えらぶ



「絶対にやめなさい」
「これくらい海外じゃ普通ですって」
「駄目だ。許さない」
「…じゃあコッチ?」
「駄目」

何時になく厳しい視線と声で否定された。これはマジで怒っている証拠。
彼の生徒なら怖がりそうだけど、亜美は今更それくらいで怖がったりはしない。
ただ無理を押し通してもいい結果にはならないとわかっている。
不満そうな顔をしながらも渋々元の場所へ戻した。

「せっかく知り合いの居ない海外なんだし、これくらい派手なのでも」
「知り合いは居なくても人は居るのだから。恥というものを忘れないでくれないかい」

まだぼんやりとしたものだけど、亜美の卒業旅行に2人きりで海外。
キャリーはこの前買ったから今度は水着を選びましょうと何となく思いついた亜美が
デートの途中で見つけたお店に叔父さんを引っ張っていって幾つか候補を見せる。

「は。恥って!それじゃまるで私が恥も羞恥心も何もない馬鹿みたいじゃないですか!」
「…よかった、少しは客観的に物事を見られるようだね」
「あ?」
「っ……だから外で暴力はやめよう」

どれもやたら派手だったり際どかったりして却下。
亜美の今の水着は地味。その上でTシャツに短パンで野暮ったい。
新しいのを買ったってビキニを買ったって日の目を見る事がない。
全ては同居している彼氏の厳しいチェックのせい。

「…私だってセクシー路線でもいけるのに」
「君がセクシーなのはわかってるから」
「貴方にだけ分かられても」

弟妹をプールや海に連れて行くくらいしか基本着ないけれど、
友達と遊びに行く時でさえそれを強要されるので皆から笑われて。
20歳なのに子どもみたいとか、もっといいの買えば?とさえ言われる。
流行に乗ろうとは思わないがこれでも女の子という意地はあるつもりだ。

「では逆に聞こうか。私以外の誰に君の性的魅力を伝えたいのかな?」
「…と。…友達とか?」
「それで?君の友だちは君の性的魅力を知って君に何の得がある?何に影響する?」
「…いろいろ」
「何だいそれは?全く答えにはなっていないね。君は今明確に私以外の人物に
わかってほしいと言ったばかりじゃないか。
ならばきちんとその真意を言ってもらいたいのだけど?」

プリプリ怒っていた亜美だが彼氏が冷め切った薄ら笑い浮かべながら
面倒な事を言い出した。こうなると満足するまで延々詰め寄られる。

「もー!そうやって追い詰めるの無し!」
「君こそ。そうやって無自覚に私を追い詰めているのだから。おあいこだ」
「あれは勢いでしょ。…雅臣さんしか嫌だもん」

そんな時はボディタッチしながら上目遣いで白旗をあげるべし。

「…本当に?」
「うん。…ね。…せめてTシャツは脱いでもいいでしょ?」
「……」
「明るいうちは我慢するから。夜とか。ね?」
「……、仕方ないな」
「あ。今エロいこと妄想したな?…ふふ。何でもしちゃいますよ?」
「亜美」

新しいのはやめて今あるので我慢しよう。
たとえ夜でもシャツを脱げるならそれでいい。

「顔赤い。……あ。そだ。雅臣さんのも見ちゃおうっと」
「え。私はいいよ、泳ぐつもりは」

水着はやめてサンダルでも買おうかと思ったが
亜美の視線の先にメンズコーナー。これは行くしか無い。

「自分だけ英語できるからって私が海にいる間ビーチでパツキン外人女引っ掛けて
そのままコテージに消えるとかあり得るから駄目です。貴方も強制参加です」
「…君の被害妄想の逞しさには恐れ入るよ」
「そうだ。びっくりするくらい凄いダサいの履いてもらおう」
「何でもいいけど、そんなものが店にあるのかい?」

あれこれ熱心に男性用水着を見ている亜美に半ば呆れながら問いかける。

「お父さんの何処で買ってきたか分からない凄いボロいださいやつ」
「ごめんそれは嫌だ」
「よくあるでしょ?お兄ちゃんのお下がりを弟が使うみたいな」
「子どもなら分かるよ?でも40過ぎた兄弟でそれをするのはどうだろう」
「……。うん。あり。ふつーにあり。私の昔の服とか亜矢着てるし」
「いや、君たちはまだ若いのであって。…もう、いいよ。なんでも。好きにして」

とにかく彼女はぼろい変な水着を自分に着せたいらしい。
それが浮気防止に役立つと思っている。その原理がよく分からないが
若い女の子からしたらそういうものなのだろうと雅臣は無理やり納得させた。


「海が綺麗なトコで。料理も美味しいのがいいなぁ」
「それに当てはまる国はいくつかあるから、君が決めて」
「考えても中々絞れなくって。何処も素敵で」

結局お揃いのサンダルだけ買って店を出る。
でもまだ気分が抜け切らないようで亜美はそのまま旅行代理店へ。
目当てはパンフレット。彼女の希望に当てはまる国のを幾つか取った。

「そこだけしか行けない訳ではないし、機会はあるのだからそこまで悩まくても」
「だって初めてなんですよ?やっぱり初めては特別なんです」
「そう?じゃあ。仕事が始まるまでには決めてね」
「意地悪な言い方」

ふてくされながらパンフレットを熱心に眺める亜美。
どれも綺麗な海、豪華なリゾート、あるいはコテージ、美味しそうな料理。
似ているようででもちょっと違って。けれど体は1つしか無くて。迷う。

「初めての海外ですか?」
「はい。でも中々絞れなくて」
「よろしければご希望をお伺いして出来るだけ近いものをご紹介いたしましょうか」

悩んでいるとお店の人が声をかけてきた。

「いえ。まだ日にちとかも全然決まってなくって」
「話だけでも聞いてもらっておいで。私はここで見ているから」
「ええっ。でも」
「好きにしていい。私は君さえ一緒ならどこでもいいんだ」

それから30分ほど亜美のぼんやりとした希望を店員がきちんとまとめてくれて。
プランまでねってくれて。日にちが決まったらまた教えてくださいと笑顔で言われた。
これはもう、このお店でお願いするしかない。

「ああどうしよう話ししただけなのに凄い緊張してきちゃった」
「ははは、君の緊張が私にも伝わるよ」
「……はあ。でも。いいのかな。凄いワガママな希望いっぱいして」

舞い上がりすぎて予算とか何も考えてなかった。
友達と行く近場の温泉旅行に貯金は飛んで行くというのに。
ちらりとお隣の彼氏を見上げる。

「私の希望は伝えた通りだからね」
「……ほんのちょっとだけなら他の女と話をしても殴り倒さないから」
「本当に?女子学生と話をしただけでも怒るのに?」
「あれは先生が鼻の下こーーんな伸ばして若い子とイチャついてるからです。
先生はすぐそういう…あ。お父さんから水着を奪ってこなきゃ」
「…そういえば、兄さんにはどう説明するの?」
「ふつーに卒業旅行いってくるねーって言ってます」
「そう」
「嘘じゃないでしょ?」
「そうだね」

海外と聞いて驚いていたけれどお金のことは心配しないで、と伝えてある。
最近はそういうのも多いのよと母親がフォローしてくれて。父も頷いて。
夜は気をつけろとか弟妹からはうらやましとか自分も行きたいとか
土産絶対買ってこいとかお菓子が欲しいとかで大盛り上がり。

「本当はそんな事する余裕ないのに。…叔父さんへの借金返済だってまだなのに」

何当たり前みたいに普通以上の良い生活してるんだろ。
本当なら今でもバイトしなきゃいけないのに。ふと冷静になる。

「今更行かないなんて言わないで欲しいな。私はもう行く気になっているんだ」
「…もちろん。で!帰ったら一杯働いてやりますよ」
「亜美らしいね」

見つめてくる彼に微笑み返し手をぎゅっと握り返した。


「ほらほらこれこれ。どうですこのダサ具合」
「自信を持って言われても困るのだけど。…ま、まあ。歳相応なのでは?」

思い立ったが吉日とばかりに亜美の家に向かい、2階にある父のタンスを漁り
ボロボロとまでは行かないがそれなりに年季の入った海パン発見。
子どもたちは父親と一緒に公園に遊びにでかけ母は1階で洗濯物を畳んでいた。

「はいてみて」
「え?…い、嫌だよ」
「後でサイズ入らなかったら嫌でしょ?今静かだし」
「それはそうだけど。……、わかった」

保存状態に大変疑問があるけれど、パンツの上からはけばいいだろう。
立ち上がりズボンを脱ぐべくチャックに手を伸ばし。

「……なんだ。脱がないんだ」
「え?…脱いだほうがいいの?」
「……」

ちょっと拗ねた顔の彼女に問いかけ、その反応を伺い。

「…君もどうかな」

ボソっと提案してみる。

「ここ…水着ないですから」
「…そうだったね」
「……あ。でも、…こっちのクローゼットにあったかも…」
「どこ?」

亜美に手を引かれ部屋の更に奥へ。そこには無駄に大きなクローゼット。
そこには使わないけれど捨てられない服を仕舞いこんでいたが最近片付けられた。
よってあるのはこれまた捨てられないオモチャの入った箱だけ。
何処かでドアが開く音がして、いつの間にか2階は静かになった。

「…あ…あ…やだぁ…じらすの…やぁ…」
「んっ…君のセクシーさを……存分に…味わいたくて、ね…っ」
「い……いじわる…あああいやっ…いや…抜いちゃいや…ぁあ」
「…そんな顔で見つめて可愛いね。……自分で入れて私に見せてごらん」
「…雅臣さん」
「そうだよ…亜美…ゆっくり…中に…」
「あぁ…あ…後で殴り飛ばす…からね…っ」

一部では激しく絡まる吐息と粘着性のある音を立てながら。


「サイズもばっちりだしこれもらってこ」
「…でも穴あいてたよ?」
「いいじゃないですかンな小さい穴。肝心な所は隠れてるんだし」
「でもコレがないと兄さんが困らないかな」
「ああ、最悪パンツで泳がせりゃいいんですよ。どうせそんな真面目に泳がないし」
「君それは酷い」

買わなくてすんで良かったとごきげんに自分のカバンに
父のボロい海パンをねじ込む亜美。
雅臣は何もできず、ただ呆然とそれを見ていた。

「…私もようやくビキニデビューだ」
「駄目だよ」
「2人きりならいいって言った」
「ビキニだとは聞いていない」
「自分なんかパンツ一丁の癖に」
「男が胸を隠したら気持ち悪い」
「でもそーいう水着もあるし」
「屁理屈を言わない。とにかく、君は何時もの水着を着ること」
「…ビキニはベッドの上だけか」
「あるいは部屋の風呂だね」
「…プレイ専用じゃない」

亜美の胸が大好きな人。それを少しでも他人に見せるのは大嫌い。
一生そんな格好は出来そうになくてがっかりするけれど、
彼氏に独占されるのは内心嫌ではないので結局いうことを聞いてしまう。

「おお、亜美。きてたのか」
「おじちゃんもいるー」
「こっちに水着無いかなって思って。探しに来てたんだ」
「水着?…ああ。旅行用にか。それなら母さんに聞いてみろ」
「ああ、もう見つかったの。大丈夫」

1階へ降りてくると玄関に父と弟妹の姿。ちょうど帰ってきたらしい。

「……まさか自分のとは思わないよな」
「ん?どうした雅臣君そんな渋い顔して」
「いや。あの、おつかれ様です。大変だったんじゃないですか」
「ああ、そうなんだ。やっぱりこの歳になると子どもと遊ぶのも命がけだよ」
「そんな大げさな」
「よくわかります兄さん」
「あ?」
「何を怒ってるんだ亜美?」
「別に?」
「怖いぞねーちゃん。あー腹減った!かーーちゃん!飯!」
「こら!まずは手を洗うの!」
「はい!」

相変わらず妹に指示されている弟に苦笑しながら
入れ替わるように自分たちは家を出る。
父は弟や亜美と話をしたそうだったけれど、
かなり疲れた様子であまり無理はさせられない。

「お母さんに煮物もらっちゃった」
「それはいい、夕飯が楽しみだ」
「私としてはさっきの続きをしたいけどなぁ」
「…え。殴るの?運転中だから後にしてもらっても」
「子どもの相手はつかれますものね。後でもいいですよ」
「……。…仕方ない、煮物は明日にしようか」



2015/06/25