怖いはなし



慧と恒の引越しを2日後に控えた朝。
何時もと変わりないシンプルな朝食を食べる亜美と双子。
昨日は仕事で夜中まで起きていたらしい雅臣は遅れている。
それでも学生たちに時間は少ない。構わずに食事を済ませると亜美は弁当の準備。
それが終わったら身なりを整えて学校へ向かう。そこでもまだ雅臣の姿はない。

「あ。ねえ、慧」
「何だ」

玄関に向かうと既に行く準備をしている慧。恒は恐らくトイレだ。

「私行くけどもしおじさんおりてきたら朝ごはんテーブルにおいてあるって言っといて」
「わかった」

屋敷を出るとすぐに寒い風がふいて体が震えた。まだまだ春は遠いようだ。
歩いていては寒いばかりと体を温めるために途中まで走りって学校へと向かう。
ここの所あまり雅臣と触れ合っていない日が続く。
何かしら忙しい理由が入って話もあまり出来ていない。といっても同じ家に
住んでいるのだから何をしているかなんて特に気にはしていないし亜美も
家政婦としての仕事と本業である学校が忙しいから構わないといえばいい。
でも双子が居なくなって、静かになってしまったら寂しいかもしれない。
そうなったら家にでも帰ればいいかと気楽に考えているけれど。

「亜美、良かったらその。俺と付き合ってくれないか」
「……」
「実はその、ずっとお前の事が好き……だったんだ」
「……今更言われても……」
「え?」
「ごめんなさい、その、もう、彼がいるから」

3年生になって自分は何か変わったのだろうか?
それともおみくじの効果だろうか、やたら告白をされる。もっと早く言ってくれたら
おじさんなんかに引っかからなかったかもしれない。ちょっと残念。
緊張しながらも断わって教室へ戻ると
すぐに嗅ぎつけたのか由香が隣に来てニヤニヤしている。

「これで3人目でしょ?あんた、モテモテじゃん」
「何か変わった?それともこれって皆グルで影で笑いものにしてる?」
「いや、あんたからかっても仕方ないでしょ。あれよあれ、
人間誰しも凄くモテる時期があるっていう」
「うそおー!だったらもっと早く来てほしかった!!!」
「な、なに怒ってんの亜美」

告白してくれた男子は皆かっこいいし部活なんかでも活躍している。
まさに青春まっさかり。いやらしい運動はするくせにスポーツより本に
囲まれて子どもみたいな屁理屈いうおっさんとは違う。もっと早く告白されていたら
違った人生を歩めたと今更ながら悔しい。告白したのは自分からだけど。

だから、彼を好きになってしまった自分に悔しい。


「……」
「何ですか。物欲しそうに見るのはやめてください」
「……最近、会話が無くてね」
「会話、ですか」
「私は1度集中すると周りが見えないから。今まとめようとしている論文が
出来るまでは……はあ」
「驚いたな。先生でも寂しいと思うんですか」
「え?」

指定された分量で作られたコーヒーを教授の机に置く。
何時もなら直ぐに手を出すのに、それを眺めながらぼーっとする。
また何かよからぬことを考えて理不尽な質問攻めにされるのではないかと
不安に思った殿山は自分から切り出す。かえってきたのは思いがけない返事。

「先生はずっとお独りのようですから。そういうものには慣れているのかと」
「……やっぱり、ちゃんと会話をしないと仲というのは冷めるものだよね?」
「そうですね。まあ、先生の場合ただでさえ誤解を受けかねない言動が多いので」
「彼女にだけは素直に話をしているつもりなんだけど、……そうか、……そうか」
「彼女?」
「……はあ」

頬杖をついて何度もため息。
このように1つの事を考え始めると周りが見えなくなる。
この調子では彼が今夢中で作成している論文も大幅に遅れそうだ。

「疲れてますね。何か何時もと違う事をしたりしてリラックスしてみては?」
「何時もと違う事か」
「景色の良い場所に行くとか。音楽を聴かれるとか。映画なんていいかもしれない」
「……景色のいい所、か。……いいなあ。でも、調子に乗って怒られそうだなあ。
音楽はたまに聴いているし、映画。映画か……趣味が合わないだろうな。
無理に付き合うのも嫌だし」
「あの、誰かとご一緒にされるんですか」
「……うん、まあ、ほら。ね」
「はいはい、邪魔して申し訳ありませんでした」

助手の言葉など聞こえていないようでブツブツ言いながら1人悶々と考え込んでいる。
好きにしたらいいさと自分の席に戻って仕事を片付ける殿山。
それとなくチラリと視線を向け、ため息。こんなにも感情に左右される大人は
見た事がない。しかし、天才と呼ばれる男でもやはり人。
恐らくだが、恋人がいる。彼を悩ませたり喜ばせたりする女性。
どういう人物なのか恐ろしく気になる。

教授が愛する女性とはどのようなものなのか。


「クシュンッ……ぁあああ…」
「やだ。あんた風邪ひいたの?」
「かも…」
「ちょっ移さないでよ。明日デートなんだから」
「上手くいってんだ」
「まあね。なんというか、こう、……惰性っていうのかなあ」
「……」

学校からの帰り道。途中まで一緒に帰ろうと色々と話をしながら来た。
寒い風が吹いては身を震わせる。
何気なく出たデートという言葉。由香と彼氏が上手くいきそうで良かった。
ただ、惰性という言葉が気になるけれど。
そういえば自分はデートなんてここ最近まったくと言っていいほどしていない。

「亜美はラブラブでいいよね」
「そ、そういう訳じゃ」
「まあ、楽しいうちに楽しんでおきなさい」
「嫌な言い方しないでよ…」
「あ。焼き芋やさんだー」

何時かは自分も惰性になるのだろうか。この気持ちが何時かは終わる?

「おかえり亜美」
「あ。おじさん」
「あ」
「え?」

屋敷に戻ると双子の靴がない。まだ帰っていないか、移り住むマンションの方へ行ったか。
玄関が開く音を聞きつけてやってきた雅臣。
最近はずっと顔を出さなかったのに、めずらしい。その手には紙袋。
ついでに入ってきた亜美も同じ色の紙袋。雅臣は双方を見て、苦笑する。

「……それ、芋だよね」
「はい。…それも?」
「芋」

どうやらお互い同じ車を見たようだ。

「ふふ。まあ、いいじゃないですか。慧たちも居るし」
「そうだね」
「珍しいですね。ここに来るの」
「最近あまり君の顔を見てなかったから、1番に見たかった」
「……自覚はあるわけだ」
「ん?」
「いいえ」

着替えを済ませると洗濯物を取り込んで畳んで夕食の準備も始める。芋を食べながら。
夕食前に食べるのはどうかと思ったけれど目の前にホクホクの芋があったら手が伸びる。
1個だけだと言い聞かせかじりつく。甘くてとても美味しい。
母親が好きだし、もちろん食べ盛りの弟妹も大好き。
こんなにあるのだから途中寄ってあげたらよかった。何て考えていると後ろに気配。

「ね、ねえ。亜美」
「何ですか」
「夕食が終わったら、……映画でも観ない?」
「映画?でもおじさん私が好きな映画嫌いじゃないですか」
「ホラーなら観るから」
「ホラーですか…」
「私が居るよ」
「……スケベな事考えてないでしょうね」
「素直に君と過ごしたいだけだよ」

そう言われてしまうと多少胡散臭い気はしても断ることはできない。

「今電話があって慧と恒は夕飯いらないそうです」
「そう」
「もう。今日は新しい料理に挑戦したのに」
「……そうなんだ。…通りで見た事がない色をした物体だと思った…」
「は?」
「いただきます」

ちゃんと夕飯を向かい合って食べる。
挑戦したという料理は正直何時もと同じ味がしたけど。ここで彼女の機嫌を損ねたら
せっかくの映画が無駄になってしまう。気合を入れて全部食べた。
後で胃薬を飲まなければならないだろうけど。それでもいい。
夕食の片づけをしている間にテレビにDVDをセッティングする。
何時彼女が来てもいいように。

「お待たせしました」
「さ。観よう」
「……隣に座らなきゃ駄目ですか?」
「駄目ではないけど、寂しいな」
「膝の上に乗るのは?」
「大歓迎、かな」

亜美が部屋にはいると既に準備万端で笑った。
何時もなら手間取ってゴチャゴチャしているのに。久しぶりだからか、
なんとなく甘えたくなってソファには座らず雅臣の膝に座った。本人も嬉しそう。
それから知り合いに借りてきたというDVDをセットして映画が始まる。

「ぎゃー!」

ギュウギュウと雅臣にくっついては怖がるけど気になって観てしまう。
分かりやすい反応をする亜美。どちらかというと映画より
そんな彼女に触れたくなってきた雅臣は抱きしめてみたりするがパチンとはねられる。
抱きついてくれる事自体は大変嬉しいのだが。

「……ん」
「こういうシーンは観ちゃだめ」

ボーっと画面を眺めていると突然亜美が此方を向いて唇を塞いだ。
何かと思えばお色気シーンが始まったらしい。画面は見えないけれど、
その独特な声でわかる。ドラマでもそういうシーンは恥かしいのか飛ばす亜美。
ここぞとばかりに彼女を抱きしめてキスをする。久しぶりのキス。やはり心地いい。

「……もう終わったよ」
「手、どけてくれないと前向けないんですけど」
「怖くて手が動かない」
「嘘つき」

意地悪く亜美を抱きしめたまま離さない雅臣。
何時もならパンチを喰らう所だが。亜美は笑ってまたキスを続行。
後ろでは叫び声や怖いBGMがひっきりなしに流れているけれど。

「早く金曜にならないかな」
「もう少し待ちましょうね、ご主人さま」
「我慢はあまり得意ではないけど、努力する」
「襲ったら罰金10万」
「それで済むならこのまま」
「サツにロリコン男に犯されましたと通報する」
「……我慢する」
「よろしい」

おかまいなしに唇を合わせる。多少体を触られても目を瞑った。

「怖かった?」
「いい所でおじさんに邪魔されたからなぁ普通」
「じゃあ、私が怖い話をしてあげようか」
「えぇ。何かやだ」

クライマックスになってやっと振り返って映画を観る。
何が何だかわからないが、とりあえず終了。
疲れた様子で雅臣に身を委ねる亜美。そんな彼女を抱きしめて。耳元で囁く。

「地方に伝わる恐ろしい言い伝えや呪いや伝説、怪談なんてものを
昔読み漁ったから結構詳しく」
「いや!もう。私を怖がらせてどーしようっていうんですか!」
「ごめん。その、君と共有できる物が欲しくて。ちゃんと会話を成立させたくて。
でも私はあまり流行なものは分からないから」
「もう。雅臣さんはそんな事気にしないでいいんです」
「でも、君の心が離れてしまったらと」
「無理はいりません。そう思ってくれるだけで嬉しいんです。
私はずっとずっと雅臣さんと居たいから」
「……亜美」
「怖い話は……そうだ。慧と恒が帰ってきたら4人で部屋を暗くしてしましょう。
真冬の怪談大会」
「面白そうだね」

そういうとオデコにキス。

「……雅臣さん」
「ん」
「怖い話していい?好きなんでしょ?」
「うん。まあ、ね」

ふと何か思いついたのか雅臣の耳元で囁く。

「私、今凄くモテる時期みたいです」
「……モテるの?」
「はい。今月に入って3人に告白されました」
「……」
「まだもう少し、続きそうです」
「……」

どう反応するだろう、ちょっとドキドキ。もしかして強制的にここで。

「……最後のは嘘ですけど」
「亜美」
「はい」
「そんな意地悪を言うと、怒るよ」
「すいません」
「でも、その怒りは金曜日までとっておく」
「……」
「色々話し合いが必要なようだしね、それも含めて」
「あの、あんまりにも厳しいのはやめましょうね」

何か怖い。

その後、帰ってきた双子をくわえた4人で芋を食べながらの真冬の怪談大会が行われ。
淡々と恐ろしい物語を紡ぐ雅臣に恒は泣き出し、慧も表情を強張らせて怖がった。
亜美に至っては恒の腕を掴んで痛いと怒られるほどのビビりよう。

「け、慧!慧!」
「煩い」
「と、トイレ行くんだけどあんたも行くでしょ」
「行かないよ」
「行くったら」
「行かない」
「行ってくれたらおじさんあげる」
「行く」
「こらこら。そういうのは良くないよ、私が付いていくから」
「おっさんは何か嫌。生理的に嫌」
「……酷いよ」

大会は大いに盛り上がって終了した。
騒いで怒ってばっかりだったけれど終わってみれば中々よい思い出。
恐怖に顔をこわばらせる慧なんてそうそう見れない。泣きそうな恒も可愛らしいと思えた。
もっと仲良くなれたらイトコ同士上手くやっていけたかもしれない。敵、ではあるけど。



おわり


2008/10/06 : 加筆修正