遊ぶ


ドタドタと廊下を走ってくる音がして。思いっきりドアが開いて。
勢い良く背中に飛びついてくる小さな体。

「ねえねえマモマモマモマモ」
「どうした司」

読んでいた新聞を机に置いて背中に圧し掛かる司を抱きかかえ膝に座らせる。
何か面白い事でもあったのか興奮冷めやらぬ様子で顔を覗きこんできて、
その大きな瞳を輝かせて言う彼女は可愛らしい。つい頭を撫でてやる。

「あわいっぱい作ってあそびたい」
「泡?」
「うん。テレビでみた。あわあわのおふろ」
「ああ。なるほど。でも風呂はまだ早いんじゃないか?」
「あそびたいあそびたいあそびたい」
「パパとママが居ない間にってことか」
「へへへ」

司に遊ばせると風呂中泡とオモチャだらけのメチャクチャになる。特にママはそういうのを見ると
怒って綺麗になるまでちゃんと片付けさせるパターンなので居ない今がチャンス。
通りで何時もは両親と行きたがるくせに無関心そうに残るといったわけだ。苦笑いする真守。

「泡風呂といってもうちにはそんなものは無いから買いにいかないと」
「せっけんじゃだめなの?」
「専用のものがあるから。そっちにしよう。出かける準備をしておいで」
「はーい」

真守からおりて自分の部屋へいったん戻る司。
可愛らしい帽子とポシェットを持って直ぐに戻ってきた。

「それじゃ行こう。僕はそういう店には詳しくないんだ。デパートに行けば何とかなるかな」
「すーぱーにもないんだ」
「どうだろうな。もし無かったら手間だからね。さ、はぐれないように手を繋いで」
「うん」

彼女がちゃんと靴をはいたらそっと手を差し出す。すぐに小さな手が握ってきた。
休みでも部屋に仕事を持ち込んで篭っていたり最近では千陽と出かけていたり
司と2人で遊ぶ機会は減っていて彼女は何時も誘いやすいであろう渉と遊んでいた。
駐車場までおりてくると真守の車に乗る。何時ものパパの車じゃないとはしゃぐ司。

「ほら。ちゃんとシートベルトして動き回らない。怪我をするぞ」
「マモのくるまマモのくるまー」
「そんなに楽しいか?」
「だってマモの車あんまりのったことないもん。なんかれあー」
「確かにあまり乗せた事がないな。でも他と大差ないだろ?」
「そんなことないよ。れあだもん。れあ」
「意味わかってないだろう」

でも言われてみて確かに他と比べたら少ない。レアかもしれない。
デパートに向かって車を走らせる真守。司はとなりで妙な歌を歌い始める。
最近即興で自分の思っている事や見た事を歌うのが彼女のブームらしい。

「まーもーのーくるまーはーおおきいーなー」
「司。ラジオでもきく?」
「らじおーやだーねむいーもーーん」
「普通に言ってもいいんだぞ」
「ふつーだもーん」
「じゃあしりとりでもしよう。どうだ?」
「だ?だ。だ。だいこん!…はっ」
「おいおい」

速攻で終わってしまったしりとりに苦笑する真守に恥かしそうな司。
あまりない組み合わせだからちょっと気まずいかもと少しだけ思ったけれど
それは真守の思い過ごしだったようだ。彼女は渉と同じように甘えてくれる。
他愛も無い話をしながらデパートの駐車場に入り建物に入る。やはり人は多い。

「マモ」
「抱っこしようか」
「ううん。だいじょうぶ」

パパもママも渉も居ない広い空間。漢字もまだ読めないから道の案内も分からず
知らない人が一杯いて急ぎ足で歩いていく。人見知りはしない子だがそれでも
新しい場所は怖いようで真守の足にギュッとくっついて離れようとしない。

「バス用品は…4階か」
「マモおしっこ」
「トイレはどの階にもあるな。よし、まずはトイレに行こう」

最初は緊張しても暫くすれば何時もの彼女に戻るだろうと真守は手を繋いでトイレへ。
さすがに女子の中へ入って行くわけにはいかないので彼女に1人で行かせる。
本人は1人で大丈夫だと言っていたけれど心配。見てはいけないと思っているのに
つい女子の方を見てしまい出てきた女性に変質者のような冷めた視線を受ける。

「マモ?」
「い、いいんだ。司がちゃんとできたなら」
「なになに?」
「さ。4階へ行こう」
「うん!」

ショックを受けつつもちゃんと1人で終えた司の手を繋いでエレベーターを上がる。
緊張がとけたのか真守から離れてウロウロキョロキョロする司。何でも気になる年頃。
その癖いったん離れたらちゃんと戻って来れない困った幼稚園児。

「もう駄目だ」

真守は困り果てて司を抱き上げた。この暴れん坊を渉は何時もどうしているのだろう。

「あっちに可愛いクマがいたの」
「可愛いクマは後で。先に目的の物を手に入れる。目的を忘れたら意味がない」
「あ。ねえねえマモ。あっちに美味しそーなけーき」
「後で買おう。だから今は大人しくしてるんだ」

勢い余って今にも真守から落ちてしまいそうな司を必死に抱きかかえ目的地へ到着。
さっさと買い物をして家に戻らないと昼にはママが戻って来る事をすっかり忘れている。
司は嬉しそうに匂いを嗅いだりして3つほど泡のよく出る入浴剤を買う。

「やったーこれでいっぱいあわあわ」
「そうだな。どうする。クマを見るか?でも時間を考えないとママが帰ってくるぞ」
「かえる!」
「よし。じゃあ。ケーキだけ買って行こう」
「うん」

可愛い袋に入れてもらってそれを司が持って怖いくらい大人しく駐車場へ戻ってくる。
よほどママが怖いらしい。次からいう事を聞かないときはこれでいける。真守は学んだ。

「電話か。ちょっとごめんな」

あと少しでマンションという所で真守の携帯が鳴った。仕事がらみだろうか。
まだ両親は戻ってきていないだろうからその可能性が非常に高い。画面を見ればやはりそう。
当たっても仕方ないと思いながらも何も今かかってこなくてもいいだろうに。タイミングが悪い。

「……」

真守の邪魔をしないように何も言わず黙って外を眺めている司。
彼女なりに真守は「しごとがいそがしい」というのを理解している。もしかしたら百香里から
そういわれているのかもしれない。真守さんはお仕事が忙しいから邪魔してはいけない。とか。
それくらいいい子にしていた。行きはあんなにはしゃいで歌まで歌っていたのに。

「もう終わったから大丈夫だ」
「…いっちゃうの」
「え」
「……かいしゃ」
「行かない。僕だって休みたいからね」
「よかった」

にこっと笑う司に此方も笑い返し。やっと部屋まで戻ってきた。
また司は元気になって準備するんだとバタバタ走り回る。
タオルを持ってきたり自分の着替えや下着を持ってきたり。

「僕もか?」
「そうだよ。ひとりじゃ遊べないもん」
「そ、そうだけど。…僕もなのか」

何故かタオルが2枚あったので変だとは思っていたけれど。
聞いてみたらあっけなくそうだよと返事が来る。
どうやら本日の遊びに真守は最初から組み込まれていたようだ。

「マモこれおねがい。司よめないよ」
「分かった。じゃあ僕が風呂を準備するから司はタオルを綺麗に戻しておいで。
今のままじゃママに怒られるぞ」
「うん!」

2枚とるだけなのにまるで乱暴に引っ掻き回したように雑に散乱しているタオルたち。
百香里が見たら絶対に怒る。司は急いで片付けに戻った。真守は入浴剤の説明をしっかりと読んで
風呂の準備を始める。その傍には沢山のオモチャたち。彼女が選んだのは甘い香りのするもの。
ぶくぶくと順調に出来上がる甘い泡を眺めながらたまにはいいかもしれないと自然と笑みが出た。



「まだ泡残ってるか?俺も……て」
「ユズ。おかえりー」

昨日から梨香の部屋に居た渉。もっと帰りが遅くなると思っていたのに。
まずは風呂の様子を見ようとドアを開けたようだ。上半身だけ脱いだ状態だった。
泡風呂の事を知っているのは司が事前にメールか電話かして彼にも教えたのだろう。
もしかしたら渉も誘っていたのかもしれない。
だが風呂には体中泡だらけの司と一緒に遊んでいる兄貴。気まずい空気が流れる。

「早かったな」
「あ。ああ。…あんた…何やってんの」
「見ての通りだ」
「ほら見て見て泡のおっぱーい!」

凍りつく兄弟を他所にひとりで泡で遊んで大笑いして楽しそうな司。

「そりゃよかったな。じゃ、俺、…行くわ」
「えー。ユズも遊ぼうよ。ほらほら泡いっぱい!」
「こ、こら。泡ふきかけんなっ。じゃあな。俺はやる事があんだよ」
「そうなんだ。じゃあまた3人であそぼーね!」
「……あぁ、…まあ、な」

冗談でも兄貴と泡風呂なんてごめんだけど。渉は口から出そうになる言葉を飲み込む。
渉が去ってしまって少し寂しそうにしている司だが泡がなくなってくると必死に継ぎ足す。
まだまだ遊び足りないようだ。そんな様子をぼんやりとした視界で眺めていた真守。

「こら」
「頭にうんこー」

思いっきり泡を頭に乗せられた。ケラケラ笑う司。釣られて彼も笑った。
こんな風に自然と笑う事なんて自分には永遠にないと思っていたのに。
風呂からあがると暇そうにテレビを観ていた渉。

「こっちこい。髪乾かしてやる」
「うん」

でもすぐに司を手招きして膝に座らせた。既にセッティング済みのドライヤーそしてブラシ。

「いい匂いするな」
「でしょーモモだよ。モモ」
「へえ」
「あと2個あるから1個はママにあげるの。あと1個はユズも遊ぼうね」
「そうだな」

何時もしてもらうからか大人しく膝に座っている司。
乾かしてもらいながらデパートへ行った事や可愛いクマが居た事、
あと美味しそうなケーキを買ってもらったことも楽しそうに喋って。

「どうした」
「髪乾かしてる途中で寝やがった」
「ああ。疲れたんだな」

着替えた真守がリビングに入るとソファに寝ている司に毛布をかける渉。まだ乾いてないのに。
それくらい眠気を我慢できなかったんだろうが後ですごい頭になるだろうと笑っていた。

「今回はあんたに譲ってやるよ」
「何の話だ」
「別に」
「義姉さんたちが帰ってくる。司を部屋に運んでおこう」
「俺がしとく」

抱きかかえ部屋に向かう渉。真守はそれを眺めていたがコーヒーをいれる事にした。
もうすぐお昼。だが今日はもう疲れて何もしたくないくらい疲労している。司と一緒に居ると
彼女の元気につられてそんなの気にならないのに。居ないと年相応のしかも運動不足の自分。

「…スポーツを始めようかな」

その為にも社長には今以上に頑張ってもらわなければ。

「ただいま戻りました」

リビングに入ってくる百香里。総司も後から続いてくる。
その手には土産らしき箱。

「お帰りなさい」
「あれ。真守さん着替えました?」
「ええ」
「それに…」
「何か」

百香里は近づいてきてクンクンと匂いを嗅ぐ。

「甘い香りがします。あ。もしかして千陽さんとデート…」
「司と一緒でした」
「疲れたでしょう?」
「ははは」
「私もあの子がお昼ねすると疲れて寝ちゃうんです。もうほんと元気で元気で」
「確かに元気ですね」

目を離すと何処かへ飛んでいってしまいそうなくらい元気。
女の子だということをたまに忘れそうになるくらい。

「でも真守さんと遊んでもらえてよかったです」
「僕の方こそ。よかった」
「え?」
「いえ。司は疲れて寝ています」
「じゃあ静かなうちにお昼の準備しちゃいましょう。どうでお腹がすいたってすぐ起きてくるから」
「お願します。渉も居るのであいつの分も…、渉遅いな」
「一緒に寝てるんじゃないですか?たまに寝てますよ」
「あいつ」

初めからそのつもりで連れて行ったのか。

「真守さんも寝ます?準備が出来たら起こしに行きますから」
「いえ。僕は兄さんと話がしたいので」
「え。俺?」
「はい。貴方です」
「うそん。このほんわかした流れでそんな怖い目」
「兄さん」
「はい。すんませんごめんなさいもうしません次から頑張ります」
「総司さん、いったい何をしたんですか?」

おわり


2012/10/11
幼稚園児相手にお互いをちょっと意識しあっている叔父さんたちの滑稽な日常。とばっちりの総司さん。
こんな感じでどうでしょうか。リクエストありがとうございました!