進路


「おじさん、昨日も言ったと思うんですが。今日帰るの遅くなりますから」
「えっと。そうだっけ…」
「やっぱりな。家に寄るんです。進路の事で呼ばれちゃって」
「ああ、そうだね。ちゃんとご両親と話し合ったほうがいい」

昨日の夜に携帯に呼び出しのメールが来た。まだいいのにと言ってため息をする。
朝食を食べ終わると片づけをする為にキッチンへ。
親との話し合いは上手くいっていない。いや、全然進路の話なんて出てない
というのが現実。亜美が避けていたから。進路については雅臣も気になる。
本人としては家の為に進学しないで働きたいようだが。

「……」
「その調子じゃ遅刻するよ」
「びっくりした。もう、いきなり話しかけないでください」

驚いてビクっと反応して振り返る。すぐ後ろに雅臣。

「もし決まったら私にもちゃんと報告してほしい」
「はい」
「どんな援助も惜しまないから」
「……」

片づけを終えると学校に行く準備。弁当を鞄に入れて身だしなみをチェックして。
今日は少しのんびりしてしまったから走ってギリギリ間に合うかどうか。
また車に乗せてもらおうかとも思ったがあまり頼るのもよくないだろうといわなかった。

「ね、そこの彼女乗らない?」
「えーやだー」
「ほらほら」

いい運動になるだろうと屋敷から出るといつもは見送る雅臣も
一緒に出て車に乗れと誘導する。
ここまでされては仕方ないと車に乗り込んだ。

「じゃあ、行ってきます」
「うん」
「……、ありがとうございます。…雅臣さんもお仕事頑張ってね」
「うん。君もね」

学校の傍まで来て車を止める。そっと彼の腕を握りお礼を言って微笑んだ。
今はそれしか出来ないから。手を離して鞄を手に学校へ向かう。
振り返ろうと思ったけれど、時間が気になってそれはやめた。


「あーあー。パンばっかり食べてちゃ大きくならないぞー」
「煩い」
「あっちいけ」

そして時間は過ぎて昼休み。何かと気になっていた双子の下へ。
ちゃんと食べているだろうかと覗いてみればやっぱり購買で買って来た菓子パン。
何で教室にまで押しかけてくるんだとお怒りの双子だが、お菓子をやると少し緩んだ。
実に分かりやすく可愛らしい。

「あのさ、今日私遅いから屋敷に行ってあげてくんない」
「叔父さん1人?」
「夜遊びか」
「馬鹿おっしゃい。3年生になると色々あんの」

もちろん様子を見に来ただけではない。ちゃんと理由があった。

「別にいいけど」
「俺らも叔父さんがそろそろ危ないんじゃないかと思ってたし」
「毒とかな」
「はいはい。毒でも何でもいいから、お願いします」

おじさんを屋敷に1人にするのは心配。自分が居ないとどうなるのか不安。
何せ亜美に無視するくらいなら面と向かって怒ってくれ叩いてくれと怒った人。
自分も元々心配性でおせっかいな所があるからか、
相手は20歳も年上なのに何となく気になってしまって。
双子たちが居てくれればとりあえず帰ったら倒れてるなんて事はないだろう。
これで思う存分両親と話し合いが出来る。きっと彼らとは意見が合わないと思うから。


「お帰りなさい」
「ただいま」
「お父さんもう直ぐ帰ってくるから、コタツに入って座ってなさい」
「はい」

放課後、気分が重いまま家に帰る。ちょうど夕飯の準備をしている所だったらしい。
いい匂いが玄関からすでにして、手伝おうと思ったら座ってなさいといわれて。
怒られる前のあの静けさみたい。
何時もなら笑顔で迎えてくれる母も何処か厳しい。何も悪いことはしてないはずだ。
亜矢も正志も今日はおりてこない。部屋に居ろと言われたのだろうか?
なんてしている間に父が帰ってきた。

「母さんから聞いたぞ。お前、高校出たら働くんだって?」
「うん」
「うちの事考えてか?」
「別にそんなんじゃない。大学いったって別にしたいことないし」

スーツから部屋着に着替えてコタツに入る。何時に無く厳しい表情で。
亜美の進路希望は既に担任から聞かされている。

「お前、ほら、言ってたじゃないか。保母さんになりたいとか」
「昔の話だし。今は別に思ってない」
「じゃあ聞くがあてはあるのか?このご時勢高卒じゃそうそう」
「何でもいいよ。働けたら。ほら、飲み屋とかでも。給料いいし」
「馬鹿いうな!お、お前どういう所かわかって」
「お父さん、亜美ももっと自分を大事になさい」

ドン!と大きな音を立てて机を叩く。久しぶりに父の怒声を聞いた。
母が隣に座って優しく諭す。

「じゃあ聞くけど家にはとりあえず大学進学させてもらえるようなお金あるの?
亜矢だって正志だってこれからもっとお金いるんだよ?ねえ、何処にあるの?
他所に借金なんかもうしないでよ。私が働くから。もう今年で18になるんだよ?
それくらい手伝わせてくれたっていいでしょ?」
「お、おまえ!」
「お父さん」
「……」
「亜美、私からみれば貴方はまだ18年しか生きてない子ども。何年経っても同じ。
私が命をかけて生んだ子ども。貴方が働くなら私が働きます」
「お、お母さん何いってんの。そんな事したら駄目だよ、倒れちゃうよ」
「大丈夫。だからもう少し考えてみてくれない?選択肢は1つじゃないでしょう?」
「……、…でも」
「ああそうだ。じゃあ、一緒に飲み屋さんで働きましょうか。私ちょっとそういう所に興味が」
「母さんやめなさい!絶対に駄目だからな。絶対に絶対に絶対に」
「はいはい。じゃあ、お父さんお酒にします?ご飯にします?
亜美はご飯食べて行きなさい。雅臣さんには事前に言ってあるんでしょう?」
「うん」

やはり平行線だな、と思っていた。
このまま延々と言いあいが続くかと思われたが、母の言葉で静まる。
母が働くなんて絶対に駄目だ。でもこの人は言い出したら絶対に曲げない。
無言の父と2人で居るのが辛くなってきて夕食の準備を手伝う。

「亜矢と正志を呼んできてちょうだい、お腹空いてるとおもうから」
「はい」

部屋に行くと亜美の顔を見てもういい?と不安そうに聞いてくる弟妹。
下からは怒声やら机を叩く音がしたからさぞ怖かったろう。
笑ってもう大丈夫だよと言ったらニコっと笑った。それから家族そろっての夕食。
何となく気まずい父と娘。皆も気にしながらも普段通りに終わらせた。

「もう帰るのか」
「うん。宿題とかあるしね」
「……そうか、また、帰ってこいよ。お前の家はここだから」
「わかってる」

片づけを母のかわりに亜矢と2人で終わらせて玄関へ向かうと
いつもは来ない父が見送りに来た。父が自分を大事に思ってくれているのは
よくわかっている。だから、余計上手く言葉が出なくて。
それはたぶんお互いに。

結局話が進展せずに終わった。でも、こうなるだろうと予め想像していた通り。
特にショックもがっかりも何もない。ボーっと屋敷へ向かって歩き出す。
真っ暗になる前には帰らないと。そういえば叔父さんと双子は今頃何をしているのか。


「あ。帰ってきた」
「遅かったな」
「客?それにこの香水の匂い」

屋敷に戻るとテレビの音。そして叔父さんの靴に双子の靴と知らない女ものの靴。
ただよう甘い香り。何事かと双子が居るであろう部屋に向かう。
やっぱりソファに寝転んでテレビを見ていたのは彼らだった。手にはお菓子。

「派手な服装の女子大生が来て叔父さんと仲良さそうに部屋に入っていった」
「腕なんか組んじゃってね」
「へえ」
「けっこう巨乳だったね慧」
「化粧は濃かったけどな」
「まだ居るの?」
「ああ、居る。叔父さんの部屋に入ってかれこれ30分経過」
「そう。じゃあお茶を出さないとね」
「いいのか」
「どうかな。まあ、見てみるわ」

こっちが貧乏なりに家族支えあって働くか進学か悩んでるときに。
化粧が濃くて派手で巨乳の女子大生とヨロシクやっているとは中々いい度胸だ。
表面上は特に変化しなかったけれど、そのはらわたは煮えくり返っている。
キッチンに行くと土産にもらったおかずを冷蔵庫にしまいお茶の準備をする。
あと何時千切ってもいいように包丁の準備も。

「ですから。先生のご助言をと思いまして」
「助言と言われてもね。君に私の話を理解してもらえるとは思えないんだけど」
「そんな酷い言い方しなくてもいいじゃないですかぁ」
「……困ったな」

家に来るなと言ったのに無視して来るような人に何を助言できるというのだろう。
しかも読んでくださいといわれて渡された論文らしきものは何処かで読んだような
とても本人が考えたとは思えない代物。本当は何が目当てなのかと勘ぐりたくなる。

コンコン

「お茶をお持ちしました」
「あら?先生のお家って女の人居るんですか」
「あ。不味い。君、これを持って帰りなさい」
「え?でも」
「単位でも評価でもあげるから、もういいだろう。行きなさい」
「私はそんな事の為にきたんじゃ」

亜美が帰ってきた。きっと表面上は笑顔でもその心は怒りでいっぱいに違いない。
もしかしたらドアを開けたらお茶じゃなくて包丁が飛び出すかもしれない。
嫌な汗がいっぱい出てきて慌てて論文を女子生徒に返す。
ここは早く処理しなければ。

「お茶です」
「ああ、もういいんだ。彼女はもう帰るから」
「へえ」

鉢合わせたら不味い。とりあえず自分が先に出て亜美を移動させる。
お茶のセットを持って笑って立っている彼女は何よりも恐ろしい。
とりあえず包丁は持ってないから今すぐに刺されることはない。
隣の倉庫に亜美を待たせて部屋に戻る。

「じゃあまた改めて読んでください」
「私が言えるのは、人の話はよく聞きなさい。もっと本を読みなさい。早く帰りなさいだ」
「……はい」

渋々屋敷から出て行く女子生徒。鍵をしめて、はあ、とため息。

「亜美」
「何ですか先生」
「その、論文をね?読んで欲しいって言われて。押しかけて来られて困ってたんだ」

次は倉庫で待っている亜美の元へ。彼女は机にお茶を置いてソファに座っていた。
その隣に座って事情を説明する。自分だって来るとは思ってないのだから。
これは向こうが勝手に来たのであって、と説明してはみる。反応は薄いけど。

「香水の匂いする」
「すぐに消えるよ」
「……巨乳でしたね」
「亜美には負ける」

彼女の手を握って正面から見つめる。うそは何もないよ、と言って。
その真剣な視線に亜美も怒るのをとりあえずやめたようで。大人しく手を握り返す。
とはいえまだ多少拗ねているようで。視線を逸らす。

「調子いい。……あんなんでも大学生なんですね、金持ちそうだったな」
「そうだ。どうだったの?」
「特に進展なし。飲み屋の姉ちゃんやりますって言ったらお父さんが机叩いて怒ってた」
「それは怒るよ。私もそんな事はさせない」
「いいじゃないですか。お酒のんでついでりゃいいんだから」
「じゃあ、君が誰にも酒をつがないように毎日行こう」
「わかりました。じゃあ、それ以外でなんか高収入なの」
「なるほどね。それじゃ平行線になるわけだ」

どうやら高卒でも大丈夫な高収入の仕事をしようと思っているらしい。
流石に風俗とは言わないが。それに近いものも彼女の視野に入っている。
もちろんそんな事は絶対にさせない。

「おじさんはいいですよ。巨乳女子大生と密室で楽しくお過ごしなんだから」
「だから」

ちゅ

「こうなったら私も露出度高い派手な格好をしてやる」
「……私の前だけならいいよ」

挑発的な言葉に軽いキス。

「真面目に考えるの馬鹿らしくなってきちゃった」
「たまには弾けてみるのもいいかもね」
「よし。お姉さんがエロい事を教えてあげるって双子を誘惑してくる」
「私が言うのも何だけど、自分が傷つくからやめたほうがいいとおもう」
「ですよねー…ってこらおっさん」



おわり


2008/10/12