かぞく





「教授デートですか?そんな急いじゃって」
「中学生の甥と会うのもデートになるのかい?」
「き、教授がまるで親戚の叔父さんぽいことしてる…だとっ」
「…殿山君。ここの整理よろしくね」

夕方近く。普段来ることのない相手からメールが来た。
用事がある時はそんな事しないで自分から来て直接言う子だから。
何か重要な話があるのだろうとは思っていたけれど。
助手にからかわれながらも大学を出る。

「おじちゃんを男と見込んで相談したいことがあるんだ」
「恋愛相談なら私なんかよりもお父さんのほうがいいんじゃないかな」

待ち合わせ場所へ向かってみると彼はとても真面目な顔で待っていた。
会えば微妙な関係の自分とでも偏見なく気軽に話をしてくれるのに。
やたら無口で。なのでてっきりそれ系の青春な相談だと思ったのに。

「違うよ」

また真面目な顔で否定される。

「じゃあ、なんだろう?正志君」

まだまだ色気よりも食い気のほうが優っている少年ではあるけれど。
学校からそのまま来たらしく制服を着て真面目な顔をすると中々の男前。
凛々しい顔をして恋愛相談でもなければ。
もしかして自分と亜美との関係に気がついて怒っているのだろうか?
表面では取り繕い内心ではハラハラしながらも甥の返事を待つ。

「俺。まだもうちょい先の話なんだけどさ。中学出たら働きたいんだ。
で、おじちゃん先生なんだろ?顔広いだろ?いい仕事場あったら紹介して欲しいんだ」
「それは、…ご両親に話をした?お姉さんでもいい、誰かに話しを」
「してない。おじちゃんが最初」
「順序立てて相談したほうがいい。先ずは家族、私は最後だ」
「おじちゃん」

姪との関係を気づかれたのではなく、それよりももっと彼自身の切迫した話し。

「家のことを思ってのことなのだろうし、悪いことではないとは思うよ。でもね」
「俺頭悪いし。別に何がしたいって事もないし。野球チームは続けられるんだから別に」
「正志君。お腹すかないか?」
「え」
「先ずは腹ごしらえをしよう」

何もかも諦めて家のために働く。まるで何時かの亜美のよう。
流石弟、というべきか。
この家の子たちは自分の為よりも家族の為に生きているような所があって
常にギスギスして疑心暗鬼になるよりはずっといいのだろうけど。
あまりに自分を犠牲にするから見ていて少し不安になる。

「正志!」
「げ。あ、あ、亜矢!?」

正志を中華飯店へ誘い込み大量のご飯に夢中になっている間に
そっとメールで亜矢を呼ぶ。親は気まずくなるだろうし、
亜美にしなかったのは正志は姉よりも妹に弱いから。
彼が働くなんて言い出したのもまだまだ幼い亜矢の為でもあるのだろう。

「亜矢ちゃんは何がいいかな?」
「おじちゃんごめんなさい…正志がこんなにいっぱい頼んで」

亜矢は最近少しだけ元気がない。母親に似て体が弱いのかもしれない。
姉や兄は父に似たのかとても頑丈な体をしているのに。

「私も食べるんだ。君もここに座って。はい、メニュー」
「……ごめん亜矢」
「出ちゃったものは仕方ないもん。その代わり残したらだめだよ!」
「はい」
「……亜矢、炒飯たべたいな」

どれだけ見た目が大人びようと必死にイイコであろうとしても
お腹が空いたらやっぱりおなか一杯食べたいお年ごろ。
真面目な話も忘れて3人でお腹いっぱいご飯を食べた。
久しぶりの外食でお腹いっぱい食べて亜矢もとてもいい顔をしていた。

「おじちゃん俺」
「話をすること。でないと私は何も出来ないよ」
「…わかった。父ちゃんと話してみる」
「それがいい」

すっかり夜になって。正志と亜矢は仲良く家に帰っていく。
雅臣はそれを見送って。軽いため息。

「亜矢と正志とご飯食べてきたんだ。へーー」
「正志君と話をしていて、ね。その流れで」
「……私だけのけものにするとか」

家に帰り亜美にどう話をしようか迷っていると
彼女は不服そうにリビングのソファに座っている。
メールで事前に夕飯は要らないと伝えてあるけれど。

「それよりも。これはなにかな?」
「あ」

こっそりテーブルの下に隠してあった雑誌を取る。
なんてこと無いファッション雑誌に見せかけて実はバイト雑誌。
それくらいの区別は雅臣でも出来る。
ついでに目星をつけているであろう折り目がついたページを開く。

「…どれどれ?……初心者でも安心のホールスタッフ」
「…べ、別に怪しくないでしょ?普通のお店だし」
「バイトを増やす余裕があるの?今でもギリギリだと思うけど…」
「短期ですよ。せめて飛行機代くらいは自分でだしたいから」
「温泉旅行も行くのに?」
「それは近場だし。…コツコツ溜め込んだ貯金でなんとか」

ふてくされた顔をして視線をそらす亜美。
雅臣はざっと雑誌を眺めつつ興味なさげにそれをテーブルに置いた。

「やはり私に頼るのは嫌い?」
「…だって」

そっぽを向いている亜美の髪を弄りながら問いかける。
彼女は別段怒ることもなくされるがまま。

「借金を増やすだけだと思ってる?」
「普通思います」

元からある家の借金。それに加えて亜美の進学のための借金。
流石にそれからは増えてはいないけれど、父娘でコツコツ返しているけど。
それでもやっぱりまだ完済の文字はまだ見えてこない。
亜美が正規で働くようになったとしてもだからってそれほど変化はないかも。

「素直な気持ちを言ってもいい?」
「だめって言っても言うくせに」

そっぽを向いたままの亜美を抱き寄せて耳元で尋ねる。
その通りなのでちょっと笑って。

「働き出せば今以上に君に構ってもらえなくなるんだよ?
見ることもだめだと言うのなら、今くらいバイトなんてしないで
私に構ってくれたっていいよね?金なんて惜しむわけがない」
「何処のアマたれ小僧ですか貴方は。いい歳をして」
「そもそも私は君に何も惜しまないよ。全部君のものだからね」
「……そんなこといって」

優しい口調で甘い蕩けるキスをしながらの口説き文句は卑怯過ぎる。
いつの間にか向かい合っていた2人。亜美は雅臣の首に手を回し、
彼は亜美の腰から手を伸ばし太もも付近を撫で始める。

「無理はしないで私に任せて」
「……私はコレだけでいいんだけどな」

ちゅ、と軽く亜美からキスをすると相手からも同じくらいの軽いキスが返ってきた。

「あ。そうだ」
「はい?」

いい感じで体をくっつけて撫であっていると唐突に雅臣から切り出す。

「突然ではあるけど、兄さんを経由せずお義姉さんに連絡を取る方法ってあるかな?」
「おっとおっと?このタイミングでお母さんを口説く算段ですか?死ね!へんたい!」
「君に何も言わずにお義姉さんと会ったら怒るでしょう?」
「コロスもん」
「分かったから襟首を掴み上げないで苦しい」

甘い空気をぶち破るまさかの言葉に亜美はまた不機嫌な顔になり、
お隣を睨みつけるけれど。相手は特にそれでどうという顔をしない。

「……お母さんをどうするつもり?」
「いや、話をしたいだけなんだ。できれば兄さんには知られないように」

正志のことで話をするだけ。
亜美には母親に話をしてからまとめて説明するつもり。
彼女のことだからそれでまた悩んで旅行を辞めるとも言いかねない。

「……わかった」

大人としてそれは卑怯だけど彼女を側に置いておきたい。

「そんな顔をしないで。…文字通り話をするだけなんだよ。だから」
「……」
「亜美」
「私が雅臣さんを経由しないで慧と会ってもいいんだよね」
「おや。それは…また」
「亜矢が様子を知りたがってたから連絡しようかなって思ってたから」

ちょうどいいですよね、とプリプリしながら言う亜美。

「君、携帯何処に置いてたっけ」
「壊すつもりじゃないでしょうね」
「そんな物騒なことはしないよ」

ただ、履歴とアドレスすべてを消し去るだけで。
明らかに嘘を吐いて冷ややかな笑みを見せる彼氏に
亜美は絶対携帯見せるもんかと誓った。

「だめ。…お風呂入ってから…」
「行こうか」

何やら怪しい動きをする叔父さんに反発しながらも
結局誘われるとその気になってしまって、
一緒に風呂に行ってしまう自分が悲しい。

「……つい海外とか浮かれたけど、見積もり見たら結構厳しいなって思って」
「今後の経験になるならいいんじゃないかな」
「経験って。…2人でえっちなことしてる…だけじゃ」

彼の膝に座ってちょうどいい所までお湯につかる。
先日の代理店での見積もり。あの時は本当にテンションが上って。
大事な部分をきちんと見ていなかった。後で見て軽いショック。
もちろん、1万2万で行ける世界とは思っていないけれど。

「そうなの?私は君と観光をするつもりだったんだけど?」
「そんないじわる言って」
「はは。ごめんごめん」
「……」
「…何も気にせず一緒に居られるなら、癖になるかもしれないな」

ここは広いようで狭い世界。秘密にしないといけない関係はクリアできても
家族のことは無理だろう。亜美は何処に居たって家族を心配している。
考えている。家のことを思いやる優しさは美しいけれど、
たまには何もかも独り占めしたいと思って、でも何時も出来ずに終わる。
雅臣はそう言いながらも何処か寂しそうに苦笑した。

「ナンパしたらコロス。向こうに誘われてついてったらヤキコロス」
「はいはい。好きに殺してください」
「…絶対ね。絶対」
「だけど、それは君もだよ?若い男も多いだろうからね」

リゾートに浮かれて開放的になった若い男女が顔を合わせるのだから。
亜美だってやっぱり年頃の女の子。たとえ日本の繁華街であろうとも
若いイケメンな異性には目が行く。雅臣はその視線1つ1つに気づいて
嫉妬してもその殆どを飲み込み口には出さない。

「……」
「今、悪くないかもって思わなかった?」
「きのせいきのせい」
「…本当かな」

でも何時かは完全に彼女は去ってしまうのかもしれない。
その時は大人としての対応ができればいいと思っているけれど。

「ちょっと英語勉強し直そうって思っただけ」
「亜美」
「冗談ですってば」

何を思ったのかは定かではないがあんなに不機嫌そうだったのに
今はまた海外への希望にあふれている亜美。逆に雅臣は憂鬱そうな顔。
でも、せっかく気を持ち直してくれたのだから水を差す事はしないでおこう。
お風呂ではイチャつくだけで終わり。パジャマを着て雅臣の部屋へと移動。
髪を乾かすからと遅れていた亜美が後から部屋に入ってきた。

「どうしたの?寝よう」
「ふふふーん」

ベッドに座っていた雅臣の前に立ったままニヤニヤして。

「……」

おもむろにパジャマの上下を脱ぐ。

「じゃーん!ビキニ!」
「君…」
「セクシーでしょ」

ちょっと前に買ったまま陽の目を全く見なかったビキニ。
思い出して家に帰ってタンスをあさってもってきたもの。
これを持って行こうと思っている。たとえ外で使えなくても。

「…君、…さ」
「はい。なに?なに?もう我慢できない感じですか?」
「それ買ったのだいぶ昔じゃない?」
「そうですけど。あれ?これ見せたっけ?」
「見てはいないけど」
「え?」

じゃあ何?その変な表情は。

「その頃より明らかに太ったね君」

確かにちょっときついかもと思ったけど。
腕とかお腹あたりに肉のってるっぽい気がしないでもなかったけど
そんなはっきり言わなくても。もうちょっと優しく包隠してほしかった。

「そんな事言うならもう二度と裸みせないから」
「それは困る。悪いとは言ってないのだから、ほら。こっちに来てもっと見せて」
「キズつけといてよくそんな事言えますね」
「以前に購入した水着を着た今の君を見て感想を述べただけだよ?ほらほら」
「あん。もう!」

妙にテンション高くなって亜美の手を引くと抱き寄せる。
こっちはもう全部脱いでしまいたいくらいなのに。

「…どんな君も変わらず好きだよ」
「私も…と、言いたいけど。お父さんみたいにハゲて中年太りしたらイヤかも」
「え」
「冗談です。でも、兄弟だもんなあぁ…んー」

最悪ハゲとデブは我慢できてもギトギト油ギッシュになったら
キスするのためらうかも。うーん。と唸って雅臣の顔を見つめ、キスする。
母親が違ってもやはり兄弟なので雰囲気は何処かにている。
けど、体の作りなどは似てなくて本当に良かった。

「じ…地毛だよ?」
「分かってます」
「…愛して、くれるかい?」

不安そうに見つめると彼女はとてもやさしい笑みを浮かべて。

「もちろん。…だからここに居るんでしょ?サイズ合ってないビキニ着て」
「…新しいのを買おうか」
「エロいこと考えてるよね?」
「考えない方が頭がオカシイと思うよ?」

なんだかんだと文句をつけながらも彼氏の要望には大抵答えてしまう。
だけどそんな自分が内心そこまで嫌いじゃなかったりする。
パジャマを脱がせてとお願いされたのでピチピチのビキニを着た状態で脱がせる。

「もー…じゃま。顔どけて」
「こういうのも中々…」

シャツのボタンを外したいのに亜美の腰を抱きよせ胸にキスをするから全然進まない。
少ない布地から大胆にはみ出す白くてムチっとした豊満な胸。それを舌でなぞって
優しく吸い付いて。相手は幸せそうだけど、コチラからは叔父さんの頭しかみえない。

「…授乳」
「ん?」
「もう。私だって甘えたいの!私のほうがむしろ甘えたいの!」
「どうしたらいい?」
「……もっとしっかり撫でて」
「はい」

でもやっぱり、それでも愛しいから困る。




「まあ、正志がそんなことを?」
「兄さんに相談すると言っていましたが、きっと平行線でしょうし。
私にできることがあれば何でも仰ってください」

後日。亜美の刺々しい視線を浴びつつ義姉と連絡を取り
近所の喫茶店で落ち合う。どうやらまだ親には話をしてないようだ。
雅臣の話を聞いてとても驚いた顔をしている。

「本当にお世話になりっぱなしで、なんとお詫びしたらいいか」
「頼ってもらって嬉しいと思ってます。私はあまり叔父らしくはないですから」
「あの子がお父さんと話をするのを待ってから3人で相談してみます」
「それがいい」
「…所で、亜美には?」
「まだ。…これから話をしようと」

思った通り、全然進んでいない正志の話し。
亜美に言えばきっと家に帰るとか正志と話をするとか
今はやっぱり旅行なんてする場合じゃないとか言うのだろう。
ビキニも見せてもらったし、ここはもうきっぱり諦めるしか無い。

「言わないでください。あの子はあの子で忙しいんですから。正志はコチラで
きちんと話をします。…亜美はお姉ちゃんだからってすぐ背負おうとする」
「……」

そんな気持ちが顔に出ていたのか、母親は苦笑しいいんですよと言った。

「それを正志や亜矢が見ていますから。真似をして無理をするんです。
ほんとうに、似たもの姉弟で。…私のせいなんでしょうけど」
「お義姉さん」
「亜美はもう大人ですし。あの子のことは雅臣さんにお任せしてますからね。
どうか宜しくお願いします。海外のお土産楽しみにしてますからね?」
「…あ。はは…は」



つづく


2015/06/29