変わらないもの2


「総ちゃん。パパ図書館連れてってくれるって言ってるし。行こうよ」
「行かない。自分で行く」
「そんな怒っちゃだめだよ。パパ大事な用事だったんだもん」
「……」
「総ちゃん」

何があっても穏やかにしているのに珍しく感情をあらわにする総吾。
不機嫌。とにかく不機嫌。なんとか叔父さんの家から連れ帰ったものの、
自分との約束よりも前妻との娘を取ったパパをまだ許す気はないようで
口は利かないしムスッとして態度も悪い。
司はお姉ちゃんとして家族として呼びかけるけれど、弟はびくともしない。

「司。もういいから。おやつ食べなさい」
「…でもママ」
「総吾。ママは何にも思ってないから。…パパを困らせないで」
「……」

百香里の言葉にも反応なし。仕方なく司を連れて総吾の部屋を出る。
ただ娘に会いに行った訳ではなくて、
彼女の花嫁衣装を選ぶためなんだと説明しても結果は変わらなかった。

「司とユカリちゃんでもあかんかったか」
「ごめんなさい…司。お姉ちゃんなのに」
「ええんや。全部お父ちゃんが悪いでな。司はおやつ食べ」
「……うん」

ママ手作りの美味しいドーナツもこんな状態じゃ美味しくない。けど。
作ってくれた手前食べないとママが困るから司は席に着いて食べる。
後ろではパパとママが困ったような悲しいような顔でこそこそ話してる。
司には分からない。何でこんなに嫌な空気になってしまったのか。
朝のご飯もお昼のご飯も夜のご飯もおやつも何も美味しくない。


「……あのね…あの…ね」

駄目だと分かっていても我慢できなくて学校が終わってからこっそり真守の所に行った。
見上げるほど大きなパパの会社。何度か行き来しているからどうしたら真守に会えるか知っている。
受付の人に声をかけて社長ではなく専務の部屋に通してもらった。

「……今の状況はお前にはとても辛いだろうな。よく頑張ってる。いい子だ」

通された部屋で最初は大人しくしていた司だが部屋に入ってきた真守の顔を見たら
一瞬パっと笑みを向けるがすぐに辛い気持ちが我慢できなくなって泣きだす。
兄夫婦の家庭の事情はだいたい知っているからそっと抱きしめて頭を撫でる真守。

「…っ…まも…っ」
「無理に話さなくていい。…いいから、落ち着くんだ」
「……」

成長したとはいえまだまだ小さい体が真守の中でもぞもぞして泣いている。
ぎゅうっと抱き付いてくるから抱き返すとそのまますっぽりと収まってしまう。
そんな小さい女の子が家族の事で悩んで悲しんで、
でもそれを表には出さずずっと我慢してきた。今くらい泣いたっていいはずだ。

「総吾はまだ怒ってるんだな」
「…うん」
「全く頑固だな。誰に似たのやら」
「総ちゃんがあんなに怒るの初めて見た。司が総ちゃんのおやつ食べちゃっても怒られた事ないのに」
「総吾は家族が好きなんだな。パパとママと司と自分。そこに違うものが入るのが許せない」
「ちがくないよ。唯ちゃんは同じだよ」
「…お前はそう思えても、他が同じとは限らないんだ」

かくいう自分も正直な所それほどあちらの姪には興味が無い。
結婚するらしいと兄から聞いているものの特にお祝いもする気はない。
嫌悪する総吾の気持ちは分からないでもない。けど、両親を悩ませるのも悪い。
何より司がこんなにも悲しんで落ち込んでいるのだから。

「司も最初はわからなかった…けどね…でもね」
「さて。総吾をどう説得しようか」
「…ママがお話しても駄目なの。司じゃぜったいだめだよ」
「難しい問題だからな。時間を置いた方がいいかもしれないな」
「……でもさ。唯ちゃんの結婚式とか。パパ。…出たいよね?」
「結婚式か。まあ、そうだろうな。父親だからな」
「……司も見たい。けど。我慢する。から、パパは出てほしいな」
「司」
「…だめかな」

少し落ち着いた司を座らせて秘書に連絡しジュースを持ってきてもらう。
何時司がきてもいいように彼女が大好きな銘柄のジュースを完備している。
ついでに彼女の好きなコップで。氷は少な目。お菓子もストックしている。

「今の状態では難しいな」
「……」

もちろん今ここに娘が居る事は社長には内緒。
司がパパではなく叔父さんにコンタクトを取ったのだから
そこをくんで真守は報告しないように釘をさしている。

「義姉さんでも無理だと、僕の話を聞くかどうかも怪しいな」
「……」
「兄さんがどうでるか」

総吾の為に唯とのかかわりを完全に絶つか。息子を納得させないまま強引にかかわっていくか。
今まで何度となく迫られてきた選択肢。百香里が気にしながらも不問にしてくれて、
司が好意的であるために何とか均衡を保ってきたが。総吾は違う。

「司、もうちょっと頑張って総ちゃんとお話してみる」
「無理はしなくていいんだぞ」
「だって。このままじゃ…やだもん」
「…そう、だな」

結局はあの父親の気持ちひとつ。他の誰が何をした所で変わらない。
お菓子を目の前にしても司は興味がわかないのかぼんやりしている。
アニメを観ようかと聞いても要らないと首を横にふるだけ。
何時もなら明るい笑顔を見せるのに。今はどんよりと暗い顔をする。
同じように何時も笑顔な義姉もきっと同じようなものなのだろう。

「……はぁ」
「もう少し総吾を家で預かろう。距離を置いて時間をかければあいつも分かってくれるかもしれない」
「でも…総ちゃんと離れてくらすのやだな。いっしょでも今みたいなのは嫌だけど」
「司」
「やっぱりもっとちゃんと総ちゃんとお話する」
「…やれるだけの事はやってごらん。それでダメでもいい覚悟で。
司の気持ちはきっと総吾に伝わるだろう。姉弟なんだからな」
「…うん」
「ほら。お菓子を食べて」
「うん!」

真守と話をして気持ちを落ち着けて少しだけ元気が出た司。
ニコっと微笑んでお菓子を食べ始める。けど、まだ空元気。
痛々しいほどに取り繕った顔をする。

「……どないですやろか」
「やはり気づいてましたか。社長」

渉に連絡して司を家まで送ってもらい、真守は深いため息をして。
その後ろからいつになくか細い声で様子をうかがう声がした。
振り返るまでも無い。兄だ。

「…怒ってた?」
「司は怒っていませんよ。悲しんでいます。貴方も分かるでしょう」
「……」

影からひょっこり顔を出し申し訳なさそうに司の様子を尋ねる社長。
真守はある程度かいつまんで司の話をした。

「僕もじきに父親になる身ですから。あまり過激な発言はしないつもりですが、
ただ、司を泣かせないでください。あの子は素直すぎるから。少し不安です」
「……分かってる」
「総吾を暫く家で預かりましょうか。結婚式に出たいならその間だけでも」
「いや。もう少し話してみるわ。すまん」
「何時でも言ってください」

疲れた顔をする総司だがそれでも自分で話をすると言って戻っていく。
その無理をした笑みがどことなく司とかぶって見えた。


「何か言えよ。つまんねーだろ」
「…何がいい?」
「何でもいいよ。学校の話でもいいし。欲しい物の話でもいいし」
「じゃ…じゃあ。学校のかっこいい男子の話とか」
「そんなもん友達としろ。俺にはするな絶対に」
「…むー」

真守から連絡をもらって司を連れて会社を出た渉。驚いたけれど、
せっかく仕事を抜け出す許可を専務様からもらったのだからまっすぐ送り届けるなんて
もったいないと司を連れだした。のはよかったが相変わらず彼女は元気がない。
落ち込んだ様子で黙ったまま。

「なあ。お前俺のとこ来るか?」
「え」

まずは甘いものでも食べさせようとカフェに入る。
チョコ中毒なはずの司がチョコを頼まずにジュースだけなんておかしい。
無言になりがちなので無理して取り留めもない会話をする司に渉は切り出す。

「家に居ても嫌なだけだろ。俺のとこ来いよ。何時までも居ていいから」
「だめだよ。梨香ちゃん泣いちゃうもん」
「俺はお前が泣く方が嫌だ」
「ないてないもん」
「廊下にまで聞こえてたぞ。お前のピーピー泣いてる声」
「ほんとに!パパにも聞こえちゃったかな!」
「…やっぱりな」
「あ。ずるいんだ。わるいひとなんだ!だましたんだ!」

怒ったぞ!とわざわざ宣言してからぷくっと顔を膨らませる司。
全く怒っている感じじゃなくてただ可愛いだけなので渉は少し笑う。
そこはちゃんと何時も通りなんだな、と。

「でもマジだよ。お前が泣くことないんだ。あのおっさんの身勝手に付き合う事ない」
「……」
「お前がいくら頑張ったってあいつが決断しなきゃ何もならないんだからさ。
総吾だってそれを待ってるんだろ。父親がどう決断するのか」
「……」
「お前は自分にできる事をしたんだ」
「パパ…どうするのかな」
「さあ。どうすんだろうな」
「皆仲良くしたらいいのにな…」

何で仲良くできないのかな。司はまた少し泣きそうになる。

「いいか。一度嫌ったものはそう簡単に仲良くはなれないし自分の利害にあわない奴は気に食わない。
表上は仲良く見えても腹の中では探り合い悪意しかない事もある。でもそれが普通なんだ」
「なんで」
「お前みたいに皆がみんな能天気で優しくはできてない。現実はそう上手くは出来てない」
「……げんじつ?」
「そうだ。現実だ。上手くいかないのが普通なこともあるんだ」
「……」
「まあ、こんなのお前には難しかったな」

司の頭を軽く撫でてごまかすようにぬるくなったコーヒーを飲む。
泣きそうな司につい熱くなってしまったけれど、言いたいことはただ一つ。
お前が気にしても仕方ない。ということ。

「……総ちゃんはそんなことないもん。唯ちゃんもそんなことないもん。
すごい優しいもん。皆優しいもん。悪い事なんかないもん。お話が足りないだけだもん」
「じゃあ好きなだけ話せばいいだろ。その間お前は暇だろ?家に来い」
「……むー」
「嫌なのかよ」
「嫌じゃないけど。…梨香ちゃんまで怒っちゃったら司困る」
「あいつどんだけお前に馬鹿してんだ」
「…どうしようかなあ」

んー。と声にだしながら考え込む司。

「梨香も優しいからな。大丈夫だ」
「そうだけど。ユズルったらヒドイノォオヨォオ〜!って泣いちゃうかも」
「……あの馬鹿」
「やっぱりお家帰る。寂しいけどお姉ちゃんが傍に居てあげなきゃダメだもんね!」
「なーにがお姉ちゃんだ。宿題あいつにみてもらってるくせに」
「そ、そ、そそんなことないもん!自分でやってるもん!こ、答え合わせしてるだけだもん!」
「はいはい。分かったから。チョコケーキ食うだろ?頼むぞ」
「……こっちのクリームいっぱいのがいい」
「よし。ボタン押せ」
「へい!」

渉との会話で多少は何時もの司に戻ったのか元気に話をしてはいたものの。
やはり別れ際は寂しそうな辛そうな顔をちらりと見せた。渉は一緒に家の中まで行こうかと
さりげなく聞いたが司は大丈夫だと言ってにっこりとほほ笑んで走っていった。


「司を家に送り届けるだけにしては遅かったな」
「……」
「今回に関しては怒ってはいないつもりだが。なんだ、無視か?」
「……、別に」
「明日の夜あたり一緒に家に顔を出すか」
「……まあ、いい、けど」
「その顔を見るに司を家に連れて行こうとして断られたな?」
「はあ?別に。そんなんじゃねーけど」
「大丈夫。僕も同じだ。まあ、見守っていこう」
「勝手にしたらいいんじゃねーの」
「相変わらず素直じゃない」


おわり

2015/01/12