外出2



「正志君たちは?」
「夕飯食べてけって言ったのに車で送っていくって言ったのに走って帰った」

2泊3日の出張から雅臣が帰宅。
玄関に入ると亜美が待っていてくれてその場でギュッと抱きついてきた。
エプロンを付けていたから恐らくは夕飯の準備中なのだろう、弟妹の靴がなかったから
居ないのは最初から察してはいたけれど念の為に確認した。
姉の料理と彼女の運転する車ではさぞかし怖かったろうと心のなかで哀れみ同情しつつも、
2人きりの方が都合がいいのでこれでよかった。

「……」
「……ん…雅臣…さ…ん」

思い出して不満そうな顔をする亜美をギュッと抱きしめなおすと
その柔らかい唇を奪う。長くしっとりと吸い付いて、味わうように。

「……ただいま」
「おかえりなさい」
「どれだけ歳をとっても君が欲しくて辛くなるよ」
「私も。今夜は…いっぱいするんだから」
「その為にも無駄な体力を消耗するのは良くないのでインスタントのラーメンで済ませよう」
「何言ってるんですか。体力を使うからこそ私がスタミナのある料理を
いっぱいゴチソウするんです!期待しててくださいね、なにせ朝から仕込んでますから!」
「……君の料理は著しくスタミナを奪うんだ」

あと気力も。記憶も。味覚も。

「ん?何か、失敬なことを言った?」

グーを作って微笑む亜美。

「私は着替えてくるから夕飯をお願いします」
「はい」

亜美は軽くキスをして台所へ戻っていく。そこはとても愛らしく可愛いのに。
どうして彼女の手から生まれるものはああもおぞましく狂気に満ちているのだろう。
研究してみたいような、したら自分が辛くなるだけのような。
とにかく雅臣は部屋に戻り荷物を置いて部屋着に着替えてから1階へ降りる。

土産は部屋で渡せばいい、かわりに胃薬を持って。



「……ふうう…」

夕食を乗り切ったものの、すぐに復活は無理そうなのでソファにぐったり寝る雅臣。
亜美は嬉しそうに料理の説明をしてくれたけれど、雅臣にはそこからの記憶が無い。
ついでに味覚も麻痺して感覚がない。手足は痺れ、全身から変な汗が出ている。

「雅臣さん、お茶持ってきました」
「ありがとう」

部屋をノックする音がして雅臣は起き上がる。すぐ亜美が入ってきて
お茶をテーブルに置いて、隣りに座った。

「お話は聞けた?」
「ん?ああ。うん。聞けたよ、それと母の写真も幾つかもらった」
「よかったですね」
「たくさん昔を思い出して懐かしかった。幸せだったあの頃を……、
今はあの頃よりももっと幸せだと言ったら良かったねと笑っていたよ」
「私が貴方を幸せにするって決めたんだから。幸せじゃないと困ります」
「私の為に時間を使って、君は幸せかい?」
「不幸なことを延々とするほど私暇じゃありませんから」
「よかった」

そう言ってくれると思っていたけれど、聞いてみた自分の不甲斐なさに笑う。

「お風呂入って体洗いあいしたい」
「も、もう少しまってくれないか。ちょっと体が」
「そっか長旅で疲れてますもんね。ごめんなさい」
「…そ、そうなんだ。長旅だったんだ」

君の作ってくれた愛情たっぷりの真っ黒いドロドロした何かのせいじゃない。

「じゃあ私先にお風呂行こうかな」
「一緒に入ろう。…だめかな」
「入る」

体力をガッツリ持って行かれたけれどその何倍もやる気を引き出してくれる
愛しい恋人の為に奮起して、お茶を飲み、一息いれてから2人で風呂へ。

「亜美?」
「……使った形跡はナシ、か。よし」
「そ、そんな局部を凝視して分かるものなのかい?」

脱衣所で服を脱いでいたら堂々と正面に立ってソコをガン見してくる亜美。
どんな基準があるのかしらないがどうやらOKだったらしい。一緒にお風呂に入り、
まずは体を洗うことに。雅臣の膝に座って嬉しそうに石鹸を泡立てる亜美。

「……」
「どうかした?」

出来た泡をぬりあいしながらじーっと雅臣の顔を見つめる亜美。

「疲れてますよね。明日も仕事があるんだし、最悪寝ててくれたら私が自分でするから」
「私も男だ。ちゃんと君を満足させるくらいにはまだ衰えていないつもりだよ」
「うん。……ね、雅臣さん」
「…ん?なにかな」
「雅臣さんの気力がお爺ちゃんの血筋からだったらお父さんも当然もっと頑張れるよね?」

亜美の体を抱きしめつつその柔らかさを堪能していた手が止まる。

「…そ、…そう、かもしれないね。母はあまり活発な人でもなかったしね」
「ですよね」

色んな意味で元気いっぱいの兄。それは弟として男としてあまり想像はしたくないものだ。
嫌な想像をしてしまったじゃないか、と心のなかで思いつつ返事をする。
彼女は深く頷いているだけだ。

「……えっと。…亜美は、まだ弟妹が欲しいの?」
「それはもういいです。ただ、最近めっきり元気が無いから…」
「兄さんは何処か調子が悪いのかい?」
「何処が悪いって訳じゃないらしいけど、家に帰ってもすぐしょぼくれちゃって。
亜矢が心配してて…。でも。雅臣さんが元気なんだもん。お父さんだって頑張れば
もっと気合でるよね?コロっと死んだりしないよね」
「相変わらず言葉選びが物騒な子だね。…兄さんは大丈夫だよ、心配してくれる子どもが
3人もいるんだから。気にかけてくれる優しい奥さんもね」

そう言って雅臣は亜美のおでこに軽くキスする。

「ですよね?こんだけ心配してあげてるんだから。親父なら根性見せろって怒鳴ってやろう」
「はは。それもいいかもね」
「よしこれで解決。後は雅臣さんから搾り取るだけ」
「金銭面の話ならもう全部君に」
「興奮すると体からどぴゅっと分泌される液体のほう」
「………うん。…うん、…君なりに言葉を選んでくれたんだね。その努力は買おう」

ただそれが功を奏しているかといったら疑問が残るけれど。
微妙な顔をする雅臣を他所に亜美はスイッチが入ったようで彼の唇にキスする。

「ふふ。雅臣さん。……ニゲラレルト、オモウナヨ…?」
「怖いよ」

そして彼の耳元でそう囁いた。

どうやら本気で搾り取るつもりらしい。

「こういう事もあろうかとお徳用パックを2箱買ってきております」
「……」
「さ。さ。雅臣さん。まずは1回めの…」
「……君も、あの人の孫なんだね」
「え?なに?何が?」
「いや。なんでもない。…わかっていることなんだ」

苦笑しながらも亜美を抱きかかえ風呂に浸かる。
たった2日、だけど2日。
あっという間だったはずなのにお互いに寂しくて仕方ない。
そんな付き合いたてのカップルでもないのに。

「……」
「亜美?茹だってきた?そろそろあがろうか」
「ベッドまで抱っこ」
「え」
「ベッドまで優しく抱っこ」
「え」
「だっこ」
「筋力に関しては多分もう君のほうが上」
「あ?」
「もちろんだよ亜美。その代わり、タオル一枚だよ?」
「どんとこい全裸」
「それは…、それは私が恥ずかしいからやめよう」
「照れる40男」
「……」
「拗ねる40男」
「なんなら無様に泣く40男でもみたいかい?」
「どうせなら気持ち良すぎて涙ぐむ40男がみたいです教授」
「君はどんどんおかしな方向へ育っていくね?誰の血なんだ」
「さあ?」


おわり


2016/05/05