変わりつつあるもの
元妻との子どもとのことで出来た溝が少しずつ回復しつつある兄家族。
辛い思いをした子どもたちに何かできないだろうかとたまには気分転換でもと
真守は二人を家によんだ。司にとってはとても懐かしい場所でもある。
「千陽ちゃんのお腹おっきいね。もうすぐかな」
「そうね、予定では来月の初めくらいなの」
「そっか。生まれたらすぐご挨拶に行かなきゃね。総ちゃん」
「すぐは無理だよ。でも、元気な赤ちゃんをうんでください」
リビングでお茶とケーキを出して貰っても司はそれより大きくなったお腹に夢中。
撫でたり声をかけたりとまるで自分の家族が増えるかのように嬉しそう。
彼女にとって妊婦さんを間近に見るのはこれで二度目になる。
「ありがとう総吾君。司ちゃん。来てくれて凄く心強い」
千陽は体のこともあってあまり頻繁に司たちの家には来ない。
けれどその代わり真守から話は全て聞いている。
彼女も秘書として総司たちとずっと関わってきたから、複雑な思い。
「痛い痛いってなったらマモがかわってくれるよ!」
「え。真守さんが?」
「うん!ママの時はパパがかわるからっていってた!」
「でも司。女性だからこそ何とか耐えられるけど男性だと気絶するかもしれないんだって」
「そ、そんなに痛いの!?マモ!マモ!大変!マモー!」
冷静な総吾の言葉にびっくりした顔でソファから飛び上がると奥さんの代わりに
洗濯物を干していた真守のもとへ司は猛ダッシュしていった。
「あはは。相変わらず元気で素直なお姉ちゃんね」
「そこが司の良いところなんです」
「そうね。そういえば、総吾君はお受験するって聞いたんだけど」
「はい」
「真守さんが総吾君はまだ小さいのに松前家の後継者としての自覚があるから凄いって」
「僕は司みたいにはできそうにないから。それでママや司を困らせちゃって…」
「総吾君」
「でもね、でも、それでも僕が守らなきゃいけないものってあると思うから」
「……」
「ママも司も大事なんだけど。僕はそこまで器用じゃなくって、だから」
「あ。あの。いちおう、パパも大事ってことにしてあげてくれませんか?
社長、じゃなかった。お義兄さんもあれで大変だろうから……」
「あはいパパもだいじです」
素直な所は姉弟そっくりですよね、と後で真守に話したら彼はただ笑っていた。
姉に遠慮して距離を取っていた総吾だったが、
ちょっと緊張した顔で「お腹を撫でてもいいですか?」と聞いてきたので笑顔で頷く。
「パパとママはどうだ。仲はいいか」
「すんごいいいよ」
その頃司は真守と一緒に洗濯物のお手伝い。さっきまで千陽のお腹を撫でていたと思ったら
突然走ってきてお腹を撫でてきて大丈夫!?と叫んできたのでびっくりした。
「じゃあ、パパと総吾はどうだ」
「悪くないよ。男ならキャッチボールや!ってよくお庭でやってる」
「兄さんらしいな」
「司も一緒にやりたんだけどな、司男じゃないから。寂しいな」
「その代わりパパとお買い物とか行けるだろ?」
「うん。それでママがね、またこんな買っちゃって!ってプンプンしてる」
「ほんと変わらないなあの人は…」
元から仲の良い家族。少しだけヒビが入っても時間とともに埋まっていく。
これで社長としても持ち直してくれるだろう、と専務として安堵する。
「唯ちゃん結婚するんだよ。パパ、嬉しいんだろうな。でも、それを言えないのは
やっぱり寂しいだろうな。司だったら嬉しいことは大声で言っちゃうもん」
「パパは大人だから言えなくても嬉しいことは嬉しいさ」
「……うん。そうだね」
司は純粋に幸せを喜べる。でも、皆が皆そうじゃない。
でもそれを彼女に説明するつもりもないし、司だってそのへんは察しているだろう。
唯とパパのことを思いちょっと元気のない司を連れてリビングへ戻ると
総吾は大人しくお茶を飲み。千陽は胎教に良いというCDをかけて聴いていた。
そこに司が加わるとあっという間に賑やかになって、笑い声が生まれてくる。
「司、昼食は僕が用意しているんだ。お前も座って待ってるといい」
「大丈夫だよ。包丁はダメだけどお皿を出すのと戻すのは良いって言われてるもん」
「……なるほど、よくわかった。じゃあ、出番が来たら声をかけるから座っててくれ」
「はーい」
お昼も賑やかに過ぎ去って。
「何時も2人だから子どもが増えると食事も楽しくなりそうですね」
「私なんて1人でした。だから、3人でご飯が食べられる日が待ち遠しい」
「そうですね、待ち遠しい」
「できれば司ちゃんみたいな元気で優しくて、総吾君みたいに優秀でママ思いな子で」
「それは流石に欲張りじゃないですか?」
「ですよね。あはは」
片付けを一緒にしながらお互いに顔を見て笑う。
子どもたちは寄り道がしたいそうなので途中まで車で送り真守は戻った。
兄には連絡を入れているし、総吾がいれば司を引っ張ってくれりだろう。
「司。それ、あのひとにあげるの」
「え。ち、ちがうよ。これは」
「……」
寄り道したいと言ったのは司。彼女がお気に入りの女の子向け雑貨のお店。
新作が出たからみたい、という理由で来ていたがどうも欲しいものは別にあるようで
必死にメッセージカードを探していた。それも、普通のではなく特殊なもの。
「……ごめん」
「僕、バスの時間見てくるから。司買ってきたら。レジちょっと並んでた」
「わかった」
総吾に呼び止められて慌てて隠そうとしたけれどもうバレてるのは明らか。
彼は店を出てすぐのバス停の時刻表を見て居る。その間に司はお会計。
言葉に出せないなら文字にしたらいいんじゃないかと彼女なりに考えた。
見つかったら弟が嫌な思いをするかも、というのはもちろんあった。けれど。
「……司は僕が嫌いになった?」
「そんな事ないよ」
バス停でバスを待つ総吾の隣に立ったらそんなことを言われた。
ドキっとしたけれどすぐに否定する。
「ママも僕を持て余すようになるのかな」
「ママも司も総ちゃんが大好きだよ」
「僕もママと司が大好きだよ」
「じゃあそれでおっけーだよ」
「僕はまだほんとうに子どもなんだ。世界がせまいんだ。だから、うまく出来ないんだ」
「総ちゃん」
「……あ。ねえ、司?パパは僕が嫌いなの?今司とママはって」
「あ。ううん!パパも大好きだよ!鼻に入れても痛くないんだよ!」
「そっか。ならいいんだ」
「うん。あ。バス来たよ!乗ろう総ちゃん!ママが待っててくれるから」
バスに乗り込みそこでも他愛もない会話をしていたらあっと今に最寄りのバス停。
降りて迎え来てくれているであろうママを探していたら、
そこで待っていてくれたのはパパ。
「司は懐かしかったやろ」
「うん。マモにあげた司のカップもあったよ。ぬいぐるみもあったよ!」
「そうかそうか。坊も楽しかったか」
「うん。千陽さん元気そうでよかった」
「お腹すっごくおっきくなってた!総ちゃんのときのママより!」
「従兄弟はお母ちゃんとこの兄ちゃんらしかおらんだもんな。
今度は自分らが姉ちゃん兄ちゃんになるんやで」
「司いっぱい遊んでいいお姉ちゃんになるよ!」
「僕がお兄ちゃん……」
パパの車に乗り込んで家に帰る。ここでもずっと真守の家でのことを司は喋って。
総吾も笑っていて、あのメッセージカードのことは言わなかった。
家に帰るとママが何時もと同じ笑顔で出迎えてくれてた。
あのマンションは思い出がいっぱいあるけれど、今となってはここが我が家。
総吾にとっては最初から我が家。
「ママ。……僕、ま、……漫画買ってほしい」
「え!」
「だめ?」
司でもないのに影にかくれてこちらの様子を伺っている総吾は珍しい。
夕飯の準備の手を止めて百香里は息子のもとへ。
向かったらいきなり漫画なんて今まで一度も言ったこと無いセリフが出てきた。
「ううん。もちろん良いよ。そんなに気になる漫画があったの?
総ちゃん今までそういうの全然欲しがらなかったから」
「ほ、ほら。少しは知識があったほうが会話が弾むと思って」
「会話?お友達とか?」
「……真守おじさんの家の」
「ああ。え。でもまだ」
「生半可な知識じゃ楽しくないかもしれないから今のうちに」
「なるほど。じゃあ、明日ママと買いに行こうね」
「うん」
はにかみながらも嬉しそうににっこりと微笑む総吾なんて久しぶり。
驚きはしたけれど、でも真守の家に遊びに行ってよかったのだろう。
司にも話したら自分も行きたいと言ったので明日は3人で本屋さんへ行く。
「お父ちゃんも行く」
「パパお仕事は?」
「1時間くらい抜けられる」
「無理しなくていいよパパ。僕の漫画買うだけだよ」
「坊が漫画買うレアな場面を見逃したない」
「大げさだな」
「坊。もし大人になってそういう漫画がほしなった時はお父ちゃんに相談を」
「総司さん」
「なんでもないです」
おわり