意味深


「おかえり」
「……」

ある日の夕方。今日も仕事場から寄り道もしないでまっすぐ家に帰る。
男女問わず酒に誘ってくる人は多いけれど、酒は1人で飲むのが好き。
家政婦さんはまだ学校だからと自分で酒と肴を用意。
つまみを出すだけでいいから楽。
暫くして玄関が開く音。何となく彼女を迎えに行こうと玄関まで来た。

「亜美?」

だけど、彼女は俯いたまま何の反応も無い。何かあったのだろうか。
また進路の事で親と喧嘩でもしたのだろうか。

「……あ。どうも。……こんばんは」
「え?あ。うん、…こんばんは」

やっと雅臣の存在に気付いてよくわからない挨拶をして着替える為に自室へ向かう。
それから洗濯物を取って、畳んで、夕食の準備。
何となく気になって彼女の様子を見ているとやっぱりボーっとしていて危なっかしい。

「お酒飲んでるんですか」
「うん。今日は飲みたいと思って」
「……じゃあ、ご飯もう少しあとでいいですね」
「亜美お腹すいてるんじゃない?」
「いえ、別にまだ大丈夫です」
「そう」

聞くべきか、それとも彼女から話してくれるのを待つべきか。
ただでさえ頑固で意地っ張りで難しい年頃の少女。
取り扱いは慎重にしなければ。酒を飲みながら何気なく亜美を見る。
彼女は疲れたからと隣の大きなソファのある部屋へ。
慌てて雅臣もそれに続いた。

「お酒は?」
「うん、こっちで飲む」
「お酌しろってことですか」
「そうじゃないよ。ただ何となくだけど元気が無いようだから。
相談というもの変だけど、君の傍に居たいと思ったんだ。邪魔なら戻る」
「……イカ貰っていいですか」
「どうぞ」

付いて来た雅臣に驚いた顔をしつつもはにかんだ笑顔で隣に座る。
酒を一緒に飲む訳にはいかないから持ってきたつまみを貰って。
テレビをつけるとドラマの再放送。他はニュースか子ども向け番組。
双子たちが居た頃はよくここで再放送のバラエティを観ていた。
たぶんマンションでも観ているだろう。

「おじさんからみて私って化粧したら映えると思います?」
「え?しなくても十分可愛いと思うけど。どうして?」
「求人誌を見てたらそういう募集があったから」
「亜美」
「給料見て気持ちは揺らいだけど。そういうのは向いてないと思うのでやめました」
「私の寿命を縮めないでくれないか…」
「行ったことあります?そういうお店」
「あるよ」
「ふーーーーーん」

イカを食べた所為か喉が渇いたらしくペットボトルのお茶を持ってきてゴクゴクとのみ。
雅臣がそういう夜のお店に行った事があると聞いて冷めた視線を送る。

「その界隈で1、2を争う美女が居るから1度君に会わせたいと言われて」
「付き合いって奴ですか」
「そうだね」
「で。楽しい夜を過ごされたと」
「流石にプロだけあって美しい女性だったし気遣いも上手くて話も私に合わせてくれた」
「へーーーーーー。あっそーーーーーーー」

それは良かったですね、と冷めた口調で返事をしてイカを鷲掴みにして口に放り込み
視線をテレビに向けて音量を大きくする。結局ドラマはやめてバラエティにした。
何もそんな詳しく言ってくれなくてもいいのに。

「とても大変な仕事だよ、華やかに見えて裏では相当な努力が必要のはずだから」
「教授さんが行くような高級クラブなんじゃなくて繁華街とかによくあるお店ですよ。
多少体触らせて持ち上げてご機嫌とってお酒飲んでもらう感じで」
「亜美には向いてない」
「だから言ってるじゃないですか」
「君は素直だからね」
「私だって仕事となればそれなりに嘘も言いますって」
「じゃあ、私を持ち上げてご機嫌とってみて。上手だったらお金あげる」
「はあ?」

突然の申し出。イカを口に入れたまま隣に座る雅臣を見た。むしろ睨んでいるかも。
その分かりやすい反応に笑う叔父さんにまた少し苛立つ。お金に困っている自分を見て
面白がってからかってるのかと。そんな人じゃないと分かっていても。

「興味があるならここで適正があるか試してみたらどうかな」
「今向いてないって結論だしたばっかじゃないですか」
「それは教授が行くような高級クラブの話」
「……」
「少しくらいなら体を触ってもいいんだよね」

亜美の肩を抱くといきなり太ももを撫で始めた。

「……そっちも向いてないみたい」
「そう」
「ふざけんな糞野朗」

ゴツン、と凄い音を立てて頭突きが炸裂。
相手も痛かっただろうけど自分も頭の中で光る星が見えた。

「いたたた…酷いよ客に頭突きなんて」
「酒飲んで姪に悪乗りする叔父さんに乱暴されまいとの必死の抵抗です」
「大体曲がりなりにも恋人に対して糞野朗はないんじゃ」
「小さい事気にしてたらやってけませんよ」
「確かにそれはあるね」

20歳も年下の少女と交際していると学ぶ事が多い。
今まで雅臣はずっと1人暮らしだったから。細かい事を気にしていたら身が持たない。
頭突きされた頭を撫でて再び亜美を抱き寄せる。でもイカに夢中の彼女。
今キスしたら確実に怒られるしイカの匂いでいっぱいだろう。

「でもいいなあ。私も美人に生まれてたら超高級なお店でやってけたのにな」
「それはどうかな。話術も教養も必要だろうし維持も大変だろう」
「どうせ私は話術も教養も無いズンガメ馬鹿ですよ」
「歳相応かな」
「もうおじさんとそういう話しない」
「私は亜美が選ぶ道を応援する」
「……イカくさいけど、キスしていいですか」
「私もくさいから気にしないよ」

それでも見詰め合ってキスをする。お互いにイカ臭いと思いながら。
勢いが止まらなくて雅臣の膝に座り抱きしめあう。今日はまだ金曜日ではないけど。
抱き合ってキスするくらいは別にいいだろうと判断して。



おわり


2008/10/12