月明かり


「良かったの?こんな何もない田舎」
「もう。いいから居るんです」
「しかし、君にとって最後の夏季休暇を私の田舎で過ごすというのは些か」
「もう来ちゃったんだから言わない。男らしく家に案内してください」
「分かった。もう言わないよ」

何かと言い訳を並べてぎりぎりまで動かないのに猛烈な勢いでレポートの山を片づけ
バイトもその日は開けた亜美。理由は母方の実家へ行く雅臣についてくる為。
だがここはコンビニもない。携帯の電波も一部怪しい。あるのは老人と畑と山。
健康的と言えば聞こえはいいが今どきの女子大生が来て楽しいと思うものは何もない。
後でやっぱり面白くないと悪態をつかれないか内心ひやひやしながら車を走らせる雅臣。

「こっからは歩きですか。スニーカーで正解だったな」
「そうだね」

整理されているとは言えない駐車場に車をとめ最小限の荷物をもって歩く。
実家は昔からある平屋でトイレは分かれ裏手にあり庭には犬小屋が残る。
祖父母は他界しており子どもは母だけ。誰も住む予定のないさびれた家。
処分してしまっても構わないけれどなんとなく潰したくなくて残してきた。

「おお。雰囲気ある!トトロとか居そう。おーいいないかーおーいどんぐりやるぞー」
「あれはアニメーション作品のキャラクターであって現実には居ないからね」
「おっさんは黙ってなさい」

だがついに覚悟を決めて手放すことにした。思いではたくさんあるけれど。
だからこそ最後に見ておこうと思って感傷的な気分で雅臣は来た。
亜美は分からない。夏の最後の思い出気分なのかもしれない。

「はいはい」
「ね。おじさんはよく来てた?」
「幼いころに何度かね。学生になってからは殆ど来なくなったけれど」
「へえ」
「お爺さんがとても無口な人でね。最初は怖かったんだ。でも私が母に促されて恐る恐る
近寄ると竹とんぼや竹馬を作ってくれた。夏には虫取りやホタルを見に行ったよ」
「へえ。虫取りとか私はゴメンだけど正志とか亜矢は楽しめたかも」
「ここに来ても仕方ないよ。彼らにはちゃんとした田舎がある」

幼い2人にこの面倒な関係の説明はしていない。
知らないとはいえ浮気相手の田舎なんて嫌だろう。今更嫌われたくもない。
あんなにも純粋に懐いてくれている亜矢や正志。亜美は受け止めてくれているけれど。
雅臣は荷物を机に置いて部屋の戸や窓を全て開けながら自嘲気味に言った。

「そうとは限らないでしょ」
「え?」
「……もしかしたら身内の実家になるかもだし」
「何って?」
「さって。探索しよーっと」
「虫がでるかもしれないから気を付けてね」
「そういう事もあろうかと虫ジェット買ってきてます」
「用意がいいね」

亜美は虫ジェットを片手に家の中を探索。
何も触っていないとのことなので生活していたままの姿。
中には子どもの玩具や食器があって彼の物だろうかと想像する。

「何時見ても美人だわあ」
「だろう?私の唯一の自慢だよ」
「これで性格も素敵ならマザコンも仕方ないかな」
「ごめんね」
「謝らないでください。ムカつくから」

家族の写真なんて置いていなかったのに棚の上にぽつんと写真。
誰だろうと手に取って埃を払ってみると何処か叔父さんに似た美しい女性。
優しいほほ笑みを浮かべ手には赤ん坊。すぐ彼と彼の母だと分かった。

「私がここに住めたらいいのだけど」
「仕事場まで3時間かけて通うんですか?」
「仕事なんてしなくても畑を耕してその日必要なものだけ得られればいいさ」
「そんな。山籠もりじゃあるまいし」
「そうだけどね。私には別にもうどうでも」
「よくない。…私どうしたらいいの。…私もどうでもいいの?」

写真を戻り叔父さんにぎゅっと抱き付く。亜美は時々怖くなる。
彼は孤独になったからといって悲しむ事はないのかもしれない。
それは彼の今までの人生が人に絶望するものだったからで、自分と出会ってからは
少しはそれが変わってくれたと思っている。私を必要としてくれていると思っている。
けど、やはりどこかで孤独を望んでいるのかもしれないと思ってみたりもして。

「ああ、すまない。そんなつもりじゃなかったんだ。私は、…私はね、
君の事を思うと何時も頭がおかしくなりそうになるんだ」
「馬鹿だからですか?」
「愛しすぎるから」

抱きしめ返しそっと亜美の頭にキスをした。

「…雅臣さん」
「まだ見ていない場所もあることだしもう少し散策しないかい」
「はい。あ。後でお墓参りもしましょう」
「来てくれるの?」
「当たり前じゃないですか。ご挨拶しなきゃ」
「そう。ありがとう」

ほほ笑む叔父さんに亜美は少しほほを赤らめながらも笑って返す。
残りの部屋も見て回り庭にも出た。

「そいや。電気も水道もないからお風呂つかえませんよね」
「車で行けば村の銭湯があるよ。でも、裏手の川で泳いでもいいかもね」
「面倒だし川でもいいけど。水着とかもってきてないんで夜暗い時間にしてください」
「いや、今のは冗談だよ。間違っても川なんて広い場所で君を裸にはしない」
「そんな怖い顔で言わなくても」
「君たち若い人がよく”キレる”という言葉を使うだろう?
今まで私はその意味が分からなかったんだけど。
君と交際するようになってからはよくわかるようになったんだよ」

淡々と言うから笑うところかと思ったけどそうでもなさそうなのが怖い。
この人はたまに真顔で怒るから読めない。そもそも何に怒っているのか。

「おっさん知らない間にどんだけキレてんの?てかいったい何にキレて」
「みてごらん亜美。昔飼っていた八五郎の家だ」
「ハチゴロー?犬の名前そんなごっついの?」
「ポメラニアンだよ」
「ポメ…外でかってたの?え?室内犬じゃないですか」
「うん。お爺さんが作ってくれたんだけどね。一度も使っていない」
「びっくりした」

でも八五郎も中々可哀想な気もするのだが。人それぞれか。
きっと名づけたのもお爺さんだ。絶対そうだ。
でもって無口だけど溺愛しまくったに違いない。きっとそうだ。
孫である雅臣への可愛がりからして安易に想像できる。いいおじいちゃん。

「亜美?」
「私。あんまりおじいちゃんとか親戚とか実感ないんですよね」
「そう」
「昔は分からないけど。誰もうちに関わりたくなかったんでしょうね。
母さんの事で借金頼みまくってたから。ちょっとくらいかしてくれたっていいのに。
おじいちゃんも記憶にあんまない。遊んでもらったんだろうけど」
「……」
「でも、それで結果雅臣さんにたどり着く訳だから。悪いだけじゃないですよね」
「そうだね。君が来てくれて良かった」
「もし亜矢だったら貴方を殺しに行った。断言する」

長女でなく次女が行っていたら。きっと敵対していたに違いない。
亜矢を取り戻すために身代りになったかもしれない。

「よかった。殺されずにすんだ」
「なんでキスしようとするんですか」
「したいから」
「…もう」

そして結局は惹かれあってこんな風にキスしたかも。


「やけに早かったね」
「怖くて」
「怖い?何が?」

夕方村にある唯一の銭湯へ向かって。
亜美の事だからきっと長湯だろうとのんびりしてきた雅臣。
だが外に出てみると既に風呂から出て待っていた彼女が居た。

「謎の婆軍団」
「え?」
「人の体ジロジロ見て肌白いとか柔らかそうとかおっぱいでかいとか…犯されるかと思った」
「流石にそれはないと思うよ。ただ若い女性は少ないから驚いたんじゃないかな」
「おじさんも見られませんでしたか?謎のガチムチおっさんに」
「あいにく風呂は私1人だったよ」
「うそ!じゃあ一緒に行けばよかった!」
「あのね。他に男が入って来たらどうするの。あまり物騒な事はしたくない。戻ろうか」
「はいはい」

ぽつぽつと残る民家を眺めながら集落から少し離れた家へ戻る。
途中お墓参りも忘れずにして。また感傷に浸りつつ。
電気が通っていないから夜になれば真っ暗になるが対策として持ってきた
懐中電灯とろうそくで間に合うだろう。特に何をするという訳でもない。
亜矢や正志が居たら花火くらいはしたかもしれないけれど。

「月の光でも十分明るいですね」
「そうだね」
「こういう生活も悪くないかも」

日の出とともに起きて日没とともに眠る。テレビや人の騒音もなく虫の音がするくらい。
暑いけれど開かれた戸からは風が入って心地よい。亜美は隣の部屋で着替え中。
襖を挟んだ部屋で叔父さんは蚊帳を設置し終えてのんびり座って庭を眺める。

「今だけだよ。そう思うのは。3日もすればテレビやパソコンのある世界が恋しくなる」
「浸ってるのにたいへん現実的な返答ありがとうございます教授」
「そうじゃないよ。私は昼間君に言ったろう?ここで暮らすのも悪くないと」
「はい」
「それは今までの私だったらの話で、君が居ないと3日も持つ気がしないんだ」
「雅臣さん」
「あれ、亜美」

襖をあけて入ってきた亜美は浴衣姿。
パジャマになるだけなのにやけに時間がかかると思ったら。
母親に教えてもらったのだろうか。それとも自分で?

「蚊帳の中入りましょ。開けてるから蚊がうるさい」
「そう、だね」

見つめていると恥ずかしそうに彼女は蚊帳の中へ。続いて雅臣も。

「…何か見られてるみたいで恥ずかしい」
「誰が見るんだい。誰も居ないよ」

入るなり亜美を抱き寄せキスする。昼間と違い舌を絡ませて。

「彼氏の実家でえっちって緊張する」
「でも君は許してくれるんだろう?」
「…うん」
「とても可愛いね。浴衣も似合ってる。…脱がせてしまうのがもったいないくらい」
「そうですよせっかく着たんだから。それに、下着は着けてないですから」

抱き付いたまま恥ずかしそうに雅臣の耳元で言う亜美。
その言葉の通り浴衣を肌蹴させるとブラもショーツもつけていない素肌が見える。
胸とちらりと見える下半身。なにより恥じらい顔を真っ赤にさせる彼女の色気。
さっきは風流だと思った世界だが薄暗いことに不満を持つ。もっとはっきり見たい。

「そのようだね」
「は、二十歳ですからね。それくらい攻めてかないと」
「私を責める?」
「私だって大人になったんですから。…あ、…貴方にも、…気持ちよくなって、欲しいし」
「別に感じていない訳ではないよ?一緒にイク時もあったと思うけど」
「そういう意味じゃなくって。…もっと、…雅臣さんと…こう…ね?」
「私はどうしたらいいのかな。君に任せるべき?」

姪っ子の言う”せめたい”の意味がイマイチ分からない叔父さん。
彼女の体を愛撫していた手も止まる。

「そ、そう!そうして!おじさん寝て!」
「1つ言わせてほしい。殴るとか折るとか齧るとかは無しで。愛してるよ亜美」

何を考えているか読めない上に何故かテンパった亜美に恐怖が見え隠れする中。
言われるままに上着を脱いで寝る。気分はまな板の魚。どきどきする。悪い意味で。
自分の実家でこんな冷や汗をかくとは思わなかった。

「先にキスしといた方がいいよね」
「やはり何処か齧るの?暴力はやめよう」
「黙れ」

亜美が上に乗ると顔を近づけキスする。彼女からのキス。

「…んっ…亜美…君」
「い…痛かったら言ってね」

思ったより穏やかなキスに安堵していたら下半身に刺激が。
驚いて視線だけ向けるとまだ元気のないソコを手で扱く亜美。
何時もは見るのも嫌がって触るなんてもってのほかだったのに。

「…上手だよ。とても。…どうしたんだい。急に」
「この日の為に練習したんです。でも、良かった。じゃあこのままおっきく」
「そうなんだ。練習をするなんて君にしては用意がいい……ん?」
「痛かった?」
「待ちなさい」
「はい」
「だから手を止めて」
「せっかく勃起してきたんだから嫌。このまま聞きます」

亜美の手を握るが彼女の動きは止まらない。
なんとも締まらない光景。仕方なしに雅臣は続ける。

「今…練習といったね。君、…まさか」
「はい。扱きました」
「ば、馬鹿な!君は私の恋人だろう!な、なんで、何で他の男の性器を触る!?」
「は?」
「はではないよ!こっちが言いたいよ!私の性器は見てもくれなかったのに…
どんな男だ?私よりも若いのかい?もしかして今も続いている?ま、まさかもう」
「何で私が他の男のナニを扱くんですか!馬鹿はそっちだ!」
「でも今君」
「扱きましたけどナニとは言ってないでしょ!別のもので代用して練習しました!
最後まで言わせんな恥ずかしいだろうが!馬鹿!変態!馬鹿!変態!馬鹿!」
「なんだ。君は言葉が足りないよ。私にはちゃんとイチから説明しなければ駄目じゃないか。
私はとても面倒な男なんだ。特に君には細部まできっちりとこだわるからね。ああ、驚いた」
「…私今すごい怖い気分」
「ああ、大きな声を出してすまなかったね。いいよ、続けて」

そうじゃなくて。ぽろっと本音を出したよね今。細部まできっちりとこだわるって。
さりげなく偉そうに言ったけど面倒な男って自分で認めたよね。
そんな男に惚れた私って。亜美はへたなホラーよりもよっぽど肝が冷えた。

「…ほら。雅臣さんの大好きなおっぱいで挟んであげる」
「ああ…凄い…ね」
「凄い硬い…熱い…」

それでも手を動かし体をそらすと胸で挟み口で恐る恐る奉仕する。
最初はさすがに嫌そうにしながら。でも慣れてくると恍惚の表情で。
時折彼の反応が気になるのか上目づかいで雅臣の顔を見る。
彼が気持ちよさそうにしてくれているのを見て満足げ。

「君も欲しいだろう?こっちへお尻を向けてくれないか」
「…うん」

向きをかえると彼の手が浴衣を退けお尻の肉をぎゅっと掴み舌を這わせる。
ちょっとだけなぞっただけなのに体がびくびく大げさに反応した。

「亜美。…そろそろ限界だ」
「…いいよ出して」
「え?いや、でも。君怒らないかい?シャワーは無いよ?」
「……やっぱりフタする。なんかその辺のごみ袋で」
「普通に避妊具を付けてくれないかな」

亜美が慣れない手つきで避妊具を付けからそのまま彼の中へ。
上に乗ることはたまにあるのでそこは恥ずかしくない様子。

「や、やっぱりちょっと恥ずかしい…かも」
「え?」
「だって。こうして見渡すと実家ってわかるし」

生活感が残った実家。
中身は移動させて無いが仏壇あととかあるし。

「私を見ていればいいよ。私も君しか見てない」
「私っていうか私のおっぱいでしょ」
「そうだね。つい見てしまう」
「触ってもいいよ。…揉んでもいいし。…吸ってもいい」
「優しいね。いつもなら怒るのに」
「大人ですもん。もっと心を広くいなきゃ」
「ではお言葉に甘えて揉んで舐めて吸わせてもらおうかな」
「…ぁん…」
「君は腰を動かして」
「ぁうんっ…うんっ」

亜美は必死に腰をくねらし打ち付け雅臣は亜美の胸に顔を埋める。
さっきまでその胸で何をしていたかは敢えて思い出さない方向で。
柔らかく豊満な胸にキスしてそのピンクの先を甘噛みし舌で転がす。

「…困ったな…君の裸が見たいのに…脱がせたくない」
「っあっ…んっ」
「……いいか。後で好きなだけ見ればいい…」
「…雅臣さんっ」
「分かってる。…私にこうされたいんだろ?」
「ああんっ」
「大人になっても好む場所は変わらないね。ほら、ここも好きだったはず」

でも何時か立場が逆転しそうな予感もする。主に体力的な問題で。
何かスポーツをした方がいいかもしれないと雅臣は片隅で思った。
でもきっとしない。そんな時間があるのなら彼女と居るだろう。

「あぁん!もう!…ぁああ…だめ…」
「何が駄目?」

何度となく果て。いつの間にか亜美は全裸になっており体位も変わって座位。
攻めるはずがやはり何時もの通りに攻められ続ける事になっているけれど
それよりももう快楽が勝って亜美は潤んだ目で首を振るばかり。

「ぁん。…だめなの…ぉ」
「私をとても気持ちよくさせてくれると言わなかったかい?」
「でもぉっ…こ、これ以上したら変になるからぁっ……だっ…だめ」
「そう。わかったよ」

彼女からの愛撫に馬鹿みたいに興奮して乱暴にしすぎたろうか。
雅臣は冷静に考え、座った体位のまま動きを止める。
亜美はぎゅっと抱き付いて涙ぐんでいたが顔を離し彼を見上げる。

「あ…気持ち…よくなかった…?私、やっぱりまだ…」
「そんな顔をしないで。気持ちいいよ亜美。良すぎて年甲斐もなくセックスに没頭するくらい」
「…これからも…ずっと…しようね」
「君さえよかったら」
「…いい」
「ありがとう」
「……」
「亜美?疲れたね。もう寝ようか」

雅臣の首筋に顔を埋めてぎゅっと抱き付いたまま動かない亜美。
それくらい疲れたのだろうかとしばし大人しくして頭をなでてやる。

「本当は卒業してからっていうか。いっぱしに稼げるようになってから
言いたかったんですけど」
「うん、なに?」

唐突にしゃべりだしてちょっとびっくり。

「雅臣さんのおじいちゃんおばあちゃんにもご挨拶したし。いいよね」
「え。なにが?」
「…雅臣さん」
「はい」
「私の嫁にな……」
「亜美?どうしたの?なんて顔して」
「見たことがないくらいの握りこぶし大のクモが居る」
「ああ。家クモだね。益虫だから置いておけばいいよ」
「馬鹿なんじゃないの?えきちゅうってなに?あんなのほっといたら攻撃されますよ!?
そ、そうだ虫ジェット!ジェットで殺そう!じゃないと怖くて眠れない!」
「まあまあ。蚊帳してるから大丈夫だよ。それより君の嫁ってなに?」
「嫁なんかどうでもいいクモだよクモ!あいつぅううう!」

あっさりと雅臣から離れると脱ぎ散らかした浴衣を羽織り蚊帳から出る。
殺虫剤を取りに行ったもよう。そんな気にすることはないと思うのに。
虫が苦手なようだしやはり気になるのだろうか。
雅臣はぽかんとその様子を見ていたがそのまま寝ることにした。

「…嫁ってなんだろう。まあ、いいか」
「雅臣さん」
「なに」
「クモ逃げた」
「そう」
「燃やしましょうこの家」
「馬鹿な事を言ってないで寝なさい。ほら、ここ」

ポンポンと自分の隣を叩いて促す。亜美はあまり納得していない様子だったけれど
逃げたものはどうしようもなく。しぶしぶ入った。でも手には殺虫剤。

「…クモ来たら殺して」
「はいはい」
「燃やそうなんて言ってごめんなさい。雅臣さんの家なのに」
「いいよ。どうせ手放すんだから」
「…やっぱり手放すの?誰かに貸すとかは駄目?」
「誰も借りたがらないよ。維持をしても誰も住む予定がないのだから意味がないし」
「いつか2人で住むかも」
「2人って」
「私たち」
「君。この村に子どもなんて居ないよ」
「う…産めばいいでしょ。…私が」
「たとえ君が頑張って産んでも保育園は建たないよ?」
「馬鹿」
「え?何で怒っているの?何で殴られるの私」
「おやすみなさい馬鹿野郎」

さっきまでの甘い空気が一気に冷めた。なんでだろう。
雅臣は殴られた腹をさすりながらそれでも亜美を抱きしめ目を閉じた。



「で。結局ご実家は残すことにしたんですか」

後日。大学内にある雅臣の部屋。家の事は殿山に軽く説明をしていた。

「そうなんだ。最後にひと目見たくて行ったんだけど、未練が出てしまってね」
「まあそんなもんですよね。実家って最後に帰る場所って感じするし」
「殿山君もたまには家に帰ったら?」
「いやあ。うちは電車で30分の近場で。行ったってもっとしっかりした仕事見つけろとか。
早く結婚しろとか。そういうのうるさいんですよね。あんま顔見せたくないっていうか」

彼はまだ若い。両親も健在。祖父母も元気らしくよく話を聞かされる。
それでもまだ話が出来るだけいいじゃないかと雅臣は思うけれど。

「そういうものかな」
「最近は結婚しろって。せめて彼女を連れて来いってうるさくて」
「居ないのにね」
「そうですけどそんなズバっと言わないでください」
「彼女か」
「教授も連れて行ったらどうですか」
「行ったよ」
「行ったんですか。じゃあもう結婚秒読み?」
「え?何でそうなるの?誰も居ないんだよ?」
「でもでもほら。彼氏の実家に連れってもらったらやっぱそういうの連想するでしょ!
教授としても見てほしいから連れて行ったんじゃないんですか?自分の実家」
「そこまで深くは考えてなかったよ。そうか。それは悪いことをしたかな」
「え?」
「頃合いを見て話をするよ。…彼女とはこれからもずっと一緒に居るからね」
「ノロケてますよね。絶対ノロケてる。俺を馬鹿にして…くそぅう俺も彼女欲しい…」

というか何でこの人に彼女できて自分にできないのかが謎。

「君もそんなせっかちに生きずにのんびりしたら?若いんだし」
「誰のせいですか誰の」
「知らない」

お前だよ!と叫びたいのを堪え、自分に彼女が出来ないのは
この教授のせいだと思うことにした。全部が全部でなくても
何割かはこの人に振り回されているせいだと思う。きっと。

おわり


2013/10/11