疲労と回復


「うっはー。広い!何かかっこいい!」
「おい」
「いいなあいいなあ」
「おい」
「おじさん買ってくれないかなーマンション丸ごと」
「聞けよ」

通り過ぎてばかりだったけれど初めて入る高級なマンション。
部屋の主たちの許しも無くずかずか上がりこむ。
荷物もちをするから入れてくれと頼んできた癖に、肝心の荷物は叔父さん任せ。
根気負けした母親が双子たちに強請られて借りた高級マンション。
2人が住むには広すぎる部屋に自分が住むわけでもないしここより広い屋敷に
住んでるくせにひとり大興奮する亜美。

「やっぱりさーマンションで1人暮らしって憧れちゃうよねー」
「勝手にソファに寝転ぶな」
「荷物もってこいよ」
「叔父さん腰悪くしたらどうするんだよ」
「ああ。平気平気」
「何でお前が言うんだ」

我が物顔でソファに寝転びテレビをつける。高級マンションで1人暮らしなんて夢だ。
屋敷に居た時からもテレビっ子なだけあって購入したのは薄型大画面の液晶テレビ。
母親がアメリカに帰る際にこれで何でも買えとクレジットカードを渡していったとか。
ちゃっかりゲーム機や新作ゲームが置いてあったりするのが子どもらしい。

「恒、叔父さんが倒れてないか見て来い」
「わかった」

中々上がってこない叔父さんを心配して恒を行かせるも相変わらずソファに寝転んで
テレビを見る亜美。どうしてこいつだったのかちょっとだけ分かった気がしたけど、
やはり気がしただけなんだろうか。男の自分が見ているというのに、
スカートからは下着らしきものが見えている。やはり思い違いか。

「ねえねえ」
「何だよ」
「たまに来ていい?」
「絶対に来るな」

近くにあった恒のクッションをお尻にぶつけてそれを隠す。
もうお前の顔は見たくないという怒りもこめて。

「ここ防音効いてるしさーどっちかってと家から近いしー」
「お前どんどん遠慮が無くなるな」
「貧乏きょうだいを助けると思ってさ。多めに見てよ」
「は?」
「亜矢も正志もさーせまっくるしい部屋で頑張ってんだよー暴れん坊なんだけどさー。
そりゃ最低限暴れるなっていうけどさーたまにはさー遊ばせてやりたいじゃんー?」

テレビを消すと起き上がってクッションを抱きしめる。
フワフワの柔らかい素材で出来ているから気持ちがいい。
恒が帰ってきたら絶叫して泣いて怒るだろうけど、そこには触れないで。
彼女が言いたいのは弟妹を呼んでもいいかということらしい。
最近面識を持ったばかりの2人。

「屋敷に呼べばいいだろ」
「だって呼んだら仕事になんないんだもん。お姉ちゃんお姉ちゃんってくっ付いてくるし」
「ここは託児所じゃないんだぞ」
「わかってるよ。でもさ、何かこう雰囲気的に親戚なんだし」
「まあ。ゴチャゴチャしてるけどな」
「亜矢ったら何気に恒の事気に入ってるみたいだし。
正志もかっこいいお兄ちゃんだって言ってたし」
「……、…そ、そうか」

自分を慕ってくれていると聞いて満更でもない様子。
彼らが根はいい子なのはもう分かっている。
ただ、敵である亜美にだけは素直に接してはくれないだけで。それが寂しい。
正志と亜矢には優しく接してくれるならこの際文句は言わないでおこう。

「あんたたちもさ。たまには騒がしいのも悪くないんじゃない」
「たまにならな」
「お母さんもあんたたちが心配だからたまに料理つくりに行こうかなーだって」
「……おせっかいだな。お前の家」
「それは認める」

お互いに苦笑していると玄関の開く音。

「どうだった恒」
「叔父さん団地妻に口説かれてた」
「つまりあれか?このマンションの奥様に声かけられてたって事?…おじさん何やってんの」
「それよりも何だ団地妻って。何処で覚えたんだ恒」
「うんうん。何かこう、米屋が来そうな昼下がりって感じだよ」
「お前もそれはどうなんだ」

部屋に入って来たのは恒のみ。彼の話ではエレベーターを上がってきた所で
疲れた顔をして休憩している叔父さんを見つけて。
近づいたら通路で世間話をしていた奥様の輪と目が合いすっかり
新しく来た人と間違えられて質問攻め。それなりに身なりが良くて無駄にいい男。
確かに奥さん受けするな、と3人思った。
本人は違うと言っているのだが聞いてもらえず。恒が助けに入ろうとしたのだが
奥様がたの厚い壁に押されて戻ってきた。

「よっしゃ。3人でおっさんを救出しに行こう。そしてお寿司の出前特上一半で注文だい!」
「……きたねえ奴」
「でもどうやって」
「あんたらが来た時の奴をやりゃいいんだよ」
「?」

とりあえず荷物を地面に置いたら負けだと思って必死にがんばってはみるが、
正直手が痺れてきた。荷物運びなんて亜美が言い出したのに
何で自分がこんな所で立ち往生しているのかと少々恨めしい。
四方から話されても答えられるのは1人だし、だんだん面倒になってきた。

「ですから、私はここの住人ではなくて」
「良かったらうちでお茶でも」
「あ。うちでもいいですし」
「うちなんかもいいお茶あるんですよ」

頼むから話を聞いてくれ。

「お父さん何やってるの」
「遅いよお父さん」
「パパ」

そこに、自分を呼んでいると思われる聞き覚えのある声たち。
奥様方は一斉に後ろを振り返る。

「…お子さん?」
「そ、そうですよねえ。いらっしゃいますよね」
「あははは」
「何かお手伝い出来る事があればまた呼んでくださいね」
「では〜」
「また…」

立っていたのは亜美、慧、恒。こんな大きな子どもが居るなんて。
興味津々に質問攻めにしてきた奥様たちはさっさと部屋に戻った。
それを確認してから麻痺してきた手を心配して慧と恒が代わりに荷物を持ってくれた。
その後ろを亜美とゆっくり歩く。
疲れて不機嫌そうな雅臣にそっと手を伸ばし腕に絡む亜美。

「お疲れさまでした」
「……もうかえりたいよ」
「終わったらデートするんでしょ」
「もういい…寝たい」
「年寄りめ」
「いいよ。年寄りでも子持ちでも何でも」
「拗ねないでくださいよ。まさか団地妻に引っかかるとは思わなくて。
それに久しぶりのデート凄く楽しみにしてるんですよ?まあ、無理にとは言わないけど…」
「……何処行きたい?」
「遊園地」
「あはは。全く笑えない」

漸く部屋に入るとさっきまで亜美が寝転んでいたソファにゆったりと座る雅臣。
かいがいしく肩を揉む恒。慧もごめんなさい、と素直に謝っていた。
悪いのは押し付けた亜美なのに。本当に亜美以外の人間に対しては素直なのだから。
腹立たしいというか虚しいというか。




おわり


2008/10/09 : 加筆修正