんだろう、この何とも言えないやるせない感じ。せっかくの日曜日が。

「どうしたんですか総司さん」
「何かしんじゃいそう」
「司。そういうことは思っても言っちゃダメって言ってるでしょ」
「あ。そだった」

しょんぼりしながら中に入ると百香里は司と洋服ダンスの整理中。
最近暖かくなってきたから衣替えを少しずつ始めているらしい。

「司。お父ちゃんちぃとママとお話あるんや。2人にしてくれへんか」
「やだママといる」
「嫌なん?ほな、チョコアイス食べ」
「ママがんばってね」

司は部屋を出ていきやっとこれで2人きり。
百香里は話を聞くためか早々と服を仕舞い総司の前に来た。

「何ですかお話って。どうかしました?」
「……」
「総司さん?」
「……」
「あの」
「……」

飾り気もなく化粧っ気もなくお肌は綺麗だが子育てと夫の世話でお疲れ気味。
結婚当初は若さもあってか疲労がそこまで顔に見えなかったのだが。
今こうしてじっくりと百香里の顔を見つめていると彼女の苦労が浮かんで見える。
社長夫人の苦労もそこに上乗せされるのだろうし。

「……あの。…こ、…困ります、…まだ、その、やることあるし。掃除とかもあるし。買い物とかも」
「ユカリちゃん、エステとか興味あるん?」
「あぁ!もう!司!片づけしといてって言ったのに!」

モジモジしている百香里からちらっと視線を反らすと派手なチラシが目に入った。
チラシは特売情報が載っているため捨てずに必ずチェックしているけれど、それは種類が違うもの。
若い女性の写真とともに大々的に美容とか若返りとか女性が好むような文字が躍る。

「やりたい?」
「ち、ちがいますよ?それは司がやりたいって持ってきたものですからね。私じゃないです」
「ユカリちゃんは可愛いけども。なんや疲れた体に休息をとか書かれてると良さそうな気もするやんな」
「…そ、そんな疲れてないです」

何時もの百香里ならたとえ司が持ってきたチラシとしても適当に放置している。
だがそれは何度か見た形跡がある。おそらく司と2人でじっくり読んでいた。
チラシをいったん片付け総司は百香里を抱き寄せる。

「男のプライドを捨てとんのやからちゃんと答えてや?」
「ぷらいど?」
「お願いしますユカリ様。何悩んでんのか教えてください」
「な。悩んでなんかないですよ!?」
「困ってるんやろ?どないしよかいなぁって漏らすくらい」
「……」

百香里は相変わらず中々値を上げない。限界を超えるまで頑張る。
倒れてから介抱してもしょうがないと諭してもだ。
人に弱みを見せるのが苦手。たとえ夫でも甘えるのが苦手。
もっと強く彼女に言うべきなのかと思いながら、でも結局はできなかった。

「何があっても家族を守る覚悟はあるんや。けど、俺は根っからのあかんたれやから。
ユカリちゃんに何かあったら腰抜かして気絶して泡ふく自信あるんや」
「それじゃ困ります。子どもたちが居るんですから」
「いや、俺よかよっぽど頼れるし」
「総司さん」
「冗談です」

でもきっといざという時は子どもたちを頼ってしまうだろう。

「…この前、ご近所さんにお魚を頂いたんですよね」
「ああ。あったね。アホみたいなでかい魚」
「その時知ったんですけど」
「…ん?」
「私、つい最近までこの家の家政婦だと思われてたんです」

総司は百香里が言っていることの意味を理解するのに数分ほど要した。

「ゴミ出し回覧回し移動は自転車…やからなあ」
「それは普通じゃないですか。違いますよ。きっと私の顔が貧相だからそう思ったんですよ」
「…んーーーー…」

顔は正直そこまで関係ないんじゃないかと思うのだが。
百香里は真剣に自分の容姿が地味だからそう思われたのだと思っている。
この辺の奥様は皆移動は運転手付きの車でゴミ出しは家政婦さん。
身なりは派手な人が多いが落ち着いた、けれども品のあるものがおおい。

「今まで子育てを理由にサボってきましたが総ちゃんのお受験もありますし。
ここはもう少し気をつけなきゃいけないかなって。それで。その。困ってました」
「はあ」
「はあじゃないでしょ」
「まことに申し訳ございません」

子育てが少し落ち着いてなおかつ息子の受験、そしてまさかの家政婦さん扱いに
流石の百香里も妻として何とかしなければならないと思い始めたらしい。
それがいつまで続くかは分からないが。
気を付けることが自分を労わることに繋がるのなら総司は構わない。

「そしたら、その、エステ…とか…いいって…司が言うから」
「ほな行こや。効果があるかどうかはやってみやな分からんし」
「…そう、ですね」
「そうそう」
「そ、それはいいんですけど」
「けど?」
「何で寝る必要が?あの私衣替えをしないと」

とりあえず、百香里を抱きかかえたまま優しく彼女を押し倒す。
抵抗なく寝てくれたはいいがあまり乗り気ではない様子。当たり前か。

「あかんかな。可愛いてしゃぁない奥さんにキスするんは」
「…総司さんの場合、キスじゃ終わらないでしょ」
「そら夫婦やもん」
「夫婦なら我慢しましょうね。まだまだやりたいことあるし。パパがずっと居てくれる日ですからね」
「ほな夜な」
「はい」
「疲れましたーとか言うて却下するんはなしやで」
「はいはい」

それでもたっぷりと百香里の唇を堪能して総司は起き上がる。
百香里の困っていることはきっとこれから少しずつ解消されていくだろう
総司は特に何も思わなくても本人がまずいと思っているのだから。
彼女なりの改善があるだろう。

「パパ。ママは?」

作業中の百香里を置いて総司が廊下に出ると様子をうかがっている息子の姿。

「ああ、坊。話はつけたで。大丈夫、おとんにお任せや」
「…そう、ならいいんだけど」
「坊はちゃんと見とるんやな」
「普通だよ」
「せや、ママのお手伝いしておいで。パパがおると集中できへんて言われてしもて」
「夫婦間でもモラハラ、セクハラは成立するからね。気を付けてね」
「……あそうなん」

何処までもドライな息子に苦笑いしながらリビングに向かうと
椅子を台にして大好きなチョコアイスを漁っている娘が見えた。

「パパも食べる?」
「1個貰おか」
「ママお仕事してた?」
「してた。司も食べたら手伝っておいで」
「うん。あ。パパにお願いがあるんだけどな」
「何や?」
「みどりのお散歩お願いします」
「ああ。みどりな。…みど、…り?」
「いってきまーす!」

アイスの棒をゴミ箱に捨てるとママのもとへ去っていく娘。
残った総司だがどうやって亀を散歩させるのか分からず。
とりあえず庭に離してみてじーっとその様子を見ているという
苦行のような事を3人が戻ってくるまでやっていた。


「ふふ。駄目ですってば」
「ええやんか。なあ。ユカリちゃん」
「…だめ。ちゃんと汗を流してからじゃないと嫌です」
「俺臭い?加齢臭的なアレする?」
「そうじゃなくて。今日はお庭の掃除したから」
「ああ、焼き芋作りたいとか司言うてたね」

夜。さりげなく百香里だけを風呂に誘いさっそく抱きしめる。
そのままイヤラシイ事をしてやろうとしたら止められた。
服を脱ぎシャワーを浴びる。そこでも嫁にちょっかいを出すのは我慢した。

「私も賛成。季節じゃないけど。今度芋買ってこようかな」
「雑草はどやろなあ…。まあ、えんちゃう」
「今日は楽しかったな。やっぱり総司さんが居てくれると子どもたちも喜ぶから」
「めっさ睨まれたけどな」
「え?」
「家族が一緒がいちゃんええよね」
「はい」

風呂に入ると百香里を膝に乗せ抱きしめる。
前のマンションも広かったけれどこちらはそれをはるかに超えて広い。
家族みんなで入ってちょうどいいくらい。
流石に最近はみんなで入る事はしないけれど。

「な、なあユカリちゃん。この際家族を増やすっちゅうのはどうでしょか」
「ああ、そうそう。それで最近司に相談されてまして」
「司が?そ、そうなん。妹が欲しいとかかな」
「いえ、旦那さまが欲しいそうで」
「ああ、旦那ね。旦那なあ。……旦那やと!?」
「はい。旦那様です。イケメンがいいそうです」
「あ、あほな!まだ小さいやんか!ど、どこの阿保じゃうちの可愛い司を誑か」
「誑かすっていうのかな。その、みどりの旦那様ですけど」
「何や亀かい」
「大事な問題なんですよ司にとっては。私も気になりますし」
「そんなん店行っ」
「総司さんなんか」
「店に話つけて男前なオスを選びそこからみどりに選ばせたろ」
「そうですよね」
「…そもそもみどりはメスなんか?」

複雑な表情をする総司だが百香里は嬉しそうにほほ笑んでいたのでよしとする。

「さあ総司さん」
「ん?」
「夫婦の時間ですよ」
「ここでシテええの?」
「じゃあさっきからイヤラシイ事してる手をどけてもらえますか?」
「意地悪言うて」
「頼れるのは総司さんだけ。…総司さんが居るから私は笑顔でいられる」
「ユカリちゃん」
「…これからもずっと愛してます。あなた」
「あ、あかん。あかんて。そんな可愛い。俺…」
「ふふ。困った顔可愛い」
「弄ばんといて。…あかんよ、ほんまに。泣くで?」
「ふふふふ」
「ほれ百香里。意地悪したら意地悪で返すでな。覚悟しとき」
「はい」
「…いけずやな。可愛いけども」

おわり


2014/04/09