かぞく




「はい。今月の上納金。お父さんのぶんも貰ってきましたんでどうぞ」
「確かに。では領収証」

恒例行事である月に1度の叔父さんへの借金返済日。
亜美のバイト代と父の給料からとの合わせ技。最近では正志もバイト代を
全部差し出すと言い出したがそれは家の為に使えと受け取ったことはない。
どれだけ待たせても利息が一切請求されないのは有り難いけれど、
所詮はバイト代で知れたもので、父親も家族の事を第一にして医療費などで
金がかかると殆ど払えない時もあるから波がある。
それでも着実にクリーンな関係になれる日が近づいているから嬉しい。


「で。ですよ、雅臣さん」

今月は多少心もとない厚さだったがなんとか最低限の金額は封筒にいれられた。
お互いに大事なものをしまって、ここでこの話は来月までお休みして。
真面目な顔をして一人がけのソファに座っていた亜美。
ウソっぽい咳払いをして立ち上がり反対側に座っていた雅臣の膝に座る。

「何が欲しいの」

彼女がこんなねこなで声で甘えてくるの大抵欲しいものがあるとき。

「…もぅ。すぐそんな言い方するぅ」
「私と君の仲だからね、気にしないで言って欲しいんだ」
「ほら。週末に友達と温泉旅行行くでしょ?」
「ああ。その資金?幾らあれば足りる?」
「それくらい出せる。…でも、出したら来月にひびいちゃうから」

車は彼氏に買ってもらうとして、
実は自動車教習所に通う金もコツコツ貯めている所。
結構切羽詰まっている。頼れば目の前に立派なATMがあるが。

「じゃあ」
「ね。家政婦の仕事ちょっと休憩させてください」
「何がしたいの?」
「出稼ぎ」

でもそれに1から100まで甘えたくない。彼と対等の関係になるために。

「何処で何をするつもり?」
「司書の助手の募集があったのでそれに応募しようかなーっと」
「何処の図書館?もしかして君の短大?」
「ううん。……雅臣さんの」

伺うようにじーっと視線を向ける亜美。
雅臣はしばしその視線の意味を考えて。

「あ。君、ズルしようとしてるね?」
「……だめぇ?」
「どうしようかな」
「図書館ならいいでしょ?キャバクラでおっさんにパンツ見せるより健全」
「当たり前だ」
「でも貰える額は何倍も違うけど」

日払いだしパンツくらいなら…とか妄想したのはナイショ。
絶対に連れ戻されてお説教が待っている。
例えば、として話しただけの今もかなり怒った顔だし。

「馬鹿なことを言っていないでもっと真面目に探しなさい」
「だから探したんでしょ。何でそんな怒鳴るの」
「君が他人に下着を見せるなんて言うから想像してしまったじゃないか」
「…だから?」
「……、…もういいよ。とにかく、話をしてみるよ」
「やった。コネがあった方が決まりやすいよね」

普段はそんなコネとか後ろで手を回すなんて嫌う亜美なのに。
よほど切羽詰まっていたのだろう。嬉しそうに抱きついてきた。
雅臣としては複雑だ。一言言ってくれたら何だってするのに。
でもこれ以上彼女は「借金」を抱えるのは嫌だから。
その気持をくんで我慢する。

「でも私は本を借りるくらいしかしないからあまり威力はないと思うよ」
「それでも無いよりはマシ」
「そう」
「本の整理とか慣れてるし、体力だって自信あるし」
「なるほどね。…それで、家政婦さんを休むわけだ」
「だめ?たぶん帰ってきたらそのまま倒れ込みそうなんだよね。時間もかかるし」

募集していた期間は短い。基本は学生だが一般でも可能とあった。
だから短大の時間と照らしあわせて出来るだけ働きたい。
保育園のバイトもして学校にも行って追加でバイトしたら家政婦は無理。
幾ら若さと元気があっても倒れるのは目に見えている。

「送迎は私がする。食事もその途中でしよう」
「いいよそんな」
「それが条件だ」
「……じゃあ、飲むしかないね」

相手もそれを感じているのか譲らなかった。

「建前は兄さんから君を預かっている訳だしね。君に何かあれば私の責任だ」
「そんなんじゃないから。雅臣さんはそんな気にしないでいいから」
「これでもね、君の叔父である自覚も少しは持っているんだ。だから、無茶はいけない」
「わかった。雅臣さん。…暫く構ってあげられないけど我慢してね」
「キスくらいはしてくれる?」
「…しつこいのしたら怒るかも」

話をしながら徐々に顔が近づいて、唇が触れる。
もっとしっかりしたキスがしてほしくて亜美は彼の首に手を回す。
すぐ抱きかえされて唇にしっかりと吸い付いてくる。

「……君が私の職場に来る、か」
「うん」

もっと先へ進むのかとドキドキしていたら何故か手が止まり。

「まさかとは思うけれど」
「ん?」

今度は逆に雅臣がじっと亜美の顔を正面から見つめている。
ちょっと怖い顔で。

「君は以前からやたら私の大学へ来たがるよね?その延長線ではないよね?」
「ギクリ」
「亜美」
「まさか。ぜーーーんぜん。偶然求人を見つけただけでーす」
「……」

やばい。本当に偶然見つけた求人だけど、場所が場所だけに
彼がそこに気づいてダメと言い出したらどうしようかと黙っていたのに。

「ほんとだってば。…ね。雅臣さん」
「そうかい。なら、いいんだ。けれどね」
「やだ顔がマジだこの人」
「少しでも妙な動きをしてごらん、私のすべてをかけてそれを阻止する」

やっぱり感づいて怖いコト言い出した。

「……じゃあ雅臣さんも浮気しないかみてるからね」
「私の助手になれば」
「だめ。今の人が大変なことになるから」

たとえ短期のバイトでも絶対今の助手と一緒にさせようとはしないだろう。
そんなちょっとの間の小遣い稼ぎためにクビにされたらたまらない。
何も知らないでちょっとだけ会って話をしたことがあるくらいの人だけど。

「君はもう子どもではないのだから、無理はしないようにね」
「じゃあ立派な大人の女性ってやつ?」
「そこはどうかな」
「あっそ。どうせしょぼいですよ」
「地道にやっていけばいづれ君も立派で素敵な大人の女性になるさ」
「慰めになってない」

自分でもまだまだ学生の延長でしかないと分かっている。
けど、ここはもうちょっとほめて伸ばす教育にしていただきたい所。
座ったままで暫くイチャついて、亜美は自室に戻った。
もう少し一緒に居たかったけれど彼の仕事を邪魔するのは悪いと思って。


「私、亜美。今月分払ってきたよ」
『ああ、そうか。行けなくて悪かったな』
「いいよ。返すだけだしね」

ベッドに座って父親に報告の電話を入れる。

『まあ、そうなんだが。…雅臣君何か言ってなかったか?』
「何にも言ってないから大丈夫だよ」

中身が少なかったりするとやはり相手の様子が気になるのか
よくこうやって雅臣の様子を聞いてくる。でも彼は本当に受け取るだけ。
中身をいちいち確認したりもしないし領収証も亜美の申告のまま書く。
もちろん嘘をついたことはないけれど。
お金のことだしもうちょっとキチンとしたほうがいいんじゃないですか?
とコチラから言ったら「面倒だし君を信じてる」と言われた。
恐らく100パーセント面倒だからだ。あの人は金に本当に無頓着。

『そうか、よかった。…言い訳がましいが今月は色々重なって』
「仕方ないよ。雅臣、…叔父さんもそこはわかってるから」

こっちは常にカツカツでそんな余裕ないのに。
彼と対等になるなんて夢のまた夢かもしれない。

『なあ、亜美。母さんは言うなといったんだが、…正志が中学を出たら働くと言い出して』
「はあ?なにそれ。何でそんなことになってんの?」

ぼんやり考えていた亜美だがすぐ我に返り聞き返す。

『お前正志から少しもその話を聞いてなかったのか。まあ、そうだな。離れていれば』
「どういうこと?何でそんな事言い出したのあいつ」
『家のことを考えて。あいつはあれでも長男だしな、責任を感じてたの』
「馬鹿じゃないの。責任なんて正志が感じる必要ないじゃない!
姉の私が短大まで行ったんだよ!?なんで弟が我慢すんの!おかしいじゃん!」
『本人が言うには自分はお前のように夢もないし進学しても仕方ないからって』
「だとしても…そんな」

何でそんな事。お馬鹿なりにあいつだってきっともっとやりたいことがあるはず。

『まだ時間はあるからな、俺と母さんで話をしてるんだが中々あいつも頑固で』
「……」
『お前なら何かいい方法を知らないかと思ってな。不甲斐ない親で申し訳ない』
「そんなの今に始まったことじゃないし。…でも、私、…に言われても」
『そうだよな。すまん。…はあ、どうしたもんか』

酷く疲れた声がする。もしかして今日来なかったのはそのせいだろうか。
もしかして今も正志を母親と一緒に説得しているのだろうか。
姉である自分ができることがあればしたいけれど。
でも、その話を今知ってそのショックがデカイ。正志が押し切ったらどうしよう。
言いよどんでいると父親もそれを察したのかすまんな、と言って電話をきった。

「……」
「どうしたの亜美」

考え込みながら風呂を済ませ、部屋の電気を消してベッドに寝転び。
必死に寝ようと思っても目が冴えて。眠れなくて。
何時間か粘ったが結局眠れなかったので1階から酒を取ってきて
自室ではなく雅臣の部屋にはいる。時刻は深夜2時。

「眠れないから飲む。雅臣さんは寝ていいよ」
「ちょうどいい、私にも1杯もらおうか」

相手も流石に寝ていたようで眠そうな顔でドアを開けた。
ソファに座ると酒セットをテーブルに広げ飲み始める。
隣に座って雅臣も1杯。
亜美は何時になく早いペースでぐいぐいと飲んで雅臣の腕に絡む。

「正志のこと知ってた?」
「…知ってたよ」
「そっか。じゃあ。知らないの私だけか。あ。亜矢と」
「彼から連絡があった?」
「ううん。お父さんから聞いた」
「そう」
「うちって何でこんな貧乏なんだろ。やっぱ私もっと稼げる仕事選ぶべきだった」
「亜美」
「…パンツどころか中身も見せてやる」
「そんな事は何があってもさせない。明るくなったら正志くんと話をする?」
「します。…ほんとバカのくせに」
「……」
「はあ。やっぱ私の弟だわ」



つづき