暑い日


「パパあちゅいぃい」
「お父ちゃんもめっさ暑い」
「めっしゃあちゅいいい」

松前家のリビング。窓全開の扇風機フル稼動。
でも暑いのは変わらず暑い。
ガンガンに冷房をかけたい所だがそれはママが怖い。

「よっしゃ。こういう時はデパートや!」
「デパート…そっか!冷房あるもんね!」
「行くだけやったらママは怒らんし。せやせや行こ!坊とママも誘って行こや!な!」
「うん!司いってくる!」
「おう!」

暑さもしのげて気晴らしにもなるし一石二鳥。司はママの下へ。
総司は立ち上がり出かける準備。

「ママねー忙しいんだってー」
「そうなん?何やデートしたかったなあ」
「総ちゃんもそのお手伝いするんだってー」
「寂しいけども。しゃあないか。2人でいこ」
「帰りにアイスかってこーね!」
「そうしよ」

司を連れて2人でデパート。珍しいかもしれない。何時もはママがいるから。
ママが居ないので車内では冷房をガンガンにかける。
顔に涼しい風を受け生き返った顔をする司。笑う総司。
ほどなくして目的のデパートに到着。

「ねえねえパパ」
「んー?」
「浴衣欲しい」
「浴衣なあ。ええね。買おか」
「ああいうのいい!」
「お?どれや?あれか…あれは、…浴衣なんか?」

司が指差す先にあったのは丈の恐ろしく短い浴衣フリルがついていて柄も派手でドピンクで
言われるまでは何かのコスプレ衣装かと思った。

「そだよ!可愛い!司あれ着て夏祭り行きたい!」
「あんなん…ええの?今の子はええの?あれが?」

可愛いとは思うけれど。あれが浴衣と言われると総司の感覚からするとそれは風情も何もないような。
司は嬉しそうに近づいていって物色している。

「可愛いーこれもいいな。こっちも可愛い」
「丈が短すぎやないか?」
「ママとお揃いで着たらきっと可愛いよ!ママ可愛いもん」
「そらママも可愛いけど」

大人サイズもあるけど。でも百香里がこれを着ると。
想像する総司。

「ね。ね。パパお揃いで買って。買って!」
「お前の欲しいもんは何でも買ってやりたいけども。お父ちゃんとしてはこんな際どいもん買えへん」
「えええ!何で!かわいいのに!ママも似合うのに!」
「それがアカン」
「ええ!」
「可愛いお前と可愛いユカリちゃんが更に可愛いなる。
したら祭りに浮かれたクソガキどもがちょっかい出すに決まってる」
「むー」
「お父ちゃん心配なんや。ママも司も守らんならんからな」

不満そうな顔をする司。でも大人しく浴衣を戻す。

「…わかった。じゃあ、あっちのみる」
「そうしてくれるか。堪忍な」
「ううん。パパが困るの司もやだから」
「ええ子や。…そや。どうせ買うんやったら生地から選ぼやないか」
「きじ?」
「好きな柄の布で浴衣作って貰うんや」
「すっごーい!そんなの出来るんだ!」
「知り合いに居るから今から店いこか」
「うん!」


「総司さん遅いな」
「そうだね」

お昼を過ぎても帰ってこない2人を心配する百香里。
電話をかけようかとも思ったけれど。
何か問題があったのならすぐ教えてくれるはずだし。
どうしようか決めかねていると玄関の開く音。

「ただいまー!ママ!ママ!」
「どうしたの司。遅かったじゃない」
「浴衣作ったの!」
「…え?」
「パパにね浴衣作ってもらったの。可愛い柄の。今日はまだもらえないけど。3日したらもらえるって」
「…浴衣。…それも、作ってもらったの」
「うん。だって去年のもう小さいしー」
「司。そういう事はまずママに相談しなさいって言わなかった?」
「……だ、だって。デパート行ったら見えて」
「いいんじゃない。ママ。サイズ合わないみたいだし、どうせ買い換えることになったんだよ」
「…そうね。でも、作らなくても」
「ママぁ」
「汚さないように大事にしなさい」
「うん!」
「それじゃママ。隅っこで隠れてるパパをどうにかして」
「わかった」

百香里は立ち上がり隠れている廊下へと出た。何でそんな事をしているのか。理由は簡単。
怒られると思っているからだ。

「ゆ、ユカリちゃん!これはその」
「遅くなるなら先に連絡をしてください」
「堪忍。その、生地選びに夢中になっとって」
「もう」
「怒ってるよな…でも、司が可愛いてつい」
「総吾にも買ってください。絶対に」
「わ、分かってる」
「私にも」
「当然」
「…で。家族で着てお庭で花火しましょうね」
「うん。する。…で、その後浴衣脱がして…」
「何を考えてるんですか」
「えっちな事」
「……怒りますよ」
「ななななんで!?」
「ふふ。楽しみにしてます。あ。浴衣の方ね?」
「どっちも楽しみにしてて」

後日。司が注文した浴衣が完成。
よほど嬉しかったのかずっとそれを着て遊んでいる。
そこへ夕方遊びに来た渉。もちろん彼にも自慢した。

「はあ。クソ暑いのによく走り回れるなお前は」
「だって浴衣だもーん!」
「理由になってねーよ。…可愛いから許すけど」
「ユズも着てよ」
「嫌だよめんどい」

司から可愛らしいクマのうちわを貰いパタパタ扇ぐ。会社帰りでスーツのままでただでさえ暑いのに。
元気に走り回る司は更に暑さを倍増させる。

「ねーねーねーねー!」
「あああー暑い!ンながっつり抱きつくな!暑い!」
「着るって言ったらはなすー!わーーい!」
「浴衣なんかねえよ」
「パパのあるもん」
「おっさんのお古なんか死んでも嫌だ」
「じゃあずーっとユズにくっついてやる!暑いぞ!」
「いや、お前も暑いだろうが…汗だくの癖に。わかった。着る。着るから離れろ」
「やったー!仲間仲間!」
「というのは嘘だ!馬鹿め!」
「ひ、ひどいいいいい!待て!待てーーー!」
「誰が待つか!」
「わあ。よく走り回れるね?司はともかく叔父さんすごい暑苦しいよ」
「好きで走ってねえ!」

その後。
司に捕まって抱きつかれた状態で顔を真っ赤にさせた渉がビールを催促しに来た。
笑ってはいけないのだと思ってもついそれがおかしくて百香里はクスリと笑った。

「ねーねー」
「煩い。…今度な。今度。つか暑いんだよここ冷房最低限しかつかねえんだし。つかユカりん笑いすぎ」
「ごめんなさい。つい」
「義弟が汗だくで困ってんだから助けてくれてもいいんじゃねえの」
「ほら。司。渉さんから離れなさい。暑くて倒れちゃうから」
「だって一緒に浴衣着たいんだもん。パパもママも総ちゃんもみんな一緒に!」
「ほんっと暑苦しい奴だなお前は」
「……じゃあユズ以外で夏祭り行くからいいです」
「ボソっと酷い事言うな。ンな事承知しねえからな」
「じゃあ浴衣だぞ!」
「しつけーな。分かったよ。だからユカりん笑いすぎ」

どんな面倒な注文でも結局折れて最後は司の言う通りにしてくれる叔父さん。
司は嬉しそうに笑って。百香里はそれがおかしくて笑って。渉はふて腐れた。

「司が可哀想」
「は?着てやるってんだからいいだろ」

汗だくになったので風呂に入る事にした渉。その途中の廊下で忌々しい少年と出くわした。
母親たちの前では大人しくしていたのに。2人だけになるとやたら冷めた視線を送る甥。

「だったら最初から素直に言えばいいのに。司を苛めるの止めてください。叔父さんはお幾つですか?」
「さっきから何意味わかんねえこと言ってんだ総吾テメ」
「あれ?僕の言ってる事そんなに分かりませんか?叔父さんって案外に理解力無いんですね」
「…タダでさえ暑くて苛々してんだ。ちょっとツラかせ」
「いいですよ。好きにしてください。ただ、僕はやられたことははっきりと何時までも覚えていますけどね」
「……」

むかつく。

「そんなとこで2人してどした?」

そんな素晴らしいタイミングで総司登場。

「いい所に来たじゃねえかおっさん」
「やからそこはお兄ちゃんやて言うて」
「苛々してる弟の為にほんの5分くらい殴られてくれるよな。な?」
「え?な、なに?何でそんな怖い目しとるん?何がどうなってそうなってん?坊これは何?」
「叔父さんは暑くて頭がちょっとアレなんじゃないかな。僕には分からないけど。それじゃ」
「頭がアレって何?めっさ怖いんやけど」
「子どもの不始末は親が償うべきだよな」
「ふ、不始末…?」
「まあいい。ちょっと殴らせろそれで許すから。今回は」
「え!ええないよ!何でやねん!待て待て!わあああ!ユカリちゃん!渉が怖い!」


おわり


2013/07/16