合間の話


「まぁー!まぁーー!」

リビングに設置されたベビーベッド。さっきまでぐっすり寝ていた司が泣き出した。

「はいはい。ママですよ〜」
「まあああああ!まああああああ!」
「どうしたの司。お腹すいた?さっきあげたばっかりだけど…匂いはしないからトイレでもないし」
「まあああああああ!」
「ママはここでしょ?ほら。ママだよ司」

抱っこしてあやしているのに泣き止むどころかさらに激しく泣き叫ぶ娘。
泣いて昼夜問わず起こされたり不機嫌な時は手足をブンブンさせて
誰にも抱っこされないようにじたばたしているけれど。それとも違う気がする。
困っている百香里。こんな時は総司に相談すべきだろうか。
今やっとベッドから起きて朝の準備中だけど仕方ない。

「すみません義姉さん」
「え?」

そこへ何故かスーツに着替え途中ぽい真守が入ってくる。
百香里から司をかしてもらうと抱っこしてあやし始めた。

「ごめんな司。その、…ちょっとトイレに行っていたんだ」
「えっと。あの。どういう」
「司が僕を呼んでいたので来ました」
「え?」

でも司はママを呼んでいたのでは?百香里の頭上には?マークがいっぱい。
しかし実際に司は泣き止んで嬉しそうに真守にあやされている。

「まーは僕です」
「……。…え?」
「ああ、厳密にいえば。まーは僕です」
「え?」
「義姉さんを呼ぶときはキーが高いまーですが僕を呼ぶときは低いまーです」
「そ、そうなんですか」
「はい。最初は僕も分からなかったんですけど、何度も聞いていると自然と理解出来ました。
他にも司の言葉が少しですが分かるようになってきています。なあ、司。なーなーはどうした?」
「……へえ」

説明を聞いてもまだぽかんとした顔をしている百香里。
赤ん坊のまーとまーの違いなんてどうしたら理解できるというのか。
でも現実彼の言うように司が来てほしかったのは真守なのだろう。

「まー」
「ほら司。もういいだろう?そろそろ準備をしないと遅刻してしまうから。ママの所へおいき」
「…まー」
「いい子だ」

百香里に戻されると寂しそうに真守を見つめている司。
後ろ髪引かれる思いで真守は先に会社へと出て行った。

「……」
「何怖い顔しとるん。俺今日は遅刻してへん。ギリで」
「……」
「ユカリちゃん」

準備を終えてリビングに出てきた総司が見たのは不機嫌そうに座っている百香里。
司はベビーベッドでお休み中。起こさないように小さい声で優しく声をかける。

「…ママなのに」
「ん?」
「私ずっとあの子と一緒に居るのに。それなのに皆さんの方が司の事理解してて。…拗ねてるだけです」
「はあ」
「司もちゃっかりしてて甘やかしてくれる人の方へばっかり甘えちゃうし。
このままじゃ私ママ失格になっちゃうかもしれない。だから反省してます」
「拗ねつつ反省しよるん?器用な子やねえ」
「ご飯は準備してますからどうぞ食べてください」
「一緒に食べようや。待っててくれたんやろ?ほら立って」
「……」
「拗ねてる顔も可愛いけども。ご飯は出来る限り一緒に食べるんがルールやろ?ほらほら」

総司に手を引かれ席につく百香里。でもあまり乗り気ではない。
子育ては難しい。協力してくれる人がそばに居ても。理解がある人が居ても。
ふてくされている百香里を見つつ総司はどうしたものかと考えているけれど。

「行ってらっしゃい」
「そんなくらーい顔して送り出されても」

結局うまい言葉が出ずに食事を終えて玄関まで向かう事に。
ここでもやはり元気のない百香里。

「……」
「な、泣くん!?」
「……いってらっしゃい」
「これで行ける訳ないやんか。…待って。千陽ちゃんに電話するでちょっと話しよ」
「いらないです」
「要らないですやないの。要るの。待っとき」

総司は携帯を取りまずは真守に電話を掛ける。その方が話が早い。
まさか自分が百香里にプレッシャーを与えているなんて思っていないだろう。
詳しい話は後でするからと言って午前中だけ休みをもらうことに成功した。
百香里だけでなく司にもかかわる大事な問題だと言えば一発だった。

「…話…するんですよね」
「そうや」
「な、なんで…脱ぐ必要が」
「そら。ほら。リラックスした状態で話をしたほうがええやん」

ソファに座っている百香里の隣に座ると徐に彼女の体を抱き寄せ上着を脱がせ始め。
強くではないが抵抗する彼女を説き伏せてシャツのボタンをはずすまでで止めた。
間からちらりと見えるブラ。でもまずは百香里にキスをする。

「…んっ…まっ…て…だ…だめ…ぇっ」
「まだキスしただけやのに顔真っ赤や」
「まだって何ですか。お話はどうなってるんですか」
「そうやったね。ほな話そか」
「はい」
「はい」
「はい」
「はい」
「…はい?」
「はい」
「総司さん真面目に。遊ばないでください。話をお願いします。はい!」
「やからハイて言うてるやん。何か言いや。辛いとか思ってんの自分やろ?」
「……わ、私はさっき話をしたじゃないですか。反省と拗ねてるって」
「そら現状報告であって解決策の話にはなってへんやん。解決したいんやったらそれ以上に
どうするべきか何が必要か相談しあわな。俺が一方的に説教たれたかてどうにもならんし」
「……」
「俺はもう全部ユカリちゃんの意見に従うだけや。我慢さしたないし」

総司はそういうと黙り百香里からの言葉を待つ。

「じゃあ。はい」
「どうぞ」

暫く待っていたら彼女が恐る恐る手を挙げた。

「司と一緒に新ママの勉強会に行ってみたいです」
「そんなんあるんや」
「はい。だ、ダメですか」
「ええよ」
「ありがとうございます。そこはベテランから新人のママさんたちが居て
交流も出来る場所なので。その、文章読むだけよりいいかなって思ってて」

実はこっそり真守に負けじとテキストやイラストの多い本や雑誌で勉強をしようとした百香里。
でもものの見事に本を開いた瞬間に寝てしまうというひどさで総司にも言えなかった。
まず活字を見るとダメ。勉強しようと気構えるともっとダメ。ひどすぎるありさまだ。
だから余計に経験者だったりすんなりと学んでしまう彼らが羨ましい。

「真守が行きたそうな場所やね」
「だ、だめです。真守さんはもうこれ以上ママレベルあげちゃダメなんです!」
「そんな必死にならんでも」
「総司さんは分からないんです。真守さんのママレベルの高さを。あの感じだとお乳も出そうな勢いで」
「想像したったやん。めっさキモい想像を。お乳はココからしかでんよ安心し」
「…あ」

さりげなく総司の手が開かれた胸を揉む。下着越しでも十分感じる手の力。

「どんな奴がおっても司のママはユカリちゃんの他にはおらん」

不意を突かれ言葉の出ない百香里を抱きかかえ膝に座らせる。
その間も胸を揉みつつスカートに手を入れ太ももにも手を伸ばした。

「…総司さん」
「なに?」
「意地悪しないでちゃんと触って」
「ほなユカリちゃんが俺の手持ってどこ触って欲しいか教えて」
「えぇ」
「恥ずかしい事ないやろ?いっつも触ってるとこやし…なあ?」
「……はい」

百香里は顔を赤くしつつも総司の手をつかみ触れてほしいそこへと導く。

「んな背伸びせんでもええから。何時も通りユカリちゃんらしく子育てしてって。な?」
「総司さんも一緒?」
「当たり前やん。お父ちゃんは俺だけやしな」
「よかった。…あ…ん…摘んじゃ嫌…あ…ぇ」
「めっちゃ勃起してたから触って欲しいと思ったんやけど。違うん?」
「…ん…あ…ぇ」

既に百香里の下着の中にある彼の手が意地悪く攻め始める。
耳元では総司の息遣いがあたって暖かくこそばゆい。
彼の香りに包まれてこのまま指で果てるのか。ぎゅっと彼の手を握る。

「まー…まー……まぁ…まぁあ」

百香里の体が最初の限界を迎えようとした瞬間。小さい声で聞こえる娘の声。

「司」
「ママ言うてるで」
「はい」

総司の手が退いて2人でベビーベッドをのぞき込む。
司はまだ眠いようで寝ぼけた様子。

「ま…まぁ」
「ママだよ司。ママ」
「まま」
「すごいね言えたね」
「お父ちゃんやで。お父ちゃん。まあ、パパでもええわ」
「びぃいいいいい」
「な…なんでそんなノイズみたいな言い方?」
「びぃいいいい」

表情は嬉しそうに笑っているのに。せめてぱーとかおーとかでいいのに。

「ままとまーとゆーとびぃいいいい」
「最後おかしいやろ。お父ちゃんがいちゃんおかしいやろ。なんで?え。なんで?
司。お父ちゃん言うてみ。この際もうなんでもええ。びぃいいいい以外で言うて」
「ぶぅぶぅ…ぶぅ」
「なあ」
「ちんちん」

一瞬の間をおいて百香里は必死にこらえたかったのだが我慢ならず爆笑した。
総司はその場にしゃがみ込んで泣きそうな顔をしていたけれど。
誰もフォローできる人間はいなかった。

「頑張ってください!ね!総司さん」

お昼までとは言ったものの今は仕事に打ち込みたい。それで忘れたい。
総司は会社へ向かう事にした。玄関までは朝と違い元気で明るい妻が来てくれた。
ところどころ笑いをこらえているけれど。

「子どもにちんちんて呼ばれたお父ちゃんは俺くらいやないの」
「……、だ、大丈夫ですよ。居ますって。3人くらい」
「百香里」
「あ。はい。すいません。笑ってごめんなさい」

真面目な顔になる総司にさすがに怒らせたかと黙る百香里。

「これってもしかして俺のがよっぽど危ないんやない?俺、1週間くらい休みとってええ?」
「駄目です。ほら。頑張ってください。司にはちゃんとパパって呼ばせますから。ね?」
「…分かった。ほな会社行くわ」
「はい。司と帰りを待ってますから。…あっ…あなたっ」
「笑いを堪える顔も可愛いなあ。今夜覚えとき」

その後あの呼び方をすることはなかった司。
ただ父親である総司の呼び方はコロコロと変わり定着せず。
パパとちゃんと呼ぶようになったのはもっと先の話となる。
それまでどれだけ彼がハラハラしたのか。そしてこっそり笑われたか。

「あっはっはっはっはっは」
「渉笑いすぎだ」
「ゆー…?」
「煩いな。ごめんな司」

夜。真守から話を聞いた渉は文字通り腹を抱えて笑い転げる。
傍にはベビーベッドに寝かされている司。夫婦は入浴中。

「やっべ生まれて初めてこんな笑ったわ。腹がいてえぇええ」
「通りで兄さんの元気がなかったわけだ。気持ちは分からないでもないが、しかし下品な言葉だな。
それともただ単に同じ言葉を繰り返しただけかもしれないが。誰が教えたんだ?」
「俺じゃねえよ。けどさ、モロに言い出すよりはましだろ?可愛いもんだ」
「当然だ。渉。気を付けろよ」
「ひでえな。……けど。…お前、…あっはっはっは」
「まー…」
「義姉さんは風呂だ。もう少し待とうな」

慰めてもらっているだろうから出てくるのはだいぶ後だろうけど。


「総司さんいつまで見てるんですか」
「何時までも見つめてたい」
「こんなポーズのままですか?意地悪して」
「可愛いお尻してるからつい」
「あっぁ…んもう…なぞるだけなんて…嫌…中に…」
「そしよか。もっと近くおいで。抱っこしたる」
「…はい」


おわり


2013/09/23