こどものひ


始まりは名もなき行商人であった松前家を全国に名の知れるほど大きくした功労者であり
その家に生まれた子孫たちは皆何度も彼の名とその功績を昔話のように聞かされたという。
そんな今でも語り継がれる人物と同じ名を頂いた我が息子。
名づけた時はそこまで実感というものは無かったのだがやはりこの世界でその名の力は強い。

「総吾様、お車の準備が整いました」
「総吾様、お鞄をお持ちいたしました」
「総吾様、靴が少し汚れていましたので別の新しいものにかえさせて頂きました」

ずらりと並んだ家政婦たちが次々に頭を下げて総吾に報告をしていく。パッと見異常な光景。
でも彼は何ら反応もみせず淡々と荷物を受け取り新しい靴を履いて外へ出て行く。
もしもあれが自分だったらきっと戸惑ってオドオドして総司に相談してしまうだろう。
でもあの子はすんなりと受け入れている。このままあれが普通になってしまったらどうなる?
百香里はこっそりと影からその様子を伺いながら思った。

「あんさ。相談する相手間違ってね?」
「総吾は真守さんの所へ行ったので」
「あぁ。そんで俺。いや、それもおかしいっしょ。何で俺よ。あんたの旦那に聞けば?」
「…総司さんは司に引っ張られて読者モデルのファン交流撮影会に行きました」
「あそう」

よくもまあそんな若い子だらけの所へあんなおっさんを連れていけたものだ。
渉は思ったけれど敢えて口にはしないことにした。それは義姉もよく分かっている。
休日を特に何も予定を立てず梨香のお誘いも無視して寝ていたら百香里から電話。
司に呼ばれることはあっても彼女が呼ぶのは珍しいから来てみたら。

「総吾の扱いだけ変っていうか。まだ子どもなのに」
「……」
「たまにいらっしゃる親族の方もなんだか総吾にばかり難しい話しをしているような。
やっぱり…名前のせいですか?すごい方の名前を使ったせいであの子なにか」
「期待してんだろ。みんな」
「期待」
「そ。あいつに近づく大人は今のうちに目かけとけば後で自分がいい思い出来るって考えてるやつ等。
ここの家政婦連中はただ単に松前家の未来を総吾に託せると期待してる。どっちも馬鹿な連中だ」
「……」
「それでさ。司はどうなんだ。そんな連中に囲まれて嫌な思いとかしてねえの」
「あの子はそういうの全然気にしないみたいで。皆さんも普通に話をしてくれますし」
「アイツらしいな。総吾もそんな変わった様子はないんだろ」
「むしろすごく馴染んでいて。あの子無理してるんじゃないかって思ってるんですけど。
でも、聞いても普通だよって。でもあれが普通になってしまったら…」
「子どもらしさも可愛げもなんもねえな」

もう既にそんなものは殆どないけど。ゲラゲラと笑う渉。
百香里は真剣な表情で深くため息をする。

「やっぱりマンションで育てるべきだったのかな」
「自分で決めたんだろ。今更それは無しだ」
「分かってます。…でも、…あの子が遠くなるような気がして」
「大丈夫。あいつユカりんにベッタリだから」
「え?」
「明日はこどもの日だろ。うちにご立派な五月人形あったはずだから出して飾っとけば」
「私、目一杯お祝いするので。渉さんも来てください。真守さんたちも呼ぶ予定です」
「しょうがねえから行ってやるよ」
「司が大喜びします」
「上手いこと言って」

でも満更でもない顔の渉。それからまた少し家の事や子どもについて話をしていたら
彼の携帯がなって。どうやら梨香からのお怒りメールだったらしく面倒そうだったが
このまま何通も来ると煩いので彼は部屋に戻っていった。

「なんで僕だけこんな格好なの」
「総ちゃんが男の子だからだよ。ほら笑って」
「もう10枚は撮ったよ。もう勘弁してくれないかな。歩けないよ」
「はーい」

翌日。5月5日こどもの日。
朝起きてすぐに司に起こされて引っ張られて顔を洗ってすぐに着替え。それも何故か袴姿。
総吾は少し寝ぼけた頭で今日は何か神聖な儀式でもする日だったかと思うが浮かばず。
姉は嬉しそうに可愛くデコされたデジカメで何枚も色んな角度から写真を撮っているし。

「おはようさん」
「パパ。これは何?僕の誕生日は今日じゃないよ」
「ほれ。今日はアレやん。アレ」
「あれってなに」

母親ならちゃんと返事をもらえるだろうか。歩いていると廊下で父親とでくわす。

「こどもの日やろ。ほんで今5月人形とか鎧とか出してきたとこや」
「……ああ、そうだったっけ」
「真守や渉も来るから。ご挨拶しとき」
「僕だけこんな格好で?男だからという理由ならパパだってそうでしょ」
「お父ちゃんそういう堅苦しいの嫌いやねん」
「好き嫌いはいけないんだよパパ。だから、…着替えてくれるよね。僕だけにこんな辛い事させないよね」
「う。…い、いや。ほれ。こどもの日、やでな。こども。お父ちゃんどっからどうみても子どもやないもん」

あははは、と笑って誤魔化して父は去っていった。何となく想像はついたけれど。
総吾は軽いため息をしてリビングへ。母はきっと料理をしている。
叔父さんたちを呼ぶということは豪華になる。人にはあまり頼らないから1人で。
或いは司が手伝ったりして。でも、彼女は今弟を撮る事に夢中になっている。

「おはよう総ちゃん。あらもう着替えたの?やる気十分だね」
「ママ。僕の顔がそんなやる気に満ちて見える?」
「えっと。……司、また総ちゃんに無理やりやらせたの?ダメじゃないちゃんと説得しなきゃ」
「大丈夫だよ。かっこいいもん」
「まあ、確かに似合ってるものね」
「ママも司もそうじゃないでしょ」

案の定台所であっちこっち移動しては料理のセッティング中のママ。
此方を振り返り着替えた息子を見て満足そうに笑っている。
何の説明もなく自分だけ袴なんて不満を持つ総吾だがパワーに押されてか
それ以上は何も言えず。ただ司と一緒に忙しそうなママを手伝うことにした。
そうしている内に真守たちや渉もやってきて賑やかになる家。

「ねえねえパパこいのぼりは?」
「あ。堪忍忘れとったわ」

飾りのセットを終えて休憩していた総司に司が不安げに問いかける。
こどもの日といえばこいのぼり。他の子の家は立派なものを用意してた。
だから家もきっとすごいのがあるに違いない。そう思っていたのだが。

「パパぁ」
「そんな事もあるかと俺が買って来てやったよ」
「さすがユズ!」
「手のひらサイズだけどな」
「ちいちゃーい!」

玩具みたいなこいのぼりを貰ってもあんまり嬉しくないけど。
家のこいのぼりは出すのに一苦労するくらい巨大とかで渋るパパ。
それでも見たいと司がオネダリすると3兄弟が力を合わせだしてくれた。

「立派だね」
「ほんと。総司さんたち大丈夫かな。かなり重労働だったみたいだけど」
「後で湿布いるかもしれないねママ」
「そうね。用意しておきましょうか」

ハイテンションで庭を泳ぐ巨大なこいのぼりを見ている司。
もうよれよれの男3名。それを廊下から眺めている総吾と百香里。
準備が出来ましたよと呼びに来たのだがもう少しそっとしておこう。

「ママ」
「なに?」
「司みたいに僕の見送りもしてほしいな」
「いいの?ママ、邪魔じゃない?」
「いい。司といっしょがいい」
「…うん。分かった。じゃあ、そうするね」

千陽たちが待っている居間へ行こうとしたら総吾に呼び止められた。
まさかそんな事を言われるとは思ってなくて驚いたけれど。
司と一緒がいいと、見送りをしてほしいと思ってくれた事は内心嬉しい。
やっぱりこの子は私と総司さんとの子ども。何処にも行きはしない。

「うわー総ちゃんみて!この鎧本物みたい!」
「着られるみたいだよ。司どう?」
「えぇ。やだなんか臭そう」
「いい匂いはしないだろうけどね」

居間に飾ってある5月人形と鎧とあと剣。
歴史は古いようで年季が入っていてそれが余計に本物っぽく見せる。
どれも松前家に伝わるものとかで総司が倉庫の奥底から掘り出してきた。

「総ちゃん」
「なに」
「…総ちゃんは総ちゃんのままで居ていいからね」
「司」
「いっぱい楽しいことしなきゃダメだよ。無理に違う人なることないよ」
「みんなして本当に心配性なんだから」
「チマキ食べたら一緒に写真撮ってもらお」
「うん」
「この鎧は怖いから…あ!ママと3人で撮ろう!」

司に手を引っ張られママといっしょに1枚。総吾の表情は笑っていて何時も以上に穏やかに見えた。
それから千陽や梨香とも写真をとっていって。姉に振り回されながらも楽しそうにする姿は歳相応。
百香里はそんな我が子を眺めつつ疲れきった夫の腰をさすってあげる。

「大丈夫ですか総司さん」
「あかんかも」
「湿布後ではりますね」
「ありがと」
「あの。……私、もっといい母親になれるように努力します」
「十分ええと思うけど」
「…あの子を信じてあげないと」
「え?」
「ほら総司さん。総吾に激励の言葉をあげてください!はい!」
「あいたっ…ええ…俺そんなん得意やないし全然」
「総司さん」
「坊ちょっとこっちおいでお父ちゃんからありがたいお言葉をやるでな」

おわり


2013/05/06