つり合い夫婦


「今日はいっぱい買い物しちゃいましたね」
「殆ど子どもと俺のもんばっかりやけどな」
「私のものもありますよ。下着とか靴下とか」

子どもたちが叔父さんの家に遊びに行き2人きりで1日を過ごす貴重な祝日。
百香里は朝から予定を組み立てていたようで総司にチラシを見せてお店を巡る
お陰でお昼を過ぎた辺りには車の後部座席は買い物した袋で一杯になっていた。

「自分欲しいもんとかないん」
「無いです」
「そうか」
「あ」
「なに」
「スポンジ買い忘れました」
「そっちかい」

欲の無い所は相変わらずで自分のものは少ない。そういう所は総吾も似ている。
ただ彼の部屋には難しそうな本が沢山置いてあるけれど。司に至っては欲しいものだらけで
父親や叔父さんたちに買ってもらっては部屋中ものだらけ。それを母親によく注意されている。
総司は言われた通りにドラッグストアに立ち寄り彼女が買い物をしてくるのを車で待っていた。

「百香里じゃない?」
「あれ。もしかして美菜?」
「やっぱり。なになに買い物?ここよく来るの?」
「安い時にたまに。え。もしかしてここで働いてるの?」
「そ。薬剤師ですから。よろしく」
「すごい!」
「そうでもないよ」

レジを終えて夫の待つ外へ出ようとしたら呼び止められた。
高校時代の友人。薬剤師なんて凄い資格を持っているなんて。驚き。

「私は主婦だよ」
「らしいね。噂で聞いた。てっきり彼と結婚すると思ったのになあ」
「それはもういいでしょ。皆してその話ばっかり」
「だってそれくらいあんたたちラブラブだったじゃない?見ててこっちは恥かしくなるくらい」
「昔の話だから。外で旦那様がまってるからいくね。またみんなで会えるといいね」
「そうね」

彼女はまだ結婚してないらしい。仕事が楽しくてそれ所じゃないんだと笑いながら言っていた。
百香里が憧れる自立した大人の女性。資格を取るのも一時期凄く憧れたのを思い出す。
すっかり家に根が張って30まで子育てと家事にばかり目がいっていたけれど。

「ユカリちゃん?」
「私も何か始めようかな」
「始めるって?」
「何か資格にチャンレンジとか」
「はあ」

車に戻ると総司が心配そうに此方を見つめていた。
席につくなりブツブツと何やらぼやいてばかりいる嫁。
そして唐突な資格チャレンジ宣言に事情が良く飲み込めてない顔。

「何がいいかな。どうせなら身につくものがいいよね」
「どういういきさつでそうなったんか説明はしてくれへんの」
「このご時勢資格は強いですよ」
「何と戦っとるん?」
「現代社会です」

キリリとした顔で言う百香里だが今イチその意味は理解出来ない。
総司は突っ込みを入れるかやめるか暫し考えて黙る事にした。
別の事に熱中しだすと奥さんは何を言っても聞いて無し返事もそぞろ。
熱がある程度冷めるまでまってから聞くのが1番てっとりばやいのだ。

「夕飯予約した店行きたいんやけど。ええかな」
「はい」

ご機嫌な百香里を他所に総司は表情をかえる事無く車を走らせお店へと向かう。
デートのシメに行くには場所も店構えもばっちりな海沿いのレストラン。
車を止めて百香里をエスコートしながら店に入ると1番見晴らしのいい席へ通された。
裏から出て行けばすぐそこに海があり店の中に居ても波の音が心地よく聞こえてくる。

「ユカリちゃんは飲んでもええよ。好きなもん頼み」
「じゃあ私このカクテル。美味しいんですよね。そんなに酔わないし」
「知ってんの」
「この前これと同じ名前のカクテルを渉さんが買って来てくれたんです。
来るたびに色んなお酒を土産にくれるから。好きな味は結構覚えたんですよ」
「そうか。そら一緒に飲むの楽しみやね」
「ワインとかはちょっと覚えられないけど」
「ええねん。あんなもん適当で。俺なんかカップ酒でもかまへんし」
「それは。…ふふ。総司さんらしい」
「やろ」

注文は総司に任せて百香里は彼と手を繋ぐ。暖かくて大きな手がギュッと握ってくれて。
他にも客は居るのだが静かなので特に気にはしていない。

「総吾が塾に通いたいっていいだして。どうせなら司も一緒に通わせようかと」
「司はなんて?」
「やだ。って」
「ははは。やろな。勉強よりオシャレが好きやでな。坊だけでええやろ」
「総司さんは司には甘いんだから」
「そら娘は可愛い。坊もかわいいけど、なんちゅうかあいつ俺にめっさ厳しいし」

今朝もそれでママをエスコートするのかと服装に駄目出しされたばかり。

「甘えてるだけじゃないですか?」
「そうなんかな」
「頑張ってくださいね。お父さん」
「プレッシャーやなあ。俺そんなん言われるとアカンもん」
「大丈夫。私は信じてますから」
「ありがと。ほな乾杯しよ」
「はい」

乾杯をして仲良く食事をして。そのまままっすぐ家に帰らずに浜辺に出る。
百香里は酔わないといいながらも美味しいからと沢山のんでほろ酔い。
よろよろしながら歩くのが心配で総司は彼女の手を握る。

「そっち行ったら危ないで」
「ふふ。泳げそうな海ですよね」
「夏は泳げるらしいけど。今はやめとこな」
「はい!私めはお腹すいた時海でごはん調達してましたであるます!隊長!」
「誰が隊長やねん。その勇ましさはわかったで。な、大人し歩き」

ニコニコ笑いながら敬礼を始める百香里。これはもうほろ酔いじゃなく泥酔だ。
せっかく2人きりの夜の浜辺もこの調子ではいい雰囲気など無理。そして酔いが冷めて
何があったのか聞いて恥かしくて顔を赤らめる百香里が安易に想像できた。

「大丈夫であるます!ちゃんととえるれす!」
「分かったて。ほれほれ兵隊さんここ座り」
「いえっさー!」
「…ユカリちゃん普段こういうドラマとか観てんのかな」

海へ突撃しそうになる百香里を抱え込み座れそうな場所まで連れてくる。
大人しく座ってはくれたがまだ酔いは冷めておらず何か意味不明な事を叫んでいた。
総司はその隣に座りじっと彼女を見つめる。朝も買い物で駆けずり回り夜は酔って終わり。
色気のある展開を想像していただけに誰も悪くないけどちょっとだけ残念な気持ちだ。

「なんれすか。そのつまんねーって顔は」
「そんな顔してへんよ」
「してます!お前といてもつまんねーんだよーって顔」
「思うわけないやんか。変な事言うてへんと大人しいしとき。酔いが冷めてから話そな」
「私が…私が好きになる人は…にゃんでこう…皆不釣合いなんだろうか…うっく…ぅ」
「不釣合い?」
「…普通の恋愛したか……った…」
「ユカリちゃん。……ん。…ユカリちゃん?百香里?」

最後までちゃんと言えないまま百香里は行き成り白目をむいたと思ったら後ろへ倒れこむ。
慌てて抱きしめる総司。頬をペチペチ叩いてみるがどうやら眠ってしまったようだ。
すぐに寝息が聞こえた。そういえば酔っ払うとすぐ寝てしまうんだったか。


「……うぅ…あー……暑い」

食事して浜辺に出たまでは覚えているが後が分からない。体が暑い。喉が渇いた。
ゆっくりと目を開ける。真っ暗な部屋。寝ぼけた頭でここは家かと思ったけれど
よく見ると知らない場所だった。どうやらホテルの1室のようだ。大きいベッドの上。
キョロキョロとあたりを見渡すが総司は居ない。探すより先に喉を潤そう。

「起きたん」
「総司さん」

備え付けの冷蔵庫の中にあったペットボトルの水を一気に飲む。
冷たさが心地よかった。途中背後から物音がして振り返ると総司。
シャワーを浴びてきていたようで髪は少し濡れていてバスローブ姿。

「シャワー浴びたかったらそこやで」
「今日はもうこのまま寝ます」
「そうか」
「総司さん私」
「酔っ払ったユカリちゃんは手ぇつけられんな」
「ごめんなさい」

やっぱりやからしたんだ。百香里はぺこぺこと頭を下げる。総司は笑っているようだった。
そのまま2人でベッドへ移動。寝るに当たって百香里もバスローブに着替えようと服を脱いだら
後ろからギュッと抱きしめられた。

「百香里」
「ま、まって。えっちするならやっぱり私シャワー」
「かまへん」
「あ。や。気にしますって今日結構汗かいたし」

総司の手が脱ぎかけの服を全部脱がせてしまって胸を鷲掴む。
彼はよくても女としてやっぱり汗臭いのは嫌と軽い抵抗をする百香里。

「まだ酔っとるんか?俺の事嫌がって。…それともそれが本音か?」
「何ですかそれ」
「自分に俺は不釣合いなんやろ」
「は?」
「自分で言うたんやで?分かってる癖に。意地の悪い子やな」

自分で行った言葉なのに覚えていない様子の彼女の耳元で総司は囁いた。
彼の手を必死に外そうとしていた百香里だがその言葉に力が緩む。
不釣合いなんて言ったっけ。でも総司さんがそういうのなら言ったのだろう。

「そ、それはきっと酔っ払って変な事」
「他の男も不釣合いやったって言うてたしな」
「……」
「他なんかどうでもええわ。なあ、俺は、そんなアカンか?」
「そ、そういう意味じゃないですから」

困惑している百香里を抱き上げるとベッドに寝かせる。そのままキスをして。

「せやな。俺はユカリちゃんのこれからって時を奪って家に縛ってる。
おまけにどんな頑張ってもおっさんになってくばっかりやもんな。嫌にもなるわ」
「何時嫌だ何て言ったんですか。不釣合いっていうのも、たぶん、私自身が貴方に不釣合いって意味です」
「せやけど普通の恋愛したいんやろ。自由になりたいんやろ。俺何かよりも」

もっと若い男の方が。総司は居たたまれず視線をそらす。

「しっかりしてあなた!」

が、その瞬間何故か張り手が飛んできて頬にクリーンヒット。
暗い室内にパチン!といういい音が響いた。

「あいたっ…ちょ、ちょいまってほんま痛い!」
「ほらもう1発!」

驚く間もなく反対側にも張り手炸裂。意外に百香里の攻撃は痛い。

「痛い!痛いて!やめてユカリちゃん!」
「そんな弱気でどうする!そんな暗いこという根性をたたき直してあげます!ほらほらほら!」
「堪忍!痛い!堪忍て!痛い!あかん!ほんまあかん!痛い!」
「許してあげない!貴方は私を最後まで愛するって約束したでしょうが!この!この!この!」
「すんません!嘘です!痛い!今のは嘘です!痛い!…はあはあ…ユカリちゃん許して…もう顔パンパンや」

百香里を組み敷いていた総司だがたまらず彼女の隣に倒れこむ。
話をしたかったのはこっちなのにまさか叩きまわされるとは思わなかった。
叩かれた頬がズキズキする。でも、ちょっと嬉しいマゾな自分も居た。

「総司さんが歳の事気にしてるのは分かってますけど。私だって気にしてるんですからね。
貴方だけじゃないんだから。普通の恋愛っていうのも、こう、たまには何もかも忘れてデートとかいいなって。
それだけの事ですからね。わかってますか?総司さん。総司さん聞いてます?もう寝ないでください!」
「起きてるからもっと優しくして…俺もう涙でそう」

寝ている総司の上に今度は百香里が馬乗りになり無意識なのだろうがバンバン胸を叩く。

「私が優しくないと?」
「優しいです」
「総司さん。…愛してるって言って」
「愛してる」
「私も。総司さん愛してます。…もう変な事言っちゃ駄目ですよ」
「それは自分」
「え?」
「…言いません」

もしかしてまだ酒が残ってるんだろうか。総司はそんな事を考えつつ。
上に乗っている百香里の胸にそっと手を伸ばす。そっと鷲掴むと柔らかくて暖かい感触。

「あ」
「ヤってええ?どうせ汗かくし」
「仕方ないですね」
「ユカリちゃん」
「私、後悔なんかしてませんよ。それにまだこれから先もありますし。
やろうと思えばなんでも出来ます。もちろん、貴方も一緒にね」
「…せやったな。まだまだ先は長い」

百香里の頬に手を添えて唇をなぞると首筋から肩、腕、胸へとなぞる。
20歳になる前から知っている若くこれからという体。愛しい体。
うっとりとした顔で百香里を見つめていたら彼女からキスをされる。
止まっていた手を動かしてその体を愛撫していった。

「あん…ふふ…総司さん可愛い」
「そんな間近で見つめんといて恥かしい」
「…だめ。いっつも私のイク顔見てるんですから。お返しです」
「…ユカリちゃん」
「あ。あぁ…っ…総司さん…また…大きくなった」

朝目が覚めると百香里は先に起きてシャワーを浴びて髪を乾かす所だった。
愛しくて後ろから抱きしめたら何故か笑っている彼女。

「総司さんのその顔」
「え?え?……あっ」

鏡で見ると両頬が赤いく少し腫れている。理由はもちろん百香里。

「ごめんなさいそんな強くしたつもりなかったんですけど」
「いや。ものごっつ痛かったで」
「でも、…ふふふふ」
「社長がこんな顔で会社行けるかいな。しゃあない今日はもう」
「行けますって。大丈夫ちょっとほっぺ赤いだけですから」
「そんなあっけらかんとまあ。よう言えて」
「総司さんがいけないんですよね?」
「はいそうです」

少し遅れる事になるが事前に連絡を入れておけば大丈夫だろう。
真守にも説明をしておけば雷も少なくてすむし。
ホテルを出て車に乗る間も終始顔の赤らみを気にしている総司。

「女の人じゃないんですからそんなチラチラみなくても」
「せやけどこれ」

因みに総司の胸には百香里にバンバン叩かれた手跡が赤く残っている。

「可愛い」
「とってつけたように言うたな」

まず百香里を家においてきて彼女からスーツ一式を持ってきてもらい
着替えは会社で行うという寸法。さっそく彼女を家に送る。
子どもたちは叔父さんの家から学校へ行った。それはいつもの事。

「お気をつけて」
「行ってきますのちゅーがほしいな」
「はい」

荷物を受け取ったらドア越しのキス。

「ほな」
「総司さん」
「ん」
「暗いこと考えちゃうのは私も同じなんです。私が貴方の為に何も出来てないって思って。
歳を重ねたって総司さんは素敵。かっこいい。…大好き。だから、余計考えちゃって」
「ありがと。ほんま可愛い子や」
「私が変な事言ったら容赦なくバシバシ叩いてください。それでオアイコにしましょう」
「あー…叩くんは好きやないんで。違う方向からアプローチするわ」
「はい」
「ほな、行くわ」
「行ってらっしゃい」

にっこりと微笑んで手をふってくれる百香里は新婚当初となんら変わらぬ初々しさで可愛さで。
あんな愛しい妻が居るのだからネガティブにもなると苦笑する。彼女も彼女なりに悩んでいるようだが。
車を走らせながらまたちらりとミラーを見た。まだ少し頬は赤いがもう気にはならない。

「社長。何処か悪いんですか?顔が赤いような」
「気のせいやろ。めっさぴんぴんしとるで」
「そう、ですか。ならいいですが」
「それと昨日は悪かったな。坊と司泊らしてもろて」
「いえ。いつもの事ですし。2人ともいい子でしたよ」
「そうか。ならええねん」
「ええ。司は生まれて来る子どもに熱心に話しかけていました。総吾の時と同じように」
「お前らはええなあ。釣り合いとれて」
「は?」
「いや。なんでもない。俺らもめっさええ夫婦やんな。あはは」
「はあ」

おわり


2013/05/29