合間の話


「司はほんま可愛いなあ。こっち向いて。お父ちゃんとこおいで」
「……やー」
「やーやないの。ほら。お父ちゃんが抱っこしたるって。ほんでちゅーもしよ」
「…やー」
「わかった。ちゅーは妥協するで抱っこさして」
「やぁー」
「わかった。抱っこも妥協するでとりあえずこっちおいで」
「……」

何処か疑いのまなざしで娘が近づいてくる。相手は父親なのに。
それがかなりショックではあるけれど。我慢してすぐそばまで来てくれた娘にほほ笑む。
普段は真守や渉に遊んでもらってばっかりで昼間は百香里とずっと一緒。
休みの日くらいはゆっくりのんびり父親として遊んでやろうと思って意気込んだのに。

「司は何が好きなん?お菓子か?玩具か?それとも」
「まーま」
「ママか。ママ好きなん。そうかそうか。お父ちゃんもママ大好きやで」
「びぃいいいいいい」
「そうかお父ちゃんも好きか。そうかそうか」

娘と微妙な距離を感じるのは総司の気のせいだろうか。
父親よりも叔父さんたちに懐いてしまったのだろうか。
それは焦る。とても困る。かなり悲しい。

「総司さんお使いお願いできます?私これから家に戻らないといけなくて」
「ええよ。何買うて来たらええの」

そこへ洗濯物を干して戻ってきた百香里。

「卵買い忘れちゃって」
「分かった。ほな行ってくるわ」
「あの、司も連れて行ってくれませんか」
「ええよ。ほなデートしよか司」
「……まぁ…ま」
「そ、そんな寂しそうな顔せんといて。お父ちゃんも寂しいのは一緒やで。な?な?」
「じゃあお願いします」
「え。待ってユカリちゃんそんなあっさり。せめて行ってきますのちゅーを俺と司に」
「行ってきます」
「言うだけかいな!」

百香里はあっさりと言い放ち娘と夫を残しさっさとリビングを出て行った。
残された総司と寂しそうにママが去った方を眺めている司。
いつまでもここで落ち込んでも仕方ない。総司は出かける準備をして。
娘にも可愛らしい動物の柄のプリントされた余所行きの恰好をさせて抱っこした。

「……びぃいい」
「ほいほい。お父ちゃんが居るでな。寂しいないない。ほれ帽子もかぶってな」
「……」

心細いのかチャイルドシートに座らせても彼女の好きな歌を流してもあまり元気がない。
百香里かあるいは弟たちが居るともっと嬉しそうにしているのに。笑うのに。
もっと娘と時間を取らなければ。また過去の嫌な記憶がよみがえる。

「なあ司。どの卵がええやろ。ママやったらこの99円卵に飛びつきそうやけど」
「……」
「おお。いちゃん高い奴やん。さすが司ええ目してるわ」

司が指さしたのはブランドの卵。百香里だと見向きもしないであろう品。
今回くらいは大目に見てくれるだろうと総司はそれを取り。
せっかく来たのだからついでに何か他にも買っていこうと店を回ることにした。
司がいろんな商品に興味を示し嬉しそうに指さすのが可愛いというのが大きい。

「ちょー…こ」
「チョコ好きなん?ほなこれ買おか」
「びぃいい」
「よしよし。ええ笑顔やなあ。…なんでびぃいい何かは永遠の謎になりそやけど」

ちんちんと呼ばれるくらいならまだこっちの方がいい。だからもう何も言わない。
やっと笑顔になって甘えてくれるようになった司。総司は嬉しい。
やはり普段からこうして地道に娘とかかわることが大事だと痛感する。
でないとどんどん隙間があいて距離が出来て相手にされなくなってしまう。

「びぃ…」
「これ欲しいの?」
「……」
「そんな顔されたら買うしかないやんか」

部屋には山のように玩具やぬいぐるみがあるけれど。
それでも司は外に出ると何かしら欲しがる。
ついつい買ってしまって家に帰って百香里に怒られるパターン。
分かっているのだがやはりこのオネダリに勝てる訳もなく。
日々3兄弟そろってお説教を受けている。

「あれ?松前さんじゃない?」
「ん?」
「久しぶりですね。前の会社で一緒だった塚田です覚えてます?」
「覚えてるもなんも。正面の席座ってたやん。忘れるほどまだボケてへんて」
「ははは。よかった」

司に玩具を買ってあげた所で後ろから声をかけられる。
振り返ると買い物帰りの女性。歳は確か30代だったはず。
前に働いていた会社の同僚。席も近く何かと話もした。

「娘の司や。めっさ可愛いやろ」
「へえ。ほんと。奥さん似なんでしょうね」
「ひどい言い方。目元とか俺にそっくりやん」
「そうですか?」
「相変わらず冷たいなあ」
「そんな事ないですよ。松前さん狙ってたのに気づいてくれないから」
「へえ。そうなん?」
「そうそう。他の人は結構気づいてたみたいだけど。何故か松前さんにはスルーされて。
でももっと頑張ればよかった。社長になるなんて知ってたら…」
「俺も分からんかった事やで。まあ、いろいろあるわ」
「雑な締め方も相変わらずですね」

ははは、と笑いあう2人。そういえば昔もこんな風に笑ったような思い出が。

「……」
「あれ。どうしたの?」
「ん?どした司」
「う…ぶぅうううう」
「え?」

いつの間にか総司に抱っこされていた司の顔が険しくなっていたのに彼女が気づき。
それにつられるように総司が娘の顔をのぞき込む。

「あいたっ」

したら小さな手でほっぺをたたかれた。ペチっと。

「…妬いてるの?」
「ええ?何に?何で?どして?」
「松前さんちゃんと気づいてあげないとダメですよ?奥さんもお大事に。それじゃ」
「あ、ああ。うん。ほな…って司もうええやろペシペシやめや」

彼女が去ってもまだ娘の攻撃は収まらず怒った顔をしてペシペシ叩いてくる。
疲れたのか最終的にはほほを引っ張られ続ける。これは地味に痛い。
引っ張られながらも車まで戻り司を離し座らせ家に帰った。
その間もブスっとした顔で声をかけてもブーブー言うだけ。

「それは総司さん大変でしたね」
「せっかく笑ってくれたんやけど。今はあの通りほっぺふくらましてご機嫌ななめや」

買ってきたものを冷蔵庫に入れて司となんとか話をしようと試みるが失敗。
ぬいぐるみをもって1人遊んでいる司。そこへ百香里が帰って来て。
事情を説明すると苦笑しお疲れ様でしたと言った。

「でも総司さんが女の人と話してるの嫌がるって事はやっぱりパパだって認識はあるんじゃないですか」
「そうなんかなあ。千陽ちゃんとか渉んとこのお姉ちゃんとか話してても怒ってこんのやけど」
「それはほら。分かってるからですよ。よく会う相手ですし」
「そうかあ。ほんならちっとは意識してくれてるんかな」

だとしたら嬉しい。怒られてしょげていたが嬉しい。

「それとも。もしかして鼻の下伸ばしてたの見てたのかも」
「の、伸ばす訳ないやん。何言うてんの。俺はユカリちゃんだけやで?」
「あらあら。その割には結構動揺なさってませんか?総司さん」

隣に座りニコリと笑う百香里だがもちろんその目は笑ってなどいない。

「あかんて。そういうの脅しって言うんやで。俺はほんまにユカリちゃんだけ。ユカリちゃんの裸にしか勃」
「総司さん」
「はいすんません」
「総司さんと司がもっと近くなるかなって思ったんですけど。難しいですね」
「気つかってくれたん?堪忍な。本当やったらそんなんせんでも仲良し親子やないとあかんのにな」
「仲が悪い訳じゃないですよ。きっとパパに甘えるタイミングとか方法が分からないんですよ。私と一緒」

ママや叔父さんたちとは違うパパという存在。何がどう違うのかまだ司にははっきりは分からないはず。
でもやはり血のつながりで何か大事なものだという認識はあるのだろう。だから余計に戸惑う。
親子そろってそういう所は不器用なんですよねと百香里は笑う。

「ユカリちゃんは甘え上手やで?ほんま。可愛い顔しておねだりされたら俺どこでも舐め」
「あなた」
「すんません調子乗りました」
「……、何でもしてくれる?」
「するする。何でもする。ほんま」
「じゃあ。司と一緒に寝ましょう。だからえっちは待てをしててくださいね。3日くらい」
「それは…嫌や。できへん。俺は待ての出来ん男や。断言できる」
「しないでください。じゃないと眠れないじゃないですか」
「寝静まったら出来る。ほんでユカリちゃんが声我慢してくれたら出来るて」
「できません。何でもしてくれるんですよね。それじゃ娘と3人で寝る。川の字で寝る。いいですね」
「……我慢出来ん時はどうしたらええん」
「そんな時は我慢するんです」

百香里にはかなわない。総司はあきらめて我慢することにした。強制的に。
落ち込むけれど司との仲をより強固なものにするには必要な事ではある。
昼食の準備に向かった百香里。さりげなく総司は司に近づく。そろろろ良いころか。

「司。お父ちゃんも遊びたいなー…遊んで欲しいなあー」
「……」
「なあなあ。お父ちゃんはママが大好きや。司と一緒やで。仲間やで」
「……」
「渉も真守もそれなりに好きやで。あいつらはほら。分かるやろ?」

手にぬいぐるみをもって声をかける。顔はもう怒ってなかった。
一緒に遊んでくれるだろうか。どきどき。

「……うん」
「そ、そっか。そっか!遊んでくれるん!よっしゃー!あそぼな!」
「……」
「何してあそぼか。女の子やでお人形さんごっことかか?」
「……ぱぱ」
「ん?なんや?」
「……なーなー…」
「おお。ねこな。ねこ。好きやモンなこれ。よっしゃお父ちゃんねこのぬいぐるみで…今パパいうた?」

あまりにもすんなり出てきたからついこちらもスルーして会話を続けてしまったけれど。
パパといった。びーじゃなくてパパと。

「どうしたんですか総司さん」
「ユカリちゃん!司が俺の事パパ言うた!パパ言うたで!」
「そうですかよかったですね」
「何や冷たいなあ。めっさめでたいやんか。もっと盛り上がろうやぁ」
「そうでしたね。ごめんなさい。それじゃあ6個しか入ってないのに498円する卵を使って
大いに盛り上がりましょうね。あ。そうだ。ちょうどいいからオムライスとかしましょうか」
「そうそう!それでいこ!景気よく……あ」

やばい百香里の目が怒ってる。彼女の背後に炎と怒れる不動明王が見える。

「1200円のバターもふんだんに使いましょう。800円する牛乳も入れて」
「あ、あのな?あの。これにはわけがあってやね?父と子のきずなを」
「お金で絆は買えませんが何か?」
「その通りでございます」
「私が頼んだのは卵だったような気がしたんですよね。何時も買っている8個入り99円」
「…はい」
「バターとか頼んだかなあ。牛乳とかまだたっぷり残ってる気がするんですけどね?見間違いかな?
ジュースも買った覚えがないのに山のように冷蔵庫に入っているんですよ?不思議ですね?」
「ふ、不思議やね……。嫌や怒らんといて泣くから。おっさんを泣かしてもええ事ないで?なあ怒らんで?」
「怒る訳ないじゃないですか。全部総司さんが日ごろ頑張って働いてくださったお金じゃないですか。
それで総司さんが何を買ったって私がとやかく言う権利なんかある訳ない」
「…そ、そこまで言わんでも」
「だからほんとうは滅茶苦茶怒ってますけど大丈夫です我慢できますから」

ニコニコといつもの笑顔でほほ笑みながら言っている事が物騒で怖い。
この調子では待てを3日どころか何か月もさせられる可能性がある。
それは困る。つらい。何より怒られたままは嫌だ。

「堪忍してください!ほんまに!ほんまに!もうしません!二度としません!誓います!」

総司は手を合わせ必死に謝った。土下座してもいいくらいに必死に。

「なに?浮気でもしたの?」
「渉。夫婦の話に口を出すな」
「でもさ。あんな必死に謝ってるとかそうないじゃん」
「だから余計な事は」

そこへ外出していた渉と会社へ出ていた真守が偶然にもそろって戻ってきた。
それぞれの手にはおそらくは司へのプレゼントらしき可愛い包装のされた袋。

「司は皆さんに良くしてもらって…ほんとうに…いくら使ってくださったのか。
想像しただけで頭の血管が切れてしまいそうで怖くなるんです最近」
「え。なんかこっちに飛び火してね?」
「…お前のせいだぞ」
「俺かよ」

ニコニコと怖いオーラを出す義姉。年下のくせに威圧感がはんぱない。

「渉さん。真守さん。そこに座ってくださいな。ああ。総司さんも」
「え。何で?」
「渉さん」
「はい」

誰も逆らえず3兄弟は大人しく並んでソファに座る。
対する百香里はにこやかに怒っている。
彼女の隣では暇そうな司がぐでんと寝転がっていた。

「皆さん私なんかよりもずっと頑張って働いてくださってますし。感謝もしています。ただ」
「だったらいいじゃん。別に犯罪でもなんでもないんだし。何も困ってないし。とやかくいう事ないだろ?」
「渉やめろ」
「せや余計に怖い事なるから大人ししとき」
「……」

無言の百香里だが背後が明王から閻魔になった。焦る兄2人。

「あかんこれは完全に怒らした」
「渉謝れ。義姉さんに謝れ」
「だって」
「…いいんですよ。皆さんとはもともと生きてきた世界が違いますし。ええ。私なんかね。ふふ」
「ユカリちゃんそんな事ないて。な。平和に行こう?ほんま堪忍してな」
「そうです。義姉さんのおっしゃる通りですから。僕たちが甘かったんです」
「うちに嫁いだんだし。あんたもうちに染まればいいじゃん」
「渉お前ちょっと静かにしとき」
「ああ。喋るな。余計こじれる」
「なんだよ。そんな気にしなくても」

渉は兄たちにくらべさほど焦っていない。

「渉さんの言う通りかもしれないですね。私は松前家の人間になったんですから」
「そうそう。だからさ。これ司にあげてもいいだろ?ただの服だよ。服」
「服ですか」
「そ。それも特注。やっぱさブランドっても他の奴も持ってるだろ?そういうのつまんないし。
こいつには特別なものを持たせてやりたいじゃん。だからこの前」
「…ブランド?…特注…?」
「そうだけど」
「やっぱり染まるのは難しいですね。今から私の考えを言わせてもらいますから聞いてください」
「え。やだ。長いだろそれ」
「聞きなさい」
「はい」
「…ほらぁ」
「完全なる失策だ」
「2人も聞きなさい」
「はい」
「はい…」

百香里のお説教は1時間以上続いて。げっそりする3兄弟。と暇で寝てしまった司。
それで昼食はかなり遅くなったけれど贅沢な材料を使ったオムライスは美味しかった。
だが百香里に気を使い誰も何も言わず黙々と食べて真守が片づけをかってでた。
渉の服はもうできてしまったのは仕方ないと司に渡された。



「ぱぱ」
「何や司」
「まま」
「なに司」

やっと休むことを許された夜。司を真ん中に3人川の字になって眠る。
パパとママを言えるようになった司は何処か嬉しそうで中々寝付かない。

「元気ありあまってんな。今からでも走り出しそうや」
「駄目ですよ。ちゃんと寝なさい。早寝早起き。で、ちゃんと会社に行くと」
「それ俺の事やん」
「お寝坊さんはいけないんだよね司」
「分かってるて。でもほら。ユカリちゃんに甘えたい年頃やん」
「一過性のものなんですか?じゃあ時が来たら甘えなくなっちゃうんだ」
「永遠に甘えたい。爺さんなっても甘えたる。めいっぱい。なあ司」
「うー?」
「もう。ほら。寝ますよ。目閉じて」
「お休みのちゅーください」
「ちゅー」
「はいはい。それじゃお休み司。お休み総司さん」

司のおでこと総司の唇にキスをしてルームランプを消す百香里。
司はしばしもぞもぞしていたがやはり眠くなったのか静かになった。

「なあなあ」
「寝てください」

ただ旦那様はまだ諦めきれないようで百香里を見つめ誘ってくる。

「ちょっとだけ」
「総司さん」
「なあ」
「寝なさい」
「お休みなさい」

おわり


2013/10/05