お姉ちゃん


双子の引越しを明日に控え、朝から荷物の整理に忙しそうな2人。
そんな長く滞在した訳ではないのに何だかんだいって彼らの私物は増えていたりする。
もちろん、あの兄弟プリントされたTシャツも。
散々文句言った癖に部屋着だといって使っている。
それと、こんな時でも自分の母親を叔父さんに薦めアタックするのを
忘れないのが彼ららしい。

亜美は手伝いを拒否されたので家政婦の仕事をする。
彼らの洗濯物を干すのもこれで最後かとおもうと何だかしんみり。
何かしてあげたらと思うけれど。
下手に構うとご主人さまの嫉妬が爆発するから怖い。いい歳をして大人気ない。
注意しようとも考えたがそれで考えを改めてるならとっくに結婚してる気がする。
のでもう殆ど諦めている。

ピンポーン

「あれ。誰だろ。おじさーん」
「なに?」
「今チャイム鳴ったんでちょっとでてきまーす」
「うん。わかった」

雅臣のとなりの部屋にある倉庫の掃除をしていたら玄関のチャイムが鳴った。
一応ご主人さまに声をかけてから階段を降りて玄関へ向かう。
荷物か、新聞か。売り込みか。
もし向かいの婆だったらどうしよう、腹痛だとでも言ってさっさと切り上げよう。

「姉ちゃん!」
「正志?何やってんのあんた」
「なあ、お願いがあるんだ」
「お願い?」
「うん」

玄関を開けると居たのは宅配の兄さんでも向かいの婆でもなく、弟の正志。
姉の顔を見るなり抱きついてきて、驚いていると何時に無く真面目な顔。
自分が言うのも何だけど食べることと遊ぶことしか頭にないと思っていたのだが。
とりあえず客間に通して。客なんだけど、でも弟だし。
お茶を出すべきかジュースを出すべきか。ちょっと悩んで結局ジュースにした。
お菓子もちょっと出す。

「なに?お願いって」
「金かしてくれ!」

そのジュースにもお菓子にも手を出さないで真面目な顔のまま言った。
今までお金を無心された事なんか一度も無い。
そのお菓子ちょうだい!と言われた事はあっても。
こんなこと正志にはありえない行動だ。両親は知っているのだろうか。

「待ってよ、どうしたの急に。……家でまた何かあった?」
「亜矢にコンパクト買ってやるんだ」
「コンパクト?」
「クラスの女子が殆ど持ってるんだ」
「魔法のコンパクトみたいなやつ?押したら音鳴るとか?」
「ちがう。あの、ほら、鏡と櫛が付いた奴」
「ああ、普通の……へえ、今時の子はもうそんなもん持ってんだ」
「ナントカカントカっていう名前のコンパクトじゃないと駄目なんだ。
でも、それ1890円もするんだ……」
「お年玉は?もう全部使ったの?」
「亜矢がお父さんにあげるっていうから。俺もあげた」
「へえ、偉いね」

姉ちゃんは思いっきり食べ物と服と靴に消えましたよ。

「亜矢は姉ちゃんみたいになりたいって言うんだ」
「私?」
「うん。姉ちゃんみたいにいっぱい頑張ったらまた皆一緒に暮らせるからって」
「……亜矢」
「でも亜矢が我慢することないだろ。俺が我慢するから!だから金かしてくれ!」
「ちゃんとお兄ちゃんしてるんだね、正志」

正志の言葉に胸が痛い。
すっかり忘れていたけど、家族は自分の帰りを待っていてくれてるんだ。
ジュース飲みな、と促すとよほど喉が渇いていたのかいっきにゴクゴクと飲み干す。
知らない間に正志も亜矢も家族の事を理解して手伝おうとしてる。
自分だけが我慢してる訳じゃない。
いや、自分なんかよりも弟たちの方が今の厳しい現実に直面してる。

「お客さん?」
「……」
「亜美?」
「……正志です」
「え?突然だね。何かあったの?遊びに来たにしては」
「金かしてくれって」
「家で何かあったのかな」
「そうじゃないんです」
「亜美?」

お菓子を食べて待っててと言うと素直に頷いた。客間を出て雅臣の元へ向かう。
客の報告をしなければいけないし、作業中に出てきたから心配しているだろうから。
倉庫に入ると彼が居てこちらに来る。報告をしようとするのだが胸がいっぱいで。
すぐには声が出ない。何処か悪いの?と不思議そうにこちらを見る雅臣。

「……すいません」
「いいよ、ゆっくり話して」

深呼吸をして、気持ちを落ち着けて。ゆっくりと先ほどまでの事情を話した。

「クラスで1番良いの買ってあげます。1番可愛いの」
「うん。……いい兄妹だね」
「私なんてまだまだですね、……ほんと」
「君も立派なお姉さんだよ」

雅臣は話し終えて涙ぐむ亜美を抱きしめて頭を撫でてくれた。
オデコにキスをして、自分も正志に会って話を聞きたいからと一緒に部屋を出る。

「叔父さん」
「客?」
「ああ、うん。亜美の弟だよ」
「……何で泣いてるんだ?」
「な、泣いてなんか……ああ、そりゃあんたたちが居なくなっちゃうから寂しくて」
「うそ臭い」
「行くぞ恒」

途中片付け中の双子が出てきて亜美を見て驚いた顔をするが、
亜美が答えると嫌そうな顔をして部屋に戻っていった。


「あ。おじちゃん」
「やあ、こんにちは。正志君」
「こんにちは」
「正志、姉ちゃんと買い物に行こうか。おじさんに車で送ってもらって」
「うん!俺、おやつも我慢するし人形ももう要らないしすぐ物無くすけど頑張って減らす!」
「あんたから食い意地取ったら何残るの。我慢しなくていいから、
お父さんとお母さんのいう事よく聞くのよ」
「うん!」

我慢すると豪語したわりに机の上の皿にはお菓子は何にも残っていない。
呆れながらもそれでいいと思うから笑って先に2人で外に出る。
雅臣は車の鍵を取りに行った。
ついでに双子たちにも話をしているのだと思う。

「ほら、ベタベタ触らない。おじさんの車なんだから汚したら駄目だって」
「おっきい!ぴかぴか!!うちの車と全然ちがう!すげー…」
「まあ、アレはねえ」

型も古いし下手なところ触ったら取れそうなボロい我が家の愛車。
それに比べてこのピッカピカで大きい高級感溢れる車。ただ洗ってるのは亜美だけど。
もちろん特別料金で。興奮してベタベタ触って周る正志を引っ張って離れさせる。
男の子はやっぱりこういう車とか飛行機とか電車とかの乗り物がすきなんだろうか。
乗れたらいいじゃんと思う亜美には理解不能である。

「ごめんね、さ。乗って」
「俺前にのる!俺前にのる!」
「ああもう暴れるな!……すいません、こういう車乗るの初めてなんです」
「構わないよ。ただし、運転中はあまり暴れないようにね」
「わかった?」
「はい!」

さっきの真面目な顔した兄ちゃんは何処へやら。車に大興奮して助手席に乗る。
シートベルトをしたはいいがキョロキョロしまくり。後ろで見守る気分は母親。
どうか馬鹿をしませんように。何度も心の中で雅臣に謝りながら
一路目的地であるデパートへ向かう。なんでもその中にある
ナントカという専門店でしか売っていないらしい。買いたいと言った癖に
物に対しては名前もうろ覚えで適当で不安ではあるけど。見れば分かるとの事。

「正志、いいから黙って座ってなさい」
「何か聴きたい。ミラクルマンの歌とか無いの?」
「40近いおっさんの車にンなもんあるわけないでしょうが…」
「まだ37だよ」
「今年で8でしょ」

色んな方向に話が飛びながらも無事にデパートに到着。駐車場に車を止めて3人出る。
迷子にならないように正志と手を繋ぐ。何時も買い物する時は亜矢が母と手を繋いで、
正志は亜美と。本当は正志だって母と手を繋ぎたいのだろうけど、妹に譲っている。
久しぶりに繋いだ手は前よりもちょっと大きく、握る力も強く感じた。

「さて。何処のフロアにあるのかな?」
「正志」
「……ふぁっしょんかな」
「あてずっぽうで言うな」
「まあ、別に急ぐ訳ではないし。上からそれらしいフロアを順々に行こう」
「手間かけさせて」
「ごめんなさい」

時間帯の所為か人はさほど多くはない。なんでもない日なら自分の物を見たいけど。
今日はコンパクトを探しに来た。とはいえ、漠然としすぎて受付の人に聞けないし。
上から順番にそれらしいものを置いているフロアをめぐる。結構広さがあって疲れるけど。
でも、亜矢の為だからと歩き続ける正志はやっぱりお兄ちゃんだ。


おわり


2008/10/06 : 加筆修正