れんしゅう



パーティ当日。

「……これでどうですか」
「うん。いいよ」
「……はぁ」

4回目でやっとOKが出た。疲れきった顔でソファに座る。
亜美の部屋から雅臣の部屋までの行き来の回数。
パーティは夕方からなので朝のうちに家の掃除を終えて、
やっぱり何かしら持っていくべきだろうとお昼はプレゼント選び。
3時のお茶をしている叔父さんを放置してシャワーを浴びに行き
ここぞとばかりに念入りにメイクをして。

「ヒロインは君じゃないんだ、そんな念入りにする必要はないよ」

素敵なドレスも着て浮かれながら見せに行ったらこの言葉。
傷ついたとかショックとか、これが初めてではないし伊達に3年も付き合ってない。
それらを通り越してただただ呆れるばかりだ。

「はいはい。こっちはもういいから雅臣さんも着替えて」
「…君、まだ何かするの?」

メイクだのアクセサリーだのしなくていい男って楽でいいな。
なんて思いながら亜美は立ち上がる。
クローゼットを開けていたが即座にそれに反応し振り返った雅臣。

「髪の毛ちょっとイジろうかなって。アップにしようかな」

何度もNGをくらいほぼメイクした意味がなくなって、
やけくそ気分で髪の毛くらいは気持ち派手にしようと思っただけ。
それなら流石に文句は言われないだろう。と、亜美は考えていた。

「要らないよ」

けれどそれは甘かった。

「要るの」
「要らない」
「要る」
「要らない」
「髪くらいいいでしょ?」
「要らない」
「……もう。意固地」

自分なんてちょっと化粧したくらいでどうってこと無いと思うのに。
むしろ何かやっとかないと目立って浮きそうなのに。もちろん悪い意味で。
どれだけそれを力説しても雅臣はいっさい引く気がない。何も許す気はない模様。
デートの時でさえ派手にしすぎたり露出が高いとダメ出しをしてくるから。面倒。

「…さて。私も終わったよ。行こうか」
「こうなったらいっぱいごちそう食べてやる」

結局何も出来ないまま少し早めに家をでる。
ホテル周辺は時間帯により渋滞で混みあうらしいので。
空腹を我慢しながら車の中で険悪になるのは避けたい。
なにせパーティが終わったらそのままお泊まりの予定なのだから。

「このホテルは以前学会で使ったことがあるからね。多少は覚えがあるよ」
「へえ。大学のせんせーってやっぱ凄いんですね」
「何時もそうではないけど、その時は他所の国の学者まで呼んでたからね」
「うへえ」
「ホテルの受付を先に済ませようか」

無事にホテルの駐車場に入り荷物を持ってホテルフロントへ。
どうせ忙しいだろうと特に真里奈と連絡を取ることもなく
ルームキーを持った雅臣と一緒にエレベーターを上がっていく。

「わあ。素敵。アメニティいっぱい。立派なバスタオル…」
「……」
「だから。その泥棒見るような目をやめて」

部屋の広さや綺麗さよりももって帰れるアメニティに感動。
毎度のことながらそれを実に冷ややかな目線で見つめる彼氏。
流石にバスタオルは取らないから。と、惜しそうに戻す亜美。

「あと30分くらいしたら行こうか」
「でももう受付始まってますよ?」
「そんな急ぐこともない相手なのだから、君も受付を待つ列に並ぶなんて嫌だよね?」

窓際にある一人用のソファに座っている雅臣は腰が非常に重そう。
彼からしたら自分の知り合いでもなくて生徒でもない人の誕生会。
人混みなんて大嫌いだろうに。亜美に言われてイヤイヤ来ている。

「…雅臣さんここで待ってる?」

亜美は彼の膝に座り問いかける。
何ならもう自分だけ行って適当に時間を潰しここに戻ればいい。

「そうしたいのは山々ではあるけど。君が心配だからついていくよ」
「どーいう意味ですか」
「そういう意味だよ」
「もー」

どうせパーティなんかとは無縁の女ですよ。粗相しますよ。
結局一緒に行くことになり最上階にあるパーティ会場へ。
そこへ行くまでにも綺羅びやかな服装の男女を何人も見ていて、
恐らく同じ目的地の招待客なのだろうと思いつつ。
ちょっと緊張。皆様身につけている物すべてが高そう。
送料無料に釣られて安物のドレスにしなくてよかった。

「ん。なに?」

最初は少しスペースを開けて歩いていた2人だが心細くなって
彼の腕をぎゅっと掴む。

「…緊張しない?」
「別にスピーチをする訳でもなし、緊張なんてしないね」
「そうだけど」
「私達はただの観客にすぎない。そんな意識する事もないよ」

上流階級の社交場というのはやっぱり緊張する。どうしたってボロが出そうで。
そんな場に慣れている叔父さんに付いてきて貰って正解。
受付をスムーズに終えて、ついでにプレゼントも受付に託し。
盛り上がりつつあるパーティ会場へと踏み込んだ。

「貴方は…まさか、いや、…大野先生じゃないですか?」
「…そう、ですが」
「何度か学会でお会いしているのですが、覚えてらっしゃらないかな」
「そのようですね。申し訳ありません」

ヒロインである真里奈に声をかけて祝福して美味しそうなものを食べて帰る。
はずが、彼女は見つからないしおまけにおっさん連中に捕まる叔父さん。
亜美は話についていけないのでひとまずご馳走の香りにつられて移動。
和洋中何でもありのビュッフェスタイル。さて何から食べようか。ワインも欲しい。

「やあ。君、真里奈の友達?」
「え。あ。はい。…というか、同級生というか」

先ずは肉を食べようと手をのばそうとしたら後ろから声をかけられて。
振り返るとフォーマルな服を少し崩した青年。
亜美よりは年上にみえるけれど。

「俺は親戚なんだ。あいつはちょっと気分悪いとかでもう少ししてから来るよ」
「そうなんですか」
「こんなかのどっかの御曹司と結婚するんだろうな。あいつオシが弱いから親のイイナリ」
「はあ」
「それよりさ。君、退屈そうだし俺もこういう場所苦手でさ。
一緒にラウンジか…それともここを出てクラブでも行かない?」
「え?いや。あの、だめでしょ。まだ主役も居ないのに」
「どーせこのまま退屈な時間を過ごしだけなんだし。俺や君が居なくても
問題ないって。このパーティは真里奈の相手さがしなんだしさ」

そういえばそんなことをうっすらと彼女も言っていたっけ。
純粋に誕生日を祝う訳ではなくて、彼女のお披露目会。
亜美の誕生日なんて家族でアホ騒ぎしてケーキの取り合いをしたのに。
ちらりと視線を向けるとさっきまでおっさんと喋っていた彼氏が居ない。
もしかしてどこかへ引っ張られたのか。

「ここでも大人気ですね、先生」
「……君は」

適当に相槌をうっていたらいつの間にか亜美を見失って、というよりも
自分が人の輪に引っ張られていたらしく急いで話を切って戻る途中。
人に酔ってきて隅っこに移動し休憩。そんな雅臣に水を差し出す細い手。

「先生の講義何度か聴講したことがあるんですよ?」

品の良い綺麗なドレスを着てメイクもバッチリなパーティのヒロイン。
まるで雅臣の動きを見ていたかのように影からスッと出てきて
隣に居たのには少々驚いたけれど。表情には出さない。

「それはまた、珍しいね。私の講義はそこまで面白くはないと思うけど」
「そんな事ないです。とっても面白くて熱中してました」

受け取って一口飲む。少しだけ落ち着いた。

「…そう」
「あの、お父さんが是非先生とお話したいって。先生の若いころを知っているらしくて」
「申し訳ないけれど。私はここへ悠長に昔話をしに来た訳ではないんだ」
「…彼女の付き添い、ですよね」
「何よりこれは貴方の誕生日会なのだから、ヒロインは中心に居るべきでは?」

グラスを持って立ち上がる。まだ少し気分は優れないが亜美を探さないと。
彼女のことだからきっと食事に夢中だろう。でももし誰か他の男の隣に居たらと思うと。
落ち着いたらその不安が出てきて居ても立ってもいられない。

「雅臣先生」
「お誕生日おめでとう。では、失礼します」

雅臣はそれだけ言うと立ち上がり移動する。
彼女はただそれを見送って、少しだけ笑っていた。

「浮気した」
「してないよ」

知らぬ間にどれほど飲んだのかほんのり頬が赤い。
雅臣が彼女を見つけて近づいたらそんな有り様だった。
そして恨みのこもった視線を向けて睨みつける。

「私の目の前でムチムチ未亡人と楽しそうに浮気した」
「あれが楽しそうに見えたのなら君は相当酔っているよ」
「なにあれうれしそーに腕なんかくんで…おっぱい触ったろこのへんたい」
「あれは当たり屋にぶつけられたようなものだから。もうそろそろ戻ろう」

亜美の目の前で唐突に恰幅のいいマダムに声をかけられ、
腕やら掴まれてボディタッチされた雅臣さん。彼は辟易とした顔をしていたけれど
酔が回っている亜美にはそれがイチャイチャしているように見えたようだ。
手を引いて会場を出ようとしている間も文句を言いながら睨んでいる。

「まだ真里奈にはなしできてないし…」
「私がかわりにしておいたよ」
「そっかー…え?いつのまに?」

亜美の質問に雅臣は答えず、エレベーターに乗り込む。
ちょっとうとうとしてきて意識がぼんやりして。

「眠らせてあげたいのは山々ではあるけど、いけないよ亜美」
「ん…?あ。へやだ」

軽く頬を撫でられて気づいたらベッドの上。ドレスは脱がされてきちんとハンガー。
流石元は母親の私物。普段なら人のものなんてその辺に放り投げてるのに
そこはきっちりと管理しているのがこの人らしい。

「ほら。水分を補給して。風呂にしようか」
「うん」

まだ少しぼんやりするけれど、言われるままに水を飲んで。
一緒にお風呂。まだたまってないけれど構わず先にシャワー。
体を洗って髪もあらって。そこまではいたって普通だった。

「あがろうか」
「…えぇ」
「行こう」

まさかお風呂まで普通に一緒に入って終わりとか。
促されるままにあがって体を拭いて。でも下着はつけず。
髪もきちんとは乾かさずタオルを巻いたままヘッドに入る。

「旅行先でもこんな感じかな」
「君の望むような大きなベッドのあるホテルにしよう」
「海が見えるといいな」
「そうだね」
「雅臣さん…寂しそう。なんで?」

亜美は入るなりタオルを放り投げて裸になると雅臣に抱きつく。
何時もならもっと良い反応を見せるのに。
気になって顔を近づけておでこを突き合わせ問いかける。

「この歳になってもやはり君に近寄る若い男が全部恨めしくて憂鬱になる」
「……」
「歳をとれば取るほどむしろその憂鬱が深く重くなるんだ。
そんな男は気持ちが悪いだろう。みっともない。分かってるのに」

でも、やっぱり許せない。

「出会いを回避しては生きていけないし。それで人って成長するんだし?
そのうち価値観とかも変わって気持ちが変わってくるかもしれないけど」
「……」
「…でもずっと雅臣さんは私のモノ」
「亜美」
「それより早く旅行の練習しましょ?パーティは終わったんだし」
「そうだった」
「それともあのムチムチマダムの方が」
「あれはただの脂肪の塊」
「それを私に言ってみろその場で殺すからな」
「わかってるから言ってない」

何方かともなくキスをして抱きしめあって。
亜美の手が彼の腰にあったタオルを強引に引っ張って投げ捨てる。

「君の好む行為も場所も把握しているつもりだけど…」
「ああ…んっいや…私だって…雅臣さんの…好きな場所知りたいの…」
「時間はまだあるよ。じっくりしよう」
「うん」
「いい笑顔」

もう一度キスをして残っていた最後の灯りであるルームランプを消す。
真っ暗な中で響くのは吸い付く水音と亜美のやや我慢した声。
それも徐々に声が我慢できなくなって、最後は2人で。



「ここ泊まったんだね」
「あ。う、うん。そう」

朝。もっとまどろんで居たかったが空腹に耐えかねて目が覚める。
それは隣で寝ていた人も同じだったようで、
軽くシャワーを浴びてホテルのレストランに朝食をとりに行く。
考えてみれば彼は昨日の夜ろくに食べていない。

「…彼氏さんもご一緒に?」
「うん…そう」

レストランへ向かうエレベーターを待って。開いたら先客が真里奈。
これじゃ何時ぞやの時と逆パターン。
彼氏とお泊りしたのがバレて亜美は少し恥ずかしい。

「そっか。あ。プレゼントありがとう、使わせてもらうね」
「うん。ごめんね、昨日きちんと話し出来なくて。
美味しいものありすぎて食べ過ぎて飲み過ぎて酔っ払っちゃって」
「ううん。いいの。…来てくれて嬉しかった」
「そ、そう?」

せっかく呼ばれてきたのに何の接触もなく終わったパーティ。
それでも嬉しそうに微笑む真里奈を見てホッとする。
雅臣は特に興味もなさそうに外の景色を眺めているけれど。

「じゃあごゆっくり」
「うん。また、ね」

途中で降りる亜美。彼女は別の階へいくようだ。
ぎこちなく笑って手を降って別れた。

「洋食と和食とあるけどどうしよう」
「んー。ご飯がいいから和食」
「行こう」

特にそのへんは触れることもなく店に入りメニューを選んで。
彼は置いてあった新聞を読み始める。
亜美も何か読めそうな雑誌がないか見に行って。

「…雅臣さん雅臣さん」
「どうしたの」
「あっちに女優さんがいた!ここ泊まってたんですね」
「そう」
「すっごい美人だった。サインとかムリだろうなあ…」
「そう」

興奮気味に戻ってきた亜美。
でも相手は新聞から視線をそらすこともしない。
そんな話題よりも今日の出来事のほうが興味があるらしい。
他にも話しかけてみるが全部スルー。だんだん腹が立ってきた。

「……あ。昨日声かけられたイケメンがいる」
「何処にいるの?」
「冗談ですよマジな顔して怖いなもう」
「あ」
「え?」

一瞬真面目な顔でこっちを見たと思ったらまた新聞で顔を隠す。
何かあったのかと周囲を見渡すと、
昨日雅臣さんにぶち当たってきたマダムを先頭に奥様集団。
これは隠すべきだろう。亜美も何も言わず料理が来るのを待つ。

「……行った?」
「行った。向こうの窓側陣取ってます。こっちは見えません」
「良かった」
「あの人達も泊まってたんだ。あ。女優見てる。あっちに集中してるうちは大丈夫ですね」
「それで君に声をかけたイケメン君は何処?もう行ったの?まだ居る?」
「冗談ですってば。でも、もし居たらどうするつもりですか?」
「君に興味があるようなら話し合いをするしかないと思ってるよ」
「…うわあ悲惨」
「なにが?」
「あ。ご飯きたきた。お腹すいたー」

笑ってごまかしてやっとご飯にありつく。
雅臣は不服そうな顔をしながらも亜美以上に空腹なので黙って食べて。
でも時折マダム方の笑い声が響いて少し背後が気になっていたようだが。
食後のコーヒーも飲んであとは部屋に戻って帰る準備をするだけ。

「亜美。そのカバンやたら大きいけど、まさか」
「ち。ちがいますよ!お土産売ってたから買ったの!断じてバスタオルとか
スリッパとかタオルケットなどのアメニティは入っておりません!」
「そう。なら、いいんだけど。…いや、君、タオルケットなんて持って帰って…?」
「今回は歯ブラシとかカミソリとか石鹸とかお茶のパックと茶菓子とそれから」
「……」
「…何か文句あります?」
「無いです」
「外国のホテルのアメニティってどんなかなあ…」
「……」
「なにか?」
「何も無いからその拳をしまって」



つづく




Warning!:OMAKE is here.


2015/07/03