合間の話
「百香里ちゃんとデートとか久しぶりやなあ。ここはおしゃれに決めたい所やけど。
仕事終わってすぐやでスーツなんよ。けどまあ要は俺がおったらええだけで」
「さて。もうそろそろよろしいでしょうか社長」
「俺今めっさ千陽ちゃんと喋ってたつもりやったんやけど。盛大な独り言とちゃうんやけど」
「そうでしたか。申し訳ありません。社長の独り言は何時も無駄にボリュームが大きいのでそれかと」
「…ひ、ひどい。傷つくわぁ」
「朝も申しあげたように本日の予定も詰まっております。奥様とのデートを遅刻したくないのなら
無駄口叩いてないで手を動かした方が賢明かと思いますが。いかがでしょうか?」
「営業スマイルでさらっと酷い事言うた」
でも彼女の言う通り百香里とのデートを遅刻しないためにはここは真面目にやるしかない。
ここは家ではないし休憩時間でもないのだから。分かっている。のだがつい考える。
百香里は今頃何をしているのだろうかとか。司はいい子にしているだろうかとか。
デートの締めはやっぱりどこか静かな場所でキスやさらにイイコトをする、だよなとか。
「どうやら奥様には予定変更の連絡をする必要があるようですね」
「ち、ちゃう!ちゃうて!真面目にしよるやん!やからそれは勘弁してや。なあなあ…たのんます」
「ではこちらとこちらの案件。必ず30分以内に処理をしてください。出来ますよね社長」
「やります」
「ご安心ください、いつでも携帯を準備して傍に居りますので。何かありましたら」
「やるて!やる!」
ついニヤっとしたら秘書の冷めた視線が貫き携帯を手に取って脅してきた。
でも彼女は本気でやる人だ。何よりも仕事を優先させる少し前の真守のような女。
一緒に居る時間が長いから性格が移ってしまったのだろうか。それとももともと?
いや、考えている暇はない。今は目の前の山を片づけなければ未来はない。
「何か怖いのが隣の部屋で構えてたんだけど。何かやらかしたの?」
「ちゃうねん。俺はなんもしてへんし真面目に働いてるやん?ただちょっとデートに浮かれただけで」
「あぁ。いつものか。そらテメエが悪いな。諦めろおっさん」
上司に頼まれたという書類をもって社長室に入ってきた渉。乱暴に書類を机の上に置くと
ちょっと休憩すると言ってふてぶてしくソファに座りタバコを吸い始めた。
真守が居たら強く咎める所ではあるが、家では百香里や司の事を考えて吸わなくなった弟を思うと。
総司としてはここでくらいはいいかという気持ちになる。それが甘いのだと怒られるけれど。
「うぅうん。…そうや。仕事手伝ってくれへん?なんと今なら社長の椅子をプレ」
「いらねえ。くだらねえ。興味ねえ。俺は定時に帰って司の面倒みる。で、一緒にこども英会話観るんだ」
「何やお前充実しとるなあ…新米パパみたいやん」
「父親はあんただろ?もうボケたのか」
「…ええねん。今日はデートや。ユカリちゃんとおもっきしデートするんや」
そう思えばこのつらい時間も我慢できるというものだ。
「あのさ」
「ん?何や」
「……暇な時で、いいからさ。その、…なんつうの」
「どした?」
「……教えろ」
「何を?」
「風呂…入れる、…方法」
「風呂?…ああ。司の風呂か。そんな無理にせんでもええよ?俺もユカリちゃんも真守もおるんやし」
「……」
どうもその返事はお気に召さなかったらしい。
言葉にはしないが物凄い形相でこちらを睨んでいる渉。
「…あー。…また休みの日でも教えるわ」
「じゃあ俺そろそろ行くわ。俺まで怒られたくねえから」
「司の事頼んだで」
返事はしなかったものの何処か嬉しそうに弟は部屋を出て行った。
もしかして彼に用事を頼んだ上司というのは真守の事なのだろうか。
そうでないといくら弟とはいえ会社では接点のない社長といち社員だ。
それくらい司の風呂を教えてほしかったのだろうか。
普通に会話してしまったけれど。そう思うと可愛いものだと思う。
「社長」
「ひぁあああああああああああああああ!」
「何ですか変な声を出して」
「お、驚かさんといて」
「行き成り奇声をあげた社長の方が酷くないですか」
「だ、だって怖かっ」
「はい。こちら追加です」
「……」
無慈悲な顔で目の前に仕事を増やす秘書。
やっぱりあいつに代わってもらいたい。総司はちょっと目が潤んだ。
「総司さん」
「堪忍。遅刻してしもた」
「事前に連絡をもらっていたので大丈夫ですよ」
「せやけど。…ユカリちゃんを待たせるんは辛い。堪忍してな」
「頑張ってお仕事してたんですから。私は何も言いません」
「今からは頑張ってデートしよな。で落ち着いたらユカリちゃん触ってええよな。いっぱい」
「どこを?」
「今ここで言わせるん?えっち」
「えっちなのは何方ですか。もう。行きましょう」
何時間も束縛されていた気がしたがようやく百香里との待ち合わせ場所へ行けた。
それでも30分ほど遅刻したけれど千陽が事前に連絡をしてくれていたらしい。
急いで連絡した時には彼女は怒る様子はなく無理をしないでくださいと言ってくれた。
慌てすぎてせっかく百香里が着飾ってくれたのにそれを褒めるタイミングを失う。
「腹減ったなあ。何がええ?何でも言うて」
「デートですもの。今日は思い切って豪華にお肉!」
「ええね」
「ということで。こっち!」
「ん?……90分焼肉食べ放題2480円」
「サラダバーもつけていいですか?」
「あかんとか言う訳ないやん。よっしゃ食べるで!」
「やったー!ふふ。実はクーポンを持ってて。これさえあればが2000円になるんです!」
百香里らしいなと思いつつ焼肉にテンションをあげる彼女を見るのは此方も楽しい。
店に入り少しだけ待って空いた奥の座席に座る。メニューの中から選んで注文する方式。
総司はちらっとみてあまり胃に負担がなさそうな脂身の少ないものを選んだ。
百香里は吟味して高そうなお肉を沢山注文していた。元を取る気だ。
「食べたいもんあるんやったら遠慮せんと頼み?時間制限あるんやし」
最初ははしゃいでいた百香里だが今はメニューを持ったままぼーっとしている。
「司が皆と一緒のものを食べられるようになったらこういうお店もたまには来たいなって思うんです」
「ええやん。家族でいろんな店行くんも楽しい」
「真守さんや渉さんも来てくれますかね。なんか、その、2人とももっと上品なお店の方がいいかな」
何処かで宴会でもしているのだろうか大勢が盛り上がっている声が漏れている。
「そんなん気にしてたらなんもできへん。付き合いとかでもっとせわしない所もあるしな」
「…きれいな女の子がいるお店とかじゃないですよね」
「めっさ可愛い女の子が2人もお家で待ってるからいかへん」
「総司さん」
「やから頑張れる。…どんなにいじめられても」
思い返されるのは鬼のような秘書の冷笑。
「じゃあ総司さん。明日の為にいっぱい食べてくださいね」
「明日の事よりこれからの事やろ。なあなあ。いい感じの所で2人きりになってやね」
「8時には帰るって言ってあります」
「はち…じ?え?…1時間くらいしかないやん…飯食ったらもう終わりやん…」
「十分じゃないですか。はいお肉焼けましたよ」
「……」
「そんな顔しないで。お家でゆっくりどこでも触ってください」
「…ほんまに何処でも触ってええの。後で怒らん?」
「はい」
「それやったらええけど。…絶対やで」
「はいはい。あ。総司さん焦げてる」
ご飯を食べたら2人きりになって楽しいことをする予定だったけれど。
司を弟に任せ家でのんびりゆっくりと妻に触れるのも悪くない。
ニコニコしながら美味しそうに肉を食べている彼女を見ていると
可愛くて癒されてそしてムラムラとよからぬ考えが湧いて出るから困る。
「総司さんやけに楽しそうでしたね。いつもあんな感じなんですか」
「た、楽しい訳ないやん。ビジネスやでビジネス」
「ふぅん」
「ユカリちゃん?あれ?もしかしてご機嫌ななめ?」
食事を終えて会計を待っている間。どうも総司の仕事関係の人も居たようで。
見知らぬオジサンに声をかけられた。その隣には色気いっぱいの女性。
奥さんかと思ったらどうやら秘書さん。しかも総司とは知り合いの様子。
「社長って大変ですものね。よくわかりました」
「そんな冷たい言い方せんでも。その、添田ちゃんは前の会社に居った子でな?
ほんで彼氏が企業するっつんで一緒に抜けてった子やんよ。そんだけやって」
「だから?」
「ええっ…そ、そういう切り替えしされると困るんやけど…」
「何も気にしてません。何も」
「それにしては」
めちゃくちゃ顔に出てますよ。不機嫌なのが。
「総司さん」
「今はビジネスやなくて奥さんとデート中や。…なあ。ユカリちゃん。デートやろ。デート」
不機嫌なまま店を出て駐車場へと先先歩いていく百香里。
このままではまずい。総司はその手を引いて抱き寄せた。
抵抗されるかと思ったが思いのほか大人しい彼女。
「……はい」
「ユカリちゃんにしかこんなにもどきどきもムラムラもせえへん」
「最後は要らないです」
「またまた。可愛いなあもう。ちゅーしたろ」
「まだダメ。家に帰ってから」
「あかん。もう我慢できへん。…百香里」
「ダメったらダメ!お店の前ですからね!恥ずかしい!早く車乗りましょ!」
「手ぇ引っ張って可愛いなあ」
ちょっとほほを赤らめつつ総司の手を引っ張って歩く彼女は本当に愛らしい。
すっかり百香里に骨抜きにされながら車に乗る。もちろんすぐに彼女にキスした。
つい夢中になってやりすぎて怒られるくらい。続きは家に帰ってからじっくりと。
「もう帰ってきた」
途中土産を買いマンションに戻る。リビングに入ると司は渉の膝上で遊んでいた。
両親の顔を見て嬉しそうな彼女に対し明らかに嫌そうな顔をする渉。
「そんな残念そうに言うな。失礼だぞ」
傍で雑誌を読んでいた真守は呆れた顔をする。
「まー!まーま!」
「はいはい。ほら。ママだ。ママ。あとおっさんだ」
「変な教え方せんといて。お父ちゃんや。なあ司」
「びぃぃいいいい!」
「やからびーやないの。お父ちゃんやろ」
「一緒じゃん」
「何でやねん」
渉の手から百香里の手へ。司は移動し嬉しそうにママに甘える。
それがちょっと不満げな渉だがすぐにテレビに視線を移動させた。
何時までも未練がましくみているのも彼の性格ではない。
「今日もいっぱい遊んでもらってよかったね。いい子にしてた?」
「当たり前だろ」
「渉」
「代わりに言ってやっただけ」
「ふふ。良かった」
「司はもう少し僕たちが見ていますから、義姉さんは兄さんをお願いします」
「え?」
「そうそう。さっさと連れってよ気色悪い」
「兄ちゃんに気色悪いはないやろ」
百香里の後ろに居た総司。どんな表情をしていたのか彼女には分からないけれど。
真守の呆れ具合渉の不愉快そうな顔を見るに百香里との夜を考えニヤついていたに違いない。
察して恥ずかしくなる百香里。司を真守に託し逃げるように総司を連れて寝室へ向かう。
「ち、違います。まずはお風呂」
「ええやん」
それをOKと見た総司にベッドに押し倒される。
が百香里は慌てて起き上がり。
「お風呂でならどこでもお触りOK」
「よっしゃ行こか」
「……」
「準備は俺がしとくでユカリちゃんは先に風呂行っててなー」
今まで見たことないくらいの笑顔と素早い動きで準備を始める夫。
微妙な気持ちになりながらもちょっと笑って先に風呂へ向かった。
リビングでは寝てしまった司を眺めている渉と起こすなと注意している真守が居た。
やっぱりまだ恥ずかしいので早足で通り過ぎる。
「さあユカリちゃん今度こそ観念しいや」
「な、なんか怖いですね。その手つきとか」
「怖ない怖ない。気持ちエエだけ」
「……」
おわり