きになる




「卒業する前に絶対先生と飲むんだ」
「でも来てくれるかな。物腰柔らかそうに見せかけてガード超固いよね」
「絶対口説いてみせるから」
「女に興味無かったりして」
「げ。それは厳しい」

まったく知らない派手そうな女子グループの会話。
帰ろうと思ったのにそんな気になること言うから帰れなくなって。
結構いい時間まで広い教室の隅に座っていた亜美。
先生、と言ってたけど。違うよね?
学校には一杯先生はいるもの。男の先生だって多い。絶対違う。
メンクイそうだし敢えてあの人を選ぶわけがない。絶対違う。

「かっこいいもんね…」
「見納めとか辛いなー」
「こっそり会いに行っちゃおうか」

とか大きな声で言うから、そうなるとやっぱり限られてくるし。
ちなみに疑惑の先生の講義は本日は無し。
良かったのか悪かったのか。

「どうしたの?亜美」
「あ。う、うん。別に?珍しいね、真里奈がここに来るの」
「…まあ。ね」

何時迄もウジウジ悩むのは嫌だからもう帰ろうと踏ん切りを付けたら
学科は同じでも目指すコースが違う為、ほぼかぶらない知人。
影ではどうせお嬢様なのだからとりあえずの学歴が欲しいだけだろう、
なんていう人もいるけれど。

「もしかして私に用事?」
「えっ…ううん。ただ通りかかったら元気ない顔してたから。ほら。
私医者の娘でしょ?それで、つい気になっちゃっただけ」
「なるほど。でも、私そんな風邪とかかからない頑丈タイプなんで」
「はは」

彼女はそれに気づいているのかは不明だが特に気にする様子もなく。
美人で知的でおまけにお金持ちオーラが全開。
それにすり寄っていく人は男女共に多い。何時も誰かと一緒のイメージ。
貧乏オーラ全開の亜美にしたらちょっと苦手な部類ではあるが。
何故か彼女から何かと声をかけられることが多い気がする。

「もうすぐ卒業だね。あっという間だ」
「そうだね。亜美は保母さんになるんだよね?」
「うん。ペーペーのペーからだけど。なんとかこぎつけた」
「おめでとう。私は、親のツテでクリニックの受付嬢」
「へえ。それも大変だね」
「どうせ1年2年で適当に辞めるんだろうけど。うち、男居ないから」
「……あぁ」

女の一人っ子となるとやはり問題になるのは後継者。か。
金持ちは金持ちでその辺が大変そうだ。
その辺特に家は問題がなくていいのだろうけど。
長男正志は食い意地と野球にしか今のところ興味はない。

「……亜美。良かったら、…パーティ来ない?」
「ぱーてぃ…?」
「うん。誕生日が月末でね。そのパーティなんだけど」
「へえ。おめでとう!」
「どうかな」
「でも私なんか行っても微妙じゃ」

正直な所そこまで仲良しでもないし、語り合うほどの共通点もないし。
何よりも金持ちの誕生日会とかどんなプレゼント持ってったらいいの?
安物とか変なものを持って行ってセレブに馬鹿にされるだけじゃないか?

「20歳の節目だからってお父さんがホテルのパーティ会場貸しきって盛大にするの」
「あれまあ」
「そこで娘の紹介をする為に。……ね。心細いから、来て欲しいんだけど」
「ええ」

心細いのはこっちだって。貴方はメインだからいいだろうけど。
ますます行く気がなくなる亜美。
どうやって傷つけずにお断りが出来るだろうか?

「彼氏同伴で来てもいいよ…?」
「か。かれ。し?」
「…あれ。もう、…別れちゃった?」

あ。そっか。彼女には見られてるんだ。彼氏を。

「ううん。まだまだ続いてる」
「そっか。じゃあ。…待ってるから。招待状ね。はい」
「え。あ。あの」
「迎えの車来てるからいくね。ばいばい」

小さいカードを渡されて彼女は去っていく。
まだ何も言ってない。行くとも、行かないとも。



「……彼氏同伴」

風呂あがりに冷やしたビール。最近覚えた大人の味。
ソファに座ってゴクリと一口飲んでぼんやり考える。

「彼氏がどうかした?」
「…なんでもない」

彼氏は難しい顔をしてパソコンに向かってお仕事中。
邪魔しないように大人しくしているつもりだったのに、
つい口から出たらしい。
いちいち説明するのも面倒なので無かったことにする。

「パーティがどうとか。誕生日がどうとか。お金持ちがどうとか言ってるけど」
「全部気のせい。幻聴」
「気になるよ。久しぶりに論文に手を出しているのに」
「じゃあそのまま論文抱きしめて朝まで寝たらいいじゃん」
「……君は本当に言葉が冷たい」
「人のこと言える?」
「……、…コーヒーください」
「…先に言ってよ」

ビールぬるくなるじゃん。亜美は文句を盛大に漏らしながらも
1階へ降りてコーヒーをいれて戻ってくる。
たとえ面倒でも自分はこの家の家政婦であることに違いはない。

「…今日のはやけに濃いね?」
「カフェインたっぷりで眠気すっきり」
「君さっきから何を怒っているの?」
「怒ってないです。何時もこんなんでしょ?」

カップを側に置いてまたソファに座ってビールを飲む。
少しぬるくなったがまだいける。

「太ったって言ったのをまだ根に持っているのかな」
「それは一生根に持つ」
「それは、ね。やはり怒っているわけだね?」
「誘導尋問はなしの方向で」
「君に恨まれたままでは何も出来ないよ」

椅子をくるりと回し振り返る雅臣。
亜美は構わずぐびぐびと飲んでいるけれど。
ちらりとコチラを向いて。また知らん振り。

「今月は忙しそうですね」
「君のためなら時間を作るよ。だからそう怒らないで」
「別に構って欲しくて拗ねてるわけじゃなくてですね」
「……」
「も、もう。そんな真面目な顔で見ないで。…怒ってないから」

じっと見つめてくる彼に亜美はたまらず彼の元へ向かいその膝に座る。
でもしっかりとビールの缶はもったままで。

「私も考えたんだ。君が学生でなくなった後のことを」
「……」
「同じ家に住んでいても行動する時間帯がずれてしまえば
スレ違うことが増えてくるだろうし、共有できる話も今以上に減っていく。
今までの君を手放すことになるんだ。
新しい君は昔ほど私を必要としてくれるのかな?」
「…雅臣さん」
「祝福しないといけないのに。どうしてもこの不安な気持ちは消えてくれない」
「2人で旅行に行く練習でホテルでお泊りしません?」
「ん?…いきなりどうしたの?ホテル?」

言葉で伝えるよりも行動したほうがお互いにいい。
亜美はいったん彼から離れてカバンの中にあったカードを見せる。
そこには会場であるホテルの名前が書いてあったから。

「ここにお泊りしましょ」
「それはいいけど。…パーティって書いてあるよ?」
「彼氏と一緒にどうぞって言われちゃった」
「……」
「正志でもいいけど、あいつ絶対貪り食うだけで終わるから」
「いや。私が行くよ。彼も忙しいだろうから」
「え?」
「いや。…君の彼氏は私だからね」
「はい」
「でもこの名前、覚えがあるな」
「知り合い?」
「いや。…そこまでではないよ、恐らく新聞ででも読んだかな」
「へー」

雅臣は貰ったカードを机に置いて亜美を抱きしめる。
がっつり飲んでいた為かなり酒臭い。頬もほんのり赤い。
でも気にせずその頬に優しいキスをして。
風呂あがりのいい香りを存分に楽しむ。

「さて。私は風呂に行くよ。君はどうする」
「先に寝てます。先生がんばってね」
「私のベッドを占領する気だね?」
「貴方のものは私のもの」
「そうだね。では、行くよ」
「…うん」

唇に軽く触れるくらいのキスをして彼は部屋を出ていき。
亜美は一気に全部飲み干していそいそと彼のベッドに潜り込む。
寝転んで戻ってくるのを待っているつもりではあるけれど。
たぶん最後までは待てなくて気づいたら寝てるパターンだろう。
わかってるけど我慢する気はないという。そこは変わらない。

「あ。そういや私パーティ着てく服とか無いぞ?」

案の定うとうとしだしていい気分になりかけた時、ふとそんな事が頭をよぎり。
パッチリ目が相手起き上がる。ちょっと高めのワンピースなら昔買ったのがある。
けれど会場を貸し切ってしかもセレブだらけの会場ではやはり合わないのでは。
財布状況を考えてだんだんと不安になってきて一旦部屋に戻りクローゼットを漁る。

「びっくりした。てっきり部屋で寝るのかと思ったよ」

30分ほど粘ったがやはり妥協出来るものがなくて。落ち込んで。
しょぼくれながら雅臣の部屋に戻ると彼は驚いた顔をした。

「ネットで安いの買おうかな」
「なにを?」
「ドレス」
「何で?ああ、パーティかい?それならあのワンピースで」
「…穴あいてた。虫にやられて」
「きちんと管理していないからだよ」
「わかってます」

でもまさかいきなり使うとは思ってなかった。
椅子に座っていた雅臣を追い払い彼のパソコンで
安くて可愛らしいデザインのドレスがないか確認する。

「それは少し胸が開き過ぎじゃないかな」
「これくらい普通ですよ。何より安いし送料無料だし」
「手を出しやすいとは思うけど、この手のパーティでは目立つと思うよ?」
「どうせ貧乏です。いいもんほっとけ」
「…私のものは君のものだろう?」
「そうですよ」
「なら、私がドレスを買えば」
「女装…?」
「君のものだよね」
「……」
「ね?」
「……う、…ん」

ねだったみたいで嫌になるから即断即決で安いドレスを選んだのに。
すぐ後ろで怖い顔してじーっと睨んで。亜美が選ぶものを全部却下。
確かに短かったり胸が開いてたりはするけれど、
そんな奇抜なのは選んでないのに。結局疲れて眠くなったのでやめる。
まだもう少し時間はある。そのうちに適当に安いのを買えばいい。

「ほら。真ん中を陣取って居ないでもっと奥へ行ってくれないと眠れないよ」
「キングサイズのベッドにすべき」
「そんなに大きくても不便だよ」
「……ねむい。…雅臣さん…ぎゅってしといて」
「うん」
「……」
「おやすみ」


なんて、のんびり構えてたらパーティの日がもう明日に迫ってた。

「どうしよう。今から適当に買いに行くか」
「どうしたの藤倉さん」
「いえ。なんでもないです」
「今日はもう帰ってもらっても大丈夫だから。お疲れ様」
「はい。お先に失礼します!」

バイト先の保育園。子どもたちを見送って掃除や雑務をして。
まだまだ慣れなくて疲れがたまるけれど、やはりやりがいはある。
先輩に挨拶をして帰る準備を整えて。

「おつかれさま」
「な。なにしてるんですか」
「迎えに来たんだよ」

裏から出たら計ったように立っている雅臣。

「…そ。そう」

ちらっと振り返り誰にも見られてないことを確認。
早足で彼と一緒に駐車場まで向かった。

「そんなに私が嫌かい?」
「何が?」
「いや。君がとても人の目を気にしていたから。
何も言わなければわからないよ。でも、…嫌、なんだね」

助手席に乗っても離れるまではちょっとソワソワ。
そんな彼女に冗談交じりに問いかける。
やはりこんなオジサンが迎えに来たら恥ずかしいと思うのだろうか。

「貴方は何も分かってない」
「…そうだね。ごめん」

彼氏だなんて隠しておきたいと思うのだろうか。
ちらりと彼女を見て、また戻す。
表面上は出るだけ平静を保ちながら。

「……雅臣さん取られちゃう。…ただでさえ目付けられてるのに」
「え?何されるって?」
「それで?今から何処行くの?こっち家じゃないですよね」
「うん。頼んでいた物をとりに行くんだよ」
「なにそれ。寿司ですか!?あるいはカレー?」
「いや。食べ物ではないんだ」
「ちぇ」

亜美は猛烈にお腹がすいている。
帰る途中でかい食いしようと思っていたくらい。
車はどんどん知らない方面へと走って行って。
駐車場にとまり、彼の案内で歩いて行って。

「いらっしゃいませ。おまたせして申し訳ございませんでした」
「いえ。こちらの都合を聞いて頂いてありがとうございます」
「とんでもない!うちの母はお母様の大ファンで。そのご子息の為とあらば。
さ!こちらですよ!」

個人でしているお高そうなお店。年齢層はやや高めに見えるけれど。
よくわからないままに店の中に入り、
ややテンションの高い店主に案内されて奥へ奥へ。

「雅臣さん」
「大丈夫だよ」
「……」

ほんとに?なんか怪しいぞさっきのおっさん。
何か父親といい勝負で禿げてるし。いやそれは関係ないか。
他に客は居ない。マネキンと服に囲まれて心細い。

「さあどうぞご確認ください」
「わ」

店主が持ってきたマネキンは可愛らしいドレスを着ていた。
店に置いてある服はおばさま向けだけどコレなら亜美でも十分なデザイン。

「お嬢様の晴れ舞台ですか?ピアノ?それともダンス?」
「…彼女は娘ではなくて姪です」
「ああ!そうでしたか。すいませんね。あはは。ああ、試着室は向こうです」
「……」
「亜美」
「…は、はい」

緊張しながらも服を受け取って試着室へ。
外では2人で何やら昔話をしはじめて。笑い声も聞こえて。
でも、こっちはいきなりのドレス。
乱暴に扱って破かないかサイズ大丈夫か不安でいっぱい。

「どう?終わった?」
「うん」
「見ていい?」
「おじさん居る?」
「いや。今接客に出て行って私だけだよ」

それを聞いて安心してドアを開けた。

「…どう?」
「綺麗だよ」
「それだけ?」
「え。あ。いや。…うん。…綺麗だよ?」
「教授のくせに語彙力ねえな」
「…えぇ」

サイズはバッチリ。と、いいたいがちょっとお腹周りが厳しいかも。
そんな細身の作りではないけれど、やはりダイエットすべきだったのか。
何より不愉快なのは胸のサイズは計ったようにぴったりだということ。

「…脱ぐから脱がせて」
「え。いや。私が?」
「うん。脱がせて」
「脱がせるだけじゃ終わらないかもしれないよ?」
「……とか言いながらもう入ってる」

そして試着室のドアを閉めた。



おまけ


つづく


2015/06/30